原発政策ってこんないい加減なものだっだんですか(マル激第317回)

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マル激トーク・オン・ディマンド 第317回(2007年04月27日)
見えてきた原発政策の限界
ゲスト:伴英幸氏(NPO法人原子力資料情報室共同代表)

 此度の地方選挙には、隠れたもう一つの争点があった。それは、今後日本が、原子力発電所から出る高レベル放射性廃棄物の処分場を見つけることができるかどうかだった。いわゆる「トイレ無きマンション」問題である。

 現在日本の原発で発生する核のゴミは、暫定的に青森県の六ヶ所村や茨城県東海村の再処理施設にプールされている。しかし、どんなに遅くても2030年までにはガラス個体で固めた放射性廃棄物を半永久的に埋めておく最終処分場を見つけなければならない。

 しかし、原発推進側の最初で最後の望みだった高知県の東洋町はこの選挙で、20億円と引き換えに町の土地の300メートル地下に「核のゴミ捨て場」を提供する方針を打ち出した前町長を落選に追い込み、誘致反対派の候補が新町長に当選した。これで日本の原発政策の「トイレ探し」はまた振り出しに戻ってしまった。

 実際政府は最終処分場探しに躍起になっている。「手を挙げるだけで2億円」と揶揄された立候補地に対する事実上の報奨金も、2億円では過去5年間どこからも手が挙がらず、ご褒美を20億円に増額したところ、ようやく日本中でただ一つ東洋町が手を挙げていた。これは文献調査を行うことのみに対するインセンティブということなので、文字通り報奨金と呼ぶべき性格を持つ。今回争点となった東洋町の前町長は、この立候補が財政難に苦しむ町財政を救うための報奨金目当てであることを明言し、自ら職を辞して選挙に訴えることで、民意を問うていた。

 もっとも東洋町の場合、活断層が近くを通ると言われ、実際に処分場が建設される可能性は低いとの見方が強かった。つまり、本当に「手を挙げただけで20億円」で終わる可能性が高かった。にもかかわらず立候補地一つ現れないのが、現在の日本の原発政策の実情なのだ。

 日本に限らず、核廃棄物を最終的にどこにどう処分するかは、世界中で問題になっている。原発問題に長年関わってきた伴氏によると、日本以外の国でも、まだ最終処分場が確保できている国は一つも無い。しかし、それでも先進国の多くが依然として原発にこだわる理由を伴氏は、「日本以外の原発大国はほとんど例外無く核兵器保有国であるため」と説明する。核保有国は安全保障上の理由や軍事的な理由から、原子力政策を継続していく必要がある。しかし、核兵器の保有を明確に否定している日本には、本来はその必要性は無いはずだ。

 伴氏は、相次ぐ事故や処分場の問題などを考慮に入れた場合、必ずしも合理的とは言えなくなってきている原発に日本政府が依然としてこだわり続けることの真意は、核オプションを維持したいとする一部の政治勢力の思惑にあるとの見方を示す。核兵器を製造する上で必要になるプルトニウムを抽出するための核燃料の再処理に日本がこだわり続ける理由も、「アメリカが認めてくれている数少ない既得権益だから」と伴氏は言う。

 しかしそれにしても、昨今明らかになった400件を越える事故隠しや、市民社会が監視機能を果たすことを困難にしている明らかな情報公開の不備、安全性や事故の深刻さを中立的な立場から「リスク評価」できる食品安全委員会のような第三者機関の不在、そして極めつけとも言うべき「トイレ問題」など、日本の原発政策はあまりにも多くの問題を抱えたまま、見切り運転を続けている実態が今明らかになってきている。

 ここは一つ取り返しのつかない事態に陥る前に、原子力政策を今一度しっかり再考しておく必要がありそうだ。伴氏とともに、日本の原発政策の現状と今後の課題を考えた。

<ゲスト プロフィール>
ばん ひでゆき(NPO法人原子力資料情報室共同代表)
1951年三重県生まれ。75年早稲田大学文学部卒業。生活協同組合、脱原発法制定運動事務局を経て、90年より原子力資料情報室勤務。95年同事務局長、98年より現職。著書に『原子力政策大綱批判―策定会議の現場から』など。

April 30, 2007



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コメント

投稿者 ノクノク 

『政治ネタは嫌がられる』について。他にも意見はあるのでしょうが、一つにジレンマがあります。


 例えば、マル激を視聴して、満足してウキウキした気分で変わらない日常を過ごす。「あー 今週も面白かった。来週が楽しみだな」と思う。
 例えば、マル激を視聴して、アクティブになり日常に変化を起こそうとする人達。だけど何ら、日常に変化を起こす事ができないので、不満が募り「役に立たないテーマを扱うな。疎外感がある」と思う。
 前者は静かではあるが、現実と向き合うのを諦めています。マル激をフィクションとして視聴している。後者は、マル激をシンボライズしたいと考えている。リアルとフィクションを繋ぐ媒体になって欲しい考えている。前者と後者、果たしてどちらの方が現実的でしょうか?


 今回は触手が出ています。例えば、今回の番組をみて原発に関心を持った。そして何かコミットしようと考えた。そこで http://cnic.jp/modules/about/article.php?id=3 の賛助会員になったり、引き続き学習をする。と言った具合に、効用はともかく参加意識は満たせます。
 全般的にビデオニュースの番組は、市民性があることを前提として作られている気がします。しかし、日本に市民性が無いとすれば、政治をテーマにしてもコミットできないので空振りです。
 もしかして、〈政治が不満〉なのではなく、シンボリックな機能を果たせていない事に、不満なのでは? 市民性の点では、株式より電気の方がよっぽど身近なのに、話題としては受けが悪い気がする。
 きっと、教育はコミットでしそうなイメージがあるから、反響が大きかったんですよ。実際には何もできないでしょう。現実に目を向ければ、相変わらず学校は閉鎖的です。

May 10, 2007

投稿者 沈思黙考 

 私は、どこの国にも、いつの時代にも、程度の差こそあれ、市民性はあると思い込んでます。原発を「トイレ無きマンション(正確には "トイレ" ではなく "便所" なんですけど・・・)」と揶揄した故武谷三男氏が好例。今回放送された放射性廃棄物処理問題は、半世紀も前から、武谷三男氏らによって指摘され続けてきております。
堀江邦夫著『原発ジプシー』など如何でしょう?
 私の閉塞感は、大学時代に知った原発問題に由来しており、現在もどこか虚ろな自分と向き合い続けております。環境問題にコミットされている神保さんも、語られ尽くした感のある問題として、当然ご存知のことばかりでしょうから、切り口が通り一遍の啓蒙に流されてしまうのも仕方ないのかもしれません。(point of no return(手遅れの状態)を否定できないんですから・・・) 現在稼動中の原発に携わっている技術者の年齢構成は、農業と同じく、高齢化が進んでいるという理解で良かったのか? 確認したいところです。

 番組で取り上げていただきたいテーマ "統合失調"
beat & NSX 問題・・・当初、"ストーカー" って言葉が頭に浮かんできたのですが、どうもしっくりきません。故あって、"統合失調" という観点から考えてみました。

 山口二郎=編『「強者の政治」に対抗する!』より抜粋
<我々が直面する最大の疑問は、なぜ国民はこれほど不誠実な小泉首相を許したのかという点である。我々が政治家を批判する時、矛盾を突くという論法を取ることが多い。言っていることとしていることが違うとか、前に言ったことと異なる行動を取っているという形で、政治家に一貫性が欠如していることを批判することは小泉以前の時代には有効であった。実際、たとえば一九九三年の政治改革国会における宮沢首相のように、国民に公言したことを実行できなかった理由で不信任され、権力を失った事例もある。
では、小泉首相にはなぜこうしたオーソドックスな批判の論法が通用しないのであろうか。

 香山リカ氏(精神分析医)
矛盾を平然と受け入れる大衆心理
●多くの人々の中で、人格の統合を尊重するという前提が崩れている
●矛盾を突くという論法は、人間は一貫していなければならない、精神分析の言葉を使えば統合された存在でなければならないという規範を前提としている。しかし、昨日の私と今日の私は違って当然という統合失調の気分が広い範囲に蔓延している

 香山氏の分析を受け入れつつ、さらにその背景を探るならば、個人のアトム化という変化があるように思える。政府の社会政策や各種のセーフティネットが崩壊し、競争社会状況に個人が投げ出され、自己責任が強調されるようになった。責任を担うのはもちろん統合された人格である。しかし、普通の人間は自己責任を引き受けられるほど強くはない。だからこそ、逆に人格の統合性を放棄し、自己責任状況から逃避するという反応を示しているという説明を思いつく。「論理よりも情緒」というテーゼを掲げた『国家の品格』(藤原正彦著、新潮社)という本が大売れしたのも、論理を通すことのしんどさから逃避したいという人々の欲求の反映であろう。
 小泉時代の日本では、政治の世界で言葉が崩壊したことはいくら強調しても強調しすぎることはない。・・・言葉の矛盾に鈍感になることは全体主義への第一歩なのである。ジョージ・オーウェルは究極の全体主義支配を描いた小説『一九八四年』の中で、支配者であるビッグ・ブラザーが人民に三つのスローガンを吹き込む様子を描いている。「戦争とは平和である」、「自由は隷属である」、「無知は力である」という三つがそれである。それぞれは本来両立しない二つの事柄を等置した点で、矛盾した命題である。
 本来人間は矛盾した命題に直面すると、違和感を持ち、矛盾状態を解消したいという欲求を持つものである。もし矛盾に違和感を持たない人々が多数派になるならば、違和感を持つ者は孤立し、沈黙する。だからこそ、この矛盾に違和感を持たなくなった時、人々は全体主義の中に統合されていくのである。>

<知や教養が政治的嵐の前では無力だが、それでも知や教養以外に政治の横暴に立ち向かう有効な道具はないというジレンマ(佐藤優、魚住昭共著『ナショナリズムという迷宮 ラスプーチンかく語りき』)>を理解したいものです。

 beat & NSX さんへ、
ハンドルネームで参加している訳ですから、その場しのぎの格好つけは見苦しい。論理に一貫性をもたせ、過ちを認めなさい。議論はそれからです。
啓蒙その1) じっくり読んで沈思黙考してください。
http://www.jimbo.tv/videonews/000370.php
>「マグマの下に化石は無いって?。」、なるほどうまいことを言うね。

 動揺してたんですなあ(笑々)・・・
四球連発で自滅していくピッチャーを想像してしまいます。
「マグマの下」の話なんてしておりません。
「地殻の下のマグマ」のお話です。大丈夫?

>「”いわゆる”化石エネルギーはなくならない」ならば良しか?。これは揚げ足取りだろう?(笑)。
> あなたは自然界に埋蔵される炭化水素化合物は無機炭素起源説を取っていると考えている。私は有機炭素起源と考える。

 あのねえ、"”いわゆる”化石エネルギー" なんて一括りにするから、ダメなんだよ。マグマが生物由来のはずがないでしょう・・・ "”いわゆる”化石エネルギー" って一括りにした途端、炭化水素化合物=有機一色、早い話、無機炭素起源説そこのけになってしまうことに気づけないんだから疲れます。貴殿の場合、部分部分を見れば、それなりに筋が通って見えるんですが、一括して拝見するとギャグになるんですよ。せめて言葉使いには配慮なさい。私の立場は、炭化水素化合物=無機∪有機 です。

May 12, 2007

投稿者 Gershwin 

これ黙考よ

 さようならー・・・・じゃなかったのか(笑)?。ストーカーと看做している相手にわざわざまた呼びかけるんだから君はつくづく病気だな(笑)。


 ところで随分と「マグマの下じゃなくて中?の天然ガス」にこだわっているようだが、それで君は何が言いたいのかな?。

 私は「いわゆる化石エネルギー=石油と天然ガス=生物由来(と私が考えているところのもの)は人類の消費量に対して残りが少ない。楽観できない。」という意味のことを自分の意見として言っただけだろう。それが誤解無く伝わっていればよいのでは。


 君は、人類社会のしくみのありたい姿は人類が使用できるエネルギー量に依存しないものとお考えのようです(人口と消費エネルギーには相関があり、使用可能なエネルギーの規模は社会の仕組みに影響すると私は思うけれど・・)。私がその続きを拝聴したくて、君の意見に同意できる部分を述べた上で続きを促したのです。そうしたら何故か君は(顔を真っ赤にして?)キレてしまった・・・。ここからが実は大事だったのに・・。
 私が自説(埋蔵炭化水素エネルギー残量に関して悲観論)を忘却したかのように思われているが、それは君の文章の読み方に問題があると思いますよ。 

May 12, 2007

投稿者 Gershwin 

黙考よ

 君がこだわるマグマ中?の天然ガスについて。

>地殻の下のマグマには、半永久的に利用可能な天
>然ガスが眠っていると考えておりますが

>そんなこといつ言ったの? 地殻の下のマグマの中に
>化石があるのかい?"

>「マグマの下」の話なんてしておりません。
>「地殻の下のマグマ」のお話です。大丈夫?


 絵で説明してもらっている訳でないからよくわからんけれど、君はマグマの層が天然ガスを閉じ込めていると言ってるわけでは無いの?。

 
 それとも何かな、マグマの中というのはマグマ層中にガスが混在しているという意味かな(気体、液体、固体の三相が混合している状態?)。


 普通の読み手は、地下に埋蔵された気体といえば、固体でできた(ふせた)お椀の中に閉じ込められるような状態を想像するぞ。
 あるいは、地球全体で見ればマグマの層は球形をしていて、そのマグマの「中に」天然ガスはあると表現するならば、天然ガスがボールの中に閉じ込められたがごとく状態を想像するぞ。
 つまりいずれにせよマグマの層の「下に」天然ガスがあるのだと・・・。

 他人の言葉遣いを指摘するくらいなら、ご自分もある程度正確に表現すべきでしょう。

May 12, 2007

投稿者 ノクノク 

>>沈思黙考さん
 それには異見があります。ロゴス主義に陥ってます。「習うより慣れよ」とも言います。
 例えば、『世界の中心で、愛を叫ぶ』は作り話です。ところが、ヒットした翌年は、骨髄バンクのドナー登録者が増えました。知なき感情でも人は動きます。
 全体主義は、本当に全体性を掴んでいるのか? 自らを狭い檻の中に閉じこめ、檻を全体と規定しているだけでは無かろうか?
 政治や芸能は特殊空間である。現実だけではなく虚構も入り乱れる。だからこそ〈日常〉と〈非日常〉を隔離して、精神の安定を保とうとする。
 〈ネタのベタ化〉〈現実と作り話の区別が付かなくなる〉。では逆はどうだろう → 〈ベタがネタにしかならない〉〈理想と現実が隔絶されてしまった〉

※まずは知ることから → まずは動くことから。
※まずは動くことから → まずは信じることから。
※まずは信じることから → まずは健康から。

 例えば、音楽では言葉は情感を示している。《あどけない眼差しで、彼はキャラメルを食べながら、怒る私の傍にやって来たので、私は怒りがすっと止んで、涙に変わった。》と、行動原理が論理的でなくとも、人は理知なき許しを確信するでしょう。過ちは、自らの箱庭に縋ろうとする、己にあるのではないだろうか。

 マキャベリズムが足りないのでは?《目的が手段を正統化する》ならば、他を侵食してでも果たすべき。学術では〈ニューアカ〉なんてのが、あったらしいですね。政治もワイドショー化しました。敢えて、アンポピュラーである〈いばらの道〉を進む意図はどこにあるのだろう。ともあれ、現実は非論理的だし、一貫した論理は記号の世界だけにしか現れない。

May 14, 2007

投稿者 沈思黙考 

 ノクノクさんと私のズレは、単に年の差、或いは、来し方の違いだと思っております。ノクノクさん御指摘のように、私も若い頃は音楽(情感)にはまり、あの手この手とマキャベリを気取って、女体にはまっておりました。
煩悩には際限がありません・・・
その後、科学の厳密さと政治の曖昧さに魅せられてしまいました。
 格好よく生きてゆきたいという考え方は、変わってないんですけど、"格好よさ" の対象(異性⇒科学⇔政治)が、年を重ねるごとに変わってきた訳です。宮台真司先生の先行世代では、学問 ⇒ 政治 ⇒ 性 と変遷してきたそうですが、私個人の場合、性(拙速な情感) ⇒ 学問⇔政治(吟味した論理)って訳です。

 全体主義に関しては、
山口二郎先生や佐藤優氏の議論を踏まえた私個人の見解です。
> 自らを狭い檻の中に閉じこめ、檻を全体と規定しているだけでは無かろうか?
> 敢えて、アンポピュラーである〈いばらの道〉を進む意図はどこにあるのだろう。
と仰る点に関しては、檻を抜け出しても、また別の檻があるだけだ、とコメントいたします。論理を重視するあまり、非論理的情感を軽視している訳ではありません。豊かな情感を育くむためにも、論理を味わわない手はないと考えている次第です。素朴な情感など幻です。人である以上、論理から自由になることなどありえないのですから・・・現実がネタだと観取なさっているノクノクさんには、釈迦に説法かもしれませんが、後進の方々のために引用いたします。
 宮台真司、鈴木弘輝、堀内進之介共著
『幸福論 の不可能と不可避について』
「自己決定主義を包摂したパターナリズムの視座」
<最終的には自己決定を手放せない。最後は自分で決めるとしても、こう言う必要がある。「お前は不完全で、お前のことはお前にも分からない。にもかかわらずお前が最後に決める。このギャップの問題性に気づいてほしい」と。加えて「私は不完全な感情的存在だ。まして私にはお前は分からない。でも私はお前の決定が不幸をもたらすだろうと思う。理由を存分にしゃべらせてもらう。しかし責任は取れないので、最後はお前が決めるしかないのだ」と。><知ると高い確率で不幸になる>ことを覚悟している私です。
> ロゴス主義に陥って
見えるのは、ノクノクさんと私の環境の違いではないでしょうか?
(屁?)理屈過多の者は、山のように存在してますよ。

> ニューアカ
に関しては、私自身、膨大なゴミの山ってイメージを持っておりますが、とはいえ、馬鹿にして無視してしまうにはもったいない優れた視点も与えてくれました。私の場合、量子力学に悶々としていた折り、
> 過ちは、自らの箱庭(=科学)に縋ろうとする、己にある
ことを確認させてくれたのが、ニューアカでした。
> 一貫した論理は記号の世界だけにしか現れない
間違ってますよ。ウィトゲンシュタイン同様、論理の一貫性を担保するものなどありえないことを証明したのが、ゲーデルの不完全性定理です。野矢茂樹著『無限論の教室』をご覧下さい。ベタはありえず、すべてネタなんですから・・・ ネタと分かっていても、ベタになることもできる人生の方が豊かじゃないでしょうか? 宮台真司先生(ネタなアイロニー)に乾杯!!

May 15, 2007

投稿者 ノクノク 

そこで、グルッと回って、"統合失調"を扱いたい理由は何になるのでしょう?

May 15, 2007

投稿者 Gershwin 

 うーん、実にいい質問ですねえ(笑)。感服します。

 論理矛盾無く、知や教養にあふれた説明を黙考氏はされるのでしょうね。説明放棄ならば、自己責任状況から逃避するという反応を示していると思われかねない、・・・といったところでしょうか。  

 そしてその説明に対して→「そこで、グルッと回って、"ロゴス主義に陥っていない"と主張し得る理由は何になるのでしょう?」と突っ込みたくなりますよね(笑)。

May 20, 2007

投稿者 K Y 

誰に向けたレスでもないけれど、環境のことって「政治問題」ではあるが、より実質的な運用段階では「技術系の問題」だよね。ほかにも交通政策、医療、農水、建築、金融、防衛あたりも。経済がどうなるかは完全に民間セクターの責任だし。僕は、やはり成熟社会では(古典的な意味の)「政治」「政治家」って、何の専門家でもなく、バカすぎて実戦的な機能は担えなくなると思う。ただ、マネジメント>技術屋という上下関係と、政治は最終的な権限を掌握してるので、一部の人間にはエラソーに扱われるだけの話。政治的無関心が増えていくのは自然だろう。中央の政治がやることと言えば、予算回して、立法と、起きもしない戦争に備えた防衛くらいでしょ・・・僕が考えてる政治って、基本的に区役所レベルなんですよ。市民というか、生活者に直接届く範囲はほとんど区役所止まりだからね。

・統合失調について
最近宮台が勘違い気味のようなので多少歯止めが必要と感じ2chに悪口を書いておいた。宮台=統失=キチガイ=マレビト=神という意味合いで、つまり宗教的な一面において僕は宮台氏を祝福してたんだけど、そこを誤解されると困る。確かに、田吾作視聴者ではあるが、それなりにマル激会員なので、ベタに芸人・宮台に釣られてるわけではないのです。公平に宮台も腐しておくべきだったのかも・・。ああいう芸人には適度に抑圧を与えて、深層のトラウマを程よく刺激してやったほうが、いい仕事をすると思う。学業的実績が皆無なのはともかく、最近勘違い・ピントズレが過ぎる。一度CHARLEYのLIFEかなんかに証人喚問で呼んで土下座企画をやったほうがいいです(去勢のため)

May 21, 2007

投稿者 9B 

昔、といっても10年ほど前迄政治家の秘書でした。その当時思ったのは、政治関係者は堅気ではなく実にいい加減で面白い人種のルツボだなと。いい意味でも悪い意味でも。おかしなエピソードが毎日噴出するので(わけのわからん権力闘争ですが、結構笑えるの)。


しかし当時面白いなと感じた議員は現在おおかた不遇です。現在の中枢は、あまりワルではないがほんとうに「つまらな~い」人種ではないかしら。質がちゃち、それは日本に限らず大国アメリカでもフランスでもそういうトップを選ぶのだから、衆愚の行く末はこうなるのかと。


ゆえにマル激で政治関係者をおだてる時にはバッカみたいだなと。最近のマル激に対しては、「弛緩」を感じる。大体、家族の話などしたらいけません。宮台先生はHPに子供の写真を載せているのを見て仰天しました。ユルンデイル。初期のマル激をダウンロードすると、お金は無くともハードボイルドだった。弛緩したマル激に魅力は感じない。

May 22, 2007

投稿者 Gershwin 

KYさん

  宮台氏芸人説というのはうまいですね。「学者も芸人」とは私が学生のころに森毅氏が言っていたような記憶があります。私はそういう認識を持った後に宮台言説に触れているので、KYさんほど不満は感じません。芸ネタであっても十分にo.k.というスタンスです。

>深層のトラウマを程よく刺激してやったほうが

これはどういう意味でしょうか?。

May 22, 2007

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