だから消費税の増税はまちがっている
マル激トーク・オン・ディマンド
第563回(2012年01月28日)
だから消費税の増税はまちがっている
ゲスト:高橋洋一氏(政策シンクタンク「政策工房」会長・嘉悦大学教授)
いよいよ消費税増税が決まってしまいそうだ。野田佳彦首相は今週始まった通常国会冒頭の施政方針演説で、消費税増税の方針を明確に打ち出した。自民党も元々消費税増税を主張していたことから、「与野党協議」という名の国対裏取引によって消費税増税が実現するのは、永田町を見る限りは時間の問題と受け止められているようだ。
January 29, 2012 | トラックバック (0)
われわれはどこから来て、どこへ向かうのか
マル激トーク・オン・ディマンド
第562回(2012年01月21日)
われわれはどこから来て、どこへ向かうのか
ゲスト:篠田謙一氏(国立科学博物館人類史研究グループ長)
われわれ人類は10万年という単位の時間に責任が持てるのだろうか。
福島第一原発の事故で原発の是非をめぐる議論が活発に交わされるようになったが、原発が存続する限り原発から出る使用済み核燃料は、10万年程度は地下で保管しなければならない。また、原発の副産物プルトニウム239の物理的半減期は2万4000年、核燃料に用いるウラン238にいたっては45億年だ。
今、こうした万単位、あるいは億単位の時間を議論するわれわれが一体何者なのかを考える上で、今週のマル激ではわれわれ人類の起源に思いを馳せてみることにした。これから10万年の間、放射性物質を地下保管しなければならないことを前提に原発を続けるということは、10万年前のネアンデルタール人が、現代の人類にまで影響が及ぶ行為を選択することと同じだ。少なくともそのスケール感を認識した上で、10万年単位でわれわれ人類がどこから来て、どこに向かっているかを考えてみた。
January 21, 2012 | トラックバック (0)
原発事故の裁判所の責任を問う
マル激トーク・オン・ディマンド
第561回(2012年01月14日)
原発事故の裁判所の責任を問う
ゲスト:井戸謙一氏(弁護士・元裁判官)、海渡雄一氏(弁護士)
「被告は志賀原発2号機を運転してはならない」
2006年3月24日、金沢地裁の井戸謙一裁判長は、被告北陸電力に対し、地震対策の不備などを理由に、志賀原発2号機の運転停止を命じる判決を下した。しかし、日本で裁判所が原発の停止を命じる判決は、後にも先にもこの判決と2003年1月の高速増殖炉もんじゅの再戻控訴審の2度しかない。それ以外の裁判では裁判所はことごとく原告の申し立てを退け、原発の継続運転を認める判決を下してきた。また、歴史的な判決となったこの2つの裁判でも、その後の上級審で原告は逆転敗訴している、つまり、原告がどんなに危険性を主張しても、日本の裁判所が最終的に原発を止めるべきだと判断したことは、これまで唯の一度もなかったのだ。
January 14, 2012 | トラックバック (0)
2012年を生き抜くために
マル激トーク・オン・ディマンド
第560回(2012年01月07日)
2012年を生き抜くために
ゲスト:青木理氏(ジャーナリスト)、萱野稔人氏(津田塾大学准教授)
2012年最初のマル激は昨年の年頭と同様に、マル激レギュラー陣(宮台真司、萱野稔人、青木理、神保哲生)による今年1年の展望を議論する特別番組をお送りする。
2011年、日本は3・11の震災と原発事故に明け暮れた1年だった。震災からの復興や原発事故の収束が、引き続き2012年の大きな課題であることに疑いの余地はないが、実は震災や原発事故への対応が露わにしたものは、3・11以前から日本が抱えていた構造的な問題だった。
2012年、われわれはこの震災と原発事故を奇貨として、20年来この国が無策で通してきた諸問題に対峙することができるかどうかが、まずは2012年の日本の課題になるだろう。
January 7, 2012 | トラックバック (0)
5金スペシャル
日常から日常を見つめ直すために
マル激トーク・オン・ディマンド
第559回(2011年12月29日)
5金スペシャル
非日常から日常を見つめ直すために
ゲスト:寺脇研氏(映画評論家、京都造形芸術大学教授)
5週目の金曜日に特別企画を無料放送でお届けする恒例の5金スペシャル。2011年最後の放送回となる今回は、こんな1年だったからこそ、映画評論家の寺脇研氏をゲストに、あえて映画特集を組んでみた。
2011年は東日本大震災と福島第一原発事故で、日本全体が一瞬にして非日常に突き落とされた年だった。幾多の深刻な問題を抱えながら、なんだかんだとごまかしながらこの20年あまり、この日常がいつまでも続くかのようなふりをし続けてきた日本だったが、いよいよ今年の3・11にその時はやってきた。
震災からの再出発を切るに当たり、今、われわれに求められていることは、これまで当たり前のように行なってきた日常を、「本当にこれでよかったのか」と、あらためて問い直すことだろう。そこで今回はそもそもわれわれの日常にどのような価値があるのかを根本から問う作品を中心に取り上げた。
January 7, 2012 | トラックバック (0)
恒例年末トークライブ
ぼくたちが明るい兆しが見えてきたと考える理由
マル激トーク・オン・ディマンド
第558回(2011年12月24日)
恒例年末トークライブ
ぼくたちが明るい兆しが見えてきたと考える理由
2011年が暮れようとしている。
昨年は、民主党政権の迷走、沖縄米軍基地問題の泥沼化、検察不祥事、尖閣ビデオやウィキリークスに見られる国家や既存メディアの信頼の失墜といった一連の出来事の中に、国や社会の屋台骨の揺らぎが、もはや崩壊寸前まで来ていることを多くの人が感じ取ったのではないか。
そして2011年、その屋台骨が本当に崩れてしまった。
東日本大震災と原発震災とその後の政府のあり方を見るにつけ、それ以前から機能不全に陥っていた日本の政治、経済、社会のシステムが、どれだけ無力かつ無能であるかを今も日々思い知らされている。
December 25, 2011 | トラックバック (0)
やっぱり2011年マスメディアは死んでいた
マル激トーク・オン・ディマンド
第557回(2011年12月17日)
やっぱり2011年マスメディアは死んでいた
ゲスト:佐々木俊尚氏(ジャーナリスト)
東日本大震災とそれに端を発する福島第一原子力発電所事故で、一般市民のマスメディアへの不信が高まった。とくに、原発事故の発生直後、政府や東京電力が発するいい加減な情報を、検証することなく垂れ流したり、御用学者を次々と登場させ、事故の深刻さを過小評価させたことで、それは頂点に達した。
2009年に「2011年、新聞・テレビ消滅」を著したジャーナリストの佐々木俊尚氏は、大震災と原発事故を契機に、新聞・テレビはマスメディアとしての機能を完全に失ったことが明白になったと言う。かつてマスメディアが担ってきた信頼性や普遍性といった表看板は、今や単なるがせネタに成り下がってしまった。
未曾有の震災を目の当たりにして、マスメディアからの情報だけでは安心できない市民の多くは、ツイッターなどのソーシャルメディアに補完的な役割を求めた。その意味では、震災以降、既存メディアからインターネットへのシフトがより一層加速されたと言えるだろう。
December 17, 2011 | トラックバック (0)
内部被曝を避けるために今こそ広島・長崎の教訓を活かそう
マル激トーク・オン・ディマンド
第556回(2011年12月10日)
内部被曝を避けるために今こそ広島・長崎の教訓を活かそう
ゲスト:肥田舜太郎氏(医師、全日本民医連顧問)
12月6日、大手食品メーカー明治の粉ミルクから1キロあたり最大30.8ベクレルの放射性セシウムが検出された。前週には福島市のコメからもセシウムが検出されており、福島第一原発事故によって放出された放射性物質による食品の汚染の深刻さがあらためて明らかになっている。
政府はいずれも基準値を下回るため健康には影響はないと繰り返すが、乳児が摂る粉ミルクやわれわれが毎日食するコメの放射能汚染は、それがたとえ基準値以下であっても、真剣に受け止める必要があるだろう。
December 10, 2011 | トラックバック (0)
暴力団を社会から完全に排除することの意味を考えてみた
マル激トーク・オン・ディマンド
第555回(2011年12月03日)
暴力団を社会から完全に排除することの意味を考えてみた
ゲスト:宮崎学氏(作家)
今度ばかりは警察は本気で暴力団を壊滅させようとしているのか。
今年10月1日、東京と沖縄で暴力団排除条例が施行されたことで、全国47の全都道府県で同様の条例が発効した。法律ではなく都道府県ごとの条例とはいえ、警察庁の指導に基づいたほぼ同じ内容になっていることが大きな特徴だが、特筆すべきはこの条例が暴力団のみならず、一般市民まで取り締まりの対象にしている点だ。
京都・伏見のヤクザである寺村組組長の父を持し、暴力団に詳しい作家の宮崎学氏は、この条例は国民の要望によってできたわけではなく、警察側の主導により広められたことに警鐘を鳴らす。その背景には、警察の捜査能力の低下による刑法犯検挙率の低下に対する焦りと、警察の天下り先の拡大という2つの意図が隠れていると指摘する。
December 3, 2011 | トラックバック (0)
ドイツに脱原発ができて日本にはできない理由
マル激トーク・オン・ディマンド
第554回(2011年11月26日)
メディアが権力に屈する時
ゲスト:望月浩二氏(ドイツ在住環境コンサルタント)
ドイツのメルケル首相は5月30日、2022年末までに国内の原発を廃止する方針を表明した。福島第一原発事故を受けての政策転換だった。
自身が物理学者でもあるメルケル首相は、もともと原発に積極的だった。ところが、ドイツでは2002年にシュレーダー政権が2034年までの脱原発を決めていた。そこで、メルケル首相は脱原発を容認しながらも、その期限を平均12年延長する措置をとったばかりだった。そのメルケル首相が福島後の2ヵ月あまりの短期間に脱原発に舵を切った背景には、原発の倫理性を議論する識者会議の提言があった。
November 26, 2011 | トラックバック (0)
今週のDigのポッドキャスト
11月22日のTBSラジオDigでもんじゅの問題を崎山記者と議論しました。
また、after hoursでは外山アナと野球について個人的な思いを少し話す機会をいただきました。
●「その日の主なニュース」
●「プロ野球」
●「放送後・・・。after hours」
TBSラジオの正規のポッドキャストは1週間限定だそうです。
それ以降はこちらで。
●http://www.youtube.com/watch?v=u90XgaFNTTY
●http://www.youtube.com/watch?v=lQ9F59s3gO8
November 24, 2011 | コメント (0) | トラックバック (0)
メディアが権力に屈する時
マル激トーク・オン・ディマンド
第553回(2011年11月19日)
メディアが権力に屈する時
ゲスト:高田昌幸氏(ジャーナリスト)
北海道警察の裏金問題を追及し、数々のジャーナリズム賞を受賞してきた道新のエース・高田昌幸氏が、この6月、北海道新聞を退職した。高田氏は退職の理由をあくまで一身上の都合としているが、一度は警察の不正を徹底的に追及していたはずの道新が、やがて警察と手打ちを行い、攻めの姿勢を失っていったことに対する落胆を、高田氏は隠そうとしない。
November 21, 2011 | トラックバック (0)
区長になって見えてきたこと

マル激トーク・オン・ディマンド
第552回(2011年11月12日)
区長になって見えてきたこと
ゲスト:保坂展人氏(世田谷区長)
福島第一原発で退っ引きならない状況が続くさなかの今年4月、東京の世田谷区に明確に反原発を掲げる候補者が、保守系の候補を破って区長に当選した。教育ジャーナリストから社民党の代議士を3期務めた保坂展人氏だ。地方の大都市並の80万超の人口を抱える世田谷区は保坂氏の就任前、保守系の区政が9期36年続いていた、都内でも最も保守色の強い地域だった。そのような地域で反原発を掲げて当選した保坂氏は、世田谷で市民を巻き込んだ新しいタイプの区政を実現したいと抱負を語る。
衆院議員を落選浪人中だった保坂氏がこの4月、急遽、区長選に出馬したきっかけは、東日本大震災と福島第一原発事故だった。未曾有の非常事態に直面しながら政府の対応が後手後手に回る中、速やかに支援物資の提供を行ったり避難民を受け入れるなど、国の対応を待たずに独自の対応を行う自治体が相次いでいた。それを東京の杉並区や福島県の南相馬市で目の当たりにした保坂氏は、国政よりも自治体の長の決断が市民生活にはより大きな影響を及ぼしていることを痛感し、区長選への挑戦を決心したという 。
November 12, 2011 | トラックバック (0)
TPPで食の安全は守れるのか

マル激トーク・オン・ディマンド
第551回(2011年11月05日)
TPPで食の安全は守れるのか
ゲスト:藤田和芳氏(大地を守る会会長)
野田政権の重大な政治課題となっているTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)が、実際は農業や貿易以外にも多くの分野に影響を及ぼす包括的な経済協定であることが、日に日に明らかになっているが、その中には食の安全基準も含まれる。現在の日本の食の安全基準には遺伝子組み換えの表示義務や狂牛病(BSE)の全頭検査など、国際標準よりも厳しいものが多いが、日本がTPPに参加した場合、これが非関税障壁とみなされ、安全基準の緩和を強いられることになる可能性が高い。
無農薬・減農薬食材の宅配事業の草分け的な存在である大地を守る会の藤田和芳会長も、それを心配する一人だ。藤田氏は、昨今のTPPをめぐる論争は目先の利益、不利益に振り回され、日本の食の安全保障をどうしていくのかという大きな視点が欠けていると指摘する。
November 5, 2011 | トラックバック (0)
今こそナショナリズムを議論の出発点に

マル激トーク・オン・ディマンド
第550回(2011年10月29日)
今こそナショナリズムを議論の出発点に
ゲスト:萱野稔人氏(津田塾大学国際関係学科准教授)
大震災からの復興や原発事故を受けたエネルギー政策の転換、国内における経済格差や財政赤字の増加、年金等の将来不安と少子高齢化、そしてTPPや沖縄の基地問題等々、今、日本はかつてないほど重大な問題に直面している。これらの問題はすべて、「日本とは何か」、「われわれとは誰か」、そして「われわれはどういう社会を希求しているのか」といった前提が共有されないかぎり議論さえ成り立たないものだ。その意味でこれらはいずれも「ナショナルな問題」であり、ナショナリズムを前提としなければ、議論さえ成り立たない。しかし、こうした議論にナショナリズムを持ち込むことに対して、総じて日本ではリベラルな言論人を中心に抵抗が強く、結果的に有効な議論ができていないのではないかと、津田塾大学の萱野稔人准教授は指摘する。
October 29, 2011 | トラックバック (0)





