マル激ライブ・イン・京都
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マル激トーク・オン・ディマンド
第292回[10月28日収録]
「ちょっとみんな元気ないんじゃない」
京都・立命館大学公開収録
北大、中央大に続いて3回目となる大学での公開収録の舞台は、神保氏が教授を務める京都の立命館大学。
大学生との対話方式を公言するライブトークでは、開口一番神保氏から、「とにかく今の学生は元気がない。やれと言われればやるが、言わないとなかなかやろうとしない。インターネットの普及で指先でキーを叩くだけで簡単に情報を手に入れられるようになってしまったために、自分で動いてモノを調べようとしない。怒られても食い下がってこない。要はみんな頭でっかちだ」との挑発で始まった。果たして学生対宮台・神保両氏の熾烈なバトルに発展するのか。それとも、宮台・神保両氏の暴走で終わるのか。はたまた、京都で小学校時代を過ごした宮台氏の愛郷主義が炸裂するのか。
立命館を中心とする京都周辺の学生たちとの対話から、当世の学生たちの関心事や悩み、不安をマル激が斬る。
November 8, 2006
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なんで頭でっかちで行動しない若者が増えたのだろう from SHU CHOoo ! ! !
今回のビデオニュース「ちょっとみんな元気ないんじゃない」で、神保氏が最後あたりに言った言葉は、共感した。今の学生(僕らの世代もそうだけど)は頭でっかちにな...
November 11, 2006
コメント
1つ前のエントリーにコメントしましたように、11月2日に宮台さんの市民講座に行ってきました。演題は『過剰流動性に抗う』で、内容はマル激を見ている人は何度も聞いた話でした。
講演後に僕がした質問は以下の2つです。
1.エリート主義、「頂点を引き上げれば底辺も上がる」のメカニズム、上からの変革について。
複雑系やネットワーク理論の本を読んでみると、「金持ちがより金持ちになれるようにすれば、底辺の豊かさも上がる」という考えに基づく政策が失敗し、実際は金持ちと貧乏人のディバイドがもっと進んだだけだった、などと書いてあったりもします。
「頂点を引き上げれば底辺も上がる」ということは自明でありませんので、そのあたりをもう少し詳しく説明してください。
2.「悲劇の共有」について。
「悲劇の共有」が必要だということは世界の歴史を見ればなるほど理解できますが、「悲劇を共有できるかどうか」「いつになったら共有できるのか」という問題があるように思います。
敏感な人には既に「共有されるべき悲劇」が訪れているようにも見える。「普通の人が普通に仕事して普通に生活をしていることが、まわりまわって将来の普通の人の首をしめちゃうような構造があるんじゃないか」などと思ってしまう。
一方で鈍感な人は「そういうもんなんだよ。世の中ってのは」とか言いながら、(日本人特有の高い適応能力で? 適応すべき環境について考えることなく)どこまでも突き進んでいってしまう。
そういう鈍感な人を横目に見て、敏感な人は「やっぱりこれはもう危ないぞ」と思いを強くしたりする。
僕は「悲劇の共有シナリオ」をうまく頭に思い描くことができないのですが、宮台さんは一体どのようなお考えのもとで「悲劇の共有」とおっしゃっているんですか?
・・・という質問だったんですが、宮台さんの答えを伝聞するのもよくないでしょうから、今後のマル激に反映してもらえるのを待ちます。
その代わりと言ってはなんですが、その答えを聞いての一視聴者としての気づきというか、そんなようなものを他の視聴者の方と共有できればと思いますので、この後に書きます。
(つづく)
November 8, 2006
さて、気づきというのはこういうことです。
神保さんは公開収録で、どこをターゲットとしたらいいかわかんない、なんておっしゃっていましたけど、これは大雑把でいいなら案外簡単です。
以前、自民党の選挙戦略で「具体的な問題を抱えていなくて、かつ、IQが低い層」ってのがありましたが、考えてみれば大手マスメディアも(番組によって違いはありますが)主にここを狙った番組を出してるんだから、マル激が狙うべきは「具体的な問題を抱えているか、または、IQが低くない層」になるでしょう。
公開収録の質問者の様子を伺ってみますと、実際に今マル激を見ている人についても多くはこの辺にいるような感じがしました。
それで、「具体的な問題を抱えているか、または、IQが低くない層」というのを眺めてみると、こちらは「具体的な問題を抱えていなくて、かつ、IQが低い層」ほど一色に染まっていないと考えたほうがよさそうです。
中には政治家エリート・官僚エリート・学者エリートなんかとコネクションを持ち、あるいは作ることができ、必要なボタンを押しにいける人(や、その候補者)もいるんでしょう。彼らを今「真のエリート(や、その候補者)」と呼んでおきます。
彼らには宮台さんの言う「上からの変革」のために重要な役割を果たすことが求められます。今最も活躍していただきたい方々で、その活躍の場は十分にあるか、彼らの能力をもってすれば開拓可能です。
それに対して、「真のエリート」のようにボタンを押しにいくほどの能力やリソースはないが、大手マスメディアの煽りに乗って吹き上がっていれば満足できるようなバカじゃないし、公的貢献への意欲もそれなりにある。少なくとも「そんなばかばかしいことも今の環境での適応を目指したほうがずっといい」とは思わない、という人のことを「街角のエリート」とでも名づけておきます(自分もだいたいこの辺にいるんだろうと思います)。
現状認識ということで言うと、「真のエリート(や、その候補者)」と「街角のエリート」のどちらが多いかと言えば、後者のほうがあきらかにずっと多い。しかしこの「街角のエリート」たちは引き裂かれた状況にあるということなんだろうと思います。
彼らはバカじゃないし意欲もあるので、世が世なら(リベラルな環境がある程度整っているならば、またはその過程で?)、各職場・各中間集団・NPO・NGOなどで中核的な役割を担ったり、他にもいろいろと活躍できるはずの人材なんでしょうが、現状では彼らが思う存分活躍できる場があまりない。
ないなら作ればいいじゃないかと言われればそれはそうなんですが、実際には自ら活躍の場を作り出せるほどの能力やリソースはありません(あるなら「真のエリート」になってるってことですね)。
このあたり、公開収録で「ハイパー・メリトクラシー化が進む中で見えないディバイドも進んでいるんじゃないか」とおっしゃった質問者は鋭いと思いました。
宮台さんがどうして「下からの変革」ではなくて「上からの変革」でないとだめだと主張するのか、その理由の1つはこの辺りにもあるんでしょう(宮台さんは「中間集団ファシズム」にならないためとおっしゃっていますが、それとは別に、あるいは関係して)。
「上からの変革」のスキームをちょっと考えてみますと、「真のエリート」の活動で「街角のエリート」が十分に活躍できる場ができる。変革後の理想像としては、「真のエリート」によって動きやすくなった「街角のエリート」によってまた「真のエリート」の活動がサポートされたり方向付けられたりする、ってことになると考えていいんでしょうかね。
とすると、「真のエリート」の方々には特に今アクティブにがんばってもらうと同時に、「街角のエリート」は今は活躍の場は少ないけれど、つぶれずくさらず諦めずにい続けないと、スキームが瓦解することになります。
ちょっと話は戻ります。
先ほど、わざわざ「引き裂かれた状況」なんて言葉を使いました。これは「街角のエリート」が今は自分にふさわしそうな活躍の場がない(少なくともそのように思える)ために、
(1)玉砕覚悟で「真のエリート」になることを目指すか、
(2)「真のエリート」の活動が実を結んで自分が活躍できるようになる日を他力本願で待つか、どちらを選んでもつらいんだけれども他の選択肢も見当たらないので、断念してどちらかを選ぶ他ない(少なくともそのように思える)という状況を指して言っています。
ちなみに前者を選んだときに何がつらいかというと、これはまさに「ハイパー・メリトクラシー化」に関係すると思われるので、本田由紀さんの言葉を引用してみます
> 問題解決能力や意欲、対人コミュニケーション能力といった捉えどころのない能力が重要化しています。これは努力を通じて達成されるものでもなく、きちんと証明されるものですらありません。むしろ生まれ持った資質や家庭環境などによって形成される能力が有効だといわれ(後略)
( http://www.rieti.go.jp/jp/events/04110901/honda.html より)。
努力して上を目指したいが努力が報われる可能性は低く、そればかりかどういう努力をしたらいいかさえわからない。手足を動かしてみようにも、まず何をどう動かせばいいかさえ見当がつかないってことですね。
後者の場合でも、やっぱり他力本願で待ち続けるのはつらいです。
なまじっかバカじゃないために、なまじっか公的貢献の意識を持ってしまっているために、何が問題か、その解決にはどこにアプローチしないといけないか、などといったことに気がついてしまう。気がついていながら「真のエリート」ならぬ自分は他力に頼り、普通に生活せざるをえない。できることと言えばせいぜい何かの本やマル激を友達に勧めつつ、いずれ来るかもしれない時機に備えてちまちまと準備をしておくくらいしかない。
かと言って「自分が悪いから」とつぶれてしまったり、「いつまで待っても何の変化もない」とくさってしまったり、「もうだめだ」と諦めてしまったりするのでは何にもなりません。何とかやり過ごしていく工夫が必要です。
中には「手足を動かしてみた結果、ちょっと今の自分には無理か、と感じたので一旦退却して潜伏中」という人もいます(実は僕自身がこの口だったりします)。
とまあ宮台さんなんかはずっとこのことを言ってこられたんだろうと思うのですが、単に僕のほうで「なるほど。今はこういう状況で、だからエリート主義だとか上からの変革だとか言ってるわけですね」と腑に落ちたというだけの話です。他の視聴者の方の参考になればと思って書きました。
もし誤りがあったら教えてください。
さて、以上のことを考えますと、やはりマル激批判をせざるをえない感じがしてしまうのです。
(つづく)
November 9, 2006
マル激を見始めた頃は、そのネタばらしのきわどさに「すげぇ」と思っていたのですが、最近は番組を見るたびに何となくいらいらさせられるような、そういう気分になることが多いんですね。
どうしてだろうと思っていたんですが、公開収録を見ていて「これか!」と思いました。
というのはですね。
ほとんどの質問者の意見を総じて言えば「問題があるのはわかってますが現場の人間にはもはや手も足も出せませ~ん」ってことじゃないですか。この手も足も出せないと訴える人たちに向かって「手足を動かせ」と言い放つ無神経さ。
僕は半分頭を抱えながら笑ってしまいましたよ。
一方で、やれ密教だの、やれエリート主義だの、やれノブレス・オブリージェだの、やれ「上からの変革」だの、やれ「ハイパー・メリトクラシー化が進んでいる」だのと言っておきながら、もう一方で「参加しろ」「手足を動かせ」と言うんでは矛盾してませんか?
言われるほうからするとダブルバインディングなメッセージにしか聞こえません。
普段のマル激も思い返してみると、ネタばらしはいいんですが、「こんな問題があります。ひどいですよね。皆さんも一緒に立ち上がりましょう」的な文法のにおいがします。
ここに僕が何となくいらいらしてしまう原因がありそうです。
他の視聴者がどう感じているかはわかりません。わかりませんが、矛盾する2つのメッセージが出されてるなってのは僕は今回よくわかりました。
もしエリート主義を貫くならば、<問題があるのはわかっているがその解決に向けて手も足も出せない人>や、<「もしうまくいかなくても文句は言わないし、あなた方が責任を感じる必要もありません」という態度で、つまり自分自身の判断と責任において、「エリートさん方におまかせします」と決めている人>を否定したり批判したり行動を煽ったりする行為は慎むべし。
じゃあどういうメッセージならいいのかと言うと、(上で僕が使った言葉で言う)潜伏する「街角のエリート」に向けては
・「他力本願であることを情けないなどと思う必要はありません」
・「あなた方はあなた方が動きやすくなった頃に動けばいいんです」
・「つぶれずくさらず諦めず、まったりとお待ちください」
・「来たるべき時のためにこういう準備をしておいてください」
・「(真の)エリートたちの活動の進捗状況はこうです」
ということになるだろうし、また「真のエリート(や、その候補)」に向けては
・「俺はそれじゃあ納得いかん、自分で切り開くんだ、という方はこちらへどうぞ」
ということになるんでしょう。
明示的なメッセージとしては出さなくていいとしても、文法をね、そっちの方向へもっていかなきゃいけないんじゃないんでしょうか?
「挑発的に言ってるんだ」なんて番組内でもたまに出てきますが、これについてももしそうおっしゃるならば、挑発する相手を間違えていると答える他ないです。
挑発すべきは潜伏を決めた人じゃなくて「真のエリート(や、その候補)」なんだから、「まったり待て」と言うほうが挑発になるに決まってます。
個人的には神保さんの熱血(?)なところは嫌いじゃありません。むしろ魅力の一つだと思うんですが、「いいなあ神保さん、熱血で」と思うだけで、そこに巻き込まれていく感じはあんまりしないんですよね。
熱血も間違った方向へ行くと、「それこそ教科書的なデモクラシーを信じる頭でっかちか、時代錯誤の素朴すぎる説教オヤジか、理想に燃えて部下の至らなさを嘆く零細企業のワンマン社長なんかがいかにも言いそうな戯言じゃねえか」なんてことに・・・(笑)
あるいは(もし潜伏する「街角のエリート」がつぶれちゃえば)「上からの変革」のスキームを妨害しちゃう可能性だってあるんじゃないでしょうか?
今後、多番組化を進められるとのことでうれしい限りですが、このあたりのことを是非よく考えて進めてもらえればと思います。
そうすれば、ね。僕らもつぶれずくさらず諦めず潜伏しやすくなるし、もうちょっと人にマル激を勧めやすくなるし、うまくいけばそういう人間の連帯みたいなものもマル激を中心としてできるかもしれない。そのように思ったのですが、いかがでしょうか?
(おしまい)
November 9, 2006
実は、前々スレの段階で、キーボード上2段がおかしくなってしまい、障害者機能を使って書き込んでます。いろいろ書きたかったんですが、タイピングで挫折しそう・・・。
ただ驚いたことに、途中で止めて投稿しなかった文章が、Cheさんと全く同じで・・・。ひょっとしたら、若い人の「こうあったらいいのに」っていう素朴な感受性とか、社会的な不満って、ほぼ共通してるのかも。まず一点目がそれです。これまで Cheさん、beat & NSX さんを始め、「なんだ、若い人の総意って案外近いんだ」と思った。 (しかし反対に、上の世代とは、感受性やコミュニケーション、方法論などのあらゆる場面でギャップを感じることが多い。)
二点目。「街角のエリート」というのか、まぁ、自覚的で意欲ある層の処遇問題ですね。僕も気になっていた。一円の利益にもならないのに、ブログをつけ、宮台本を買い、アクセスに電話してくるみたいな人ね。そういえば去年、「波状言論S改」のトークセッションがクリスマスの日で、当然ネタになってたが。なんだかねアレだよね。それ系の人が最終的にはちゃんと道が開かれるように。
三点目。これくだらないかなーと思って書かなかったけど、Cheさんと同じだったので安心した。端的にその時点での時代の限界、世代の限界がある。だから「待とう」って僕も思うわけ。具体的な数値目標を掲げるなら、完全に入れ替わるまで・・・20年かかるかなーと。もう少し短いと嬉しいが。僕らがいい年齢になり、それぞれ世の中動かせるポジションについたら、大半のことは「意外とすんなり」動き始めるのでは・・・というのは希望的観測?恐らく今とは全然異なった、新しい言葉が支配してるだろうな。現在のウヨ・サヨ論壇的な延長で考えてはいけないのかも。あと、もしかして男の側からは生まれてこないような気がするんだが。
四点目もCheさんと同じ。今回の講演で、あっけらかんと「やれば?」みたいに放言したのは違うと思った。こっちの側からすれば、何かずれてるんだな。アメリカじゃないんだし。ここで色々提案されたプランも明確に否定されたようで。
・・・と、核問題よりこの手の話題で盛り上がるのは、マル激の方針に反するだろうが、日本の場合、実はこういうあたりが本質問題なんだよな。逆にこうした阻害要因が払拭されたら、懸念される大半の国内問題は解消される・・・かどうかは微妙だが、革命が成しうる土壌は整うかも。世紀末には馬鹿なオッサンと年寄りは消えてくれると思ったが。実際には最後っ屁でごみを撒き散らしていく、いまはその段階ですかね。リタイアしても医療費を食い潰しながら長生きし、最後は年金を使い果てて死んでくんだろーなー。若者に微塵の罪もないよね。せいぜい小泉自民を勝たせたくらいでしょう。それも巧みに騙されたわけで軽微な罪だよ。
November 9, 2006
Cheさんの
> 明示的なメッセージとしては出さなくていいとしても、文法をね、そっちの方向へもっていかなきゃいけないんじゃないんでしょうか
感動的に同意しました。
November 9, 2006
あるいは逆の見方もできると思います。つまり、メッセージをそういう方向へ持っていくかどうかは、受け手の側に委ねられているのではないかと。
今回、神保さんは教え子の前で「先生」としてのロールプレイもあったでしょう。ですから、勢い「街角のエリート」以前の学生たちに向けてのメッセージだとも受け取れます。
それに対して宮台さんが言っていた「芋づる式」人脈形成法は、「街角エリート」への処方箋になり得るように感じますが、どうでしょう。
November 9, 2006
KYさん、paisiblogさん、コメントありがとうございます。
「こんなことを書いたらボロクソに批判されるだろう」と思いながら上のを書いたのですが今のところ案外逆で、びっくりしてます^^;
特に印象に残ったのがKYさんのコメントの中で2つ3つありましたので、それについて僕からももう少しだけ(たぶんこれで、paisiblogさんがおっしゃったことにも対応できてると思うんですが)。
> 日本の場合、実はこういうあたりが本質問題なんだよな。
まったく同感です。
複数の問題があるときには、「他の問題に優先して取り組むべき問題」、「その問題を先に解決することによって他の問題の解決がずっとスムーズになる問題」、あるいは「その問題を先に解決しないと他の問題が解決できない問題」ともいうべきものがある場合って多いですよね。
僕が上に書いたやつは、そこに関係していると思うのですよ。
> 恐らく今とは全然異なった、新しい言葉が支配してるだろうな。
言葉については、僕なんかももちろん含めてですが、公開収録の質問者の側に立つような人にも、努力しなきゃいけない部分がまだまだたくさんあるな、と感じました。
特に、
・「~なんですけど、僕はどうしたらいいでしょうか?」
・「~なんですけど、一言ください」
といった質問の仕方ですね。僕も思わず使っちゃうことがあるんですけど、この時の心理って
「もう質問の仕方さえわからない状況で、なんとか質問の形にまとめようとしたらこんな聞き方になっちゃいました」
って感じじゃありません?
これではなかなか必要な情報が手に入りにくいのは確かだし、実際今回の放送でもそうなってましたね。
ちょっと例示したほうがいいかな・・・
例えば(似たような質問はありましたがちょっとずらして創作しますと)
◆「理系の学者です。本当は基礎研究をしたいのですが、それでは研究費がつかなくて、思うように研究できません。私はどうしたらいいんでしょうか?」
という質問は、別に意思決定を相手に委ねて「じゃあ、あなたはこうしなさい」っていう答えを求めてるわけではありませんよね。占い師や宗教家に相談に行ってるわけじゃないですから。ましてや、「じゃあお前は俺が死ねって言ったら死ぬのか」なんて小学生でも今どきやんないんじゃないかというようなコミュニケーションをしたいわけでもない。
では一体本当はどういうコミュニケーションをしたいのかってのをよく考えてみる。すると、◆の質問をマル激的に言い換えるならばこうなるんだろうと思います。
・「基礎研究に研究費がつくようにロビイングしてくれてる人はいますか?」
・「そういう人がいるかどうかは、どこで調べたらいいでしょうか?」
・「もしそういう人がいない場合、どうやってロビイストを立てたらいいんでしょうか?」
・「もしそういう人がいる場合、彼をサポートする方法はあるのでしょうか?」
・「反対勢力のロビイストとの争いは優勢ですか? 劣勢ですか?」
・「事態が好転するまでに何年くらいかかりそうですか? 数年のスパンでしょうか。それとも数十年のスパンでしょうか。」
などなど。要するに、自分が何か行動したり意思決定したりするための情報がほしいってことじゃないでしょうか?
それがわかれば後は、ロビイストをサポートするなり研究者を辞めるなり諦めて企業のために研究するなり、各自が判断するでしょ。
そうすれば例えばロビイストのサポートをしていく中で連帯が生まれるかもしれないし、そこで人脈の芋づるの先っちょをつかめるかもしれない。
だとすると、わざわざマル激の公開収録に行って質問する程度のアクティビティのある人に向かって言うべき言葉としては、やっぱり「手足を動かせ」じゃなくて、
「どういう質問をしたら手足を動かすために必要な情報が得られるか、まずは頭を使って考えろ」
というのが適切だということに・・・
これは質問するほうされるほうどっちが悪いっていうような話じゃなくて、言葉の練り上げが現実に追いついていないな、という話です。
で、「今とは全然異なった、新しい言葉」というのは、1つはこっちの方向なのかな、という気もしています。
余談ですが言葉ってことで言いますと、
「○○は元気がなくて、やれと言われればやるが、言わないとなかなかやろうとせず、自分で動いてモノを調べようとしなくて、怒られても食い下がってこない。要はみんな頭でっかちだ。(○○には学生・部下・最近の若者など適宜言葉を入れてください。)」
というようなセリフはそれこそ何回も何十回も聞いたことがあります。
神保さんと立命館の学生さんの関係はどうなのかわかりませんよ。
いや、ここはもう一度強調しておかなければいけない(笑)。
神保さんと立命館の学生さんの関係がどうなのか、それは僕にはまったくわかりません。
ですが、僕が経験したり見聞きしたりしているケースはもれなく、
「信頼ベースのコミュニケーションによって○○を動機づけ、彼らに内発性に基づいて動いてもらうだけの指導・指揮をすることが、今のところ自分にはできてないんです。」
と言ったほうが正確なんじゃないの、と思われるものばかりです。
とは言え実は、単に責任の所在を逆にして言い換えてるだけ。ちなみに前者は(本人は大抵無自覚に)不安・不信をベースとしたコミュニケーションをしている人の言葉であり、後者は内発性・信頼をベースとしたコミュニケーションをしている人の言葉ってことになります。
僕はこういうところに自覚的であることが必要な気がしています。
そうでないと、「内発性・信頼ベースのコミュニケーションを」なんていくら訴えてもただのお題目になってしまう。具体的にどういうコミュニケーションの仕方をすればいいかという話なりレクチャーなりに入っていくなんて夢のまた夢。
調子に乗って言っちゃいますとね、面白いと思うんですよ。『新シリーズ 学生の指導に行き詰った神保哲生、マネジメントの専門家に教えを請う』とかやったら(笑)。
いや、これ冗談でも嫌味でもなくって真面目な話、神保さんのキャラはこういうのをやらせたら最高なのに惜しいなあと思って、僕はいつも神保さんの顔つき体つき話しぶりを観察しちゃうんです(ヘンタイデスカソウデスカ)。
いかついんだけどコミカルな体つき、男らしくもあり少年らしくもあり、理屈も使える上に「理屈じゃねえ」も使えて、強面だけど笑うと「うゎカワイイ」みたいな。
こういうキャラの持ち主が若者のよりよい指導のために悪戦苦闘する姿を見せていけばね、それはまず世の女性たちの母性に訴え、ついで世の男性の共感を呼び、最後に世の若者の支持を得る。
ここまでの可能性があるキャラはほんと貴重なのに、こんなクソ真面目なことばっかりやらせとくなんて、ああもったいない(笑)。
あ、そうか。ひょっとすると、このあたりがKYさんの言う
> もしかして男の側からは生まれてこないような気がするんだが。
に関係してるんですかね? なんか裏側ではつながってる気がしますが。
November 10, 2006
>番組を見るたびに何となくいらいらさせられるような、そういう気分になることが多い
>もうちょっと人にマル激を勧めやすくなるし
人に勧めづらいという点にも、ある種問題や問題意識を抱えている人達にとっては余り意味のあるコミュニケーションになっていない、という点にも同感。
自分は埼玉に住んでいて、遠いという理由で立命館には行きませんでしたが、数日前、放送を見た後で自分だったら何を質問したかを「脳内シュミレーション」しました(笑)その時考えたのは、概ねこういう内容だったと思います。
「ぶっちゃけ自分の交友範囲の人間に勧めづらいんすよ、丸激。
自分の周りには「政治とか難しいことはよくわかんないですー」みたいな事を言う人達がたくさん居ます。そういう人達には、少なくとも二種類のタイプが居て、一つは本当に興味がない人達。もう一つは頭もいいし、丸激が扱ってるような話題に特に無関心でもない、けど頭でっかちで小難しいばかりの話にも、くそ真面目で話が通じない連中にもウンザリしてる、そんな人達。
で、そういう人達に「丸激はこういういい番組だ!」ってお勧めすると仮定して、エリート主義がどうこうって言っても、「別に私エリートじゃないし」って思うし、若者は元気が無い、ヘタレばっかだ、(頭でっかちで動かないってのを入れてもいい)って言っても「ああ、お説教ね」って思うし、ヨーロッパだ共同体だ、って言っても「お好きにどうぞ(苦笑)」みたいな反応になるのは目に見えてると、自分には思えて。
「社会問題について情報を得られる」、これは大きいと思う。「丸激とかいうネットニュース?にオウムの上祐が出てて、こういう話をしてるんだけど」みたいに会話のネタにもできるし?でもそれだけじゃ、500円払ってですよ?何時間もかけて番組見るなんて、とてもじゃないけど、人に勧め難いんすよね。新しく番組作るみたいですけども、そっちも「何か難しそう」な番組っぽいし。
で、自分には勧めづらい様に思えるんすけど、それって丸激の経営的には問題だと思われますか?それとも、興味ないなんて言う人達には見てもらわなくてもOK、ですか?」
丸激は個々の問題の情報については面白いと思う。聞いたことも無かった話も有ったし。でも見ていてどこかイライラするというか、共鳴してないなと、個人的に感じている。だから、ある問題の「本質的な話」というより、「とっかかり」を得られればいいなって感じのトーク番組。それはそれで大事ですけどね。
上の皆さんのコメントを見ていて、不思議なことに(?)結構皆似たり寄ったりな事を考えてるのかな、と思いました。面白いなって
November 10, 2006
みなさんの話を伺っていると、どうやら「エリート」なるものの具体像が浮かばないことが問題なんではないかという気がします。国家運営に携わるエリートではなく、巨大コーポレーションに利益をもたらすエリートでもなく、市民セクターにおけるエリートの具体像が不明瞭だということです。
神保氏にジャーナリストとして、市民エリートのモデルとなってほしい、と考えるのもひとつですが、神保氏に市民エリートをどんどん紹介してもらうのもよいのではないでしょうか。なぜならば、神保氏の態度そのものさえも、疑問に付される状況になっているわけですが、もしかしたら市民エリートたちにとっては当然の対応を神保氏はしているだけかもしれませんし。
市民エリートなる存在が、どのようにしてメディアに接しているのか、そこらへんをマル激で様々な市民エリートたちに聞いてみたりすると、みなさんの求めてる情報が提供できるかもしれないですね。
あるいは、Cheさんやみなさんや僕やらで、そんな小さな番組をつくってみてもおもしろいかもしれませんね。
November 10, 2006
マル激で、ゲストの予告してくれて、簡単なアンケートと読者からの質問メールを受け付けてくれたら、直接参加の機会になって良いと思うんですけどね。また神保氏が聞きづらい質問も視聴者の質問ということで紹介すれば、神保氏にとってもオプションが増えるんじゃないでしょうか。
でも、これってずっと以前から多くの人が指摘してることですよね。なぜやらないんでしょうね。一日前だろうがアナウンスしてアンケートとってみたり質問うけつけてみたりって出来るんじゃないでしょうか。
November 10, 2006
Cheさん
実際のところ、宮台さんは彼の主宰する「思想塾」(紹介が必要)にコネをつけて入って来れないような人は直接相手にはできないでしょうし、神保さんも将来ジャーナリストになり得る人(学生)をまずは相手にするということでしょう。
要するに彼らは効率的なエリート教育をしたいわけですから、ごく当然のように思います。
>一方で、やれ密教だの、やれエリート主義だの、やれ
>ノブレス・オブリージェだの、やれ「上からの変革」だ
>の、やれ「ハイパー・メリトクラシー化が進んでいる」だ
>のと言っておきながら、もう一方で「参加しろ」「手足を
>動かせ」と言うんでは矛盾してませんか?
>言われるほうからするとダブルバインディングなメッセ
>ージにしか聞こえません。
私は中年と呼ばれる歳のせいなのか、矛盾を感じないのです。
「参加しろ。」が神保さんの主張ですよ。ハイパーメリトクラシーとか密教はどうでもいいんです。
宮台さんの言いたいことも、エリートだったらコネ作って思想塾まで来いということなんでしょう。そしてお前を目利きしてやると。信頼性ベースのコミュニケーション(例えば芋づるのコネ)はまず自分から作りなさいというところなのだと理解しております。
私が身軽でもう少し若ければビデオニュース社に転職を試みるところなんですがね。残念です!!。
私自身は自分の持ち場において、公共益の実現を図るべく日々努力することくらいしかできませんが、一般人はそれで充分だと思います。つまらん結論ですが・・・・。
November 11, 2006
実行するなら政治以外にありえない。働きかけを行える専業職はメディアと学者だけ。しかし政治はちゃんと働かず、無能マスコミ・御用学者がはびこる。ネタバレで問題を明確化し、「あちら側」を手当てしようと。
一方で、当コメント欄でにぎやかな話題はそこじゃなくて、遠くから眺めるしかない、凡人たる私たち「こちら側」の在り方であり、微妙な立ち位置であり、無力感やフラストレーションなんだと思う。だから盛り上がるんだと思う。「あちら側」は「バカが何か言ってるなー、まず核問題だろ」と。日々生きるに必死な「こちら側」は「言説上のごっこやめたらぁ?」と。
神保「学歴とかもう関係ない時代」 → 若者「むしろ壁は高くなった」
神保「見て感じれば動き出す」 → 若者「体験のテンプレ化」
神保「オタクは不愉快」 → 若者「新しい言葉の可能性」
世代・時代の限界ってあるよ。間違った理解や不理解をもとに核心からはズレたゲームがどっか遠いところで始まる。だから本質的な変革にならない。90年代あれほどキツいと言われた学校問題がまた繰り返されてるじゃん。変わる変わるといって大局はかわらない。旧世代が居場所がなくなるからな。だから待つしかない。私たちの時代が巡ってくるまで。それまで宮台は生きててほしい。
November 11, 2006
おまーんさん、chomさん、beat & NSXさん、コメントありがとうございます。
話の流れが一方的になっちゃうとつまんないな~と思っていたので、beat & NSXさんが反対の意見を出してくださって、ほっとしてます^^
「矛盾を感じない」というのは僕には新鮮な感じがしました。これってほんとに「歳のせい」なんでしょうか? 僕はできるだけ世代間闘争には持ち込みたくないんですけど。
でもまあ考えてみれば、「手足を動かせ」ってとこは自分以外の人に向けて言ってるんだな、と思うようにすれば僕もとりあえず矛盾を感じなくて済む。これはこれで何か違うような気もしますが(笑)。
ただ、beat & NSXさんの話と僕の話とは一部噛み合ってなくて、僕の疑問は「メッセージが矛盾してないか?」ってことだけじゃなくて「効率的なエリート教育のためのコミュニケーション戦略として見てもそのやり方で合ってるのかな?」っていうこともあるんですよね。
実際どうなのかは正直よくわかりません。
ここで話はちょっとおかしな方向に行きます。
僕がここまで書いてきた、最近マル激に感じている「いらいら」とか疑問。もし神保さんや宮台さんがこういうことまで全部わかった上でやってるとすればね、いやこれはとんでもなく怖ろしいことで、かつとんでもなく面白いことになってるな、と思うんです。
徹底的なミニマリズムですよ、これは。(そういうことなら僕も是非参加したい! 笑)
・・・って書いて読んだ方にわかってもらえるかどうかわかりませんが、こんなの、わかんなくてもそれはそれでいいんで、あえて抽象的な表現にとどめておきます^^;
November 11, 2006
おっとKYさん、ほぼ同時刻に投稿してましたね。
徹底的なミニマリズムと書いたけど、この点についてKYさんに是非聞いてみたい。
僕はね、神保さんや宮台さんが本気で何かをどうこうしようと思ってるとは思えなくなってきてる。もし思ってるとすればもっと違う伝え方をするはずだ、あれほどの人たちだから。そう思えて仕方がない。
さらに言うと、もし思ってないとしても、それはそれで面白いんじゃないかという気さえする。
どう思います? 考えすぎ?
November 11, 2006
Cheさん
何だか「ちょっとみんな元気ないんじゃない」というタイトルのようになってきましたね。
>「効率的なエリート教育のためのコミュニケーション戦
>略として見てもそのやり方で合ってるのかな?」って
>いうこともあるんですよね。
お二人とも後世の日本のために下準備をされているのでしょうが、カネが無い割には非常に効率的な様に感じるのですが・・。
私は宮台氏の方法は合っているような気がします。自分でコネ作って思想塾に来れるような人間でなければモノの役に立たない。”コネも無い奴に社会改革運動などできるわけない”・・・と。
より厳しい実力主義の時代になったとか、ハイパーメリトクラシーの時代になったればこそ、なおのこと自力で思想塾に辿りついて来れる人材を求めているのだろうな、とは容易に推測できるではありませんか。
「街角エリート」という概念は自治会長とか、少年野球の監督とか、PTAなどなんでもよいから実際に人を組織管理している人のことを指すべきでしょう。そういう訓練を積んでいること(参加すること)が重要というのが神保氏のメッセージでしょう。
自分一人戦略的に振舞えない奴=社会市民運動を戦略的に指導できるわけが無い、コネが無い人=参加していない奴だ、以上、みたいな話はマル激放送中でもよく語られますが、それは正しいですよね。
そしてインターネット放送のマル激で世界中の日本人に幅広く募集の網を張っている。
宮台さんはかつての吉田松陰のように、思想塾において改革者を直接指導、育成する(アジア主義者の育成)。神保さんは学生に教える(まともなジャーナリストの育成)。
>でもまあ考えてみれば、「手足を動かせ」ってとこは
>自分以外の人に向けて言ってるんだな、と思うように
>すれば僕もとりあえず矛盾を感じなくて済む。これは
>これで何か違うような気もしますが(笑)。
それは受け取り方次第ですよ。本当に公的貢献(社会改革)運動をやりたければ、社会人として働きながら各種のNPOなどに参加し、改革ネットワークの中に入るということから始められてはいかがでしょうか。そう言えば、90年代には大前研一氏の「平成維新の会」なんてのもありましたね。
>徹底的なミニマリズムですよ、これは。
はなっから、そういうことだと私は思っております。
ただ、私自身は宮台氏の対社会人エリート教育は意味が無いと思っています。逆に本当に民族を指導していくような優秀な人々が宮台氏を相手にするとは思えないからですよ。
仮にアジア主義を醸成するとすれば、実業の世界において、例えば日本、中国、韓国のエリートビジネスマン同士でネットワークを作るところから始まるのだと思います。孫正義さんなんかも案外とそういう人かもしれません。毛色の違うところでは、ヤンキースの松井秀喜さんなんかもひょっとすると民族指導者としての素養がある方のように感じます。
一人一票持っている世の中だから、お二人には大衆向けにメディアリテラシーの基礎教育を放送を通じてやって欲しい。それが神保、宮台両氏には相応しいように思っております。それは放送上の表現を誰でもわかるように易しくし、欧米の初等的メディアリテラシー教育プログラムのようにすればよいのではないかと思うのです。
>ここまでの可能性があるキャラはほんと貴重なのに、こん
>なクソ真面目なことばっかりやらせとくなんて、ああもったい
>ない(笑)。
私もそう思います(笑)。神保さんの方が宮台さんよりも遥かに思想家・宗教家に向いているような気がする。
November 11, 2006
Cheさん
ついでですが、市民エリートの活躍によって日本の大衆にメディアリテラシーが浸透したとしても日本は良くならないと思います。
人々がカネについてもっと厳しく考えられるようにならなければダメ。
具体的にはカネの借り方を勉強しておかないとまずいです。クレジットカードの使い方を学んで、消費者金融からカネを借りないようにするといったことは自殺者減少のために必須でしょう。
消費者金融の個人保証が自殺を増やす、零細企業への事業資金貸し出しは金融機関がリスクを取らず個人保証になっていてベンチャービジネスが伸びにくい、などというところは分かり易い話です。マル激でも言われます。
しかしながら、消費者金融に手を出していない普通の人たちも、住宅ローンという実は個人保証の負債を負っているというのが日本社会の現実だと分からないといけないと思う。
住宅という何千万円もする買い物をしておきながら、リコースローンに疑問を感じないようでは、はなっから話にならないのです。メディアリテラシーもへったくれもありません。
会社勤めをしている人の場合、個人保証の借金をしていては会社の不正に対して公共的に振舞うということも難しいですからね。
November 11, 2006
beat & NSX さん
コメント拝読させていただきました。
共感する点が多いのですが、ひとつ質問させて下さい。
>宮台さんの言いたいことも、エリートだったらコネ作って思想塾まで来いということなんでしょう。
>自分でコネ作って思想塾に来れるような人間でなければモノの役に立たない。
>なおのこと自力で思想塾に辿りついて来れる人材を求めているのだろうな、とは容易に推測できるではありませんか。
「街角エリート」にとってコネクションのゴールは、「思想塾を目指せ」ということなのでしょうか。自分はそれ以外にもあるような気がします。政治・市民運動・宗教・職域などの各種ネットワークで、各人(マル激視聴者)が求心力を持って人脈をつくったり影響力を行使できたりすれば、それで十分なんじゃないでしょうか。
神保・宮台氏がVJ道場や思想塾を開いたのも、我々にお手本を示しているのであって、「ここまで辿りついて来れる人材以外は相手にしない」というメッセージではないように思いますが、どうでしょう。
November 11, 2006
基本的な質問なんだけど、ここではやたらと「変革」とか「革命」とか書いてる人多いけど、具体的に日本の何を「変革」「革命」したいの?
抽象的過ぎてよくわかんなーい!
November 11, 2006
paisiblogさん
コメントありがとうございます。
私のコメントは宮台さんの世直しのやり方を私なりの言葉で解釈したということであります(間違っているかもしれません)。
思想塾”だけ”がコネクションの最終ゴールということはあり得無いでしょう。大体、私は宮台氏の思想塾には否定的であり、
>本当に公的貢献(社会改革)運動をやりたければ、社
>会人として働きながら各種のNPOなどに参加し、改
>革ネットワークの中に入るということから始められては
>いかがでしょうか。
ともコメントしておりますですから・・。paisblogさんがおっしゃるとおり色々な方法がある筈と私も思いますよ。
>神保・宮台氏がVJ道場や思想塾を開いたのも、我々
>にお手本を示しているのであって、「ここまで辿りつい
>て来れる人材以外は相手にしない」というメッセージ
>ではないように思いますが、どうでしょう。
米国で映画監督の卵たちは有名監督に対して何を質問するかというと、資金の集め方だそうです。映画について質問するのは日本人の場合。またスティーブン・スピルバーグ氏は映画会社にスーツを着ていきなり侵入して、しらっとして社員として働きはじめ、製作に関わる機会を待ったという有名な話があります。
お二人は「お手本など無いのだ。」と言っているのだと私は解釈しています。マル激においても「社会の複雑な問題を解決する答えなど無い。我々の言説ばかりが、あるべき認識の地平である筈が無いだろう。」といったことを述べておられます。
神保、宮台両氏は限られたリソースを使って、精一杯ギリギリの努力をされていると感じます。共通メッセージは「政治権力に対して働き(圧力を)かけられるように準備行動せよ。」だと私は受け止めています。
とにかく時間が無いのです。時はカネなりです。
November 11, 2006
beat & NSX さん レスありがとうございます。
> 思想塾”だけ”がコネクションの最終ゴールということ
> はあり得無いでしょう。
そうですね、早とちりしていました。申し訳ありません。
> 神保、宮台両氏は限られたリソースを使って、精一
> 杯ギリギリの努力をされていると感じます。
同感です。その「努力」が自分にとってのお手本だったりするわけですが。
November 11, 2006
>Che さん
ミニマリズム問題は beat & NSX さんの回答が優れているので、そちらに預けたいと思います。ごめんなさい。ちなみに、俗人たる僕は、犠牲を払ってまで参加する気はさらさらないな。選挙にすら一度も行ったことがないので。ここで「何を社会と呼ぶか」問題が浮上するかと。第一に、政治を頂点とする全体システムが社会。これが基本ではあるが、そこからある種のゲームが始まるんですわ。一票入れたから政治参加とか、極めて胡散臭い。思想塾におけるエリート養成・・・まあ、宮台信者だから一応これは評価しようか。NPOやボランティア・・・エリート市民?はて?難しい本を読まないのは愚民?暇人のためのウェブ論壇や各種シンポジウム?うーん・・・。どこか遠い、リアルでない感じがしませんか。そう、究極のネタバレ。私たち不幸せな男の、意味論をめぐる言説の代替物でしょ。僕はこうしたものに、どこか地雷を踏みそうで、<生活者の範疇を越えて>必要以上に加わりたくない、興味がないって思うところがある。90年代宮台のアジを、学生だったのでベタに実践してしまい、少なくないダメージを被ったトラウマもあるしね。こういう書き込みこそが「泥沼の再帰性」なんだろうな。だからすべてはネタとして享受する姿勢が大事なのかも。そしてこれもまたメタで。僕は安易に「団塊以降を敵」とみなして世代間闘争に持ち込みたい。外に敵を作るより相対的に害がないのと、若者の重圧が解除されるのと、電位差がなにかエネルギーに転じると思うから。
November 11, 2006
キーボードが不具合なのでコレでもう止めておきます。すみません。
僕の主張・・・
・メタとかネタとか言ってるうちは動き出さない → だから大衆は訪れを待つ
・天下国家ヒエラルキー図式は古い、啓蒙してやる型では逃げられる → 共感型ならok
・マル激は高校の放送クラブでしかない
・ならば底辺にこそ語りかけろ (ネットヘビーユーザ層と合致する)
・<処方箋>団塊以降の吊るし上げ
November 11, 2006
KYさん
税金だけ取られて投票権を放棄するということに損は感じませんか?。とりあえず何だか分からないけれど野党に投票するという発想はあり得ないということなのでしょうか?。
宮台さんの言説は商品ですよ。私らは消費しているだけ。彼の言説(を通じてKYさんが理解したこと)とKYさんが社会に対してどのように振舞うかは全く無関係でしょう。
>だからすべてはネタとして享受する姿勢が大事なのかも。
ご自分の生活費用の内訳を分析して、なぜこのようにカネがかかるのかということから疑問を持つことが肝要だと思います。
ネタでも何でも無駄にカネ取られるのは嫌ですよね。
自分一人のカネに関してリアルな不満や疑問を感じられないのであれば、社会だの、市民エリートなどと言ってもリアルに感じられないのは当然ということになってしまいます。
November 12, 2006
TBできないので、貼り付けます。
第292回マル激 「元気ないのはおまえら」というつっこみに期待
第292回(2006年10月29日)のマル激は、「ちょっとみんな元気ないんじゃない」ということで、京都・立命館大学での公開収録でした。
こういう学生相手の対話形式のシンポジウムというのは、往々にして上からエラソーな説教垂れておしまいという(学生にとってそれはそれで良い経験であっても)、見ている側にとってはひどくつまらないものになりがちですが、今回は、学生からの質問もなかなか面白く、まあ聞いていて退屈させない内容でした。
「じゃあ、自分はどうすればいいのか」という具体的な実践に関する学生ならではの質問に対して、宮台さんや神保さんが、それぞれ、ネットワークを磨けとか、とにかく動けと言っていたのは、「らしく」て笑えました。
なお、身の回りに社会の全体性に関する議論できる人間がいないと嘆いていた院生がいましたが、それぞれの狭い研究領域しか知らなくても/関心がなくても通用してしまうのが今の社会科学系の大学院の状況だと思いますので、彼の悩みもそれなりに切実であろうし、院生経験のある私としても共感できるところではありましたが。
それはそうと「日本ビデオニュース株式会社」というか神保さん。学生の教育に熱心なのはいいことですが、独自取材はやらないのでしょうか。正直、「日本ビデオニュース株式会社」がマル激やプレスクラブの配信以外で、何をやっているのかよくわかりません。神保さん自らが良質のニュースレポートを制作していかないことには、いくらビデオジャーナリズムの意義やハウツーを言ってみたところで、後が続かないと思われます。「わが社ではマル激「も」やっています」くらいになることを期待します。
今回の公開収録のオチとしては、「むしろお前らのほうが元気ないんじゃないの」という学生からのつっこみがあったほうが面白かったですね。
November 12, 2006
昨日からちょっと出かけておりまして、今、帰ってきました。途中、直前のbeat & NSXさんのコメントにあるような発想で、県知事選挙に投票してきました(笑)。
今出かけていた間のコメントを一通り読みまして、「なるほどなー」と勉強させてもらってます。
さて、僕が「徹底的なミニマリズム」なんて言葉を使ってみたのは、宮台さんが前に言いかけてそれ以来マル激では扱っていないセカイ系批判に興味があったからなんです。
KYさんに近い立場に立てば、「そう言うあんたもセカイ系に見えないこともないよ。どこが違うの?」っていう話になると思うんですけどね。
ここでこういう話が盛り上がってくれれば、いずれ番組にも反映されるかもしれないという目論見です(笑)。
ということで、今回のマル激を見てきます。
<注>
僕が最初にわざわざ「街角のエリート」などというへんちくりんな言葉を使ったのは、いわゆる「市民エリート」と区別したかったからです。念のため。
November 12, 2006
このコメント欄を見ての感想。
1.具体的な目的意識・課題が欠如している人(若者?)がちらほらいる。
彼らはそれゆえに、具体的な行動を起こせず、抽象論に逃げ込みながら、誰かがお膳立てしてくれるのを待っている。
そして、こういうところで、神保さんや宮台氏に、その鬱憤をまきちらしたり、「進むべき道を教えてください」と懇願している。
宮台的(社会学的?)に言えば、選択前提が欠如していると、言えるだろうか。
2.その種の人々に見られるもうひとつの特徴が、「下積み嫌い」だということ。
ビジネスに例えれば、起業するなり、希望の業種に就職して、それなりの経験を積み、成果を残すことで、「結果として」いわゆるビジネスエリートになる。
「市民エリート」なるものも、その意味するところは曖昧だが、大差は無いだろう。
しかし、ここの書き込みのいくつかを見ればわかるように、所属も持たぬまま、具体的な活動をして、キャリアを積んでもいないまま、(そして、ということはすなわち、上述したように、おそらく具体的な問題意識や目的意識もないまま、)それらをスキップして、いきなり「エリート」なるものを漠然と志向して、それに効率的になるにはどうしたらいいのかという錯誤した思考に耽る者がいる。
まさに神保さんが言うところの「頭でばかり考え、動かぬ人々」だ。
こういう人々は、その思考形態の特徴から、単なる虚栄心や自己実現を動機としている蓋然性が高く、公益なるものを語るにふさわしいかも、あるいはそれに関わる活動に携わるにふさわしいかも、そもそも疑わしい。
3.こういう人々が出てきてしまう背景として、本人の資質の問題もあるが、chomさんも指摘しているように、「市民社会」「市民セクター」「市民エリート」なるものが、どういうものなのか、十分なイメージメイキングがなされていない、あるいは、それが共有されていないという問題がある。
4.同時に、マル激トークオンディマンドには、2つの点で、そういう視聴者が集まりやすい(たまり場、吹きだまりになりやすい)特徴がある。
第一に、「市民社会」「市民セクター」「市民エリート」なるものに言及しておきながら、それらがどういうものであるかについての十分な情報を提供していない点。
それゆえに、マル激は、社会の現状に不満足なある種の人々にとって、漠然とした「憧れ」「幻想」を与えられ、それを維持したまま、依存する対象になりやすい。
しかし一方で、十分な情報を与えられないので、「飼い殺し」「放置プレイ」としても機能してしまい、欲求不満も高まる。
それゆえに、こういうところで、そういう人々が「己の苦しみ」と「マル激に対する恨み節」を吐露するはめになる。
第二に、マル激の「顔」である宮台氏の「得体のしれなさ」「万能さ」。
神保さんは、「ジャーナリスト」「ビデオニュースドットコム経営者」というわかりやすい肩書きと立場がある。神保さんのようになりたければ、どうすればいいかは、誰でもわかる。
しかし、一方の宮台氏は、一応「社会学者」という肩書きはあるものの、その枠を大きく逸脱した多彩な活動、豊富で広範な知識を有している。実体のよくわからない、万能な「スーパーマン」のような人物だ。
そして、ここの書き込みを見ればわかるように、そんな「スーパーマン」のような宮台氏を、「市民エリート」と認識している人が多い。
つまり、市民エリートなるものは、「なんか万能っぽくてかっこいい」という素朴で漠然とした憧れ・幻想を、ある種の人々に刷り込んでしまう機能が、マル激にはある。
言い換えれば、宮台氏個人への憧れや幻想を、市民エリートなるものへのそれにすり替えてしまう機能がある。
こうして、たいした問題意識や目的意識もない人々が、「宮台氏への憧れ=市民エリートへの憧れ」を持ちながら、なんとなくマル激にぶら下がるという現象が生まれる。
その顛末は、第一点目の最後に書いた通り。
こんなところかな。
November 12, 2006
oleoleさん、まとめてくれてありがとう。
おおむねそんなところですわ。僕は自分が吹きだまりにいることも一応自覚してます。
その上で、「何も永久に吹きだまってぶら下がろうってわけじゃなくて、しばし身を寄せさせてもらいたい。自分で動けると思えるようになったら動くし、だからいちいち煽らないでよ」というような感じなんですけど、こういう立場はoleoleさんから見たらどうなんでしょ?
November 12, 2006
>Cheさん
何度も書いてるけど、あなたにとって、「具体的に」日本社会のどんなところが不満なのか、その問題意識を明確化することが、なによりもまず先決だと思う。
完璧な社会なんて無いし、社会問題が世の中から完全になくなるなんてことは、永久に無い。
「あれも問題だ。これも問題だ。」って言い出したらキリがないわけで、結局動けずじまいで人生終わってしまう。
だから、色々問題がある中で、何が「自分にとって」一番気に食わない、最も切迫した、最大の問題なのかを特定しなくてはいけない。
それ以外のことは、とりあえず誰かにおまかせしとけばいい。
そうやって、問題意識を明確化すると、次にもうひとつ重要な「選択の分岐点」が現れる。
すなわち、「その問題の解決に向けた活動を、生業・職業とすべきかどうか」、Yesならそういう活動をしている企業なり、団体なり、NPO・NGOなりを訪ねればいい。
そうするだけの強い動機や決意、自信、能力、あるいは金銭的余裕が無いなら、何か飯を食っていく職業を確保しながら、合間にそういう活動に参加すればいい。
そうして活動している内に、自然と知識、経験、コネクションが生まれていくもんだと思う。
そして、結果として、市民エリートなるものになれるかもしれないし、宮台氏とも知り合いになれるかもしれない。
思想塾にも入れるかもしれない。(笑)
あと、あんまりマル激に期待し過ぎない方がいいよ。
これはあくまでも数あるメディアのひとつに過ぎない。
神保さんも単なるジャーナリスト(or経営者)の一人に過ぎないし、宮台氏も、ロビー活動はちょこちょこやってるみたいだけど、結局のところ、単なる社会学者(or准教授orマルチタレント?)の一人に過ぎない。
当然のことながら、あなたの人生の面倒を見てくれるわけでもないし、あなたの不満を解消してくれるわけでもない。
上の方で、宮台氏に対する恨み節を書き綴っていた人もいたけど、あんまり期待過剰で盲目的に追従していると、彼みたいに、後で「裏切られた」「失敗した」なんて話になりかねないわけで、そのあたりは、わりと冷めた目で、距離を取りながら、マル激と接するべきだと思う。
November 12, 2006
Cheさん
散々なようですね。多分、oleoleさん言われる問題意識の明確化というのも難しいものです。私の経験から言わせていただくと、「何だかよく分からないけれどやってみよう。」がきっかけであっても充分だと思いますよ。
いずれにせよ物事に対しては表面からしかアプローチできません。私も就職前と後では随分と仕事(就職先)に対するイメージが変わりました。
>自分で動けると思えるようになったら動くし、だからい
>ちいち煽らないでよ」というような感じなんですけど、
大変申し訳ありませんが煽らせていただきます(笑)。時間がありませんよ。時はカネなりです。遅いのが一番いけない。
第一、Cheさんという人材がもったいないですよ。
具体的提案ですが、「今週中にビデオニュース社の求人に応募する。」、あるいは「明日中に10以上のNPOに電話して活動内容を調べる。」といったことをされてみては如何でしょうか。
そしてその結果報告を本ブログに紹介していていただくのです。
November 13, 2006
では皆さん全員が今月あるいは今年を振り返って具体的にいったいどう活動をされたのか、お互い赤裸々にネタバレしたほうがいいです。マル激的手続きで「現実はこの通り」と事実に基づいて正しく検証を進めるべきで。事物としてないものを記号化し、あたかもそれが動いているかのような話はちょっとね。
>Cheさん
セカイ系をついにやらせなかったですね。神保氏的には「牙城を守った」というところでしょうか(笑) 残念です。ブログ界隈ではせっかく盛り上がっていたのに旬を逃したと思う。僕も本当のところ自意識にしか興味がないんですね。みんな多少なりとも同類でしょう?oleole さんが分析するように、我々はマル激というチャンネルに寄生する、遊んでる人なんだよ。論壇や宮台読者の大半もそうでしょ。
ただ、日本ではそもそもパブリックの観念がない以上、損得勘定抜きのコントリビューションもあり得ない。天皇は遠いでしょ。いきなり天皇は馬鹿げてると思う。ならば残るのは実存的動機しかないよ。事実、そうした活動に向かってる人ははとんどそうだわ。だから総じて胡散臭いんだな。若い子がいまいち乗ってこないのは、案外こうした一連の本質を見通してるんだと思う。言語化されてないだけで、接すると恐ろしく皮膚感覚が敏感だからなあ。しかし年寄りには単に「アホな若者がいる」としか映らないんだね。神保さんはアメリカ人だから、日本的困難を知らないまま無邪気に言ってるんだろうけど。
>oleole さん
ここは本題と外れるから広げるつもりはないが、あの側面は多くが指摘するように宮台氏の失点であり、生涯忘れてもらっては困るな。倫理的な問題。愛憎交わりながらも叩く派が根強いのは、「自分も苦しんだ」と珍しく同情を誘う形で逃亡を図り、うやむやにしたからだよ。それでも、旧来的な意味論の終わりを鮮やかに宣言した功績など、ずっと価値があるのでリスペクトは変わらないが。重苦しい中からなんとか紡ぎ出された言葉・・・アレゴリーに開かれた視座・・・などはこれからのヒントになると思う。実はボダなどの人格障害分類の人が、非常に実存に苦しんでいて、あれが感受性モードの在り方としては一定の有用性を満たすんだよね。でも微妙・・・。意味論の果てまで行くと笹川良一に戻るってことなのか。意味の対極、つまりオタが今後どう転ぶかが気になる。短期的にはサステナブルでも、やがて自爆候補者かもしれないしね。未来のためにマル激で扱っていいと思う。核問題よりも切迫した問題をマル激は見逃してきた。私たちは三島や麻原を超え、宮台をも超えなきゃいけないんだよ。 ←←← よ~く考えてみよう。これはすごい高いハードルだよぅ~
November 13, 2006
早起きしてみたら話が進んでいて面白いことに^^;
oleoleさん
お返事ありがとうございます。でも話が噛み合ってないんですよ。
っていうのはね、oleoleさんが書いてくれたことは僕も他のコメンテーター(って言うの?)もわかってて、それを踏まえた上で、でも「実際にそうするとけっこう痛い目にあっちゃうんだよね。僕も痛い目にあったし、おお、KYさんもそうなんですか。じゃあやっぱり煽るのはよくないんじゃないかな」って話で、それに対してbeat & NSXさんは「いや、それでも行けよ若人よ」とおっしゃっているのよ。
みんな本当は書く必要もないような恥ずかしいことまで書いて、せっせと話を作り上げてるところなのね。
oleoleさんも身銭を切ってくれたら面白いネタを持ってそうな人に見えるんだけど、なかなかそうしてはくれませんなあ。誘導が悪かったかな(笑)。
beat & NSX さん
散々なのはあなたの煽りのおかげです。一回スルーしたのにどうしてこう、こっちの生活を透視したようなことをおっしゃるのか(笑)。ほんとツッコミ厳しいっすわ。
実を言うと、ビデオニュース社の求人について、ホームページを見てもわからない部分があった(多すぎ!)ので、今回の話を出す前から問い合わせをしているところであります。
気持ち的には「ただ働きでもいいや」って思ってたって、地方から東京に出て行かなきゃいけないとなると気になることが出てきますからね。
でももう10日くらいたって返答が一切ないので、もう一回問い合わせるか面倒だから履歴書をまず送っちゃおうか考えていたところでした。
こんなことまで書くつもりはなかったのに(泣)。
KYさん
そうそう。そうなんですよ。
「徹底的なミニマリズム」という言葉で僕が言いたかったのは、「意味から強度へ」なんて唱えつつも意味論から脱却しきれない自分を認めてるだろう宮台さんが、むしろ意味論の徹底的な反復によって強度に到達しようという回路で動いているように見えるからなのです。
で、これはセカイ系と言ってもいいかもしれないし、「宮台補完計画」と言ってもいいかもしれないし、過激な言葉を使うなら「安楽死への欲望」とも言えるかもしれない。
んで、かく言う僕も自分が意味論から脱却しきれるとは思ってないから、「いいじゃんセカイ系だって」と今のところは考えてたりする。
そのことをもし宮台さんが批判するならば、そのロジカルな裏づけを示し、また身をもって示してくれよと。そういうことになってますわ。
November 13, 2006
>Cheさん
それがね、全然わかっているようにも、踏まえているようにも見えないんだよね。
「痛い目にあう」っていうけどね、社会人なら誰だって「痛い目」にあうわけだよ。思い通りにいかないことなんて山ほどあるわけだよ。
そこでね、「痛いからやーめた」って話になるってことは、結局あなたの目的意識がはっきりしてなくて、意志薄弱だからそうなっちゃうわけでしょ。
失礼な言い方だけど、一種の「ひきこもりくん」にしか見えないんだよね。
で、そんな「ひきこもりくん」がね、こういうところで漠然と「社会変革」を叫んでいる。
これって、はたから見てるとね、とても奇妙な光景に映るわけ。「なんじゃこりゃ」って。
だから俺は、「具体的に」何を変革したいの?って聞いてみたわけ。
beat & NSXさんなんかは、「それでもひきこもってないで、とりあえず表に出なよ」と言ってるわけだけど (そして、その意見をあなたも受け入れてるみたいだけど)、それって何の解決にもなってないよね?
このままだったら、あなたはまた、なんとなく表に出て行った結果、あてが外れて、「痛い目」にあって、「やーめた」ってひきこもって、おんなじことを繰り返すと思うよ。
だから、「あなたにとって」の、「具体的な」目的意識をまず明確にした方がいいんじゃないの?って言ってるわけ。わかる?
いや別にね、あなたが自分のブログなんかでそういうことを書く分には一向に構わないし、俺なんかがとやかく言う筋合いなんてないわけだけど、ここは、零細メディアを運営している経営者のブログのコメント欄だからね、いろんな人が来るわけよ。
で、おそらく俺と同じように「なんじゃこりゃ」って思っている人も、それなりにいるだろうから、やはりね、常識的な観点から一言つっこんでおかざるを得ないと、思うわけ。
November 14, 2006
Cheさん
Cheさんご本人の実際の振る舞いから少し距離をおいて、マル激にどう在って欲しいのかという視座に戻り、2つ質問をさせてください。
別の方も指摘されていることですが、Cheさんの主張にあるマル激が視聴者を『煽る』ことによるデメリットとしてあげられている『玉砕』や『痛い目をみる』というのは、具体的にどういうケースをイメージしておられるんでしょうか?
本放送の二人目の質問者の学生が言っていた『ニートになってしまっていた』というようなことでしょうか?
もう一つは、視聴者を『煽る』のがマズいのであれば、どういったやり方が考えられるでしょうか?「明示的なメッセージではなくとも文法をそっちの方向へ」と書かれていますが、具体的なイメージができないのです。
(もちろん代案として成立可能なレベルのものを提示しろなどと無茶なことを申し上げているわけではありません)
この二つがはっきりしないとCheさんの「マル激批判」を妥当と見なすことは難しいです。よろしければご解説をお願いします。
November 15, 2006
oleoleさん
私が書いたかもしれなかったことを実に率直に表現されましたね(笑)。手間が省けてしまいました。ありがとうございます。
ところで私は社会学を知らないので詳しそうなoleoleさんに質問させてください。
宮台さんの言説という商品で楽しく遊んでいる人が、自身を意味論から脱却できないと認識することは矛盾していないのでしょうか?。
宮台言説で遊ぶ本人にとってはよい気晴らしであっても、具体的意味があるようには思えないんですが・・・。つまり宮台言説で遊ぶ快楽という強度から脱却できてないという可能性はないのでしょうか?。
November 15, 2006
oleoleさん
なるほど。ようやく僕のほうでも何を言われてるかわかってきました。
これに答えようとすると、もはや僕の言葉のレベルでは足りない感じがしてきてますが、やるだけやってみます。
最初にoleoleさんがおそらくお持ちであろう僕への誤解を解いておければいいと思うんですが、僕自身は
> 「社会変革」を叫んでいる
つもりはあまりないです。
もし神保さん宮台さんが「変革」だって言うんならば、今のメッセージの伝え方は良くないんじゃないですかって言ってるだけのつもりです。
他人から見ればそうは見えないかもしれませんけどね。
では本題。
失礼な言い方でも何でもなくて、「ひきこもり的な問題」だろうと思ってます。
というのはですね、1つは「痛い目」っていうのが単純にね、「社会人なら誰だって痛い目にあう」とか「痛いからやーめた」っていうような意味での「痛い目」ではないんですよ。
僕が言ってる「痛い目」は、それを成長の糧とすることもできないし、乗り越えるべき対象にもなってくれないし、何か新しい視点や発見をもたらしてくれるものでもないんです。
それに対して何かの具体的な目的意識を持って立ち向かおうとすると、(よっぽどスペシャルな能力がある人を除けば)無限に敗れ続けてしまう。これは意志薄弱だからとか、そういうこととはあまり関係がない。
で、その結果が(と言っていいかどうかも定かではありませんが)いわゆる「ひきこもり」だということになるんじゃないかと思います。
僕が今考えているのはむしろ、「目的意識を持つことを拒否する」または「解決を目指さない」スタイル。
もちろんそれが結果的に何らかの問題の解決に結びつけば言うことないし、そういうときには他人からすると、あたかもはじめから目的を持って合目的的な行動をとり続けてきたかのように見えます。
当然、目的意識をもって合目的的に行動するってのも一つのスタイルとしてあるべきものだけど、オルタナティブなスタイルの可能性を認めても悪いことはないと思うんですが、どうでしょうか。
・・・と聞いておいてなんですが、これ以上の答えを求められても僕としては何も言葉を持っていませんし、そちらが認めないなら認めないで僕としても知ったことではありません。
今回、マル激批判という点では一応言いたいことは言ったので、しばらくはちょっとまったりと眺めるほうにまわって、ここに書き込むのも番組と関連する情報を見つけたときに紹介する程度にしますわ。
<参考>
ICC オープニング・シンポジウム
「ネットワーク社会の文化と創造」
http://hive.ntticc.or.jp/contents/symposia/20060610/
1時間20分頃かな、「白痴」というキーワードが出てきたりしますが、興味深いと思いました。
★
sonemaさん
1つめのご質問への答えは上に書いたので大分カバーされてると思うのですが、もしそれ以上具体的にと言われてしまうならば、もはや僕の限界を超えます。
2つめの「明示的なメッセージではなくとも~」ってのは、僕の側で「明示的に言え」と言うのが恥ずかしかったのと、番組側で明示的に言うのも恥ずかしかろうと思って躊躇して出てしまった言葉ですので、実はあまり意味がありません(失礼!)。
November 15, 2006
>beat & NSXさん
残念ながら、社会学には全然詳しくないです。
宮台氏のブログやwikipediaに書いてあるような知識ぐらいしかありません。ひとつのものの見方の参考にはなると思いますけど、それ以上でもそれ以下でもないと感じるので、それ以上知識を深めようという気もないですね。
また、宮台氏個人や彼の言動に関しても、正直あまり興味がないですし、ロビー活動を含め、全く期待してません。
自分はオルタナティブなメディアとしてのビデオニュースドットコムと、それが流す情報に興味があるから見ているだけで、宮台氏はその番組に出てくる、時々鋭いことを言う、饒舌で頭のいい解説者ぐらいの認識ですね。
そんな立場だから、マル激に宮台氏が出ていることの「功罪」の「罪」の部分が目についてしまうのかもしれないですし、彼の言説に変に吸い寄せられている人達が浮いて見えてしまうのかもしれません。
後半の部分、よく分かります。
その通りだと思いますし、そのことはCheさんやKYさんも、よく分かってるようです。
「分かっているけど、どうしていいかわからない」ってとこなんでしょう。
そういった点では、やはり罪づくりな気はしますよね、宮台氏は。
不特定多数に向けて、彼のような高度で抽象的な言説を垂れ流すと、社会的な立ち位置や能力はないけど、社会の現状に不満足な、頭のいい、彼らのような若者が吸い寄せられ、別の地平を与えられたように感じて、心地よくなり、はまり込み、やがて不自由感にさいなまれたり、自分の立ち位置とのギャップに絶望したりする。しかし、それをケアするだけの能力も関心も、宮台氏にはない。
また、オタク・サブカルに造詣の深い点にしろ、ラジオや雑誌の活動にしろ、挑発的な言動にしろ、その饒舌さにしろ、社会学という曖昧な学問分野にしろ、いかにもそういう若者をひきつけそうな要素が揃ってるんですよね、彼には。(笑)
しかも、この回の放送のように、実際に若者の場に乗り込んでいって、アジってますからね。ちょっとたち悪い感じはしますよね。
まあ、かつての左翼学生や、新興宗教にはまっちゃった若者のように、いずれは日常に回帰していくことになると思いますけどね、もっとうまくやれないものかなと感じたりはしますよね。
無駄に犠牲者を生み過ぎなんじゃないかと。
>Che
具体的な話が出てこないんじゃ、埒が開かないので、これぐらいにしときましょう。
健闘を祈ってます。
November 16, 2006
Cheさん
もう少し論そのもの話に戻したかったのですが、これ以上のコメントがいただけないとなると、残念ですが仕方がないですね。
しかし、これで書かなくなってしまうとそれこそ「元気がないんじゃない」ってことになってしまうので懲りずに書き込まれることを希望します(笑)。
November 16, 2006
oleoleさん
コメントありがとうございます。宮台氏の言動に対する関心、期待は私もoleoleさん同様にあまりありません。
一方、神保さんに対してはスケールの大きなものを感じます。
>まあ、かつての左翼学生や、新興宗教にはまっちゃ
>った若者のように、いずれは日常に回帰していくこと
>になると思いますけどね、
なんだ、そんなものなんですね。宮台氏はインテリ層に知的遊戯のネタを提供し(販売し)、消費者がいつのまにかそれをベタに信じてしまい、宮台言説を法とする宗教が生じるのだと。
>ちょっとたち悪い感じはしますよね。
昔のヨーヨーおじさんを思い出しました。アメリカから来た赤いジャケットを着たヨーヨーおじさんが子どもたちの前で圧倒的な技でパフォーマンスを繰り広げる。
その場の雰囲気覚めやらぬうちに、ヨーヨーの販売をするのでつい買ってしまう。
自分でいざヨーヨーをやってみると全然うまくいかない。ちょっと練習はするが、すぐに飽きてしまう。そしてまた日常に戻る。といった具合です。
ヨーヨーを買った少年は、ヨーヨーおじさんを恨むことは無いが、宮台言説信者の青年は宮台氏を恨むことになる。まさに民度が落ちていっているということですね。
November 17, 2006
>beat & NSXさん
神保さんに対する見方は分かれるかもしれません。
象徴的で分かりやすいので、宮台氏を槍玉にあげて個人攻撃してしまいましたが、マル激においては、神保さんも似たり寄ったりだと思いますし、ふたりとも、かなりの蓋然性で、わかっててやってる (つまり、はなから、うぶな若者もひっかけてやれ、といった意図を持った) 故意犯だと思います。
このコメント欄でのCheさんのマル激批判や、放送内での関学の学生の質問が象徴的ですが、ここでの問題点は、詰まるところ「放送内容と、受け手とのミスマッチ」にあるように思います。
つまり本来、マル激は、若者や学生を対象にするような番組ではないということです。そして、これは本人たち(神保、宮台)も、よく分かってると思います。
本来なら、ある程度年取った社会人や、それこそ「エリート」なる人々、あるいは思想塾のメンバー(笑)を対象にするような内容でしょう。Cheさんが指摘したように。
だから、Cheさんや、関学の学生のように、「そんな話を俺らにして、俺らに一体何をしてほしいの?お門違いじゃないの?」っていう反応が出てきてしまうのは、至極当然のことだと思います。
あるいは、情報相対化や、思考ゲーム、扇動のための、恣意的な言説を、免疫が無いままベタに受け止めて、過剰に国や社会を悲観したり、失望したりするといった反応も引き起こしたり、そういう性格の視聴者を招き寄せたりするのも、当然のことだと思います。(小林よしのりの「戦争論」をいきなり読んだ若者の一部が本物の極右になっちゃうのと似たような現象ですね)
一方、自分や、beat & NSXさんのように、マル激の「メッセージ」の部分には興味が無かったり、ひとつのメディア(情報摂取場所)に過ぎないと、冷めた見方をしている視聴者は、Cheさんのような視聴者に対して、「そんなに入れ込みなさんなよ」「期待し過ぎだよ」「ベタにとらえ過ぎだよ」とたしなめたりする。(笑)
こういった反応や、やり取りが出てきてしまうのは、マル激が本来対象にすべき層以外に開かれ過ぎてしまっているからだと思います。
しかも、たまたまそうなってしまっているのではなく、この回のように、わざわざ「対象外」の人々のもとに出かけて行って「布教活動」しているのですから、明らかにわざとそうしてるわけです。
ですから、そこまで開いて放送するのなら、Cheさんの言う通り、「言い方を変えろ」という話になります。さもなくば、こんな放送やめて、一部の「エリート」の間で、メールのやり取りでもして済ませろという話になります。
神保さんや、宮台氏の立場からすれば、こういった反応が返ってくることは、放送内で宮台氏が言っていたように、まさに「痛いところ突かれた」ということになるでしょうし、神保さんの言ってたように、「経営にいっぱいいっぱいで、実際問題、対象を選り好みなんてしてられないよ」ということになるでしょう。
本音の部分をもっと露骨に言ってしまえば、「金と影響力」のためですね。
「筋論通り、エリートのみを対象にしてしまったら、社会的影響力が、目に見える形ではほとんど無いし、事業としても成り立たない。もっと金が欲しい。影響力が欲しい。だから、間口を最大限広げて、誰彼かまわず、バカでも、無力な奴でも、とにかく餌まいて、視聴者として取り込みたいんだ。頭数をそろえたいんだ。」、これが本音の部分でしょうね。
しかし、そうしてきた結果、今回のような反応が起きている。たいぶ矛盾が露呈してきてますよね。
放送のあり方を変えるのか、経営のあり方を変えるのか、重大な岐路に立たされている気がしないでもありません。
神保さんに言わせれば、「そんな厳しいこと言わず、温かく見守ってくれよ、こっちはいっぱいいっぱいなんだからさ」という話になるかもしれませんが、さてさて、どうなることやら。
November 17, 2006
トップページだけ見て、もう書き込みがないと思っていたんですが、開いてみたら続いてました(笑)。なんか僕、途中でいなくなったみたいな感じになってしまいましたね。
正直に申しまして僕の批判は「そのメッセージなら言う相手が違うだろ」と「もし今の相手に言うならそのメッセージじゃだめだろ」の2つで、じゃあどういうメッセージならいいかという対案については初めに書いたもの以上に明確にお答えできるだけのものは持っておりません。
それをマル激スタッフや他の視聴者の方に一緒に考えたら面白いかな、と思って問題提起しただけのことです。
だんだんとこの話も中締めのタイミングに入ってきたようです。
総括はoleoleさんが上手にやってくださったので(ありがとう!)、僕からは今朝発見した話を紹介しておきます。
岡田斗司夫『マジメな話』 鶴見済氏との対談より
http://www.netcity.or.jp/OTAKU/okada/library/books/mazime/No5.html
●管理する側、管理される側 の項をご覧ください。
僕がここでしたかったツッコミと似たようなことを岡田氏がしていたみたいです。97年に行われた対談なので、それ以前の話ということになりますか。笑えるやら笑えないやらで笑っちゃいました、僕は。
というわけで、お付き合いくださった方、ありがとうございました。
・・・っつーことで中締め~。2次会3次会はご自由にどうぞ(笑)。面白そうな話になったらまた参加します。
November 17, 2006
書き込みして以来チェックしていましたが、この展開は…
oleoleさん
>本来なら、ある程度年取った社会人や、それこそ「エリート」なる人々、あるいは思想塾のメンバー(笑)を対象にするような内容でしょう
>本来対象にすべき層
そうなの?別に「無邪気な若い人達」が面白がって聞いていても、一向に構わない気がするのですが。というか神保氏は今の内容は、oleole氏の言うような物だと考えているのか、ちょっと聞いてみたい気はします。頭でっかちな若者なので聞きませんが(笑)。放送の中身で(つまり表現として)語ってくれればそれでいいな。
仮に「Che氏の様な書き込みをする方(?)」を問題だと捉えるとして、そんなに大した問題じゃないと思うのですが(Che氏を大した事ない奴だって言ってるわけじゃないですよ)。要するに宮台氏が好きなんでしょ?そこは別にいいんじゃない?
>「そんな話を俺らにして、俺らに一体何をしてほしいの?お門違いじゃないの?」
これも別に言っててくれて構わない。好きだねえ、とは思うが。
具体的な問題が無いと話にならないというのは、よく分かります。完全にその通りです(笑)。でも、いいんじゃないの、「そんな厳しいこと言わず、温かく見守ってくれよ」。だって、丸激の内容って、煎じ詰めれば(かどうかは分からないけど)金稼いだり愛しいあの人と仲良くなるのに役立つかって言ったら、屁のつっぱりにもならんでしょう(笑)。他人事ですよ。それを自分と直接関係の有る問題として捉えたり、面白がったりするには、努力や資質が必要なんだと思いますが。自分は30年も生きていない若造なので、もう少しいったらどうなのかは分かりかねますが、何歳になろうとどんなポジションに居ようと、ある意味他人事なんじゃないのかと。だったら今は丸激を面白がって見てるってだけでも、いいんじゃないのかなあ。その内飽きて動きだせばいいなあ、と楽観的で無責任な事を考えておるのですが。
メディアって媒介って意味もあるんでしょ?色々な奴が見たり聞いたりして、それに振り回されたり、それを利用したりするとたら、それで健全なのかどうかは知らないけど、普通なんじゃないですか?中にはちょっと首をかしげたくなる奴だって居るでしょう。それのどこが悪いのよって私は思うけど。
>Cheさん
>僕が言ってる「痛い目」は、それを成長の糧とすることもできないし、乗り越えるべき対象にもなってくれないし、何か新しい視点や発見をもたらしてくれるものでもないんです
最初これを見たときに、何故かムカッときました。「甘ったれんな!」と感じたんだと思います。
でも、時間をあけて冷静になったら、別にいいのかなと思えまして。何について言ってるのか分からないけど、一般論としてはお金をいただいて働かせていただくというのはそういう事なのだと思います。あなたを愛してるわけでもない誰かが、あなたの成長のために何かしてくれるわけないじゃない(でなきゃ何か魂胆があるのです)。だから、あなたの認識はその意味では正しいけどね、そんな当たり前の事言ってて楽しい?飽きない?好きにしたらいいけど、もうちょっと面白い事したら?でないと、わざわざこんな所まで来てお説教してくれてるおっさんらも元気なくなっちゃうよ?(笑)
分かった風な事を書いてる自分にさぶいぼ出そうですが、事情は知らんし興味もないです。その上で、何でもいいから面白そうな事やったらと(笑)
後、話は変わるのですが、自分は、「エリート?それってどんな食べ物?(煮ても焼いても食え無さそうだな)」と感じるし、エリート主義とか、動員とか、悲劇の共有とか、戦略的コミュニケーションができない奴は駄目だとか言う人は(日常へ回帰しろとかね)、嫌いというよりなんか気持ちが悪いなあ、と勝手に思ってるんだけど。そういう人達のどこがいいの?
「ちょっとみんな元気ないんじゃない?」という題名通りの展開で、最後は年長者(?)にたしなめられる、というあんまりといえばあんまりな展開なのですが…みんな、丸激ばっか見てないで、元気出せ(笑)!
November 17, 2006
あ~、言い忘れてたことがあったので、1つだけ。
これもまた宮台さんの言葉を借りた言い方になっちゃうんですけど、僕が「ラディカルな三下」の役をやってるんですから、誰か「マイルドな親分」の役をやってほしかったです。
そうでないと、単に僕が突っ込んでいったはいいが多勢に無勢でボコボコにされて帰ってきただけって話になっちゃうから(笑)。そりゃ元気もなくなるわい、と。
実りあるコミュニケーションのために、是非ご協力お願いしますよ。
この「マイルドな親分不在問題」(?)というかですね、こういう立ち回り方ができる人って、いい大人でもあまりお見かけしないような気がしてるんですが、実際のところどうなんでしょうか? そうでもない?
案外、要所要所にこれができる人がうまく配置されていただけで簡単に解決されるだろう問題ってたくさんあるような感じもします。
(とか言って、また2次会の幹事、及び三下役を買って出るはめになってるかもしれない僕 笑)。
November 17, 2006
ちょっと確認させてください。
どうも少なくない方が「エリートになりたい」と思っているように見えますが、どうなのでしょうか。また、「エリート」になれなければ、「社会変革」(?)できないと考えているのでしょうか。
さらには、「神保さんや宮台さんは、「エリート」向けに煽るけど、「エリート」ではない、あるいは、潜在的「エリート」であるけれども、たまたま不遇な環境のために、真の「エリート」になることができない人には、そんな煽りは厳しいんじゃないの」ということなのでしょうか。
不思議です。
November 17, 2006
いま日本で一番かっこいい男はイーホームズの藤田東吾だ。宮台氏も神保氏もこの男の器量にはかなわないだろう。
権力を向こうにまわし、ミディアを向こうにまわし、孤軍奮闘しているその姿は男の中の男。いまこいつから目を離してはいけないぜ諸君!!!
November 17, 2006
Cheさん
今回は煽りメッセージではありません(笑)。とにかく色々と行動してみないと思考や理念は洗練されにくいと感じます。
>正直に申しまして僕の批判は「そのメッセージなら言
>う相手が違うだろ」と「もし今の相手に言うならそのメ
>ッセージじゃだめだろ」の2つで、じゃあどういうメッセ
>ージならいいかという対案については初めに書いたも
>の以上に明確にお答えできるだけのものは持っており
>ません。
どうしても細かい話をされているように感じますね。
「出よ、真のエリートよ。」といったメッセージにだけ反応しても仕方ないと思いますが。
国家権力に対抗する勢力としての市民エリートが必要なのだということが分かったとして、自分が彼らを支える方が相応しいか、自分で(市民エリートに)なるべきかは、自分で判断すればそれでよいではありませんか。
一般大衆は、マル激の放送メッセージの一つである「市民社会を作るには市民参加が必要」を理解して日常行動に反映すれば、それでよいのでは・・・。
この文脈においては視聴者に対して”エリートになって”参加しろとは神保氏も宮台氏も言って無いことは自明です。
November 18, 2006
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