2006年これだけは言わせろ! ネット討論番組300回記念生配信

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2006年これだけは言わせろ! ネット討論番組300回記念生配信

 ニュース専門インターネット放送局「ビデオニュース・ドットコム」の人気討論番組「マル激トーク・オン・ディマンド」。ジャーナリスト神保哲生と社会学者宮台真司が、毎週スタジオにゲストを招き、時々の旬なニュースを徹底的に掘り下げるトーク番組だが、この年末に第300回目の放送を迎える。これを記念し、同局では22日に特別番組を実施する。

 日本プレスセンター内に開設した特設スタジオへ、過去6年間にビデオニュースに出演したゲストを招き、生放送でさまざまな議論を展開すると同時に、視聴者から電話やメールで寄せられた質問やコメントにゲストがリアルタイムで次々と答えていくという「視聴者参加型 双方向生放送番組」とのこと。質問用電話番号はサイトにて放送当日発表される。

 番組の生放送は22日の午後5時から4時間、ゲストは総勢で20人前後の予定。また、本番組は29日からオンディマンドでも放送される。

 出演者としては、神保哲生と宮台真司をはじめ、荒井 広幸氏(参院議員)、海渡雄一氏(弁護士)、菅直人氏(衆院議員)、平沢勝栄氏(衆院議員)、保坂展人氏(衆院議員)、森達也氏(ジャーナリスト)、山崎養世氏 (シンクタンク山崎養世事務所代表)、内藤朝雄氏(社会学者)、角谷浩一氏(ジャーナリスト)ほかが予定されている。

http://www.rbbtoday.com/news/20061221/37101.html

December 21, 2006



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マル激について from 東京のばかやろーブログ
 生中継  299回 マル劇をみながら年を越すということですし、 少し感想の総括を書かせて頂きます。 よろしくお願いします。第一に生放送に...

December 25, 2006


[マル激]第300回 マル激300回記念特別番組 2006年これだけは言わせろ! from マル激のメモ
ゲスト(登場順) 角谷浩一氏(ジャーナリスト) 保坂展人氏(衆院議員) 荒井広幸氏(参院議員) 森達也氏(ドキュメンタリー作家) 菅直人氏(衆院議員) ...

January 7, 2007

コメント

投稿者 K Y 

「おい 引けよ!!」はないだろう。グズグズなのは自分の企画の詰めが甘いから。体育会系バカがいちばんタチが悪い。スタッフさんかわいそう。電話も待たせずに、いったん全部受けてから適当につまんでいけよ。

December 22, 2006

投稿者 犀 

始めの一時間だけ視聴させてもらいました。とても面白かったです。ゲストもよくこんなに集めたなと思うくらい豪華なのものでした。

回線やカメラワーク等も十分ストレスなく見られましたし、議論の内容もCallinの割には速度を持ってきゅっと深まっていきましたし(森さんの率直なつっこみがいいですね)、実験としては大成功と言えるのではないでしょうか。視聴者として、この番組の未来の大きな可能性を見せてもらったような気がしてとても興奮しました。

ちょうどブレイクの時に外出しなければならなかったのですが、オンデマンドで続きを見るのを楽しみにしています。

December 23, 2006

投稿者 K Y 

これで良かったという人もいるでしょうが、77年生まれTV黄金時代に育った僕にはちょっとテレビを見る目は厳しい。

まず反省点。テーマ性なし、転がし方が悪い。1テーマが冗長。メールは読まず、電話は相手に負担させたまま待たせておいて放置(被害者のカキコ多数あり)。ブレイクのフィラーは用意してない。テロップは出ない、用意もされてない。絵作りも暗くて寂しい。角谷さんの扱いもひどい。自分だったら最初の一時間はわざと引いて角谷さんに渡す。ゲスト入りはスタッフの拍手で。ドリンクくらいは置く。カメラは固定的で、柔軟に追いかけない。一台はフリーにして常に逃げのカットを用意しておくこと。

まあ、ここの会社は、牧歌的な経営者テディに問題があるので、期待しても仕方ないが。おそらく予想されるのはこういうこと・・・ <若い子にとっては、社長であり恐くもある神保氏にはなかなか進言できない。言いなりになるだけのスタッフが揃う。自主的にものを作ろうとしない。従って進展もない。だから会員も内輪ウケ以上には増えない、増やす工夫もしない。そのことにテディは気づかず、団塊のオッサンのごとく、あくまで自分は正しいと疑わない> ・・・たぶんこれは当たってるだろう。悪い組織の典型であるが(非内発性)、それが露骨に表れたのが今回の企画であった。

しかしこれを期に2007年には新たな取り組みがなされることを期待している。

December 23, 2006

投稿者 A_Coward 

神保さん、宮台さん、スタッフ&ボランティアの方々、お疲れさまでした。

放送側も、視聴者側も(回線上のタイムラグその他)なれない部分がやはりあって今回はまだ”実験”という域を出られなかったように感じましたが、実際にやってみないと分からない問題点が判明したと思いますので、次回に、技術的、進行的な点の改善を期待します。

その他、感じたことを少々。
最初一時間ほどと後半は見ましたが、途中一時間以上、席を外していて見ていないのでその間の事は分からないのですが、感じとしてゲスト複数人がいるはずなのに、あまりそれが生かせていなかったように思いました。
一対一でのやりとりが主でゲストがいることの相乗効果がなかったというか・・・。
すいません、上手く表現できないんですが、ちょっと複数人の人がいるはずなのに、番組上はなんだか寂しかったかも。(本当は視聴者側の質問でもっと骨のあるものを期待されていたのかもしれませんが。)

でも、なんにしてもコールインという形式は、日本では行う方、参加する方両方に慣れが必要だとも思いました。
回を重ねれば、我々もなれてきて良くなるかな。

※実は私は今回、質問しそびれました。
(質問を整理してたら、いつの間にか質問しようと思っていたゲストさんが帰ってしまっていたりで。)

December 23, 2006

投稿者 タク庵 

仕事しながら見ていて全部をカバーしてはいないので、いずれ録画を再度見たいと思いますが、全体の印象として、KY氏の指摘は結構言えてるなと思います。「カメラ引けよ」はやっぱり無いでしょう。技術的なこと云々ということでなく、単純に、罵声を聞かされるのは不快でした。学生の方々のカメラや動きがテレビ局のように行かないのは当然で、そういうことを問題にするつもりは全くないのですが、逆にそうであるならば、企画・進行の面で、視る方をシラケさせないようにする責任は司会者にあったのではないでしょうか? 私も神保さんや協力者の方々にお疲れ様でしたと言いたい気持ちはありますが、神保さんはメディアのプロだと思うので、あえて拍手は送りません。

このところマル激を見ながらわだかまっていたことへのひとつの結論ですが、マル激がジャーナリズムを追求するならば、「ヘタレ」で盛り上がるのは卒業すべきでしょう(ちなみに、狂牛は「ヘタレ牛」でなく「ヘタリ牛」です)。

どこの国に「ヘタレ」を扱うジャーナリズムがあるか、などという前に、現に今日参加されているゲストの方々の間でさえ、「ヘタレ」という言葉が共有されていなかったという点をよく考えていただきたいと思います。もちろん、「ヘタレ」というのは私も昔から知っていて、それほど特殊な言葉ではないし、実際に世の中「ヘタレ」が多いのは確かですがが、マル激の中で語られるとき、それは要するに「宮台式恫喝語」にすぎないわけです。「タゴサク」についても同じくです。彼の信奉者には重要なキーワードかもしれませんが、かなり近い立場の人にも通じないような自分達言葉をで物事を論ずるのは、公的言論を業するものとしてどうかということと、そもそも「ヘタレ」とか「田吾作」と恫喝して、それでどうなるのだということです。それはジャーナリズムの言葉でも、学問の言葉でもなく、自分達は「ヘタレ」や「田吾作」ではないと思っている人たちによる、恫喝の言葉に過ぎないのではないかと思います。恫喝よりも、自分達はその「ヘタレ」共にどのような希望や霊感を与えることができているのか、それを考えるべきではないですか。

私は、マル激は、学者や評論家、政治家、専門家などのセンセイ方だけでなく、もっと市井の人、現場の人にも目を向けていくべきだと思います。今日扱われた「いじめ」の討論にしても、電話してきた人の質問にさっぱり答えられていない。「実存」がどうの、「制度」がどうのと難しい理屈をいっているが、そんな話が役に立つのでしょうか。こといじめ問題に関しては、先日の「朝生」の方が、よっぽど見ごたえありました。現場の教師が何人か出ていて、その話から専門家が中身を汲み取ることに成功していたからです。

「マル激」への思いは人それぞれだと思うので、「実存」とか「田吾作」が出てくると気分が乗ってくる人も多いのかもしれません。どのような路線を歩まれるかは自由ですが、自分達だけ通じる言葉で良しとしていたら、それだけの視聴者しか残っていかないだろうと、私は感じます。マル激がこの国で極めて希少な存在であるだけに、そうなるのはとても残念です。ついつい苦言を呈しましたが、ほんとうに、マル激には期待しております。がんばってください。

December 23, 2006

投稿者 K Y 

ちょっと加筆。

僕は個人的には、宮台ワールド炸裂のほうが面白くていい。ただ最近は、かつての「ネットアングラ時代」を経ていない、健全な層が主流となってしまい、アジりや腐しの応酬といった、往年の香ばしいカルチャーもだんだん廃れてきてるので、単に共通理解が得られずに終わってしまうのかもしれません。

それはさておき、問題はテディの方で、これはあくまで想像ながら、たぶん当たってると思うけども・・・ VNNは神保氏個人の会社という性格上、企画も構成も全部一人でやってしまって、最終的な権限も自分だけで握ってしまい、結果として、下の若いスタッフは「ただ命令に従うだけ」という、よくありがちな人材の育たない環境になってるような印象がします。雰囲気で垣間見えるのです。

現状では番組の味付けはほとんど宮台頼み、批判が寄せられれば宮台氏が背負い、宮台の動員力も大きいのでラッキーかもしれないが、本来、制作サイドであるVNNにしたらちょっと情けないな。企画そのものは練られてるとは言えず、全般的に創意工夫が見られない。ほとんどは宮台頼み。

ついでに、散々指摘されたことだが、AIIに依存してる構造こそ、バナー広告の比ではない多大な影響力の介在だし、「文化現象はニュースじゃない」みたいな価値観はいったい何を根拠としてるのか。たった一人のゲストが喋った話をソースに垂れ流すスタイルは、決して公明正大な取材報道ではないし(騙されてはいけない)、よくよく考えれば、マル激はリテラシー高いのか、単にそういう理念や空気に過ぎないのか、事実性って何をもってそう認めるのか、とか様々な疑問が沸々と沸いてくる。

確かに、ゴミ屋敷やギョーザ戦争をやってる夕方のニュースよりかはマトモかもしれないが、違う意味でこっちもこっちでうだつが上がらない気がするが。

December 23, 2006

投稿者 Che 

 出演者・スタッフ・視聴者の皆様、お疲れ様でした。
 「カメラ引けよ」に関しては僕は何とも思いませんでしたけどねえ。ああ、生放送って大変なんだなあ、神保さんもテンパってるなあ、ってくらいで。
 それからビデオニュースの内部事情については想像でしかものを言えないのでノーコメント。


 それにしても何でしょう、このぐだぐだ感は。
 KYさんでしたっけ? 僕たちの世代はオウムも宮台も超えなきゃいけないんだよ、とか前に言ってたの。
 ヘタレな自分はどうしたらいいかとか、子供がヘタレに育たないためにとか、そういうことをいちいち気にするなよこのヘタレが、と一喝できず、もっと実のある話をすべき時間を浪費してしまう人もまたヘタレ。
 僕はねえ、宮台さんなら宮台さんが、僕らが彼を超えていくその日まで自己崩壊しないでいてくれるのかどうかのほうが心配ですわ(笑)。


 さて・・・
 ヘタレと言われようが社会の外側にはみ出そうがフリーライダーと非難されようが、自己完結して生きていられる俺最高って人間を、セカイ系と罵りたければ罵ればいいけれども、一体全体どういうロジックで罵るつもりなんだろう。
 革命おおいに結構。しかしながら、革命後に訪れる世界がユートピアでありえるはずもなく、そこにおいて革命家が「理不尽な生」から開放されうるはずもない。
 であるならば、革命家に感染することを良しとして、セカイ系に感染することを悪しとする、その根拠はどこにあるのか。
 むしろ革命を唱えながらも(少なくとも番組においては)反対勢力と面と向かうことなく、考えを同じくする人たちと自分らの考えを確認しあっているだけのあなた方こそ真のヘタレ、真のセカイ系との称号を免れえまい。
 それよりも、自己完結した上で気が向けば時には異者との接触も試みるような人間のほうがよほどまともだと思えるのは私だけか。


 とにかく革命家でも体育会系でも真正右翼でもリベラリストでも「まとも」でも何でもいいから、言行一致させてしゃんとしててくれよな、おっさんども、と。
 超えていくべき屍ならば丁重にお迎えしたいけれど、累々とした腐乱死体の後片付けをさせられるのは、正直ご勘弁願いたいっすわ。

December 23, 2006

投稿者 beantown 

既存のメディアの報道局で禄を食む者なので、大きなことは言えませが、神保氏やビデオニュースのためを思っての提言なのであれば、もう少しメディアや報道事業の特性や制約を理解した上でコメントする方がいいように思います。

これでは神保氏には全く参考にならないばかりか、恐らく、何も分かっていない人が、勝手なことをいろいろ書いているな、程度にしか感じてもらえないにちがいありません。

休憩部分でスイッチングや音声の切り替えが遅れ、神保氏のスタッフへの指示(罵声?)が流れた。地上波ではあってはならないミスなので、皆さんにとっては見たことのないテレビ制作のベタな舞台裏が、目の前に現れた瞬間だったと思いますが、その言い方がきつすぎるとか、その言い方を持ってして、若い人が育たない云々は、あまりにもメディアの制作現場の現実を知らない方の感覚のように思います。

もちろん視聴者としてそのような感覚を持たれるのは各人のご自由ですが、それをビデオニュースへの提言として出されても、ほとんど意味はないと思います。もし、視聴者に不快な思いをさせたから問題だとおっしゃるのなら、一視聴者の苦情という意味では有効だと思いますが、それではビデオニュースへの提言にはなりそうもありません。

あれは神保氏の話し方が問題なのではなく、経験不足の技術スタッフのスイッチングが遅れたために、舞台裏ではごく普通に行われているやりとりが表に出てしまったことが問題なのだと思います。

何百という作業が同時に進行する生放送の現場は正に戦場ですから、罵声が飛ぶなんてものではありません。いたるところで罵声や悲鳴が乱れ飛び、人が出たり入ったり走り回ったりしていますから、小さな声で何かを言っても誰にも聞こえません。まあ、あの時は神保氏だけがピンマイクをつけていたので、彼の声だけが外に流れてしまったのでしょう。神保氏にはお気の毒でした。

でも、やっぱり休憩に入ったら、神保氏の「引けよ」ではありませんが、すぐに引きの画面に切り替え、音声も絞ってあげないと、出演者はたまりません。生放送は極度に緊張するので、休憩に入った瞬間にリラックスした表情や姿勢になります。それが表に流れてしまう(しかも声まで流れてしまう)ようでは、これはもうどっきりカメラの世界です。

宮台氏の使い方についても、外部の方から見ると「宮台頼み」に映るのかもしれませんが、業界的に見ると、宮台という素材をとてもうまく使いこなすことで、少ないリソースでとても付加価値の高い番組を制作することに成功している事例となります。問われるのは、面白いかどうか、見る価値があるかどうか、ビデオニュースの場合だと500円払う価値があると思ってもらえるかどうかが全てですから、宮台頼みでも何でも、それが実現できてればいいわけです。

番組が増えてくれば、xx頼みのxxの数は増えてくるでしょうから、宮台氏の存在感は相対的には低下してくるでしょう。宮台氏についてはいろいろ批判や好き嫌いもあるようですが、私は「みのもんた頼み」や「筑紫哲也頼み」よりは1000倍いいと思います。

こうすればもっとよくなるというお話の中には、リソースの配分を考えておられない提言が多いように思います。実際にそれをやることの手間やコストがどの程度かかるかを考えなくてもいいのであれば、どんなすばらしい提言でも簡単にできますが、それは空理空論です。今同じリソースであれ以上の番組を作るのは、相当至難の業ではないかと思います。

いずれにしても、生放送はすごい番組でした。ビデオニュース規模の会社にあのようなしっかりとした生放送番組が作れてしまうとなると、いよいよ私たちにしかできないことは何も無くなってしまったようです。私もそろそろ真剣に身の振り方を考えなければならない時がきたのだと、あの番組を見ながら痛感した次第です。

今回番組を見てあらためて感じましたが、恐らく神保氏は経営者としても、皆さんが考えているよりも数百倍はしたたかな方なのでは無いかと思います。さもなくば、この世のものとは思えないほどの超人的な精神力を持つ人物なのか、そのいずれか、あるいはその両方なのではないかと思います。

今の日本で新しい報道メディアを作ることは奇跡に近いと思います。その中で、独立資本で曲がりなりにも生き残って、しかも少しずつでも成長している会社があるということは、私にはただただ驚きです。

December 23, 2006

投稿者 AA 

神保氏には意外と日本人の旧体質的なところを普段番組見てても感じます。
オタクとかヘタレとかを基本的に理解してない(出来ない)人だし、
体育会系なところもそうですが、フタコト目には既存メディアの批判(グチ)を言うところとか。
ジャーナリズムの思想/姿勢的なところだけ欧米式で、その辺がうまくやり方として提示出来ないような。
1回目から見てますが、300回の昨日の生放送で今までの悪いところが一気に噴出した印象です。

あとテレビではなくストリーミングで生放送って結局数秒の誤差が出て、特に生放送の意味がないと思った。
17時から開始だったが、実際には10分ほど遅れた。それに対してのお詫びはなかった。
テレビだったら大変なことだろう。しかも最初は音が出なかった。
出たと思ったら暫くは音が大き過ぎて割れていた。事前にテストしたのか疑問。
マンパワーとかサーバーのせいにするにするのは虚しい。

Call-Inにしても4時間のうち5人位しか取り上げない、電話も待たせる(フリーダイアルじゃない)、
ゲストはコロコロ入れ替わる(質問したい相手が特定しづらい。しかも忘年会のために抜けるw)
というような状況で、Call-Inがやりたければ最初から最後まで居られるゲストを固定して、
(ゲスト入れ替わり立ち代わりでバタバタ感がない、テンパってスタッフに怒鳴らない)
5金のようなメールに答える速度くらいで電話に応対しないと意味がない気がした。

スタッフに怒鳴るのは現場では当たり前だという意見がありますが、怒鳴るのは結構だとしても、それが映ってるとわかってたら怒鳴らなかったでしょう。あのストリーミングの状況/システム/スタッフを考えたら、まだ映ってる可能性も充分あるのに。

December 23, 2006

投稿者 maki777 

神保さんスタッフの皆さん、お疲れ様でした!

仕事の関係で最初の数分しか見られませんでしたが、ネット生放送の大変さがよく伝わってきていつものマル激とは違った雰囲気でとても新鮮でした。

段取りについていろいろと言っておられる方が多いですが、私はこのくらい起きて当然!、むしろこの予算内でよくやられたなぁと思いました。
おそらく、あまり社会経験がない方々の意見なんでしょうか?いろいろな現場のピリピリした空気を味わったことがない人達なんだろうと思いまいした。

マル激の視聴者の方は、細かい揚げ足取りをするのではなく、一緒にメディアを育てていく暖かい気持ちで見ましょうよ!そしたら、メディアとそれをとりまく空間がみんなにとってより楽しく気持ちいいものになるはずです。

December 23, 2006

投稿者 sheepdog 

 途中、中抜けになりましたが、初生放送拝見しました。個人的には内容に大変満足しています。まあ魅力的な俳優が多数出演の群像劇みたいな感じでしたね。

 従来の(神+宮+ゲスト一人)路線のみではなく、複数のゲストを迎えての議論も、ゲストと司会者の実力次第では見応えの有る番組になるのかなぁと(・◇・)

 放送開始の遅れやら不手際については、それもありかなぁと思いますね。神保氏の「どなり声」にはびっくりしましたがw腕の良い職人というのは現場に入って、しびれる仕事をする時あんな感じです。反対に凄まじく寡黙になる人も居ますが。

 自分はビデオニューズ社の会長でもなんでもないので、製作現場を取り仕切る神保氏にエラソーな事はなにも言えませんし、会社の中の人間関係やら、限られた予算と人員配置に中で、何放送をする技術的なあれこれも窺い知れないところなのであれですが、「いっと」かなにかでえらく儲けてビデオニュースを買っても、今回の放送については特に文句はないですな・・・
(´・ω・)アレ?

December 23, 2006

投稿者 AA 

失礼ですね。社会経験がない方々の意見とか現場のピリピリした空気を味わったことがないとか書かれてますが、そういうのを見せたい、見せるのを良しとする番組だったのでしょうか?
全体的に生放送とかCall-Inとか試験的な回で皆さん大目に見てるようですが、今回は無料だとしても毎月金を払ってる長年見てる者からすれば、この記念すべき300回のやり方には大いに不満が残るものでした。

December 23, 2006

投稿者 chom 

神保さんとスタッフの方おつかれさまでした!
私は、ずいぶんと楽しい時間を過ごしました。
見終わった後は、なぜか私までヘトヘトでした。。。


ただ、せっかくのCall inだから、もうちょっと電話をつないでは欲しかったな、とは思いました。


それは次に期待ということで。
次のCall In 楽しみに待ってます!


P.S.
299回、イブに更新になったんですね。
では、merry christmas.

December 23, 2006

投稿者 DT 

なにやら内容よりも手際や段取りの批判をする人が多くて変なの~と思います。私的にはそんなものオマケのような物で議論の内容にしか興味は無いんですが(笑)
とりあえず
★300回おめでとう★

いじめの話で内藤さんと森さんで意見が違ったのが興味があります。というのもあの対立って
「統計的に問題化するほどの物では無い」VS「ものによっては問題化すべき」という物で、これって凄い難しい話だと思うからです。この対立って最近の若者叩きでも見え隠れする対立です。

それと宮台さんは石原都知事の発言をラジオで擁護していた気がしますが内藤さんは逆でしたね。
あの対立は宮台さんの右っぽい所が出たためなのでしょうか。
復讐をどう考えるかっていうのも難しい問題ですね。

前半は見れなかったので残念です。議員さん達はどんな事話していたんだろう。まぁUPを待ちます。

とりあえず生お疲れ様でした。
400回達成を願ってここらで。

December 23, 2006

投稿者 K Y 

関係ないですが、石原閣下が自分のサイトで宮台氏を引用し、分析が優れてるとか何とか言及したそうで、これは少なからずマル激に招喚するチャンスじゃなかろうか。おそらく閣下はこの手の市民派メディアに出演すると、こき下ろされるんじゃないかと不安があろうから、選挙も控えてるし適当におだてて接近を図ればよい。2007年は石原を攻略せよ。

December 23, 2006

投稿者 oleole 

これか。ほんとだね。産経新聞読んでないから知らんかった。
http://www.sensenfukoku.net/mailmagazine/no54.html
石原慎太郎にも知恵を拝借される宮台氏。
さすがです。

December 23, 2006

投稿者 beantown 

日本で新興の報道メディアが育たないわけだわ。
あれだけ画期的なことをやったメディアに対する批判や論評にしては、レベルが低過ぎるもの。

音が何秒かずれているとか、休憩の時に一瞬舞台裏の乱暴な言葉遣いが流れたのが厭だったとか。これって、番組そのものの価値と何か関係があるのですか。そういう細かい点も今後直していけばいいとは思うけれど、どう考えてもそれが中心的な話ではないでしょ。

「何秒か遅れているので生の意味がない」には笑いました。生じゃなければ、スタジオの議論を聞きながら視聴者が電話で参加ができないから、コールインは生である必要があるのでしょう。それを言うなら衛星放送だって1秒弱ずれてるんですよ。だから衛星には時報がないでしょう。

私はゲストの使い方や電話のつなぎ方には改善の余地があると思いましたが、とにかく「政治家や識者に視聴者が直接質問や意見をぶるける」というコールインの趣旨はほぼ完璧に全うされたと思いました。

それに、なんと言っても、日本初のそしてもしかすると世界初の、インターネット放送による生放送視聴者参加型コールイン番組が実現した瞬間だったわけでしょう。地上波放送の100分の1とかの予算で、日本はおろか世界中から電話やメールで参加できるコールイン番組が可能なことが、ビデオニュースの手によって証明されたわけですよ。そして、これからビデオニュースに限らず、こういう番組がどんどん出てくるってことですよ。なのに、そこで、一瞬流れたクルーへの指示の言い方が問題になったりするっていうのは、何ともトホホなリテラシーのような感じがするのですが。

December 23, 2006

投稿者 oleole 

日本初?世界初?うーんどうかな。
Yahoo Japanで、視聴者がチャットで参加する形で、それを見ながら政治家が討論するなんて企画を、ずいぶん前にやってたような。
あと、livedoorの「ねとらじ」では、誰でも生放送ができるし、スカイプを使って聞き手が参加、それを掲示板で実況するなんて遊びが、かなり前から存在しているわけで、特別画期的という気は、俺はしないな。

December 23, 2006

投稿者 ノクノク 

【これは、フィクションです。本気にしちゃ駄目よ】
 少年は、未知への扉を開こうとしていた。来るべき明日を待ちわびていた。そしてその事をブログに書き留めていた。この放送は民度を計ることだと、自分と、そしてブログの読者に言い聞かせていたのだ。しかし少年には不安もあった、民度は番組の外側にあるものであり、視聴者という存在は今まで見たこともない未知の世界だからだ。どんな帰結が待っているのか誰にも分からない。扉の向こうには何が待っているのだろう。視聴者は牙をむいて少年に襲いかかろうとするのだろうか?

 そして22日の5時、扉は・・・・開かれなかった。冒険の扉を開くのは、開くことさえも冒険だというのか? これは前途多難であり思ったより楽しそうである、困難は大きい方が情熱を奮い立たせるのだ。そんなこんなで扉は開きました。その先に待っていたのは視聴者との会話です。ここまでは予想通り、難なくこなし、順調にことは進む、そしてブレイクタイムへ入ります・・・・。と、その瞬間に予想だにしないアクシデントが起こる。扉の向こうとこちらを繋ぐ接点に一筋のノイズが走ったのだ「引けよ」。間髪入れずに視聴者たちはコーラスを奏でる、「引いたのは俺らだ…」。ああ、何たることか、牙をむいて襲って来たのは視聴者ではなく、少年自身でした。しかもブログの書き込みと響き合っている。これでは悲劇と言うより喜劇ではないか。ドラマでもここまでドラマチックには描けないさ。


【ビデオニュースの社会が、世界へ開かれる】
■休憩をとることは内包された規定。その外にあるのは予定と調和なき〈世界〉。司会者がブレイクを呼びかけるまではマル激は〈社会〉の中にいる。その社会から解放された瞬間、緊張の糸がゆるみ世界へ寄りかかった司会者が油断とともに声を上げる「引けよ」。その瞬間、視聴者の心は響き合う「引いたのは俺らだ…」。
■予定調和の中に閉じ込められた者たちが、〈世界〉を見ようとする時に何が起こるかは未規定だ。しかし〈開かれた世界〉はすぐ社会化される。統一された視聴者の精神が規定であり社会だ。図られたショーでもここまで見事な調和はつかめない。
■社会に不満を抱くものは世界にあこがれを求めるが、畏怖する心が妨げる。時に予定された調和の中に逃げ込む微睡みへの逃避も考えてしまう。
■過去の不定調和は未来に置ける予定調和。不定は規定の道標。予定の生みの親は未定である。すなわちアクシデントは標への辿り。定めなき地から新たな定めを引き出し、次の定めを築く者のみがフロンティアへの道を切り開くのだ。


 なーんちゃってね ケラケラ。ネタですよ。そんもんですよ。だって私は視聴者だもん。多少は距離を置きますとも。

December 23, 2006

投稿者 ノクノク 

 つまりですね「一体感があって面白かったな」という事です。見てる方もハラハラしました。オンデマンドもいいけど、ライブにも良さがありますね。ただ後半は司会者が質問者と繋がるのを避けてる印象を受けました。馴れた予定調和のなかへ逃げ込もうとしませんでしたか? もっと質問者から〈世界〉を引っ張ってきて欲しかったです。視聴者が〈世界〉を見るようでは逆でしたね。

 視聴者の質問のなかで一番、味があったのは、2番目か3番目の島根(だったかな?)のおじさんでした。地域がすっかり寂れて郵便の値段が上がった、と言うものだと思いました。たしかに他の質問はよく練られていて分かりやすいです。進行としては質問が明確のほうがやりやすいのでしょう。だけど庶民的な匂いがしないんですよ。「専門家にすり寄ってる市民」って感じがして、距離が遠ざかってる印象すら受けます。庶民的で素朴な疑問をいかに昇華させて、政治家を悩ます質問に化けさせるのがジャーナリズムに求められるのかな、と私は勝手に思ってます。

 なので司会者の「質問化」が残念でした。「地方切り捨て地域格差」これではいかにもジャーナリストの質問みたいな感じです。「ジャーナリズムをジャーナリズムする」と言うんでしょうか。「使う質問」ではなく「迷わす質問」が欲しかったです。進行を優先させた印象があります。

 私としては、あの島根のおじさんの疑問は「国政はどこまで地域と関われるか?」という物だと感じました。間には市町村と都道府県などべつの単位の政治もあります。NPOや企業もあります。その中で国政はなにがやれるのかなと。この発想は菅直人さんはセンスがあると感じました。代議士の立場から、生活というベーシックなレベルと、NPOという中間の単位を見つめ、どう関わって行くか考える姿勢が伺えます。逆に標準化だけすれば良い、としか言えない政治家は前時代的な気がします。いま国政に求められるのは標準化ではなく普遍化でしょう。

 例えば教育について言えば、読み書き四則演算など、今日の日本では標準であり全くありがたがられません。かと言って水準を上げるだけでは徒労が増えるだけです。+αの語学や技能を要求されるでしょう。どの語学を学ぶのかは、英語、中国語、フランス語など多様であります。しかし語学という普遍性はある。その普遍化をどうやって行くのか代議士にぶつけてみる。

 なーんてのを、例えば私は思ったりした訳です。ちょっと残念です。と言っても、これをビデオニュースに求めていいのかも疑問ですよね。「うちのスタイルは違うから」「どう質問化しようが司会者の勝手だ。不満なら視聴者がちゃんと質問化も含めて準備しておけ」と言われたら、それまでです。

 「質問」と言うのが曲者ですよね。まずベースには「不満」があり、その上には「疑念」が生じる、それを「質問」にする。その過程で次々と省略されて行ってしまい、専門家に辿り着いた時には、紋切り型のあり来たりな質問になっていて、ありきたりな回答でおしまい。これでは予定調和であり、市民社会ではなくショー。「疑念」をそのままの形で伝えられれば、多面性を維持したまま専門家と一般市民とが繋がれる気がするのですが。間にいるジャーナリズムの使命ってのは何なのでしょう? どう言った翻訳が理想なのでしょうか?

 そんなこんなで、いつかこのCALL-INで、専門家が絶句してしまい、質問者を泣かす日を期待します。司会者の怒鳴りなんて序の口ですよ。今後はどれくらいのペースでやるんでしょう? 5金じゃ物足りないな。週一、せめて月一くらいは望みます。

December 23, 2006

投稿者 AA 

10年前に既に音楽のコンサートをリアルタイムでストリーミング中継したりとかの試みはしてたわけだし、今回の生放送によるcall-inは、それをやることだけで画期的とは思いませんでした。
やっただけでは完璧も何もなくて、それこそレベルが低過ぎる。今回のチャレンジは否定しないが、ネット放送を続けてきた丸激にはもっと高いレベルを要求してるのであって、開始時の不手際とか諸々そういったことを指摘するのを本筋じゃないとは思わない。放送してる以上、そういったことも当然大事であるし、結局その流れで内容の方もグダグダになった印象である。単に部分的なことを指摘してるわけじゃない。いじめ問題にしても数週間前にやってるわけだし、特に目新しい議論まで発展しなかった。call-inも視聴者から質問を受け、それに議員などが答え、その答えに対してさらに疑問を投げかけるといったやり取りがなければ(今回はそこまでいかなかった)、つまり単に最初に質問を投げかけるだけではメールやFAXで送ってるのと変わらない(待たせるのであれば電話代も勿体ない)。アメリカのcall-inの番組がどう面白かったかわからないので、電話である意味が今回のやり方では伝わらなかった。予算が少ない中であえてやるほどの意味がわからないし、効率の悪さばかりが目立った。どのくらい事前に把握されていたか不明だが、事前に7秒以上のタイムラグがあるとわかっていれば、電話での会話は困難だろう(Skypeなら良かったかも)。議論がゆっくり出来るような状況ではなかったことは4時間通しで見てた者はわかるはずだ。こんなことなら300回目はスタジオに石原慎太郎を呼ぶという企画でも良かったかもしれないと思ってしまいます。

December 23, 2006

投稿者 abogado http://lune77@ever.ocn.ne.jp

生放送・やらせなしのトークショーを拝見しました。

自分の身を守ることだけに熱心な人間が多い中、神保氏のような突貫中年がいることは実に驚きである。
Newsweek紙で「Teddy Jimbo」と呼ばれるほど愛嬌と認知度があるのならば、報道マンとして安楽に生きられるはず。ところが、各方面からの批判を覚悟で報道の本道=イバラの道をセレクトしているのだから、時代に合わない義侠心に心打たれる。

しかし、この「Teddy Jimbo」氏ひとりでは「videonews.com」が成り立たないことに今回の生放送では再認識させられた。
宮台氏のツッコミがあってこその、神保氏のボケである。
宮台氏のナイフのように鋭く硬軟取り混ぜて、自在に論議の方向性を示すしたたかさがあってこそこの番組が光ること、生放送途中で宮台氏が途中参加してからよくわかった。
絶妙なコンビである。時代を切り開く人間同志には思いがけない出会いというものがあるのかもしれない。

さて、今回の生放送はインターネットと電話との時間差の問題等、スムーズとは言い難く、決して成功とはいえないだろう。しかし、未来に通じる新しいNewsのかたちは確かに見えたと思う。
現代日本におけるがんじがらめで硬直化し、既得権益の横行する世の中の突破口のひとつになるのかもしれない。

最後に、スタッフのみなさんの電話対応は明るく感じが良かった。ちょっと怒鳴られた場面があったが、微笑ましい。このなかから、骨のある報道マンが育っていくことだろう。

ゲストの方々も自然体で話されている方はかっこいい。
政治家のみなさんの「自己アピール」だけに終始する姿勢には興ざめしたが、自然体のほうがかっこいいと思えるくらいの政治家がこれからの時代、出てほしいものだ。

December 23, 2006

投稿者 takumi 

いよいよ300回ですね。おめでとうございます!

生放送は、とびとびでトータル30分程度しか観ていないけど、段取りやCall-Inの意味に関してはbeantownさんと同意見です。
改善すべきところはいろいろあるけど、スクリーニング無しのCall-Inニュース番組をはじめて放送できたという事は賞賛すべき。
その上で、今後も回を重ねながら企画や構成を詰めていけば、もっと面白い番組になっていくと思うので、これからもどんどんトライしてもらいたいと思います。

とにかく、荒削りだろうが準備不足だろうが、最初に勇気を持ってやるヤツは偉い!
報道の放送関係者だったら「ああ~自分もやってみたい。自分ならもっと面白くできるのに!」と思った人もいたのでは?(笑)

ただ、肝心の議論の内容に関しては、ちょっと観た限りでは大勢のゲストが効果的に使われていない印象で、電話相手とももっと意見のキャッチボールがあった方が、よりCall-Inならではの面白さが発揮されたような気がします。
一部しか観ていないので、そこだけの部分的な印象ではありますが。まあ、これからですよ!これから!

私も長いことビデオニュースの番組を観て来ましたが、スポンサー無しにも関わらずオンデマンド放送で300回も続いている事自体驚きです。失礼ながら、正直ここまで続くとは思っていませんでした。

今回の試みは、300回記念に相応しいチャレンジだと思います。

December 24, 2006

投稿者 murriel http://blog.goo.ne.jp/murriel/

第299回マル激(2006年12月20日)は、2006年総集編、第300回マル激(2006年12月22日)は、特設スタジオにて、過去6年間にビデオニュースに出演したゲストを招き、生放送でさまざまな議論を展開するとともに、視聴者から電話やメールで寄せられた質問やコメントにゲストがリアルタイムで次々と答えていくという「視聴者参加型 双方向生放送番組」とのことです。

私は昨年から視聴し始めましたが、300回というのは、すごいことだと思います。来年も、これまで以上に面白い番組作りを期待しています。

とまあ、儀礼はさておき、以下、第299回・300回のマル激に対するやや辛口の評価です。

残念ながら、300回記念番組を見ていません。生でも見ていないし、オンディマンドでも見ていません(どうやら12月30日の本日、ようやくアップされたようなので、今から見たいと思います)。

300回記念番組は、「視聴者参加型 双方向生放送番組」ということですが、平日の午後5時からというのは、普通(?)のサラリーマンにとって、参加はまず不可能です。定時で帰ったとしても、半分あたりからでも見れれば、まだよいほうでしょう。実際のところ、今回は、むしろ「視聴者限定番組」だったのではないかと思います。

その点を、ビデオニュース社は、まさか理解していなかったとは思いませんが、まあ、ゲストの都合もあって、仕方なかったのでしょう。今後はその辺のことを、もっと考慮してもらいたいと思います(神保さんのブログのコメント欄でも、誰も指摘していないようなので)。

なお、300回記念番組の評価に関して、その内容よりも、ネットでの生放送・Call-Inという点にウェイトが置かれているように見えますが、だとすれば、リアルタイムで視聴していなかった人にとって、後から4時間見るのは、ちょっとしんどいのではないでしょうか(少なくとも私は)。

より根本的なことを言えば、慣れぬ生放送で多くのゲストを招けば、当然、ゲストの対応と時間に追われて、中途半端に話をつまんで、なんだか消化不良のまま終わってしまうというのは、始まる前から容易に想像できたわけで、実際はどうだったかは知りませんが(察するにおそらくそういう感じだったのでしょう)、なぜ、そんな「テレビ」的なことに、マル激が挑戦したのか不思議です。時間に縛られないのが、ネット放送の良さだと思っていましたが、300回記念番組は、テレビ番組の最も悪いところを、最も向かない環境で、再現するだけのような気がしていましたが、違ったのでしょうか。

また、双方向性についても同様です。視聴者との双方向的な番組づくりをめざしたいのであれば、生放送など大仰なしかけなど必要なく、定期的に、番組終了後にでも、視聴者からのメールやブログ等での意見や質問にちゃんと応える時間を取るということでも十分なはずです。それこそがテレビにはできない、ネット放送ならではのメリットなはずですが、そういうことさえ日頃しないでおいて、どうして生放送の特別番組でのCall-Inなどというテレビ的な双方向性にわざわざこだわるのでしょうか。テレビ的な発想が抜け切れていないのでしょうか。

第299回の総集編では、過去の番組を振り返りながら、いろいろと再考させられることがありましたが、残念なことに、今後のマル激のあり方・方向性について神保さん・宮台さんの、抱負を聞くことはできませんでした。視聴者の多くが、今後のマル激の展開に期待を寄せていると思いますし、神保さん、宮台さんも、おそらくは、十二分にそこらへんは承知のことでしょう。だからこそ、生放送程度で収束してほしくないと、思いますが、いかかでしょうか。

何かと、辛口の評価になってしまいましたが、マル激での「アタリの回」(「たま」にですが)は、他には代えられない衝撃的なまでの、面白さがあります(最近では山本譲司さんの回。見た後、すぐに本を買いました)。

来年は(も)、新しいジャーナリズム・メディアとしての一歩前進を期待するところです。

December 30, 2006

投稿者 9B 

生放送のオンラインアップ。
生で見ているときとは印象が違う。
わたしは電話した人間のひとりである。後から聞くと、自分の質問がチンプこのうえないことに赤面する。
なるほど、番組というのは想像するより難しいということか。

コメントを読むと、批判7割、ねぎらい3割。
アップを見てがっかりした人もいいじゃんと思った人も、もしまた生の機会があったら、実際に電話してみることをおすすめする。
株と同じで、お金(電話代)払って現実にやってみると、目線がかわって評価軸もかなりかわる。(わたしはもうコリゴリだが、たとえばジャーナリズム志望のひとは経験する価値は十分ある)
いかに苦労して番組が作られているかがわかる。ことばは相手や場面によって有効だったり無効だったり、頭のなかの想像とは違う結果がでる。

さて、今回の生放送、正直つまらなかった。
まことに勝手ながら感想を少々(いわずもがなってことですけどネ)

1 確かに金曜の17:00~21:00はよくない。わたしは自由業だから適当に電話したが、土日のほうがいいのでは?
2 せっかくのゲスト、人数をしぼったほうがいい。多忙のなか時間をさいて来ても出番薄でプンプン怒っているかたもいるだろう。もったいない。
3 テーマはある程度ゲストに合わせてしぼったほうがよさそう。また、ゲストのキャラクターが際立つ配置が必要。
4 電話とネットとのタイムラグはひどい。画面を見ながら電話で話すのは困難。対応策ってあるのかな?これ発明したらすごいかも。
5 ゲストにはもっと話をふって。黙っていた人が独自な切り口を見せると、がぜん盛り上がる。わたしの質問のときもそれを期待していたんだけど。
6 やはり神保氏と宮台氏は揃っていたほうがいいだろう。ただ話は短くしてほしい。宮台氏が論議を揺らし、まっすぐな神保氏が明るく迫り、ゲストの自由な発想が飛び交えばすごく面白くなると思うんだけど。
7 今回は年末にボンとぶつけたけど、もっとさりげなく小さいつくりからされたらいいんじゃないかな。(タウンミーティングも規模小さくするようですし)
基本的には通常番組のほうがいいです。でもはじめの一歩が難しいほど振り返ると価値があるんでしょうな。

PS 電話のスタッフさん丁寧で好感もてました。ゲストのかたがたも、それなりに一生懸命話しておられたのだなと、改めてわかりました。

December 30, 2006

投稿者 GT http://GT

こんにちは、
AAさんや、9Bさんがすでにコメントされていらっしゃいますが、私も、質問者側を、もっと引き出してほしかったなと思いました。
ゲストの方も多すぎて、すべての人にお話していただくよう気を配っていらっしゃったのは雰囲気でよく伝わってきたのですが、実際回線の向こうで待っている質問者は見えない分、どちらかといえば、ないがしろにされていたような感があります。
質問者の質問聞ききらず、対話形式もないのなら、メール送るのとあまり違いがないですよね。
電話切るときは、ありがとうございました の一言がなかったのがちょっと気になりました。

私は、BBCのHave you say が好きで良く見るので、それをイメージしていたので、アメリカのCALL-INとはまた違ったものなのかもしれません。

司会者は電話をしてきた人の意向を真摯にとらえて、視聴者に解るように要約したり、ゲストを交えて意見交換したりしてます。
電話をしてくる人も、質問というよりも、自分の意見をぶつけてくる感じです。
意見が偏らず、全く反対の意見の人を途中で入れて、また戻したり、その変は事前に調整しているのかもしれませんが、見ていて面白いです。
意見者がたまに興奮しすぎて、司会者も押さえが利かないことも多々あり、そういう時は切ったりしてますが、それでも司会者はあくまでも冷静に、参加してくれてありがとうの言葉は忘れません。

ビデオニュースでも、ゲストと、テーマは絞って、前もって視聴者に連絡できるようになると、質問者(意見者)も意見が言いやすいと思いますし、テーマをもっと掘り下げて見れると思います。
ゲストの意見はもちろん貴重ですが、それは普通のマルゲキで楽しませていただくとして、CALL-INで現場とつながってるなら、意見者を主役において、ゲストはおまけくらいにしてほしいです。
現場の声は普段聞けない分もっともっと貴重なのです。

これからも、どんどん面白くなってくれることを期待します。

January 1, 2007

投稿者 Gershwin 

 300回記念番組、オンデマンドで(のみ)視聴いたしました。CALL INはとてもよい試みと思います。


 今回の番組の中では、山崎養世さんのお話をもっともっと聞きたいと思いました。

 現下の日本は、

1.老人が若者を支配し、

2.用地コストが極端に高い東京からしかビジネスができないという非効率な構造であり、

3.官僚は行政改革という旗のもとで逆に焼け太って権力強化を進める一方で地方への再配分を絞り、

4.結果として人口の都市集中(地方の過疎化)を加速させている


という最悪の状態、とは正しい分析と思います。

山崎さんがご提案されていた以下の案、

1.高速道路を無料化し、またインターチェンジを増やすことで生活道路に変え、

2.地方の用地コストを下げて、地方から若い上場企業が出現できるようにし、

3.結果として道路に投資して新しい街を作ることができて、それが地方生活者だけでなく政治家本人にとっても利益を生む、

4.用地コストを低下させれば、(若者の)人件費切り下げを行わなくて済むので、消費も冷えさせない


は成る程と思います。説得力があります。この案を何とか人口に膾炙するまで、世に知らしめることはできないものでしょうか。


 「若者がまったりとこじんまりと生きても構わない」と言う前に、「若者が起業しにくい」ように仕向けられていないかという疑問を持つことが重要ということのようです。


 小泉政権下において特に加速された「不安のポピュリズム」というのは、政策がネオリベラルに振れたわけでは無く、単なる中央集権強化の結果なのですね。


 地方の生命維持装置を中央官僚が止めて、なおのこと地方の民は中央(つまり国家)にすがるように仕向けていると。


 知事、国会議員の贈収賄が摘発され始めたのも、中央官僚による権力強化あるいは知事の系列化であると感ぜられます。国民が投票で決めた人間はとにかく官僚の制御下に置こうという魂胆でしょう。


 駐車違反、交通事故、飲酒運転、企業の不祥事摘発、法令順守の強化・・・。これらは官僚権力の強化を一段と進めるための一連の仕込みのように感じます(官邸から主導権を奪回、最後は戦時体制への誘導か・・・)。

 この一年、NHKのお昼のニュースを見ていて気が付いたのが、企業の不祥事事件(パロマ、日興など)があると必ず、かの企業の役員が官僚に頭を下げている場面が映しだされることです。


 何でそんな映像を放映する必要があるのでしょうか。頻繁に見ていながら、今まで気が付きませんでした。事件の解明に関わる情報を含む映像で無いことは確かです。民がお上に頭を下げるという映像の刷り込みのようですね。

January 6, 2007

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