いじめを無くすためにまず私たちがすべきこと
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マル激トーク・オン・ディマンド
第293回[11月10日収録]
いじめを無くすためにまず私たちがすべきこと
ゲスト:内藤朝雄氏(社会学者・明治大学助教授)
再びいじめが社会問題としてクローズアップされている。前回と同様、今回も小・中学生のいじめ自殺がきっかけだった。今回は大臣宛に自殺予告の手紙が届くなど、いじめ問題が実はほとんど改善されていない実態を露呈している。
「いじめの社会理論」の著者で、学校におけるいじめ問題に詳しい社会学者の内藤氏は、学校が「聖域」として扱われ、一般の市民社会から隔絶されてきたことが、日本でいじめが無くならない最大の要因だという。
社会から切り離された空間のなかでは、一般社会では認められない暴力や人格を傷つける行為が行われても、隠蔽や感情論に基づく対応がまかり通ってしまうからだ。
内藤氏はまた、日本では学校が単に勉強を教える場としての役割だけではなく、情操教育まで担うことを期待されてしているため、授業の他、スポーツや課外活動までが、全て学校という場で行われる点がいじめ発生のメカニズムに寄与していると指摘する。子供にしてみれば、朝から晩までを過ごす学校に全人格を握られる形となっているため、不快に感じる相手を排除したり傷つける行動も招きやすくなるし、いじめられる側も、他に逃げ場が無くなる。
海外でも、学校に共同体全体主義的な役割を担わせている米、英、スウェーデンなどではいじめが多く、勉強に特化した予備校型のドイツやフランスではいじめが明らかに少ないというデータもある。内藤氏は現在の日本の教育制度を、米英型の中でも「突出した共同体全体主義型」と位置づける。
こうした現状をふまえて内藤氏は、いじめを無くすためには、第二性徴後自立の道を歩もうとする子供を、むしろ押さえつけようとしている現在の学校の制度、とりわけ中学校の制度を、より選択と自己責任に基づく制度にあらためていく必要があると主張する。
また、現在のいじめ問題がより緊急の課題となっているとの立場から、短期的には、暴力的ないじめに対しては警察や裁判所の介入によっていかなる理由があろうとも暴力は許されないという市民社会では当たり前の基準を学校でも徹底すること、40人ほどの他人を無理矢理同じ部屋に閉じこめて1日中一緒に過ごさせる現在の学級制度を廃止し、クラスメート以外にも「タコ足配線的」(1本の足が取れても他にたくさんの足がある=一部のクラスメートから無視されたりのけ者にされても、他にいくらでも友達が作れる状態)に色々なタイプの人とつきあえるような柔軟な制度に変えることが必要と主張する。
なぜ人はいじめるのか。なぜいじめは起きるのか。いじめ発生のメカニズムを解くことで、いじめを無くすために短期的、長期的に何をすべきかを内藤氏とともに考えた。
November 12, 2006
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コメント
神保先生、
videonews.comでのご活動応援しています。
外国特派員協会主催のプレスクラブなのですが、通訳者の声まで拾えるようにアップロードすることはできますか。英語でおそらく通訳されているとは思うのですが、どのような約され方をしておられるのか気になります。
先生には申し上げるまでもなく、いかなる内容にせよ、用いるあるいは伝える言語が究極的なコミュニケーション手段ですので、私的には非常に気になるところです。ご参考までに。
さと
November 12, 2006
さとさんの指摘について一言失礼します。最新の「プレスクラブ」のイーホームズ藤田社長の記者会見については、たまたまということになりますが、別のサイトで英語付きのものが見られます。
http://www.janjan.jp/living/0611/0611100412/1.php
ただ一般論としては、私自身は、日本人が講演者の時には、講演者の話の英訳は(現在ビデオニュースでの編集で省略されているように)ビデオに含める必要はないと思います。基本的に同じ話を2倍の長さかけて聞くような暇は少なくとも私にはありませんので。編集ありと編集なしが選べるようになるのは或いは良いのかもしれませんが、サーバーの容量の問題もあるでしょうから、それを求めるつもりはありません。
November 12, 2006
俺も、vox_populiさんに賛成。
英語の勉強なら、↓のサイトで十分だと思われ。
http://www.yomiuri.co.jp/dy/
http://mdn.mainichi-msn.co.jp/
http://www.asahi.com/english/
http://www.nni.nikkei.co.jp/
http://home.kyodo.co.jp/
http://www.japantimes.co.jp/
http://www.japantoday.com/
November 12, 2006
最近こんなラジオが始ったみたいです。ネット上でアーカイブが聞けます。
オールニートニッポン
http://www.kotolier.org/ann/index.html
11月3日放送分は「いじめ自殺を食い止めろ」というタイトルで、内藤さん、宮台さんと一緒に『学校が自由になる日』を書いた藤井誠二さんも出演されているようです。
僕はまだ聞いてませんが、お知らせってことで。
November 13, 2006
↑上記ラジオの「緊急リリース」とは、90年代だったかに目撃した光景であり、そこから流れてくる「せめて死なずに生きてくれよ」とは、まさしく私たちの宮台が訴えていたメッセージの反復であって、十年かけてまた同じ場所に巡ったという思い。そしてあたかも絶望に追い討ちをかけるように「いじめられる方が悪い」との都知事の談話が報じられ、「断固管理を強化せよ」と説く政治家、子供をよそに愛国教育や防衛論で盛り上がる論壇紙面。このザマを見よ。ゆえに若者はますます政治の場からは遠ざかり、この時ばかりと勝ち組は法人税減税や不当な残業の合法化を目論む。敗北者予備軍は自らの危機を悟ってオタク化、ネトウヨは中韓を腐しアジアで孤立。この総塞がり状態では輝けるアメリカへの片思いに傾倒し、ネギカモであるから逆にヤラれまくる構図。問題のこうしたフレームはマル激ですでに繰り返されてきたわけで、悲しいかなまたひとつ知ったことで苦しみは増幅され、だがしかし俗人たる自分にはあまりにも無力で単にやり過ごすしかないのである。
November 15, 2006
第293回(2006年11月10日)のマル激は、内藤朝雄氏(社会学者・明治大学助教授)をゲストに「いじめを無くすためにまず私たちがすべきこと」がテーマでした。
マスメディアによるフレームアップのおかげで、ようやくマル激も取り上げたということですね。
今回のいじめというテーマ。近年はあまり聞かなくなっていたので、特に都市部においては、良くも悪くも学校という存在が希薄化してきたのだろうと思っていました。服装から価値観まで、あらゆることが規律と序列の対象であった中学・高校生活を送った私としては、最近の中高生の服装や髪型を見るにつけ、すがすがしいまでに隔世の感を抱きますが、それでもやはり、まだ学校と学校を取り巻く世界は、子どもにとって逃げ場のないところなのでしょうか。
番組ではいじめ対策として、学校における市民社会ルールの適用や複数の集団や共同体への多重帰属の必要性が説かれていました。従来から指摘されてきたことで、格別、驚きではなかったのですが、あらためて頭の中で整理することができたと思います。
ところで、いじめに対して、警察や司法を介入させよという処方箋。内藤氏も宮台氏も、安直にこれでいじめは解決するとは主張していませんが、実際問題として、「いじめは許さない」というスタンスを社会的に明確に示すという以外に、あまり効果がないと思われます。
というのも、(内藤氏も述べていることではありますが)警察が介入できるのは、あくまで身体的暴力や恐喝などのいじめに限定されており、また、仮に対策として導入されたとしても、いじめはより巧妙化し、暴力的手段をともなわない、無視やからかいといったコミュニケーション操作に流れていくことは自明だからです。
しかも、教師でさえ、いじめをなかなか把握できていない中で、いったいぜんたい警察に通報したところで、誰がその証明に手を貸してくれるというのでしょうか。クラスメート全員が(そして先生も)、「いじめはなかった」と証言すれば、当人の学校生活は、その時点で終わったも同然でしょう。「密告」が失敗に終わったときの「囚人」の運命は悲惨です。内藤氏や宮台氏が、それらのリスクに言及しないままに済ませられるほど、「お手軽」な処方箋ではないでしょう。
もっと深い問題もあります。宮台さんが言う自治の原則。問題が起きたらまず身内で解決をはかり、解決できなければ、より高次の共同体で解決をはかるということだったと思いますが、その点で言えば、いじめられている当事者がいきなり警察や司法の介入をあおぐことというのは、果たして望ましい状況であるのか、という疑問もあります。
いじめが生じる理由・背景は多々あるでしょうが、その一つに学校あるいはクラスルームにおいて自分たちの問題を自らで解決する能力が低下したということがあるのではないでしょうか。してみれば、そうした空隙を埋めるために、直接に公的な権力をもってきて、手当てを施すというのは、学校や教師があてにならない現状ではしょうがないことかもしれませんが、本質的な問題解決にはならないと思われます。
欧米のしくみがどうなっているのかわかりませんが、私自身のアメリカの小学校での経験から言えば、教師とは別に常駐の監視員のようなものがおり、休み時間も生徒に目を光らせていました。いじめや暴力行為はもとより、危険行為に対しても、厳しくとがめられ、ややもすれば校長室に連れて行かれて、反省書のようなものを書かされました(私も一度経験があります)。ひどいときは親を呼ばれたりもします。子どもだからと言ってもルールから外れた行為については、容赦なく罰せられました。
また、生徒の生活や素行については、ホームルームの担任とは別に、専任の先生が指導にあたっていたような気がします。日本の担任が生徒の学習指導から進路・生活指導まで、生徒の全人格を預かっていたのとは対照的だったと思われます。
こうした学校のあり方がよいかどうかはわかりませんが、要は、学校において市民社会のルールを貫徹することと、いきなり警察や司法の介入をあおぐということは、必ずしも同じことではないと思われます。公権力に頼らなくとも、学校の組織づくりいかんで市民社会のルールを貫徹させることは可能ではないでしょうか。
そしてなにより、生徒や教師の自己問題解決能力の回復を放棄したまま、直接に公権力に頼ることは、自治の原則という点から見ても、市民社会の醸成には必ずしも望ましくないと思われますが、どうなのでしょうか。
今回のマル激では、そこらへんの点についても、言及してほしかったですね。
November 19, 2006
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