やっぱり日本人にはまだ憲法は書けそうもない

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第325回(2007年06月22日)
やっぱり日本人にはまだ憲法は書けそうもない
ゲスト:猿田佐世氏(弁護士)

プレビュー

 自公連立与党は5月14日『国民投票法』を単独で可決した。これで、日本国憲法第96条に定められた憲法改正に必要な国民投票の手続きが確立された、とメディア上では解説されている。

 しかし、その成立過程や条文の内容を詳細に検証してみると、その説明を額面通りには受け止められない数々の問題点が浮き彫りになってくる。

 この法案をめぐる議論は、少なくとも2006年末までは国会の憲法調査特別委員会を舞台に「立憲主義の前提」に立った良識的な議論が、改憲に反対の社民・共産党も含めて、淡々と続けられてきた。手続き法とはいえ、国の根幹に関わる問題である以上、過半数を制した勢力による専横が許されないことは言うまでもない。党派制を超えた、抑制の利いた冷静な議論が進められてきたといっていいだろう。

 ところが、今年年頭に安倍首相が、憲法改正を参院選の争点にすると発言して以来、憲法問題が政局に翻弄されることになる。予算審議が終わった3月以降、国民投票法案をめぐる審議は、当初安倍首相が設定した「5月3日の憲法記念日まで」の期限に向かって一気に爆走を始める。

 4月12日、怒号が飛び交う中、衆議院憲法調査特別委員会で採決が強行され、連日6時間に及ぶ異例の審議の末、与党参考人たちからも上がった「慎重な審議を」の声を無視し、5月14日、国民投票法案は参議院本会議で可決、成立した。

 この法案の国会審議を傍聴し、自身のブログでその一部始終を報告してきた弁護士の猿田佐世氏は、法案をめぐる国会審議を、「国民不在」の一言で一蹴する。特に年頭の安倍発言以降、「立憲主義」の意味すら理解できていない人たちによって、この法案の審議はずたずたに切り裂かれてしまったと猿田氏は残念がる。

 国民投票法が政争の具になったことの最大のツケは、明らかに穴だらけの法案が、そのまま法律になってしまったことだ。国民投票法案をめぐっては、憲法調査会・特別委員会で5年余り自民党の船田元氏と民主党の枝野幸男氏を中心に議論が続けられてきた。しかし、最低投票率の是非や投票年齢の20歳から18歳への変更など、多くの論点が未解決のまま、拙速に法案が採決されてしまった結果、「法案は通ったが細部はこれから議論」というような馬鹿げた事態に陥っているのが、国民投票法の実情なのだ。

 しかし、皮肉なことに、改憲を旗印にしたい安倍首相の号令の元、与党は民主党を置いてきぼりにして国民投票法を可決したことで、実際の改憲の可能性はかえって遠のいた。民主党の支持無くして、憲法改正案の発議に必要な参院の3分の2を押さえることは事実上不可能だからだ。安倍首相こそが「最大の護憲派」と揶揄される所以はそこにある。つまり、安倍氏の改憲論は、改憲論者であることのアリバイを優先しているだけで、実際の改憲はどうでもいいのではないかと、真性の改憲論者が訝るようなレベルのものだということだ。

 一方の民主党も、憲法を争点にされると党内で意見が割れる可能性や、改憲に舵を切ることで、来る参院選に政治生命を賭ける小沢代表にとっては、社民党との選挙協力が難しくなるなど、多分に政局的な事情を優先した結果、自民党内では「譲りすぎ」との批判を受けるところまで船田氏が歩み寄ってきたにもかかわらず、その妥協案を民主党は蹴っている。小沢氏の指示は「民主党案の丸呑みでなければダメ」だったと言われている。

 要するに、自民、民主両党ともに、参院選を控えた政局的な判断によって、国民投票法案という改憲手続きを規定する法案を、「何が国民にとって最善か」とは無関係に、単なるを政争の具として弄んでしまったということになる。最低投票率の規定も無いまま、低投票率の国民投票で仮に憲法改正に有効投票数の過半数が賛成したとしても、そこで成立した憲法改正案など、正統性に疑問が生じることは目に見えている。国民投票法は政局上の都合から形だけは通っているが、実際はまだこれから多くの審議を必要としている欠陥法案と言っても過言ではない状態にあるのだ。

 「憲法に関わる問題くらいは無関心ではまずい」と考え、「メディアが伝えてくれないなら自分で伝えよう」との思いで、自ら国民投票法案の審議を傍聴し、議員にロビーイングを行いながらこの法律の成立過程を間近で見守ってきた弁護士の猿田氏とともに、政局に翻弄された国民投票法審議の舞台裏から、「こんなことで本当に日本人に憲法が書けるのか」という日本にとっての根本問題を議論した。

<ゲスト プロフィール>
猿田 佐世(さるた さよ)弁護士
1977年東京都生まれ。99年早稲田大学法学部卒。同年司法試験合格。学生時代より、NGOアムネスティ・インターナショナルの一員として、国際人権条約設定や在タンザニア難民キャンプでの支援活動、南アフリカの差別撤廃機関の調査などに従事。フジモリ元大統領虐殺被害者代理人やイラク人質事件代理人などを務め、名古屋刑務所受刑者死傷事件や都立板橋高校卒業式事件の弁護団にも加わっている。『憲法行脚の会』事務局長。

June 24, 2007



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June 26, 2007

コメント

投稿者 ノクノク 

今回のゲストは甲斐甲斐しくて、仕草がキュートな方でしたね。働く女性は美しい。内容の方は「お勉強ガンバろう!」って事ですね。

がんばろう!

June 26, 2007

投稿者 sollbeans 

この際、どうせなら十七条憲法を公布すべきかと。
当番組にて、かねてから違和感をもっているのは、宮台氏の論調がそうなんですが、
大陸欧州・英米のロジックを参照していることに終始することに対するものなのだということであろうかと思いますが、
コンテキストもシンタクスも異なるものをもってきて説明しようとする事に対する違和感ではなかろうかと思います。
まぁ、幕末から文明開化に象徴されるような連綿としたものがあるんでしょうが、言い換えれば、言語体系や歴史・伝統といったものがそもそも異なる次元にあることを前提としたとしても同じ説明が可能なのか、如何でしょうか。
また、どうせ説明するのであれば自身の研究対象に対して、メタの基準それ自体についても、
なんらかの言及があれば少しは理解の助けになるやも知れぬと思った次第です。
だから、方法論としてのインタフェースを憲法それ自身に求める必要性から論じても、現時点ではさほど無駄ではないんじゃないかと思います。
映画等を含めた文化的側面への国際的な評価をみるにつけ、「日本らしさ」がある程度認知されてはいるということを前提すれば、従来とは別の基準・地平も提示・構築可能じゃないかと、そう感じた次第です。長文失礼。(すみません、酔ってます。)

July 1, 2007

投稿者 ノクノク 

 sollbeansさんの話に私なりに乗っかると、日本は〈歴史主義〉なのではなく、〈伝説主義〉なのかな? と思う事があります。歴史という線ではなく、伝説という点で捉えたがるのかな、と思う。パロディーと言うよりは散文なのです。

 公害裁判、原爆投下、織田信長、敗戦、冷戦・・・、どれもシンボリックなのですが、一つのお話になってない。むしろ物語化するのを避けているかの様に思える。

 大系的に捉えるのは、日本人の精神構造に合わないのではないでしょうか? 断片化したがり散文調にする方が向いてるのでは? 英国も散文を好むなんて言います。因果律なんてものがありますが、いくら欧州や英米の、論理や因果を学んでも、強引さを感じずにはいられません。結局、言ったもん勝ちな印象がある。

 要は、『日本をちゃんとコントロールしよう』と言う話であり、制御さえ出来れば、憲法である必要はないと思うんですね。しかし、「偉い人が守るべき約束事」と言うのは普遍的な原理だと思うのです。そこの部分だけ、学習するのは出来ないのかな。

July 1, 2007

投稿者 Gershwin 

 何年か前のマル激バックナンバーで江川達也氏が出演した回の中で、日本の明治時代以前の知識人たちは「やまと言葉」という感情的(吟唱すると酩酊する)な言葉と「漢文(外国語)」という論理的な言葉を両方とも学んで使ってきたという話が紹介されていました。やまと言葉だけ使うのでは合理性や論理性を学べないので駄目だとし、江川氏は元数学教師の立場から数理学習の進めをしていたと思います。

>しかし、「偉い人が守るべき約束事」と言うのは普遍
>的な原理だと思うのです。

 今の日本って下から上まで、「俺、ホントは偉くないもんね。」ってケツまくっている気がします。そんな調子だから、自分たちで決めたことをきちんと覚えていられるかどうかがまず疑わしいです。

July 2, 2007

投稿者 9B 

前2者の方の話、要は感覚が「遅い」ですね。古いといってもいいでしょうが。世の中はもうそこを通り過ぎています。


最近のマル激もそうかもしれません。
もう言葉遊びの時代ではないです。(こういうこと改めて実感するのはvideonewsなので、その実存価値はあるようです)
少しは時代が変わってるんだ~

July 2, 2007

投稿者 ノクノク 

3人とも同じ話をしてるのに「前2者」とは、9Bさんが何を言ってるのか分かりません。どうやら私は、9Bさんの心に火をつけてしまった様です。

9Bさん、焦り過ぎですよ。どんなに熱くなっても、釈迦の手の平から、孫悟空は脱せないのです。時には自分の気持ちに素直になってみては如何ですか。本当は、寂しくて構ってもらいたいんでしょ?

July 3, 2007

投稿者 ノクノク 

冗談はさておき、9Bさんみたいに、遠巻きから不必要な野次を入れるのは、ブログへ書き込むときのマナーに反すると思います。丁寧な言葉遣いで、書き込みたいものですね。

July 3, 2007

投稿者 sollbeans http://bogusne.ws/category/176593-1.html

古い奴だとお思いでしょうが
古い奴こそ新しいものを欲しがるもんでございます
どこに新しいものがございましょう
生まれた土地は荒れ放題
今の世の中、右も左も真っ暗闇じゃござんせんか

July 3, 2007

投稿者 9B 

ノクノクさん
フシギな過剰反応にびっくりしてしまいました。どういう思考回路でお子様から罵倒されるのか、ごめんなさいオバサンにはよくわからない。
なんとなく、「日本!」とべたに強調されている様子がヘンなの-、と思ったまでです。
sollbeansさんの変化球はおもしろいですが。


日本、日本と叫ぶのはほんの一部の(まだやってる)青年プチ将校みたいで、私はトンチンカンに見えます。
少し前、愛国が論調として氾濫していた頃は「流行」なのでよかったですが、最近は受けとめ側の意識が変化したというのが実感。
なにしろ現在の日本の政治状況は事実(余りにひどい)時期だもの。日本、日本と叫ぶ政治家や知識人の化けの皮がはがれてきたところですし。
日本を考えるのもあほくさいので、人間としてどうかと考えるようになる。

July 4, 2007

投稿者 Gershwin 

9Bさん

 宮台氏の言説は愛国者ほど合理的な結論を求めるといった論調です。

 「現在の日本の政治状況は事実(余りにひどい)時期」といって、”日本を考えるのもあほくさいので、人間としてどうかと考えるようになる。”とは思考停止であるかの如く誤解される可能性がありますのでご注意されると吉です。 
 オバサンも耐えてください。”人間としてどうかと考えるようになるところの日本人としての私”が見えてきませんか?。

 元来、記者も学者も表現者であって具現者ではありませんよね。私の知り合いの記者はジャーナリストは虚業だと言い切ります。情報というのは現場の人間が一番よく理解していると。私は彼を信用できる気がします。私は技術屋ですが、専門技術に関する取材報告は常に不十分で歪曲されている場合も少なくありません。表現が商売なんだから脚色もされるでしょう。

 マル激は有用な情報源として割り切って接すればそれで十分ではありませんか。

July 5, 2007

投稿者 ノクノク 

>>9Bさん
 こちらこそ、ごめんなさい。9Bさんの気持ちも考えず、盛り上がってしまいました。きっと、羨ましかったんですね。だけど、年配の方でも、まだ頑張れるのではないでしょうか? 人間の嫌な部分を見続けて、9Bさんも疲れたのだと思います。

 若さに嫉妬するのではなく、素直になって、みんなと国を良くする為に頑張りましょう! 左翼も右翼も、心は一つ同じ仲間なのです。

>>beat & NSXさん
 賛成です。ガンバって耐えましょう。「欲しがりません勝つまでは」を胸に刻めばやって行けると思う。いつか日本は必ずよくなります。時間はかかるかもしれないけど、マル激の様な番組も、今後は増えて行くでしょう。日本を信じる事がパトリオットですよね。

July 5, 2007

投稿者 Gershwin 

 日本的な統治、非統治の話に戻りますが、

 竹田 昌暉著「1300年間解かれなかった日本書紀の謎」によると、「天孫降臨」伝承の真相は西暦280年に呉王・孫子の一族が、軍船で倭国の日向と河内に渡来した史実の伝承だそうです。

 ここで面白いのは、倭国に侵攻した呉軍の「魏軍詐称説」です。

 大和に侵攻した呉軍は、自分たちが親魏の国だった”敵国”の邪馬台国にいると悟って驚き、せっかく運よく倭国に上陸できたのに、もしも自分たちの正体が呉軍と見破られたら、親魏の倭国の人々は必ずや「呉の軍勢が倭国に潜入している」と西晋に通報するに違いない。自軍には「自分たちが呉から来たことを倭人に伏せよ」と緘口令を敷き、倭人たちに対しては「我々は呉軍ではなく、かつて卑弥呼女王に親魏倭王の金印を与えた魏の遺軍である。先年、倭国が国譲りを強要されたと聞き、援軍としてやってきた。」と偽り、安心させた。たしかに出雲で国譲りを強要されたばかりだったので、倭人たちはいよいよ呉の軍勢がやって来たかと不安におののいていた。そこにこの呉軍の弁明。倭人たちはそれを信じ込み、戦わずして心服した。大和に入った呉軍は2種類の呉鏡を合成した三角縁神獣鏡を造ったが、服従した倭人の首長にその鏡を魏鏡だと偽って与えた。

 これが「魏軍詐称説」というわけです。


 上記の竹田氏の「魏軍詐称説」を私なりにアレンジしてみると、呉軍(権力者)が邪馬台国の人々(民)を騙し、そして邪馬台国人(民)もこれは適わないと悟って状況を受け入れる(騙されているフリをする)という有様は日本人の統治、被統治の形態を彷彿とさせるものがあるように思います。

 田吾作同士の実存競争だけがあって米国のケツ舐め環境は所与のものとしか考えられないエリート層の民度、また選挙民の民度を連想するのです。私はこの「魏軍詐称説」に非常に興味を惹かれます。

 立憲民主体制を支える新憲法を日本人自身の言葉で書いたとしても、それに日本の国家権力は従うのでしょうか?。「所詮、俺ら田吾作の造りもの」なんだからという理由で、永久に自主憲法に従わないという可能性は高いと思います。
 自分たちには敵わないアメリカさんが書いたからこそ承認する。圧倒的な軍事・文化レベルの呉軍には敵わないと邪馬台国の人々が思って彼らの統治を受け入れたように。また、自国の文化(製品)の評価を外国からの評価によって初めて承認するように。

さてsollbeansさん

 十七条憲法って当時の人々からはどの程度受け入れられたのでしょうか。?

補足:
竹田 昌暉著「1300年間解かれなかった日本書紀の謎」によると、

1. 「天孫降臨」伝承の真相は西暦280年に呉王・孫子の一族が、軍船で倭国の日向と河内に渡来した史実の伝承である。
2. 戦後の祟神元年の推定は誤算で、平均在位年数から再検討すると、祟神元年は4世紀後半の西暦350年代となり、378年まで在位した。
3. それによって、神武(磐余彦)が4世紀前半に実在した初代の天皇であることが、奈良県・桜井市の磐余の地にある原陵から確信できる。
4. 日向に発する「神武東征」伝承は、宮崎から瀬戸内沿岸に沿って三重県まで直線的に出土する、呉の系統の銅鏡がその傍証となる。

July 7, 2007

投稿者 sollbeans 

>十七条憲法って当時の人々からはどの程度受け入れられた
さぁ、皆目見当もつきませんが。
ガラパゴスにならないようにする工夫がないものかとは思っているのですが。

July 8, 2007

投稿者 ノクノク 

 ちょっと、悪乗りしてしまいましたが、9Bさんは、本質に落ちるのを避けてる気がします。他人を使って実存に縋るのは、如何なものでしょう。プロテスタントと言うか・・・。
 私は《実存》とは《本質に落ちる者》を指摘する言葉だと思ってたのですが、どうも逆向きの機能が働いてる気がします。本質を受け入れるのを拒み、《実存》に縋っています。本質がないって、「あんた社会を生きてるのかよ?」って話です。「怖がらんで、ええ」素直に多様性と、自分の好きな本質を受け入れなさい。
 《実存の解決》ではなく《実存から離れようとしない》、状態になっている気がします。現実がしっかりしていれば、多少、本質に足を突っ込んだり、言葉遊びを始めても、平然と構えられるはずです。

 《日本》が嫌いらしいので、削ってみます。
 sollbeansさんの話に、乗っかり、さらにその文面をメタ化しますと、物語を語り継ぐ思考には〈歴史〉と〈伝説〉の二つの捉え方があると考えられます。歴史は大系的な思考法であり、伝説は断片的な思考法です。大系による思考では、人々は個々の話を、大きな流れと、時系列の流れと、して繋いで行き、関連付けを重視します。断片化する思考では、個々の関連性よりも、一つの物語が、時系列を無視して象徴的になる様を示しています。
 民族や社会により、思考の構造が異なっていると考えられ、どの社会でもブリコラージュして、お話を現実に活用して行く。ある社会では歴史の思考であり、ある社会では伝説の思考である。神話の使い方は時代や地域によって異なるのである。
 現代に息ずく神話として、科学・技術・法律がある。これらは極めて実用性が高く、普遍化の水準が高いため、神話としては秀逸だ。
 ・・・・しかし、これじゃ、何も意味がないんだな。日本人が日本を語らなくて、どうするんですか? メタに行けば良いってもんじゃない。時に話にのる事も必要です。例えば、二人ともボケていたら、漫才にはなりません。

 お気付きの方もおられるでしょうが、おおよそ、現代では《言葉》は機能不全を起こしています。真面目に論じるも、戯れで語り合うも、差がほとんど無くなっている。
 今後は、ますます、言葉遊びが激化して行く事となるでしょう。相手の発言の意味が読み解けなくなる事象が増加します。真理を語ることも出来なくなります。
 そこで二つの道があります。一つは、ロゴスを捨てて、別の表現形態を模索する道です。実体験や取材を伝えるなど行動主義の道です。もう一つは、なおも機能不全に陥ったロゴスに、何かを期待して残り続ける道です。
 いずれにしても誤解の嵐です。実体験を表現しても、大多数の人には、その姿が何を意味しているのかが分かりません。例えば、環境に興味がない人には、なぜ環境にそうまでコミットするのかが理解し難いのです。
 そしてロゴスの方は、それ自体が現実との境界線を見失ってるので、語り合っても遊びなのか真面目なのか分からず、ロゴス自体が実存の階層で彷徨います。単語は記号としての機能を発揮していきます。

July 9, 2007

投稿者 Gershwin 

ノクノクさん

>・・・・しかし、これじゃ、何も意味がないんだな。日本
>人が日本を語らなくて、どうするんですか?

 そう思います。結構多くの日本人がそういう思いを抱いているような気がします。何も不安のポピュリズムで右傾化(というか日本のナショナルアイデンティティに対する関心)するばかりでもないでしょうね。

 ロゴスだとか言論が機能しなくなると当然、憲法どころではないですね。憲法ダンス(体操)とか憲法ゲーム(脳トレ)といった舞踏・朗詠系で伝承するのがよいのでしょうか。

 冗談です。却って頭使わなくなりそうですね・・。

July 10, 2007

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