日本にとってエイズはまだ対岸の火事なのか
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マル激トーク・オン・ディマンド
第298回[12月15日収録
日本にとってエイズはまだ対岸の火事なのか
ゲスト(PART1):山本直樹氏(国立感染症研究所エイズ研究センター長)(PART2):及川健二氏(ジャーナリスト)
最初のエイズ患者が報告されてから今年は25年目にあたる。近年、有効な治療方法がみつかり、「エイズ=死」ではなくなりつつある。しかし、エイズによる死亡者の数はすでに延べ3000万人を超え、エイズを完治できる薬もエイズを引き起こすHIVウイルスの感染を阻止する予防ワクチンも未だ開発されていない。また、現在、世界のHIV感染者とエイズ患者を合わせた合わせた数は4000万人を超え、2006年には新たに400万人以上が感染している。感染が最も深刻なのはアフリカ大陸だが、ウィルス学の専門家である山本氏は、これから「エイズはアジアの時代」になる、と予測する。
ところが日本では、エイズに対する関心が異様なほどに低い。日本で報告されているHIV感染者とエイズ患者は合わせて約1000人と、この数字を見る限り、日本ではまだエイズはそれほど懸念を要する事態には至っていないかに見える。しかし、この数は、実際のエイズ検査の受検者が人口の0.07%に過ぎないことを前提とした数であることを忘れてはならない。実際にはその数百倍の感染者がいても不思議はないということだ。その上、日本の新規HIV感染報告件数は、01年には90年代の2倍を超え、現在も右肩上がりに増えている。
山本氏は、当初エイズは同性愛者だけがかかる特殊な病気という誤解が広まったことで、多くの人が「自分には関係ない」と思い込んだままになっている上、潜伏期間の長いエイズはウィルスへの感染から実際の発症まで長ければ10年間もほとんど症状が出ないため、自覚のないまま感染源になっている人が少なくないと言う。近年、エイズが発症して初めて感染の事実に気がつく「突然エイズ」が、日本では中高年の男性に増えているという。
また、性教育とエイズ予防は切り離せない関係にあると主張する山本氏は、日本における性教育に対する消極姿勢は、若年層のエイズ感染を防ぐうえでマイナスになっていると警鐘をならす。ティーンネージャーにコンドームの使用を奨励することが、セックス容認につながるとの理由から、積極的な性教育に反対する声が、むしろ社会の保守化の流れの中で強まっているという現実もある。
四半世紀を迎えたエイズが、世界と日本で今どのような状態になり、どのような課題を抱えてるのかを、山本氏に聞いた。
後半は、政府やNGO団体によるエイズに対する取り組みが盛んなフランスの事情に詳しい及川氏ともに、フランスのエイズ感染の現状や家族観・ライフスタイルについて議論した。
及川氏によると徹底した個人主義社会のフランスでは、多様な生き方や性のあり方を許容する土壌があると言う。
フランスのエイズ対策や少子化対策から日本は何を学ぶべきか、及川氏とともに考えた。
December 16, 2006
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May 3, 2007
コメント
エイズ蔓延は国内の場合、カジュアルセックルや援交一般化の風潮と無縁ではない。
一時期、社会変革を切望する、とある社会学者がオモテ舞台に登場し、無邪気に援交を煽っていた。その露出の手法・語り口は若者を吸い寄せるような、非常に巧妙に仕込まれたもので、当時そうしたリスキーな行動に走ることが「自分のステージを高める」かのような時代的ムードもあった。相乗効果を得てメディア的言説に加担し、若者に広く流布された。
その学者は一躍名声を得て、高級外車を乗り回すようになるのだが、反面、多くの無垢な若者は無防備であったために自爆し(それは援交だけに限らないが)、当の学者は結果責任もアフターケアも引き受けず、当時の主要読者層を切り捨てて逃亡、うやむやになったまま現在に至る。
最近では、こんど出す本の事前の仕込みだと思われるが、援交のトレンドを3つに分けて、問題とされる「第二世代」以降の関与は薄いという弁解や、ぷよぷよとした自意識批判などを加え、結果責任を負うどころか、傷ついた女の子本人への非難を、あちこちで吹聴して回っているようだ。
商売であっても、こうした行動を取られる点は非常に残念に思う。どちらかというと人間として失望する。その学者はしばしば「そうですね」を連呼し、全ては既知という完全性のテクニカルな演出を伴い、恐らくは「自立した主体の持ち主」というキャラ設定だと思われる。さて果たしてその路線は正しいか。
もっと、弱さを出していくんじゃなかったか。評論は優れているのに、なぜ掲示板やブログで執拗に叩かれるか。あるいは政治の学生以外に、呼びかけに応じなくなったのか。理屈こねくりまわしではなく、潔い告白と自省と総括を望む。自分でチャーリーのラジオにでも企画書を出し、土下座企画でもされれば、私たちは素直に政治転向を見送ることができるのだ。
December 21, 2006
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