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marugeki_313_jm.jpgマル激トーク・オン・ディマンド
第313回(2007年03月30日)
5金スペシャル
時代の後戻り感に処方箋はあるか

無料放送中

 今年最初の5金は、ゲスト抜きで今年の1~3月のマル激を振り返った。
 大きな反響を呼んだ杉並区立和田中学の藤原和博校長の教育論(『地域の「ハブ」としての公立校再生プランとは』第305回・2007年02月02日収録)、堕落した保守主義の現状を憂えた西部邁氏の保守論(『西部邁流、保守主義のすすめ』第307回・2007年02月16日)、官僚の暗躍によって小泉改革が一つまた一つと骨抜きにされていく実態を検証した草野厚氏の(慶応大学教授)『骨抜きにされる小泉改革』(第309回・2007年03月02日)、特捜検察と金融庁による日本型市場統治体制の是非を考えた『ライブドア事件にみる検察資本主義の到来』(第311回・2007年03月16日)、女性が「出産ストライキ」に訴えるまでこの問題を放置し続けた結果としての少子化問題を考えた『日本が「子供を作りたくない国」であるこれだけの理由』(第312回・2007年03月23日)等々。日本の現状を多角的に見ていく中で、どうにも禁じ得ないこの「既視感」とも「時代の後戻り感」とも表現できる重苦しい感覚が何なのかを、久しぶりにゲスト無しで考えてみた。
 また、番組後半は視聴者からのコメントやリクエストを一気に紹介した。

April 6, 2007



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「ブログには力はあるか2」返事に代えて from 再出発日記
先に「ブログに力はあるか」という悩みを打ち明けたところ、12人にも及ぶあたたかいご意見をいただき、感激している。早く返事とお礼を書かねばならないところであ...

April 22, 2007


第313回マル激 哀しい from Murrielz blog
ここ最近は忙しくてマル激は、途切れ途切れにしか聞けていませんでした。少子化問題を扱った第312回やNHK裁判問題を扱った第306回が、特に印象に残っている...

April 24, 2007


「めぐみさん参院選直前帰国の演出で自民圧勝、謀略の筋書き」警戒せよ、先回り予告バナー貼りまくりで茶番演出を無効化しよう! from 雑談日記(徒然なるままに、。)
今日のお勧めエントリー「安倍が改憲を急ぐわけ」「疲弊する米軍 」【田中宇の国際ニ

April 25, 2007

コメント

投稿者 沈思黙考 

もう一つの安倍政権観・・・
東京大空襲、大東亜宣言に関する見事な政府答弁。
********************
「安倍政権の歴史認識」
http://www.business-i.jp/news/sato-page/rasputin/200703290005o.nwc
 ・・・鈴木宗男衆議院議員が質問主意書で、
「政府はアメリカ軍による東京大空襲は当時の国際法に違反して行われたものと認識しているか」とただした。これに対して、3月23日、政府は安倍晋三内閣総理大臣名で「当時の状況についてはさまざまな見方があり、お尋ねの東京大空襲は、当時の国際法に違反して行われたとは言い切れないが、国際法の根底にある基本思想の一たる人道主義に合致しないものであったと考えられる」という答弁書を閣議決定した。筆者はこの内容を高く評価する。安倍内閣が対米追従であるという見方は浅薄だ。アメリカ政府が東京大空襲について「国際法の根底にある基本思想の一たる人道主義に合致しないものであった」という認識を示すことはありえない。同盟国であっても完全に一致した歴史認識をもつことは不可能だ。マスコミは扱わないが、安倍内閣は過去の歴史についてもっと踏み込んだ見解も表明している。
 鈴木宗男氏が43年11月3日の大東亜宣言について、「大東亜宣言には、『米英は自国の繁栄のためには他国家他民族を抑圧し特に大東亜に対しては飽くなき侵略搾取を行ひ大東亜隷属化の野望を逞うし、遂には大東亜の安定を根柢より覆さんとせり』との文言があると承知するが、政府はこの認識を現時点でどのように評価しているか」とただしたのに対し、政府は2006年10月6日の内閣答弁書で「御指摘の文言は、会議の参加国が当時における認識を示したものであると考える」と答えている。大東亜宣言に署名した、大日本帝国、中華民国(汪兆銘政権)、タイ国、満州国、フィリピン共和国、ビルマ国が米英は侵略国であるという認識をしていたと、現在の安倍内閣が確認しているのである。この歴史認識にアメリカが同意することは絶対にないと思う。
 ・・・慰安婦を含む戦争に関連した歴史認識問題に日米共通の認識をつくることができるという幻想はもたない方がよい。筆者は安倍内閣は本格保守政権と認識している。それは、質問主意書に対して、ときにアメリカの基本的な歴史認識と衝突するような内容でも、ひるまずに答弁し、日本国家と日本人の歴史を取り戻すことに貢献しているからだ。この点についてマスコミが公平な評価をしないことに筆者は違和感を覚える。
********************

April 7, 2007

投稿者 沈思黙考 

テレビCM(朝日新聞 ジャーナリスト宣言 etc)でもいよいよ、
地球温暖化対策 =CO2の排出抑制 は既定とのこと。
スペンサー・R・ワート著『温暖化のとは何か』
「大気が熱放射の一部を・・・閉じ込め」る温室効果。
「地表面から上昇する赤外放射の一部が・・・CO2に吸収され・・・下向きに放射されて、地表面を暖める」
 薬師院仁志著『地球温暖化論への挑戦』
「温暖化問題に関する情報洪水のごとき状況下で、多くの人々は、科学的根拠も理論もデータもほとんど知らないまま、人為的活動によって地球温暖化が生じるのだと、いつの間にか思い込むようになっているのではないだろうか」 「かつてのオウム信者たちがマインド・コントロールを受けていたと言うのであれば、これがマインド・コントロールではないなどと、本当に言えるであろうか」 「大気中に存在する温室効果ガスとして最強のはたらきをもつものは、水蒸気である」 「水蒸気よりずっと効果の小さい温室効果ガスに過ぎない二酸化炭素が、それほどの重要性を持つのであろうか」
 以下、
地球の平均気温が上昇傾向にあることを前提として私見を述べます。
 疑問その1 温室効果ガスについて
CO2の人為的排出 ⇒ 温暖化 ⇒ 温室効果ガス(H2O、CO2・・・)の増加(∵ 飽和蒸気圧 ∝ 温度)⇒ 温暖化 ・・・
上記のモデルは、「自己強化の循環的関係(スペンサー・R・ワート著『温暖化のとは何か』)」にあります。一旦始まってしまったフィードバック・プロセスの場合、人為的CO2排出量を抑制したところで、温室効果ガス全体を減らさなければ(他の温室効果ガスを並行して減らさなければ)、「自己強化の循環的関係」を断ち切ることはできません。温暖化の原因をCO2に求めるとして、CO2に比べ、ケタ外れに存在するもう一つの温室効果ガス:H2O(水蒸気)を問題視しないのは何故でしょうか?CO2ガスの人為的排出を抑制するだけでは、すでに増加し、今後も増加傾向にあるH2O(水蒸気)の温室効果を抑制できるはずもなく片手落ちです。
 疑問その2 廃熱(ヒートアイランド)について
佐藤秀さんのブログを参考にしました。
佐藤秀の徒然\{?。?}/ワカリマシェン 
http://blog.livedoor.jp/y0780121/archives/50095868.html
「・・・都市部の観測地のデータと全体のデータとでは、気温上昇で特に変わりがない。そして、常識的に見ると変に思えるが、rural、田園地帯の方がこの100年間あたりの上昇率が高いのだ。それは、平均気温が著しく上昇している地域がシベリアなど人口希薄地帯だからだ。これだけで渡辺氏の言う「主な原因はヒートアイランド現象だ」など100%ド素人発言だということが分かる。・・・」
佐藤秀さんの「「主な原因はヒートアイランド現象だ」など100%ド素人発言」に関する理屈に関しては、薬師院仁志著『地球温暖化論への挑戦』が参考になります。
「大気中に水蒸気が少ない高緯度地方(∵ 飽和蒸気圧 ∝ 温度)においては、二酸化炭素等の増加が直接的に温室効果を強めること」になる一方、低緯度地方では「水蒸気だけですでに強力な温室効果をはたしてしまうから、二酸化炭素が付け加わったところで大した影響はない」が故、「温室効果ガスによる地球温暖化は、大気中の水蒸気量が元々少ない高緯度地方で顕著になる」 つまり「二酸化炭素やメタン等による温室効果が強く働くのは、気温が比較的低く、空気中の水蒸気量が少ない場合」であり、「温室効果ガスの増大に起因する温暖化の直接的な影響は、夏季の猛暑ではなく、むしろ暖冬となって現れてくる」
 さて、上記の理屈で、「廃熱(ヒートアイランド)」を温暖化の原因として棄却できるものでしょうか?熱は高温側から低温側へと一方的に流れるエネルギーであり、熱の伝わり方には、放射のほかに、伝導・対流が挙げられます。都市部の「廃熱(ヒートアイランド)」による熱エネルギーは、都市部のみで消化されるものではなく、伝導・対流・放射を通じて、温度の低い人口希薄地帯へと一方的に流れ、人口希薄地帯の温暖化にも寄与しているからです。温暖化が、高緯度地方で顕著であること、夏季の猛暑ではなく暖冬として現れてくること、都市部ではなく人口希薄地帯で顕著であること、以上の傾向にあるとしても、人為的「廃熱(ヒートアイランド)」を温暖化の原因として棄却するのは行き過ぎではないでしょうか?


福岡伸一著『ロハスの思考』「環境問題を懐疑的に考える」より
「専門家vs素人。ここには圧倒的な不平等が存在している。それは基本的には、知識量や情報量の不平等ではない。知識と情報が依って立つ構造の脆弱さを知っているか否か、という不平等である。構造が見えにくいのは、専門家が意図的にそうしているからである。したがって、本当の専門家とは、専門的知識の成り立ちの危うさに気づいている人々のことである。そして本当の専門家の多くは、その危うさを糊塗するために、ある時は極めて攻撃的になり、ある時は極めて守備的になる。危うさが素人の目にさらされると、自分たちのナイーブな動機やポリティカルな志向が露呈すると恐れているのである。 とはいえ、私たちが十分に、かつ持続的に注意深くさえあれば、専門家の一貫性の破れをあちこちに検出することが可能だ。このような「専門家」検証のケーススタディとして、たとえば、S・シュナイダーを挙げることができる。彼の主著は『地球温暖化で何が起こるか』(草思社刊)である。今日、私たちが「環境に対して優しく」あるためにアイドリングをストップしたり、ケナフを植えたりすることを正しいと思うようになったのは、ひとえに彼の"啓蒙"のお陰であるといっても過言ではない。
 シュナイダーはスタンフォード大学の高名な気象学者で、国際組織「気候変動に関する政府間パネル」IPCCの理論的主柱でもある。彼は産業活動によって大量に排出される二酸化炭素が"温室効果"をもたらすことによって地球が温暖化し、環境が破壊されると主張する。ところが、である。1970年代、シュナイダーは実は、筋金入りの"地球寒冷化"論者だった。当時、多くの「専門家」たちは、温暖化ではなく、地球が冷えていくことに心を痛めていた。温暖な間氷期はまもなく終わり、次の氷河期がやってくる、と。日本でもおびただしい数の"氷河期"を警告する本が出版された。シュナイダーは、産業活動によって大量に排出される煤煙中の微粒子が、"日傘効果"をもたらすことによって、地球が寒冷化するというモデルを提唱していた。では、地球寒冷化論から地球温暖化論へのへの一大転換はなぜ起こったのか?この間、気象理論が爆発的に進んだわけでもなく大発見がなされたわけでもない。二酸化炭素排出による温暖化論は純粋な政治問題として浮上してきたのである。
 この奇妙な事実を指摘した好著が、『地球温暖化論への挑戦』(薬師院仁志著、八千代出版刊)だ。本書はこう問題提起する。「温暖化問題に関する情報洪水のごとき状況下で、多くの人は、科学的根拠も理論もデータもほとんど知らないまま、人為的活動によって地球温暖化が生じるのだと、いつの間にか思い込むようになっているのではないだろうか」。
 その上で薬師院は、温暖化論が気象の数理シミュレーションから出た仮説であること、つまりコンピュータの中で生まれた危機にすぎないことを明らかにし、その信頼性には限界があることを示す。寒冷化論と温暖化論は、シミュレーションのやり方次第で入れ替わり、時代とともに流行り、廃れ、また流行る。
 さらに薬師院はメスを進める。では、地球温暖化論を正当化するとき、誰がどのような利害を得ることになるのか。ここで、重要な事実が浮き彫りにされる。常に地球温暖化を引き合いに出して議論されるもの、それは二酸化炭素を排出しない「クリーン」なエネルギー源である原子力発電の推進キャンペーンであるという事実。シュナイダーは、石炭産業を環境汚染産業として糾弾する一方で、メルトダウンしない安全な原子炉の設計を提案し、原子炉の安全性を高めるべきだとの、原子力擁護発言を常々行っているという。しかも、シュナイダーは寒冷化を論じていたときでさえ、原子力エネルギーがそれを救うといっていたのだ。
 薬師院は指摘する。「シュナイダー氏は、科学者としての学説は正反対に変えてしまったのであるが、原子力産業支持の立場だけは何十年も首尾一貫しているのである。スリーマイル島事故が起ころうとも、チェルノブイリ事故が起ころうとも、軽々と変節するようなまねは決してしなかった。地球が寒くなろうが暑くなろうが、チェルノブイリで何人死のうが何であろうが、とにかく原子力エネルギー推進だというわけである。この点だけは一貫している」
 欧米でも一冊の本が大きな議論を巻き起こしている。ビョルン・ロンボルグ著『環境危機をあおってはいけない ― 地球環境のホントの実態(The skeptical environmentalist)』(文藝春秋刊)だ。端的にいえば、地球温暖化論に対する全面的な懐疑である。ロンボルグの主な論点は次のようなものだ。
① 二酸化炭素排出によって地球が温暖化していく、という仮説には、非常に不確実な要素が多数含まれている。
② 地球温暖化論を主導している公的組織IPCCの描くシナリオには誇張が多く、実際には、地球の平均気温上昇は、IPCC予測の最大値よりもずっと低い値にとどまる。2100年の時点でも、2度以下、22世紀にはそれ以上の上昇はない。
③ 京都議定書の成果はほとんど期待できない。たとえ、二酸化炭素排出の目標値が世界中で達成できたとしても、2100年の地球の温暖化は、何もしなかった場合に比べて、わずか0.15度しか下がらない。
④ 一方、京都議定書の目標達成のためには、毎年1500億ドルから3500億ドルもの金がかかる。この金を、たとえば貧困にあえぐ国に対して、正常な飲料水と衛生施設を提供することに振り向けるだけで、世界が抱える問題を大きく改善することができる。
 ロンボルグは、地球温暖化論へ真っ向から挑戦するとともに、これまで環境保護論者が錦の御旗として掲げてきた主張にも容赦のない反論を加えている。いわく、地球上の森林は減ってはいない、食糧危機は幻である、希少種の絶滅は心配するに足りない。
 あまりにもスクエアな環境保護運動に辟易している人たちには、ロンボルグの主張は痛快に聞こえるだろう。しかし一方、先掲の書『The skeptical environmentalist』は、米国のブッシュ支持派や産業界からは歓迎されているという事実がある。米国が京都議定書から離脱したことを正当化できるからにほかならない。ことほどさように、科学は政治の道具となりうるのである。
 ならば、私たちは環境に優しくあるためにどうすればよいのだろうか。夏がかくも暑くなったのは地球温暖化傾向の表れではない。部屋の温度を数度下げるために外気にはそれ以上の熱量を放出する必要がある。無制限な電力消費による空調が都市部のヒートアイランド化をもたらしていることは疑いがない。」

 まとめ)田中宇の国際ニュース解説「地球温暖化のエセ科学」より
http://tanakanews.com/070220warming.htm
「二酸化炭素が温室効果をもたらすことは、多分事実だが、温暖化には他の要因もあるというのも、多分事実である。今の世界の温暖化問題の議論は、多数の要因の中の一つしか見ず、他の要因を政治的に排除して成り立っている。」
 地球温暖化対策として、省エネや「廃熱」対策された太陽光発電など環境保護的な施策であれば、諸手を挙げて賛成するところですが、CO2の抑制を謳うばかりでは、原子力発電バンザイに傾いて行きそうで油断できません。(これ以上、原子力発電による放射性廃棄物が増えるくらいなら、火力発電によるCO2排出の方がマシだと考えています)

薬師院仁志著『地球温暖化論への挑戦』
「日本やフランスは、温暖化対策と原発推進とをリンク(国策的に原子力発電を積極的に推進)させている」
「日本の温暖化防止策の大きな柱は原子力発電の拡大であり・・・(電力中央研究所編『どうなる地球環境―温暖化問題の未来』(1998)p157)」
「これまでの温暖化論争は……シュナイダーとリンゼンを両代表とする科学者グループの間でなされている。前者は原子力産業の御用学者グループであり、後者は石炭産業の御用学者グループである。両者ははじめから到達すべき結論が決まっており、決して科学的ではない。この論争の勝敗はどちらに行政が味方したかで決まってしまう。それは、どちらのグループに研究費が余計に出るかを意味する。研究費がたくさん出るほうに、一般の気象学者が同調することになり、多数派が形成されることになる。(槌田敦「リプライ―反論になっていない松岡コメント」 環境経済・政策学会編『地球温暖化への挑戦』東洋経済新報社(1999)p253-254)」
「IPCC 3000人の科学者のコンセンサスにはほど遠く、ごく少数の科学者たちが「科学的な知見をふくらませて極端な結論」を導き出したものに過ぎない(『ニューズウィーク』(日本版)2001・8・1 p22-27)」

第一線の科学者による総意は本当にあったのでしょうか?
IPCCの見解は、巷間言われているような、人類の叡智なのでしょうか?

上記文献の他に、私が参考にしたものを挙げておきます。
ジェレミー・レゲット著『ピーク・オイル・パニック - 迫る石油危機と代替エネルギーの可能性』
ビョルン・ロンボルグ著『環境危機をあおってはいけない 地球環境のホントの実態』
温暖化いろいろさんのブログ
http://www.janjanblog.jp/user/stopglobalwarming/stopglobalwarming/
All in One! 環境研究室さんのブログ
http://www.h5.dion.ne.jp/~allinone/natureland/eco/warming1.html

April 7, 2007

投稿者 Gershwin 

こら沈思黙考よ。

 地球温暖化(環境)問題懐疑論に関する長文引用はよいが、自分の言葉での意見はどうなっている?。

 環境問題の真の敵は原子力産業ということなのか?。

 宮台氏述べるところの公共投資としての環境政策についてはどう考える?。

April 7, 2007

投稿者 沈思黙考 

 カッコ(ギュメ)で囲んだ文字は、表示されなくなるんですね。
スペンサー・R・ワート氏の著作について
誤)『温暖化のとは何か』⇒ 正)『温暖化の "発見" とは何か』
http://www.amazon.co.jp/%E6%B8%A9%E6%9A%96%E5%8C%96%E3%81%AE%E2%80%9C%E7%99%BA%E8%A6%8B%E2%80%9D%E3%81%A8%E3%81%AF%E4%BD%95%E3%81%8B-%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%BBR-%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%88/dp/4622071347

地球温暖化に関する増田耕一氏の解説(巻末)
1.大気のうち水蒸気・二酸化炭素などの成分は、赤外線を吸収する。それは地表面付近の気温を上げるように働く(「温室効果」)。
2.人間の産業活動によって出された二酸化炭素などが地球の大気の温室効果を強める。
3.過去約百年間に全地球平均の地上気温が上昇した。
4.3.の原因の少なくとも一部は2.である。
5.将来約百年間にさらに全地球平均の地上気温の上昇を含む気候変化が起こることが予測される。

「原因の少なくとも一部は・・・」という表現に見られる謙虚さは、コンピュータ・シミュレーションの精度向上という見地から、廃棄されたようですね。
 さて、人が感情の虜であることをつくづく感じます。てっきり佐藤秀さんあたりからのリプライかと思ったのですが、また貴殿ですか?
私の文面から私自身の考え、貴殿の言葉で言えば、
> 自分の言葉での意見
を汲み取れないのであれば、それは、読み手である貴殿の問題でしょう。自分の意見が自分の言葉でしか表現できないなどと、
私は全く考えておりません。
どうして私が公刊書の内容を多用するのか、
一度ゆっくり考えてみてください。

> 環境問題の真の敵は原子力産業ということなのか?
臨界事故隠しを含めデータ改ざんなど一万件以上の問題を明るみに出した電力会社のニュースと前後して、メディアで大々的に採りあげられているIPCC答申を貴殿はどのようにお考えでしょうか?

> 宮台氏述べるところの公共投資としての環境政策についてはどう考える?
随分唐突なお尋ねですね・・・御自分でお考えください。

貴殿に倣い、復唱します。こら beat & NSX よ。
 「正確に理解していないのに自分の感情は好きなだけ吐き出そうとするんです。これは年齢とは関係ないですね。私はむしろ比較的高齢の人の方が感情だけで話をする傾向があると思っています。」
天に飛ばした唾はどうなるのか? 貴殿より一回りも若い方々も読んでいることでしょう・・・ これは退場勧告です。

              ホンダ?の凡庸な技術者殿へ

April 8, 2007

投稿者 Gershwin 

これ黙考どの(笑)

 水蒸気が赤外線を吸収する、晴れた日に放射冷却が起きるなんて話は多くの人が知っていることでしょう。

>これは退場勧告です。

 いいですねえ。立派なネット弁慶だ(笑)。

>IPCC答申を貴殿はどのようにお考えでしょうか?

そうきましたか。

 あなたは極端な結論ではないかと疑っているのですよね?。私もそうですよ(笑)。


>自分の意見が自分の言葉でしか表現できないなど
>と、私は全く考えておりません。

私も全く考えていませんよ・・・と(笑)。


 では聞き方を変えましょう。


 ご意見拝聴したいのは、この地球温暖化問題は政治問題として提起されているとして、ではそれに対して本来的には、どのように人類は対応すべきかということですよ。温暖化問題は無視してよくて、貧困問題に立ち向かえという見解ですか?。自分で考えろという答え以外に何かアイデアをお持ちならご教示願いたいですが・・・。

 貴殿におかれては大まかな答えあるいはイメージ(big picture) を持っているのかも知れないから是非拝聴したい・・。

April 8, 2007

投稿者 沈思黙考 

 シュナイダーやリンゼンはともかく、地球温暖化の本を読んでいて感じたのは、著者や訳者に良心的な方が多いことでした。それだけに懐疑論への反発は激しいものになっております(例えば"温暖化いろいろ"さんのブログ)。これからの実験科学は、コンピュータ・シミュレーションを常用する方向に向かわざるを得ないのですから、コンピュータ・シミュレーションそのものを否定するつもりは全くありません。積極的に使いこなしていくべきでしょう。ただ、地球温暖化の本を読めば読むほど、地球温暖化を巡って争われてきた歴史的経緯を知ることはできても、表現が杓子定規に終始し、地球環境ほどの複雑系を理解している専門家とは、とても思えないのです。
 表現が豊かでないことは、私が疑いを持つ一つの目安です。
(映画『善き人のためのソナタ』シュタージ局員、ヴィースラーの台詞)


 ビョルン・ロンボルグ著
『環境危機をあおってはいけない 地球環境のホントの実態』
「IPCCの報告はしばしば報道では、科学者2000人の作業結果だと述べられているけれど、数えてみると、主要筆者は80人しかいない ― そして実際に気候モデルの作業をした人は、その中でもごく少数だ。(注2109)」 表現が杓子定規に終始するのも頷けよう次第です。
 環境問題にしろ、南北問題にしろ、豊かな暮らしを送るためには、どちらも不可欠の要素です。環境を痛めつけ、貧困を押し付けることでしか、豊かな暮らしは送れないのですから・・・ 宮台真司先生の言うアイロニーです。
 自分のため・・・という理屈で正当化できる間は問題ありません。私にとって、自分のため・・・という理屈は、他者との公正な競争を前提としておりました。然るにこの世は理不尽です。理不尽を前提として受け入れることを教えてくれたのが、小室直樹著『天皇の原理』でした。理系出身で物理化学を専門にしてきた論理至上の私には、目からウロコでした・・・
> 本来的には、どのように人類は対応すべきか
誤解を恐れずに言えば「何でもあり」ですよ。
「何でもあり」という状況で、暇を見てはシコシコと、コメントを書いているのが今の私です。全体主義の世の中(=学校)では多様性を謳い、自由主義の世の中(=オタク)には全体性を喚起する。恥ずかしげもなく言えば、リベラルなエリートたる宮台真司先生の愛に打たれたからです。
 省エネには賛成ですが、程度問題だとも考えています。「・・・してはいけない」ばかりでは社会全体が暗くなるでしょう。(地殻の下のマグマには、半永久的に利用可能な天然ガスが眠っていると考えておりますが如何でしょう?)化石燃料悪玉説よりは、優先すべき問題があると考えておりますが、権力者との力関係を考えれば、報道の自由を謳って官邸でのディベートを実現された神保氏のように、建前で縛る他ありません。建前(=権力者の理屈)を袖にされれば、テロでも実行しようとしない限り、耐えるしかないでしょう。
 答えになっていないかも知れません・・・
負けん気の強さをにじませながら、謙遜されようと努力されておられる姿に乾杯いたしました。最近、妻と一緒に"BILLY'S BOOTCAMP"に励んでおります。運動不足の体にはとてもキツイのですが、いい汗をかけますよ。是非一度お試し下さい。

April 8, 2007

投稿者 Gershwin 

こら黙考よ

それにしても君はそそっかしい奴だな(笑)。

>(地殻の下のマグマには、半永久的に利用可能な天
>然ガスが眠っていると考えておりますが如何でしょ
>う?)化石燃料悪玉説よりは、優先すべき問題があると
>考えておりますが、

 あなたの論の根底を成すこういう見解が「初めから」述べられていればよかったのではないか?。それを他人が読み違えているかのように勝手な解釈をするのは如何なものか・・。


 世間ではエネルギー問題について悲観論の方が体勢を占めると思うけれども、楽観論の立場であれば、随分とスタンスが異なることになりますね。


 温暖化懐疑論の紹介に夢中になるあまり、ご自分の前提(エネルギー問題に対する楽観論)を書き忘れていただけでは?。私からすれば、この人またやったなという感じがしますよ(笑)。


 多様性を育む大切さ、全体性を理解することの重要性などは宮台氏の著作を読まずとも、この世のまっとうな大人であれば誰でも認識できることでしょう。しかしながら日常社会のしがらみがその実効性を妨げる。

 論理至上の学徒が「世の理不尽」を受け入れるには大学者の論理的な説明が必要・・。企業で効率よく分担整理されている情報が、仮に一人の頭脳で処理され得ても、それでも出てくる答えは凡庸を免れない。凡庸を免れるのは難しいですな・・(笑)。

 世の中「何でもあり」などとは当然のこと。私はそれを踏まえた上の議論だけでもう充分と思う。宮台さんはすごい人だと充分思っているよ。


>答えになっていないかも知れません・・・

 あなたの答えは

1.CO2は地球温暖化の主因ではない。
2.他に優先課題(原発、貧困格差等)はある。
3.化石エネルギーはなくならない。
4.省エネはほどほどに。

となっていますよ(違うなら訂正求む)。空調の効いた部屋で酒を飲み、電化製品(TV)を使ってエクササイズに励む。そんな私たちでも皮相主義に陥らず強かに生き抜いてゆこうってことか・・。私の意見では3.が真逆になりますね。あとは同じ。


 まあ、”退場勧告”が”乾杯”まで出世したんだからよしとしようか(笑)。

 

 

April 8, 2007

投稿者 沈思黙考 

 beat & NSX さんの理屈では、そそっかしいのでしょう。嫁さんにも笑われてしまいましたよ(苦笑)。「相変わらず脇が甘い」って・・・
私の見込み違いだったようですが、脇の甘さを抱えて生きていくのも私の変わらぬスタンスです。

> 出てくる答えは凡庸を免れない。凡庸を免れるのは難しいですな・・(笑)。
考えぬいた末に搾り出されてきた先人の知恵に対する評価としては寂しいもんですね。勝海舟ではありませんが「行蔵は我に存す、毀誉は他人の主張」って感じです。

 「そんなことは知っている」「そんなことは聞いていない」という手合いは、時折見かけますが、往々にして虚勢なんですよ。突っ込んで議論しようとすると、顔を赤くして、声高に威圧感で押し切ろうとするんですね。

 さて、終わりなき日常の再開です・・・
> 前提(エネルギー問題に対する楽観論)を書き忘れていただけ
あなたの考えでは、"書き忘れていた" ことになるのかもしれませんが、私は、不可欠の前提だとは思わないんですよ。問題は化石燃料の残量ではないんですから・・・  
(貴殿に弁えていただきたい前提)
合意していると思い込んでも、合意しているかどうかは、
誰にも分からないんですよ。

> 3.化石エネルギーはなくならない。
そんなこといつ言ったの? 地殻の下のマグマの中に化石があるのかい?"凡庸" ってこんな "そそっかしい" 人のためにある言葉なんじゃないの?理系の方が、こんな用語の使い方じゃ、本業のほうも心配です。
"この世のまっとうな大人" って誰のこと?

 私が、beat & NSX さんのコメントに批判的なのは、事実誤認、論理的矛盾、とくに威圧感が鼻についたからですが、表現が杓子定規で、豊かさを感じず、退屈でもあるからです(「行蔵は我に存す、毀誉は他人の主張」ってか?)。
 私自身、他の方々のブログやコメントを観ていて面白いのは、相互にトラックバックし合って気遣いあっているケースよりも、時に感情的になりながらも繰り広げられる闘論です。そういう意味で、私のコメントを相対化して下さる貴殿の意気には、ある意味、感謝しております。自分の考えが受け入れられるのは、時に気分のいいもんですが、そればかりでは、ユルユルになってしまって良くないと思いますから・・・

 本題です。地球温暖化に関して、私の考えを述べた訳ですが、読み手の皆さん、ご批判下さいませんか?この件に関してこそ、盲を開かせていただきたいと考えております。

April 9, 2007

投稿者 沈思黙考 

間違えました。
誤)盲を開かせて ⇒ 正)蒙を啓かせて

April 9, 2007

投稿者 K Y 

神保さんはJ-WAVEでも相変わらず「選挙くらい行きましょう。恥ずかしいです」と短絡的なコメントをしていました。そりゃアンタ、政治の言葉が古いのに、そんなものに誰もコミットしなくて当然でしょうに・・。宮台企画もなかなかやらないし、とりあえずマル激解約してきました。今後2chでは解約を促すカキコを展開します。フランス式実力行使(デモ・スト・暴動)。宮崎哲弥がミランカで何か始めたようだ。どこかが本格的に始めたらマル激など一瞬で飛びますよ。業界内で評価されたいだけの、インタビュー素材V垂れ流し番組ならやめた方がいいですよ。

April 9, 2007

投稿者 vox_populi 

「選挙くらい行きましょう。恥ずかしいです」


 当たり前じゃないですか。選挙に行かないのは「誰が選挙に勝ってもその勝った人を支持します」という意味であり、つまり主権を放棄するに等しい仕儀なんですから。


 そんなこともわからない輩がビデオニュースの番組にコメントする資格は全くないですね。こういう連中がいわゆるB層なのでしょう。

April 9, 2007

投稿者 DT 

というか
>宮台企画もなかなかやらないし、とりあえずマル激解約してきました。
一人で勝手に解約すれば良いのに。
"自分が"思うような番組になってないので解約するのは良いんですけど、コメント欄に現れて皆にそれを流布しようとするのは気持ち悪いですね。もしかしてこれがセカイ系かしら?

それは良いとして
>神保さんはJ-WAVEでも相変わらず「選挙くらい行きましょう。恥ずかしいです」と短絡的なコメントをしていました
これには同意。
選挙なんて行くくらいなら、・・ねぇ?

April 9, 2007

投稿者 Gershwin 

黙考よ(笑)

 「マグマの下に化石は無いって?。」、なるほどうまいことを言うね。「”いわゆる”化石エネルギーはなくならない」ならば良しか?。これは揚げ足取りだろう?(笑)。

 あなたは自然界に埋蔵される炭化水素化合物は無機炭素起源説を取っていると考えている。私は有機炭素起源と考える。ま、これはもういいか。

>あなたの考えでは、"書き忘れていた" ことになるの
>かもしれませんが、私は、不可欠の前提だとは思わ
>ないんですよ。問題は化石燃料の残量ではないんで
>すから・・・  

 この点は掘り下げていただきたいですねえ。折角のコメントを止めずにね。人間の本性に照らせば石油の取り合いをする理由は石油の有限、無限に関わらない。石油が枯渇して人間の数が減少しても、人類は滅亡しないのかもしれない。それで、あなたの文章の・・・の続きを拝読したいのですが。


>とくに威圧感が鼻についたからですが

 あなたは以前、全くの誤解に基づいて私が植草裁判の裁判長と同じ思想を持っているという旨を書いてたでしょう。私は随分と威圧感を感じましたし、不可思議な気持がしましたよ。あまりにも唐突でしたからね・・。他人を凡庸だとか、感情の虜だとか言えるご身分なんでしょうかね(笑)。

 あなたは自分に誤解は無いものと信じきっているようですが。一体どうなってんの?。

 さてあなたの文章の豊かさの真贋の話をすると、あなたの先日の温暖化懐疑論に関する長文の引用を読み、あなたの文章の豊かさがまるで伝わってこないと直感したから突っ込んだだけですよ。(よくよく尋ねてみれば何とも言いがたい楽観論を根底にお持ち。)

April 10, 2007

投稿者 saga 

沈考よ(笑)

・・・・すいません、一度言ってみたかっただけです。失礼しました。

「選挙くらい行きましょう」は大事な発言なんじゃないですか?前々回くらいの少子化問題をテーマにした回で、政治家が少子化問題よりも高齢者問題に取り組むのは、票になるから、と言ってた(ような)ましたが、自分の利益を政治家に吸い取ってもらうためには投票に行かねば。だから、後半部の「恥ずかしい」の部分は余計。

April 10, 2007

投稿者 沈思黙考 

 魯迅の悲しい言葉「打落水狗」を思い出しました。
「水に落ちた犬は打て(直訳)」「フェアプレーにはまだ早い(意訳)」
beat & NSX って、潔さとは無縁のズルズル男なんですなあ・・・
格好つけたいんだろうけど、ある種の悪意は相変わらずで、アタマが感情の虜。ここまでグズグズなのには驚きました。誤解ってどういうことかなんてことまで教えてあげなくちゃいけないとはね・・・(ため息)。

> あなたの論の根底を成すこういう見解が「初めから」述べられていればよかったのではないか?。
> それを他人が読み違えているかのように勝手な解釈をするのは如何なものか・・。

私が最初に批判した頃(下記URLの12番目の私のコメント)から、ちっとも成長しとらんのに、格好つけていらっしゃる。
http://www.jimbo.tv/videonews/000303.php
前回、あまりにも痛すぎるので、老婆心から猶予したんですが、ホトホト呆れてしまいました・・・

さあさあ、お立会い!! そこのけそこのけ、beat & NSX の登場だあ!!
http://www.jimbo.tv/commentary/000124.php#comments
上記URLのコメント欄の4番目で、私はこう書いてます。「地殻の下部にあるマグマからの天然ガスは、事実上、無限だと私は考えております。」 beat & NSX のコメントも、下段に多々掲載されているからお笑いだ。
beat & NSX さん、一体全体、どうすんの? 削除依頼かい? 己のアホウを他人になすりつける "凡庸な輩" の相手をするのは、かように大変で、貴殿のケースはもう十分だと思ったもんで "退場勧告" したんだよ。

> 他人が読み違えているかのように勝手な解釈をする
とは、ホンマに片腹痛い(笑)。 読み違え男、beat & NSX 、
一人前の社会人なんやったら、他人にものを聞く前に、
> この世のまっとうな大人
たるべく、きちんとけじめをつけてくれ(笑)。
> 私からすれば、この人またやったなという感じがしますよ(笑)。
私=沈思黙考、この人=beat & NSX だろ~~(笑)。誤解してないよね?

> どのように人類は対応すべきか
などと大言壮語する前に、負けを認め、謙虚になればいいんだけど、無理なんだろうな・・・ ストーカーって、こんなタイプかしら?
(ホンダの皆さん、何とかしてください(笑))
「正確に理解していないのに自分の感情は好きなだけ吐き出そうとするんです。これは年齢とは関係ないですね。私はむしろ比較的高齢の人の方が感情だけで話をする傾向があると思っています。」
あんたの説教って、読めば読むほど、あんたにこそ相応しいわ(笑)。

 「日本の大手自動車メーカーで環境対応自動車開発に従事する30代技術者(会社員)」 beat & NSX さん、「大手」改め「王手」です。
顔を赤くして、声高に威圧感で押し切る以外の方途があれば、見せてご覧なさい。 自分のろくでもないコメントには気づきもしないくせに、
> マル激が論理でないというのはちょっとびっくりしましたよ。それは当たり前のことですからね。
なんてコメント見ると、ため息が出るんですよ。
貴殿の論理は「はだかの王様」そこのけなんですから・・・
 あなた、技術者なんだよねえ・・・打落水狗!!
私の考えばかり引き出そうとせず、持論があるんだったら、どんどん転換すればいいじゃない。試しに、先だって貴殿が採りあげた "放射冷却" の仕組みについて(黒体輻射、色温度(量子力学)の概念を使って熱力学的に)説明してごらんなさいよ(ホンダの皆さん、乞う、ご期待(笑))。
現在の私は、貴殿の理系的基礎体力すらも懐疑の眼でみております。

さようなら~~!!

April 10, 2007

投稿者 ノクノク 

 終盤の宮台さんの映画の話がおもしろかったです。面白いと言うのはアイロニカルだからです。単純に映像メディアと比較してよい物か、疑問もありますが、《ここ》で無視できないのは、やはり文学や、漫画や、ゲームでしょう。それは複合的な意味で、です。

ーー【1】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 一つは[コピペ]です。どこかで見た映像についてですが、この手法については、別の芸術分野では評価しようとする動きがあります。宮台さんは否定的な言葉を選びながら評論しますが、一方では肯定的に評価する言説があります。『差異と反復』の内、差異には肯定的だが、反復には否定的な素振りを見せます。

 評論そのものは、東浩紀氏や佐藤友哉氏たちと真逆を向いているからです。これは何を示しているのか? データベース化、動物化、図書館化など、様々な言われ方があります。個人的には『叙事化』と言いたい。作家性が創作性から叙事化に変わっています。だから、マザーグースや、神話や、伝承に着目します。人々の間で反復される事で生き残って行きます。

 『セカイ系』に対する別の見方。セカイ系がどうのとか、個別の問題ではなく、〈物語類型の生産現象〉の一種と考える見方です。本来、芸術や創作物は社会科学より人文科学の射程になるので、社会学者が取り扱うさいには慎重でなるべきである。このことは宮台さんも別所(書籍:日常・共同性・アイロニー)で自称していた。[インチキ社会学者]だそうです。類型的には、『アスキーアート』『ツンデレ』などと、然して違わない。ただ『セカイ系』は評論家受けがよくて、論じるのが楽しいだけです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーー【2】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 【1】はあくまで前振り、問題の本質はここから。では宮台さんは【1】のような言論が存在することを、どう見ているのか?です。この振る舞いは〈越境性〉を放棄してますよね。宮台さんほど清々と無視されると、意図して避けているとすら感じさせる。だから意味を要求する言説は反語的にも作用する。

 他にも、マル激・第292回で、宮台さんが話してた、講談社の『ブルーバックス』の続きですが、ナツメ社の『図解雑学シリーズ』や、日本文芸社の『面白いほどよくわかるシリーズ』の言及がないのが気になりました。ちなみに私は図解雑学シリーズで育った世代。図書館でもブルーバックスは見かけないです。代わりに図解雑学系の書籍が目に付きます。

 つまり、論考の範囲が際立ってる印象が強い。おそらく時代が変わったからだと思いますが。「あれ? なんでそこで言及が止まっちゃうの??」的な、主張が気になる。反対に、313-1の最後で、神保さんがカーリングから政治を見ようとしたのは、面白かったです。スポーツや文化などの片鱗からも、国の形が表れたりするもんですね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーー【3】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 あくまで【1】と【2】は感想です。お願いでも批判でもない。視聴してて思ったことです。だからこれは、一種のマル激の評論みたいなもの。ビデオニュースのあり方を、ビデオニュースの内側にいても分かりませんから、あれこれ外側からネタを持ってきて、違いを見比べたりしてるのです。気になったのは「メディアの経営は大変」という発言。具体的な解説がないので、イメージが掴めませんでした。見方によっては自慢話であり嫉妬の対象です。

 私的に、政治ネタは好きなんだけどな。何回見ても飽きないですよ。他の話題が見たいなら、他の番組見れば良いだけです。なんでもチャンポンのマル激ってのも、薄っぺらくなりそうなんで、政治ネタでがんばって下さい。何より政治談義してるときの、神保さんと宮台さんは楽しそうにしてる。

April 11, 2007

投稿者 ノクノク 

 沈思黙考さんの相対化にはなってないと思います。beat & NSXさんの相対化になっていると思います。目標を設定して、辿り着くように考えるのは技術者的な思考なのかなと思った。

 沈思黙考さんの考えを読んでみて思ったことは《閉じ込められた感じ》です。何か指摘をしようとしても切り口が分かりません。それは今、主流の《地球温暖化対策の風潮》と構図が同じではないかと感じました。それと、こんなに情報を収集していて疲れないのかな、と思いました。情熱を感じます。

 テーマが深いので、観念論しか出てきません。ひとまずは、あるべき物があるべき位置にあったな、と思いました。例えば、両論併記したらどうなるのか?〈論理〉は道具でしかないのか? 根源的な層を見せるのが何を意味するのか分かりません。仮に嘘だったとしても、人々を統合する機能は果たせてます。『内乱よりマシ』的な発想です。統合するのは《国家》ではなく《理念》になっています。あまりに真実に近すぎると、現実に対する影響力を失わせてしまうのかな〜って思ったり。そもそも〈貧困維持〉を要素として使うのが、意図なのか、合成の誤謬なのか分かりません。デモクラシーよりエリーティズムの方が相性がいいと思います。選択肢を与えられても、主体に過剰な負担がのしかかり、環境対策をしようとするモチベーションが下がる恐れがあります。『敢えての振る舞い』は大きな負担になります。

April 11, 2007

投稿者 vox_populi 

(引用開始)
それは良いとして
>神保さんはJ-WAVEでも相変わらず「選挙くらい行きましょう。恥ずかしいです」と短絡的なコメントをしていました
これには同意。
選挙なんて行くくらいなら、・・ねぇ?
(引用終了)


 ここにも何とか一人。


 「お任せ民主主義」という言葉を耳にしたことがありますが、これがそもそも形容矛盾であることに一体どれほどの人がピンと来るのでしょうか。選挙にも行かずに政治を語るくらい馬鹿げたことはありませんし、そういう馬鹿どもの言葉を聞いたら「寝ててくれればよい」のサメ脳森喜朗は大喜びでしょう。

April 11, 2007

投稿者 saga 

私は、選挙に行くことよりも、自分たちが政治家にとって「おいしい」存在・「見逃せない」存在だと思われることが大事、ということを、少子化の回で見て取った。

だから、「選挙にも行かずに政治を語る」ことは「馬鹿げた」ことじゃない。自分の一票が「意思ある一票」だと見なされる必要があり、そのためには何をするか、しないかを語るほうが大事だ。あるいは、できないなら、寝ててもいいじゃん、というのもまた一つの選択肢。

April 11, 2007

投稿者 vox_populi 

 何度でも言いましょう。選挙にも行かずに政治を語ることは全く馬鹿げています。はっきり言って、選挙にも行かずに政治を語る連中の頭を粉々にかち割りたいぐらい、そのような言動には腹立たしさを覚えます。


 政治不信だから投票に行かない? とんでもない。棄権こそ、政治の現状に対する無制限の信頼・是認の現れです。馬鹿を言いなさんな。棄権するなら今の政治に文句を言いなさんな。論理的に考えればそういうことになります。


 本当に政治不信を言うのなら、投票場に行って白票を投じることです。しかし、白票を投じ続けるのもまた、主権者としてふさわしいこととは言えない。誰かが政治を担わなければならないのですから。そう考えてくれば、最善の帰結(或いは、悪が最も少ない帰結)は当然、最も悪くない候補者を選ぶということになるでしょう。何をどう考えてみても、選挙に行かないという選択は、主権者の取るべき選択とは言えません。


 もちろん、主権を放棄する、つまり誰かの奴隷になってよいのなら話は別です。それなら、選挙に行かずに政治を語る(但し、それは無責任な話、くだらない無意味なおしゃべりにしかなりえませんが)のもありかもしれませんね。

April 11, 2007

投稿者 Gershwin 

こら沈思黙考よ、少し落ち着け(笑)。バカ(笑)。切れて感情の虜になってどうする!(笑)。

 わたしが、「そんなことは知っている。」という物言いをしたようにおっしゃるが、多様性、全体性に関する話はこういうことですよ。

 企業でどんな小さなテーマでもプロジェクトリーダーを任されれば、問題の本質、全体を俯瞰することの重要性を感じざるを得ません。凡庸であろうと非凡庸であろうと感じることです。そして構成するグループメンバーが多様な意見を持っていることのほうが(多様性があることが)グループのパフォーマンスが高いということも解するところ。

 宮台さんの言われていることはよりスケールの大きな問題に関して、つまり国家全体、人類社会全体あるいは地球環境保護といった問題に関して全体性を理解すること、あるいは多様性を維持することが重要と気付くべきだと述べておられるわけでしょう。

 そこは日常に追いまくられる凡人には思いが及びにくいのは当然なのですが、何も全体性理解、多様性保護の重要性それ自体を人々が何も知らないという訳ではありますまい。


 あなたが大抵のことには答えは既に見つかっているとおっしゃるから、地球環境問題に関するあなたのご意見を求めただけです。資源エネルギーの残存量に関わらずどのようなことが問題であるとあなたはお考えなのかを拝見したかっただけなのです。


 ちょっとあなたも極端ですよ。ロックフェラー家の陰謀だとか、金融ユダヤの陰謀の類を紹介されていましたが、神保・宮台氏が9・11事件陰謀説の番組を作った理由は簡単に言えば、「陰謀説は下らないということを言うため」でしょう。
 信頼に足る情報を組み立てるだけで、おのずと分かってくる全体の構図を理解すればよいということでしょう。


以下、おまけ。

リクエスト?の放射冷却の説明(笑)。

 物体は絶対零度でなければプランク則に従って電磁波を放射する。高温の物体は電磁波を放射することで温度が下がる。電磁波を放射すれば温度が下がり、放射を受ければ温度が上がる。

 昼間、太陽の光が地表面に当たっている時、地表面は太陽放射を受けて温度が上昇する。逆に夜間は、地表面から宇宙空間に向けての放射があり、地表面の温度は低下する。このとき、大気中に雲が存在すると、雲に含まれる水蒸気により放射の一部が反射されて地表面に戻ることにより、地表面の温度低下が妨げられる。一方、大気中の水蒸気が少ないよく晴れた夜間には、地表からの放射はそのまま宇宙空間に放出されるため、地表付近の温度が低下しやすい。この状態を放射冷却と呼ぶ。

April 12, 2007

投稿者 9B 

論争面白く読みました。ふと浮かんだのは、「カラマーゾフの兄弟」です。
beat & NSX さんは、さながらスマートな現実主義者の次男イワンかな。
> 『敢えての振る舞い』は大きな負担になります。
とのノクノクさんの意見、深いと思います。


宮台氏の「適応競争」のとおり、傷つかないことばかり望む昨今、『敢えての振る舞い』のリスクは大きすぎる。
私は『敢えての振る舞い』のひと(=沈思黙考さん)は尊重します。
ドストエフスキーのみならず、神話や旧約聖書の面白さは、『敢えての振る舞い』の人物ゆえです。

April 12, 2007

投稿者 K Y 

投票行動なんて実態としては、単なる大規模動員イベントの統計調査における、1サンプルでしかありません。ビール新商品の好き嫌いアンケート、芸能人高感度調査と同じ。しかも対面聞き取り調査でもなく、与えられている前提知識もバラつきが大きい、非常にずさんな統計調査です。視聴率が分かりやすいかも。首都圏で600サンプル取れば充分なんだって。どっちにしろ、その程度のもの。それで政治参加した気になられては困る。「国民主権であなたは一票を持っている」なんて話も非常に胡散臭い建前論で、これは社会的な相互信頼を植えつけるためにでっち上げられた近代的幻想といったところでしょう。


まあ、重要な施策の賛否を問う国民投票や、悪者を駆逐するための罷免投票であれば、重い意味をもつので投票に行きますけどね。

April 13, 2007

投稿者 murriel 

個人の自発的選択であるように見えても、誰かの周到な戦略による采配の結果ということも、ままあるわけで、森元首相の発言にも見られるように、投票に行かないと言うことは、与党にとっては、願ったりかなったりということもあるのでしょう。

おそらく政治家の本音部分では、国民が全員、政治に関心なんてもってもらったら困るのではないでしょうか。

そこらへんのことをどれだけ自覚して、「選挙に行かないで何が悪い」と言っているかが、重要ですね。

April 13, 2007

投稿者 vox_populi 

 特定の個人を攻撃したいというつもりはないので、誰とはあえて書きませんが、選挙を調査の一種と言い放ちその後で自分が国民投票に投票する権利が当然あるかのごとくに書いているという御仁は、民主主義或いは主権在民が不断の努力なしには現実のものとならない、つまり理想的要素を含んだものであることを、全く理解していないのでしょう。


 投票にも行かずにろくでもない政治家をはびこらせておいて、自分の意思がきちんと反映される国民投票はちゃんと行なわれうるなどという能天気な考えには、私は全く思い至りませんでした。まあ何と楽天的な考えで、大変結構ではないでしょうか。


 ついでに言えば、もし選挙が一つの調査にすぎないと考えるのであれば、調査などというものは方法の如何でどういう結果でも出せるものですから、その方法を決めることにもっと注意すべきでしょうね。例えば今回の国民投票法案の問題にしてもそうですが。


 繰り返しますが、棄権は政治の現状への無制限の肯定・承認の現れです。棄権をしておいて政治のあり方に文句をつけるのは全く論理矛盾です。このことだけはよくおわかりいただきたいと思います。

April 13, 2007

投稿者 ノクノク 

 『誰に投票するか?』ではなく『投票するか、しないか』で議論してる時点で既に敗北だと思う。私も一応投票してますけど、投票する意味が分かんないんです。「なんで投票してるんだろ?」と首を傾げながら、一応投票してる。事の本質は投票率の低さではなく、選挙制度や民主主義が機能してない事からくる不満なはずです。地方選挙って酷いなと思ったのは、情報がどこからもやって来ない点です。これで投票させようとするなんて無茶です。

 たぶん、選挙に固執するのは、選挙以外に民主主義を示すものが無いからです。米国産牛肉の輸入がストップした事や、売れなくなるのは、民主的だと思う。むしろこっちの方がよっぽど民主的。

April 13, 2007

投稿者 vox_populi 

 ノクノクさんの書き込みに触発されて、もう少し書いてみることにします。


 投票の目的はより悪くない政治家を選ぶことであり、そのために情報が不足しているなら情報を集めれば良いだけの話。新聞を購読していれば、折々に地方議会の議会報が入ってくるはずですから、そういうのを見ればよいわけですが、しかしそれを見てもわからない場合も確かにあります。それはたいてい情報公開が不十分だからでしょう。もしそうなら、情報公開を促進しますという候補者を選ぶようにすれば良いのでは?


 新聞を購読していない方の場合には、近所の図書館にでも行って議会報のようなたぐいの情報を集める必要があるかもしれません。その程度の手間は惜しまないでも良いのではないでしょうか。議員の給与は我々の税金から出ているのですから。


 最後の
>米国産牛肉の輸入がストップした事や、売れなくなる
>のは、民主的だと思う。むしろこっちの方がよっぽど
>民主的
という部分には、少々勘違いがあるように思います。確かに民主主義の中には多数決・投票というようなことが入り込んでおり、それには人気投票みたいな色彩がありますが(狂牛肉が売れるか売れないかは基本的に人気投票の問題でしょう)、本来の民主主義はそれだけのものではないでしょう。明文の法によって罰せられるというのも民主主義の一部であり、特に司法においては(裁判官の合議制というのはあるにしても)単なる多数決が行なわれるというよりむしろ、理屈が重んじられると言ってよい。民主主義、すなわち国民主権というのは、主権者が(一応)納得することができる、言い換えれば理不尽な目に合わない、そういう制度体系なのだと私は理解しています。不満が出てくる主な原因である間接民主主義の間接の部分については、専門家に任せられるから間接の方が良いという面もあれば、直接の方が良いという面もあるのでしょう。ともあれ、いかなる改正がなされるのであれ、主権者の納得がより深化し拡大する方向へとそれはなされるべきだろうと私は思います。

April 13, 2007

投稿者 Gershwin 

ノクノクさん

 コメントありがとうございます。まず初めに申しますと、地球環境問題は技術だけで解決すべき(そしてされ得る)問題とは認識しておりません。


>デモクラシーよりエリーティズムの方が相性がいいと
>思います。選択肢を与えられても、主体に過剰な負
>担がのしかかり、環境対策をしようとするモチベーショ
>ンが下がる恐れがあります。


 エリーティズムというのは恐らく本筋とは思いますが、
モチベーション低下の忌避と現実的実効性のためにエコエコノミーに適う商品開発をする必要があり、これはエリート育成よりも速効性が期待され得ると私は考えております。


>『敢えての振る舞い』は大きな負担になります。


 『敢えてのふるまい』とは非常に高いレベルのものだと想像するのです。『敢えての振る舞い』をしているのは神保氏・宮台氏でしょう。


 先日の沈思黙考氏の温暖化懐疑論の紹介を読んでいて私は沈思黙考氏を誤解していたということに思い至りました。


 黙考氏が敢えて警鐘を鳴らすポジションを採り、敢えて引用文(現場の科学者の生の言葉)を頻繁にしているという風には感じられなくなったのです。砕いて言えば演出の仕方ということなのでしょうが、これではむしろ逆効果であり、問題の深刻さがまるで読者に伝わっていないと。伝えようとしていないと。


 互いに警鐘を鳴らしていても仕方が無く、実感的な自分の言葉で分かり易く書く、あるいは大部分を自分の言葉で構成することが、他人を感染させるための必要条件ではないでしょうか。(そして、行動を伴わなければその人の表現は感染力を持ちにくいのだろうなと感じる次第です。)


 宮台氏が時々マル激の放送で触れるように「論理(条理)だけでは人を感染させられない」し、神保氏が好きな「感じることは知ることよりも何倍(だったかな?)も重要である」というのも真と思うのです。

April 14, 2007

投稿者 Gershwin 

こら黙考(笑)。

 量子力学的説明によって放射冷却を説明せよとの注文だったな。

 黒体は、外部から入射する熱放射など(電磁波による)を、あらゆる波長に渡って完全に吸収し、また放出できる物体のこと。
 黒体から放射される電磁波のうち、波長が λ から λ+dλの間にある電磁波のエネルギー密度を f(λ)dλ とすると、レイリー・ジーンズの法則は、f(λ)=8πk×T/λ4となる。ここで、Tは温度(K)、k は ボルツマン定数。
 この式は、光は波(電磁波)であり、波の全てのモードに対してエネルギー等配分の法則が成り立つという2つの古典物理学的な仮定から導出される。しかし、上式は波長が長い領域では実験と良く一致するが、波長が短くなればなるほど実験結果とズレが大きくなった。また、放射の全エネルギー密度を計算しようとすると( f(λ)dλを0から無限大まで積分すると )発散して無限大になってしまう。このことは、黒体放射の問題に対して古典物理学が整合しないことを示している。
 ヴィーンの公式は黒体からの輻射のピークの波長が温度に反比例するという法則である。レイリー・ジーンズの法則は、波長が短いときに実験結果と合わない。逆に、ヴィーンの公式は波長が短いときに実験と一致するが長波長領域では実験と合わない。プランクはこれら2つの公式を内挿する理論式として、プランクの公式を得た。

ここまでをまとめると・・、
 黒体からの放射強度は短波長になるに従い強くなり波長0の極限では発散する。この理論と実験の矛盾を解消するために、プランクは黒体内の放射場のエネルギーが振動数に比例した特定の値を単位としてしか変化できないという量子化という概念を導入し、同時に振動数とエネルギーを結びつける定数(プランク定数)を導入した。この仮定に基づいてプランクが導出した式は黒体放射を再現した。

 ここで理想的な黒体を想定すると、ある温度において黒体が放射する光の波長の分布を導き出すことができる。大雑把に言って温度が低い時は暗いオレンジ色であり、温度が高くなるにつれて黄色みを帯びた白になり、さらに高くなると青みがかった白になる。このように、白という色を黒体の温度で表現することができるのであり、この温度を色温度(いろおんど)と呼ぶ。単位として、絶対温度のK(ケルビン)を用いる。

 絶対温度が零度ではない全ての物体は、プランクの法則により電磁波を放射している。電磁波を放射している物体は温度が下がり、他から放射を受けた物体は温度が上がる。

 昼間、太陽の光が地表面に当たっている時、地表面は太陽放射を受けて温度が上昇する。逆に夜間は、地表面から宇宙空間に向けての放射があり、地表面の温度は低下する。このとき、大気中に雲が存在すると、雲に含まれる水蒸気により放射の一部が反射されて地表面に戻ることにより、地表面の温度低下が妨げられる。一方、大気中の水蒸気が少ないよく晴れた夜間には、地表からの放射はそのまま宇宙空間に放出されるため、地表付近の温度が低下しやすい。この状態を放射冷却と呼ぶ。

April 14, 2007

投稿者 K Y 

ノクノク さんが簡潔にまとめてくれましたね。デモクラシーを実効的に確認できるのが「選挙」くらいしかなくて、ただその理念型にみんなが従っているだけ。国民的にこうした近代民主主義チックな制度を、ベタに信じられて有り難がっていたのは一昔前・・・60~70年代くらいまでじゃないですかね。なによりマル激で見てきたとおり政治は機能してないし、投票行動に動機付けられないのはおかしいことではない。ある意味、民間ベースで牛丼の流通が停止した一件のほうが、現状の問題対処としてよっぽどうまく回ってるとも言えますね。環境なんてのもいくら国際会議をやっても結局トヨタが頑張るしかないように。

April 16, 2007

投稿者 vox_populi 

 まず繰り返しますが、棄権は政治の現状への無制限の肯定・承認の現れです。棄権をしておいて政治のあり方に文句をつけるのは全く論理矛盾です。なお、言うまでもないですが、こう言うのは、政治に文句を言うななどと言いたいからではありません。政治に文句を言うのは大いに結構、しかし文句を言うなら、投票によって(或いはさらに、立候補によって)選挙に参加するのでなければ首尾一貫しないから、選挙にも参加するべきだ、こう言いたいのです。


 企業が、消費者の言わば人気投票的な行動に左右されて自らの企業活動を変えることは、もちろんあるでしょうが、しかしそれはあくまで程度問題だと言わざるをえません。それにそもそも、環境問題について企業が行動を変えるのは、政治の主導があるからです。もちろんこの場合、具体的に政治とは、EUにおける環境政策であって、日本の政治のことではありませんが、しかしいずれにせよ、政治がまず規制をかけて、それに対応するべく企業が行動するという順序に物事はなっており、その逆ではありません。さらに、経済に少しでも思いを致すなら明らかでしょうが、企業の経済活動が本来環境保護と決して調和的でないことは、これまでの公害の歴史が十二分に証明しているところです。


 もう一度(何度でも)繰り返しますが、棄権は政治の現状への無制限の肯定・承認の現れです。棄権をしておいて政治のあり方に文句をつけるのは全く論理矛盾です。少なくとも私は、論理矛盾を来たしている輩の言葉に耳を貸すつもりはありませんし、そのような人間の発言は徹底的に批判されるべきだと考えます。

April 18, 2007

投稿者 9B 

選挙なんてしたって無力感だけじゃんということと思いますが、基本的に人民は無力だもん。平等なんて戦後のこと。安倍チャンなどは、ベタに人民を江戸時代並みに格下に考えていると思います。


若い人のアンチテーゼは面白いと思うけど、それってどっちにも転びそうだな。よく番組で耳にする逃げ切り組・ただ乗り野郎に利用されそうでもあるし、危機認識派の新たな視点提供にもなりそうだし。


ネットがあるんだから、形になりそうな気もするが、おばさんには何も思いつかん。明らかに戦後民主主義は死に体に向かっていて、いつかは方向転換せざるを得ないけど、結局指くわえて危機に突っ込む程度かしらね。

April 19, 2007

投稿者 9B 

追記    申し訳ないのですが、バージニア州工科大学の銃事件の犯人の言っていることを聞くと、このコメント欄の若者の意見とダブる気がする。(会社の新入社員に対しても同じ印象を持つことがある)


なんというか、セカイ系? 自分が世界を変えるor変えられるor変えられない、という軸で考えているのかと。これは(先進国の)20代以下に共通した感覚なのかな。


その前の世代(30代以降)は、その感覚は通常無いと思う(むしろ無力を受け入れすぎる)。いまの若者独特の「自分がセカイの中心にいる(あるいはそうでないと怒る)」という風に見えるのは間違いだろうか?

April 19, 2007

投稿者 K Y 

オババもマル激を見ているんですね。

April 21, 2007

投稿者 9B 

ものすごくつまらない切り返しだね。
なんとかならないのかな? ボクは。

April 21, 2007

投稿者 ノクノク 

>>9Bさん
 正しいと思います。だからこそ気をつけた方がいいですよ。こちらを参考にして下さい。http://ja.wikipedia.org/wiki/フィギュア萌え族
 ジャーナリストは、絵(話)を描きます。その話が間違っていれば修正すべきだし、間違いには気付くべきですが、気付かずにそのまま前進してしまう場合がある。
 なぜ、誤った認識が解除されず、むしろ誤認へと、はまり込んでしまうのか? 特に文化論において顕著な傾向である。理由の一つに〈使っているロジック〉が使えると思っている間は、いつまでも使い続けてしまう点にあります。『説明が可能』であり続ける限り〈使用してるロジック〉を手放そうとしません。間違いに気付けないのです。と言うより、間違ってないから気付けないのです。マルクス主義やオウムとも似ていると思います。
 これを批判できるのが構造主義(マル激では名称が出て来ない)。文化を論じる上では重要になってきます。文化の〈共通性・非共通性〉〈差異・反復〉に着目して、メタからのアプローチを試みます。


 そして、私は社会学者の発言に疑問を抱かずにいられない。セカイ系に言及するのは社会学の射程ギリギリです。Lifeも最後まで聞きましたが、あれでは理由になってない。何故なら『セカイ系』は物語類型だからです。お話や作品を通じたコミュニケーションは、まさに人文学の領域であり、宗教学や神話学でアプローチするのが相応しい・・・はずです。
 社会学者はエンジニアリング的な活動もしますから、流行りの『セカイ系』というワードを使って何かしたいのだろうけど。それにしても「定義ができない」なんて無茶だ。こんなの『物語類型』にすぎませんよ? 終末や洪水など、神話ではお馴染みの型です。そして批判する事で、より一層威力を増す特性こそまさに神話です。
 社会学なら『アノミー』と呼ぶだろうし、江川達也氏なら『マインド・コントロール』と呼ぶのでしょうが、社会から意味がすっぽり抜け落ちて、代わりに退廃的な物語が流行りだす、という構図は珍しくはありません。わざわざ物語類型を使って、あれこれ実際の社会を説明をするのは何故なのか。説明と言うのも微妙で、正確にはパフォーマティブな振る舞いです。

April 21, 2007

投稿者 K Y 

>9B
銃乱射マンは統失の暴発でしょ。職場の若者が変化を望んでるのは、相変わらず旧態依然とした「システム」に覆い尽くされてるから、どうにもならない鬱屈感の反動でしょ(パワハラなんかも)。いずれも、作品分類である「セカイ系」とは一切関係なし。あえてアニメ・漫画方面と社会分析を絡めて言うなら、データベース的消費とか、そっちのことであれば意味があるけど・・・

>ノクノクさん
宮台氏は、援交挫折後「サブカルモード」というやつを宣言して、いまもそれがずっと続いてるんですよ。映画などを教材に参照しつつ、実践的な在り方を指し示していこうと・・・。ただそれが「ゲド戦記はセカイ系だからダメ」とか「それは本当の恋愛ではない」って言い始めるのは行き過ぎ。自分の趣味でしかなくて、もともとの趣旨を逸脱している(要因としては50を前にオッサン病の発病が始まりつつあると思う)。宮崎哲弥は社会を分析するのと、アートを語るのとは完全に分けてるよね。でも宮台氏も今年からは学術系マジメ路線に転じるんだって。おそらくポストモダン世代には完全についていけなくなったのが身に染みて感じたから、撤退するんでしょう。

April 21, 2007

投稿者 9B 

>ノクノクさん

決め付けの危険性、よく理解できました。私自身のブレーキになります。
ただ、大谷氏のフィギュア萌え犯人説は間違いでしたがあえて弁護をさせてもらうと、小林薫は「子供でもやれることを(児童ポルノアニメ? を見て)知った。大人は金がかかるが子供はタダだ」と発言していた。
従って児童ポルノに誘発されていないとは断じて言えないと思うが、あまりこの発言は引用されていない。大谷氏の意図を私は支持する立場です。


さて、社会学はセカイ系を語る資格はあるのか否か? 
多分ノクノクさんは学術関係の方ではと推測しますが、そこらの素人として少しご意見申し述べます。
セカイ系はWikipediaで見ると、要するに一人から少数の若者が世界を変えてしまう話らしい。神話や宗教なら、言われる通り『物語類型』になる。


そこに実感として例えば会社の新入社員の中に、自分より少し下の世代から「あれ? この子達はなんだろう…」と常々なんとなく不可思議に思っていたら、セカイ系なる範疇を知り、「これだ! 」と少なくとも私は感じた。
それはバージニア銃乱射犯人の自前ビデオを見たときも同様。感情の表出手段が特徴的で、まあ簡単に言うと自己完結型(自殺)ではなく、あくまでも周囲に向けて断定的かつ(普通でなく)エバっているのです。


私にはこんなチンケな表現しか浮かばないが、社会学関係者が世の中の「傾向」としてセカイ系を切り口に論ずるのは正解と思う。人文学から見れば太古から綿々と続く『物語類型』であることに全く異論は無いし、その冷静な視点は不可欠としても、「世界の中心のボク・ワタシ(セカチューも流行りましたが)の話」ばかりが、現在若者間で流行するのはなぜか?


現実の何割かの若者の(善悪併せ持った特徴で、前の世代へのアンチテーゼが色濃い)自己中心的思考性と表現手段の流行とのリンクは確かで、社会学から論じたくなる素材であることは間違いない。
でも、十把ひとからげにするのはいけないよね。間違い等あったらピシャリとお願いします。


>ボク

君おもしろキャラだよな。君が事件を起こしたらこのコメント欄も参考資料になるだろう。事件を起こす前に、いっぱい表出してね。

April 22, 2007

投稿者 Gershwin 

ノクノクさん

>『説明が可能』であり続ける限り〈使用してるロジック〉
>を手放そうとしません。間違いに気付けないのです。

技術の世界の場合、仮説に対して検証をしやすい場合が多いので『説明が不能』になる瞬間が分かりやすいですね(検証手段無しとして保留すべきかどうかの決定も含めて)。

 メディアが描く絵も科学者が描くそれも本質は同じと思います(官僚組織あるいはほとんど多くの凡庸な追随者はパフォーマティブな行為に堕落する)が、文化論の場合に『説明が不能』になるのはどういう時なんでしょうか。マルクス主義の例だと、ベルリンの壁を他人が壊している映像を見て初めて、ああそういうものなのかと得心する(100年の夢が醒める?)ということ?。


 社会学の範疇で語ると、”セカイ系現象はアノミー現象”には納得しました。「アノミー」よりも「セカイ系」の方がよく浸透する(売れる?)のですね。
 ところで社会学のご専門とお見受けされるノクノクさんにお尋ねしますが、若年層の社会行動が自己中心的という傾向は近年の(世界的?)傾向と言えるのでしょうか?。データ解析するとそれはどう判断されるのでしょうか?。参考書籍をご存知でしたらご紹介ください。

 私が職場において周囲を見回す限り、若年ほど(不況時に入社した人ほど)しっかりと理性的で、理論を重視し、個人と公の区別、労働に対する倫理観といった点も私から見れば”バランスがよい日本人”だなと感じている次第。それは正規社員、派遣従業員の別を問わないという印象ですね。ひょっとして若者はいつの時代も誤解されているのではないかと思うぐらいです。
 というわけで9Bさんと違って、日々の実感からしても私は「日本の若年層の自己中心化論」を信用していません。

April 22, 2007

投稿者 ノクノク 

 違います! 私は一般人です! それこそ誤解される若者ですよ。たぶん〈評論〉もダウンサイジング化したのだと思います。この位の評論なら、同世代はみんな出来るんですよ。裏を返せば、本質的な全体性を見渡せる立ち位置が、喪失してる事を示しているのです。それが『小さな物語が沢山できて、大きな物語が終焉を迎えた』という事です。私は、ただ自分の知識と不一致な箇所があったので指摘しただけで、問われる程の器ではないです。
 社会学者が、セカイ系を論じるのは問題ないでしょう。ただ、あれらの言説は、解説と言うより演技に近いです。批判と賛美を繰り返すことで強力になっていく。倫理や規範とは、そういう物です。
 宮台先生の振るまいはアイロニカルですよね・・・。「全体性を捉える義務がある」や「だらしがないセカイ系」は、意図したものでしょう。派手に批判することで、反対側から光を照射する格好になっている。その反照を利用しているのが、東浩紀氏や鈴木謙介氏など、若い学者であり、彼らは最初から〈全体〉ではなく〈部分〉に向かっているのかな? ネタがベタになったり、部分が全体になるのは、起こりえる現象です。
 演技で使った、『単語』を散らかしたままにするのは、如何な物かと思う。演じる度合いは 書籍 → マル激 → ラジオ の順で強くなってる。

April 24, 2007

投稿者 9B 

マル激は演技してますか? う~ん、「そのまんま」の気がしますが、読み取り不足かしら。演技。特に最近は皆無では? 
TVは夜の報道と少しのお笑いしか見ない(見れない)という人は多いと思うが、自分もその一人。従ってTVに変わる娯楽としてマル激を見る。


KY君というのは気がオカシイのかと思いつつ、部分的にヤケに当たっている。(オスロの回)マル激の批判されていましたね。
ある程度当たっているのを薄々感じつつ反論したが、今では同感せざるをえない。(皮肉をこめて)予言的だった。


パフォーマンス。思うに世界、特に日本の硬直化はひどく、安倍政権になってから加速度を増している。支持率も今後V字回復しそうで、明らかにおかしな世の中になりそう。そういう時代は、ある種パフォーマンスを混ぜた表現以外は成り立たないのかもしれないと、残念ながら感化されてきた。


セカイ系やオタクを私は重要な感性だと思う。黒川紀章さんもオタクが文化を作ると言っていた。(黒川氏も気がオカシイけどものの見方が確実に当たっている)セカイ系に賛否両論あるのは魅力がある証拠。賛否のない人物・事象こそつまらないことは自明。(そういう人こそ生きやすい時代だ)


以前沈思黙考さんが書かれていた(オスロの回)が、
>「意味や価値が普遍的・客観的に与えられない虚無主義の時代」とは「素晴らしき時代」なのです。
(中略)二重基準が真っ当なのです。


現実が皮相になるほど、むしろ虚構に光が当たるのならば、セカイ系は正しい。私は会社の若者の正直なところを愛する。無論非常識さに腹は立つが、周囲を伺い保身のみに終始するオヤジどもに比べてどちらがいいか。自己保身の親から恐るべきセカイ系の子が生まれ育っているとは。


蛇足:
beat & NSX さんと私の捉え方の相違の理由
   1) 大企業と中小企業(環境の違い)
   2) 技術系と非技術系(仕事の違い)
   3) 新入社員の質(優等生か劣等生かの違い)
   4) 立派な上司とダメ上司(受け手の違い)
と思われます。アッ、まさに格差ですね。派遣社員が優れているのは当然でしょう。彼らは+(面従腹背)をしているのですから。

April 24, 2007

投稿者 Gershwin 

 うーん、宮台さんの関心はそのうちに「美しく死ぬ」とかいう方向にはいかなさそうですね。自らも感受するほんとのアイロニカルな振る舞いであれば、そのうちノイローゼにでもなりそうです。パフォーマティブな行為の源を探っていくと、玉ねぎかラッキョウのように中身が無いということになるんですかね。

 思想塾を開いたのも歴史、右翼、保守思想教育という形を取ることで、本当にかっこいい、怖れのある、感染性のある存在として壇上でパフォーマンスしたかったからかも知れませんね。

 若者が触れてほって置かれるのはまだしも、思想塾にやってきたエリートの卵をほって置いてしまうことがあるとまずいですね。皇道派青年将校が再来する!?。

 私の推測は見当はずれかな?。

April 24, 2007

投稿者 Gershwin 

9Bお姉さま

 蛇足欄でのご指摘、参考にさせていただきます(笑)。

 虚無主義・二重基準礼賛論って日本人にもあてはまるのでしょうか。なにせ日本人って元来からして、内面に一神教的な安定したものが無いからなあ。二重を礼賛するまでもなく多重でフワフワでスカスカなのでは。


 キリスト教文化圏の知的な人からすると、二重基準なんてのは、とっくに受け入れている生活の知恵に過ぎないってことは無いの?。科学と宗教の対立に端を発している問題にも思えるし・・・。

April 25, 2007

投稿者 9B 

beat & NSX 様

日本人は多重でフワフワのご見解、その通りと思います。ありふれた例ですが、お盆のときご先祖をお迎え・お別れをしますが、亡くなって33年はその辺を回遊しているはずなのにどこから来てどこへ行くかという疑問は愚問というか疑問に感じてはいけないのが日本仏教だそうで、徒然草の最後もそんな話でした。


多重の意識は人により一重から二重、多重と大きく開きがあるように思われます。ニヒリズムも西洋では確固として存在しても、日本では見え辛い。私は日本人である人は案外割合多いと思いますが。しかもそれはインテリだからではなく、市井の人にこそ転がっていると(強く)思いますが、残念ながら神保さんはその辺どう思われているのかなと時折苦笑します。


例えば政治にアンチな視聴者が多いという。宮台氏も耳に痛い話は聞きたくない(ヘタレですか?)程度の低い連中ばかりと話されるのを聞くと、多重ではなく一重な見方でがっかりします。政治の話を興味をもって聞くひとは多いと思うが、番組の切り口又はゲストがつまらないので文句をいう形になる場合も田吾作と十把ひとからげに却下されるのは情けなくがっかり。


April 29, 2007

投稿者 K Y 

神保さん、こっちには新規エントリーをやめてしまったのでしょうか??文句しか書かれないのは悲しいでしょうが、ここで指摘されてる批判はどれも特殊な意見ではなく、2ch当該スレや関連ブログでも散々言われてることなので・・・。

April 30, 2007

投稿者 T. Jimbo 

KYさん
 そういうわけではありませんが、番組内容とは別に諸々の議論が進んでいるようでしたので、話の流れに水を差すことを憚って、更新を控えていました。
 とは言えそうこうしている間に1ヶ月も経ってしまいましたので、丸激の概要だけは更新しておきます。
神保

April 30, 2007

投稿者 K Y 

政治ネタって、メタゲームで遊ぶには都合がいいんですよ。論理的思考を徹底させることで、ある程度ブレない正解が導きだせる領域なので。政治=エラい・オタク=馬鹿(動物)っていう短絡的な発想が前提にあって、それでやられるのなら、小市民の私はつい腐したくなります。両者に差異なんて殆どなくて、自分の趣味・ライフワークがたまたま政治だった、という偶発性の問題でしかないです。その事を充分自覚しながら政治の話をされるとよいでしょう。また、私はそういう言説には参加しないよって人が出てくる(大量に)のも自然な話です。さて宮台氏にとっては、援交で大失敗し、オヤジ殺しも学校破壊も失敗し、天皇でもスベったんだから、いまの政治路線はある意味で最終防衛ラインだと思う。これまでの一連の闘争はネタでしょうが、いつしかマジに転化してきたっぽくて、もしそうなら「オイオイ」と突っ込みたくなる。前回のアクセスでちらっと言われてたのが面白かったです。渡辺真理は宮台の背後にある脆弱さを見ている。女性は敏感だ。私は、悩んでる系の人の支援サークルに関わったことがありますが、宮台本はほとんど読まれていない&薦めても受け付けなかった。この時分かったのは、ただメタオタク向けに消費されるだけの言説と、実際に効力のある処方箋&社会的な提言って全然別なんだなぁって感じました。

May 1, 2007

投稿者 vox_populi 

 政治が遊びで済まされないことは小学生でもわかることです。なぜって、小学生でも物を買う時には消費「税」を払わされるわけですから。政治が強制力を持って我々にのしかかってくるからこそ、我々は、民主主義国家の主権者との自覚があるならば、政治に対しては関心を持ち自らかかわっていく必要があるのです。


 民主主義国家の主権者との自覚などどうでもよいというのなら、話は別ですがね。

May 1, 2007

投稿者 Gershwin 

9Bさま

>例えば政治にアンチな視聴者が多いという。宮台氏
>も耳に痛い話は聞きたくない(ヘタレですか?)程度の
>低い連中ばかりと話されるのを聞くと、多重ではなく
>一重な見方でがっかりします。

 うーん。そうですか。宮台氏は、視聴者の耳に痛い話も厭わず(不人気を厭わない)コメントをしておられる、あるいはフックとしてのパフォーマンスという風に私は受け取っていますが・・。

 「誇り高きことは何か、本当に凄い人間とはどういう奴か、良きエリート教育が必要、日本が国際社会で信用を得るには市民社会の醸成が必要」などと宮台氏は述べておられます。政治にアンチな視聴者には元来何も期待していないということでしょう。

 一方で我々視聴者はマル激を視聴して得た知識を、日常のコミュニケーションで広げる努力が必要と感じます。

May 2, 2007

投稿者 9B 

beat & NSX 様

大筋合意。というか諸手を挙げて賛成したいところですが、細部が気になるのです。「ホントにかっこいい奴はどんな奴か」談義が白熱するときほど、かっこワルイ・・・と私は思ってしまい。ホントにモテて充実した人生を自負されるのならば、白目をむいてかっこいいのは(=俺たちだ)! と強調せず、さりげなくしていてほしいものです。(さりげなく仰る分にはパフォーマンスとして結構なのですが)


ゲストによって場が大きく変化しているように見えます。はったりをきかせる必要のあるゲストに対する時だけヘンに「かっこいい奴」談義が始まる。適応競争に勝つための演技としては有効でしょうが、私はかっこよかろうがワルかろうがどうでもいいじゃんという立場なので「あ~またか・・・」と引いてしまい。(接待飲み会や家族の団欒ならOKでも、赤の他人が聞くと「? 」という話が最近多いように感じられます。)


同様に、視聴者からの意見を内容を精査せずバッサバッサと切り捨てられるのは、ずいぶん単純な見方だなと苦笑してしまいます。最近はそれらが視聴者軽視に見え、力点の置き方がおかしいのではないかと正直なところ(期待して見ているだけに)バカバカしく感じるときもあり。
こんなこと言いたくはなかったのですが・・・ごめんなさい。

May 3, 2007

投稿者 Gershwin 

9Bさま

>はったりをきかせる必要のあるゲストに対する時だけ
>ヘンに「かっこいい奴」談義が始まる。適応競争に勝
>つための演技としては有効でしょうが、私はかっこよ
>かろうがワルかろうがどうでもいいじゃんという立場な
>ので

 宮台さんの仰る”エリート教育”の文脈は、「人が人に感染するあるいは論理を超えて人が人に惹かれるという現象が教育効果の源泉であり、延いては社会を動かす源に足り得る」ということだと思います。だから「かっこいい奴」談義は重要なものなんでしょうね。

 一応私は納得して視聴しております・・。


>ホントにモテて充実した人生を自負されるのならば、


 自負されるという発言は未だに無いと私は思いますよ。宮台さんは歴史的な学問業績は挙げられず(歴史的な業績でないと意味がないとご本人が思っておられる)、(江川達也氏と組んで?)何ごとか画期的な原作作家になることも無く、三島由紀夫氏のように美しく死ぬということも叶わない。つまりご自分にはクリエイティブな才能が無いと思っておられるので、ご自分がカッコいいなどとは思っておられないでしょうね。

 視聴者の意見を精査する時間は取りづらいと思いますよ。我々一般人ですら日々の生活に追われているのだから、宮台さん、神保さんの忙しさたるや、想像するに余りあります。

 すみません。反論っぽくなってしまいました。

May 3, 2007

投稿者 K Y 

今年は宮台本を捨てて街に出ようキャンペーンを遂行しようか・・簡潔に申し上げれば、宮台はやがて行き詰まる。よく吟味すれば宮台理論はどれも突っ込みどころ満載。直感的にくすぐるテクと難解な言い回しで騙されそうになるが、ちゃんと吟味すれば乱暴な議論が多い。援交JKの本当の心理は代弁していない。なぜ天皇かと問われても明快に答えられない。パフォーマティブな展開は、いずれ互いに矛盾をきたす。あえて取るコミットメントなど現実的ではない。オタクは嘘、断片的な記号を享受してるだけ。救済のポーズも、自立的なエリート像も嘘。しかし、映画評とメンヘラー向けの提言だけは一流。

May 4, 2007

投稿者 Gershwin 

KYさん

 宮台さんが行き詰まってもいいじゃないですか(笑)。

May 6, 2007

投稿者 K Y 

うーん、まぁ・・三島の頃と違って、現代ではSSRIがありますからねw

May 7, 2007

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