今更ながら、靖国問題がそもそも巷間言われているような問題なのかどうかを再検証しました
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第280回[8月11収録]
靖国を「問題」にしているのは誰なのか
ゲスト:ゲスト:三土修平氏(東京理科大教授)
プレビュー
小泉首相のおかげで、靖国神社のあり方、ひいては戦没者の追悼のあり方をめぐる議論が、これまでになく活発になっている。
ここまでの伝統的な靖国論争では、政教分離問題やA級戦犯の合祀の問題などを発火点に、最終的には先の戦争をどう捉えるかに帰結することが多い。先の戦争を不当な侵略戦争だったと捉える人は、首相の靖国参拝を戦前回帰への兆候とみて警戒し、 その戦争には問題はあったとしても一定の大義もあったはずだと考える人は、靖国を大切にしなければならないと考える。だいたいそんな図式だ。
しかし、靖国問題を独自の視点から検証した『靖国問題の原点』の著者で、自身の祖父が靖国神社が一宗教法人として生き残る道を選択した時の内務大臣だったという因縁も持つ三土修平東京理科大教授は、その論理立てが的はずれであることは、GHQの占領のもとで靖国神社がなぜ今日のような法的立場に置かれるに至ったかを歴史的に検証すれば自ずとはっきりすると主張する。
三土氏によると、1945年末から46年初頭にかけて行われた神道指令と宗教法人令改正の際、GHQは靖国神社に宗教性を捨てて無宗教の公的追悼機関として存続する道と、宗教法人として宗教性を維持する代わりに、あくまで一宗教法人としての地位を甘受し、公共性は放棄する道のいずれかを選ぶように迫った。これは靖国神社に限ったことではなく、他のあらゆる宗教組織が同様の選択を求められたものだが、その実は単にポツダム宣言にも含まれていた政教分離原則の実施を求めたに過ぎないものだったと三土氏は言う。謀略史観に登場しがちな「日本を弱体化させるためのGHQの策略」となどという高等な戦術ではなく、「GHQはむしろ靖国神社が戦没者を追悼する無宗教の公的機関になることを望んでいたが、同時に宗教というものの性格を尊重する立場から靖国自身の意思を優先させた結果だった」(三土氏)というのだ。
靖国をどうすべきかについては日本側の意見も割れたが、最終的には一宗教法人として存続させ、政府とのつながりや公的な立場は放棄する道を選んだ。GHQとしては、「あとは政教分離の原則さえ遵守させておけば戦前の国家神道へ回帰する心配は排除できたものと安直に考えていた」(三土氏)という。しかし、その後も靖国で戦没者の合祀などが続き、靖国がとても「民間の一宗教法人」とは呼べないような役割を演じていることをGHQ側が知った時は、既に時代状況が変化しており、「今更靖国を潰せだのと言えるような状況ではなくなっていた」(三土氏)。
つまり、現在の靖国神社をめぐる対立と矛盾の原点は、GHQの占領下でGHQが靖国問題は解決できたと早合点したことにあり、担当者たちは早晩それが過ちであることに気づいたものの、もはや手遅れだったというのが真相だと、三土氏は言うのだ。
しかし、三土氏はまた日本側の選択も、決して戦略的なものではなかったと指摘する。靖国を一宗教法人として存続させる道を選びながら、信教の自由の原則の傘の下に隠れて、実質的には戦前と同様の公共的な役割も演じ続けることを目論んでいるかのような説もあるが、実際は靖国自身も生き残りに精一杯で、面従腹背などという高等戦術を採る余裕はなかった可能性が大きいと言うのだ。A級戦犯の合祀も、遊就館に見られる戦前回帰的な歴史観も、民間の一宗教法人に過ぎないという立場であれば、それほど重大な問題ではないはずだ。
もし仮に三土氏が指摘するように、GHQも靖国神社自身も、ともにこの問題に対する当事者性を持ち合わせていないとするとすると、靖国問題とは一体何なのだろうか。誰が靖国を「問題」にしてしまっているのだろうか。その答えは、日本人一人一人の「公」と「私」の区別の曖昧さが、一宗教法人という「私」であるはずの靖国神社に、一定の公共性を持たせてしまっているというのが、三土氏の見立てだ。靖国側も多少そうした状況に悪のりしているきらいはあるが、むしろ我々日本人が、靖国神社に宗教法人でありながら公共性も持ち合わせた「両棲動物的」(三土氏)な役割を押しつけているという面があることは否めないのかもしれない。
仮にそのような形で靖国問題をわれわれ自身の問題と位置づけた時、われわれは首相の靖国参拝をどう考えればいいのか。靖国問題に解決策はあるのか。三土氏とともに、靖国問題の本質とは何かを考えた。
August 13, 2006
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佐高信氏さんの呆れ果てぶりを漫画にするなら、こんな感じかもね、、。 from 雑談日記(徒然なるままに、。)
(クリックすると拡大します) ① ② ③ ④ 退陣1カ月前に暴挙 彼は果たして正
August 21, 2006
コメント
靖国問題の解決を考える場合に必要なのは、とどのつまり次のことなのではないでしょうか。すなわち、政教分離原則の結果靖国神社が一民間神社となったという事実を、参拝賛成派の人々はどう受け止めているのか、つまり、そのような人々は、(戦前と異なり)靖国神社が(一民間神社である限り)国家護持の対象たりえないという事実をどう理解した上で、どういう理屈で、なお首相他の政府要人の参拝を主張しているのか、この点についてきちんと説明をしてもらうことなのではないでしょうか。靖国神社についてだけは政教分離原則を曲げるのか(私はそのような考えには反対ですが)。さもなければ、どういう理屈で参拝は正当化されうるのか。日本が法治国家であるなら、この点に関して、きちんと理屈がつくのでなければならないはずです。そこが、靖国問題をめぐるあらゆる議論の中で決定的に欠けているように私には思えるのですが。
August 14, 2006
vox_populi さん
ニュース23で上坂冬子さんが「あれだけ国家が(靖国神社を使って)、国民が戦争に参加するように盛り上げたのだから、戦後も国家が靖国に祀られた人々を尊重するのは当然だ。」といった内容の発言をしていました。
宮台さん言われるところの「東京裁判的手打ち問題」について姜 尚中さんが発言したところ、彼女の応答は「戦後もやはり国家が面倒を見るのは当然のこと」ということでした。
戦後も靖国に公共性があるのは当然ということで、この原則は政教分離、東京裁判的手打ちに優先するといった考え方を彼女は持っているように私は感じました。まあ、理屈もへったくれもないんでしょう。感情の倫理で全体性を語るということなんでしょうね。
August 15, 2006
beat & NSXさん
ご教示に感謝します。
上坂女史の発言に対しては、「国が特定の一民間神社に肩入れできないのはご存じのはずだが、どういう根拠で『戦後も国家が靖国に祀られた人々を尊重する』責務があるとお考えなのか」と愚直に問い続けるよりほかにないのでしょう。そう問いを投げかけたら、どう答えるのでしょうか--上坂女史だけでなく、すべての参拝賛成派は。
そしてそう問い続ける結果、参拝賛成派の論拠は戦前の歴史だけであって、日本が戦争に負けて体制変革をした(たとえその変革が、アメリカから呑まされたものだったとしても)という歴史と、その歴史の結果である現行法とを、参拝賛成派は無視している、ということが明らかになるのでしょう。靖国問題で真に問われるべきは、そこまで行ってなお、参拝賛成派はどう自らの立場を正当化できるのか、そもそも正当化は可能なのか、ということなのだろうと思います。
August 15, 2006
vox_populi さん
>どういう根拠で『戦後も国家が靖国に祀られた人々を
>尊重する』責務があるとお考えなのか」と愚直に問い
>続けるよりほかにないのでしょう。そう問いを投げかけ
>たら、どう答えるのでしょうか-
参拝賛成派の中では、戦前との連続性(宗教性と公共性の両方)を絶対に維持しないといけないと思っている人がどれほど多いのかどうか。私もここが疑問に思います。
今回のマル激を視聴していて思ったことでもあるのですが、戦後の再出発に際して、靖国神社側が自分たちの利権維持を本来の目的(戦没者を追悼すること)よりも優先させたということが絶対無いと言えるのでしょうか?。
日本国民の多くは、クリスマス、お盆、初詣(お宮参りなど)と使い分けていますよね。戦前と違って無宗教の施設になったからと言って、戦没者の慰霊碑に頭を垂れることができないなどという人が日本に多いとは私には思えないのです。
靖国側のノイジーマイリティー(でもちろん田吾作)が、目先のことに手一杯の終戦直後において後先を深く考えずに「宗教性の維持=既得権の維持」を選択した可能性があるように感じられます。
追伸:
先の投稿の上坂女史発言部分は完全一致の引用ではありませんが、内容に誤りは無いものと考えております。悪しからず。
August 15, 2006
第279回・第280回のマル激、A級戦犯分祀では靖国のためにはならないかも
第279回[2006年8月4日]のマル激は、御厨貴氏(東京大学教授)をゲストに、シリーズ『小泉政治の総決算』その2として「小泉政治とは何だったのか」がテーマでした。
総裁選レースのゆくえなど、なんとなく聞いている分にはまあ面白くはありましたが、「壊し屋」としての小泉政権の評価は、すでにいろんなところで見聞きしているので、特に新鮮というわけではありませんでした。
唯一、印象に残ったのは、御厨氏による「昭和天皇は歴代天皇のなかでは非常に長命であり、戦後においては、日本国憲法と一体的な存在となってしまった。そのため、改憲や靖国、皇位継承問題などは、昭和天皇が存命中は、言い出しにくいということもあったのではないか」といったような指摘ですね。
第280回[2006年8月11日]のマル激は、三土修平氏(東京理科大教授)をゲストに、「靖国を「問題」にしているのは誰なのか」がテーマでした。
この回は、異常に長かったですが、なかなか面白かったと思います。とりわけ後半は、三土氏と宮台氏の意見の相違もあり、良い具合に議論の盛り上がったと思います。
靖国神社は戦後、一宗教法人となったものの、それゆえに戦前との連続性に基づく公的性格を自ら標榜することができたこと。一方で、国が靖国に代わる公的追悼施設をつくってこなかったために、国民が靖国に公的性格を期待してきたこと。 したがって、靖国問題に関して、政教分離原則を言い立てるだけでは、解決は見えないということ。――これらの指摘は、たいへんに新鮮でした。
この点からすれば、A級戦犯の合祀は、確かにアジア諸国との「手打ち」をひっくり返す重大な問題ではあるものの、靖国が抱える問題としては、あくまでも二次的なものに過ぎまないわけで、靖国問題としてA級戦犯の合祀だけが焦点化されている現状は、まったく的はずれと言えるでしょう。
なお、三土氏は、政府が靖国に代わる公的追悼施設をつくり、靖国神社はあくまで一宗教法人として、きっぱり国と分離すべきであると主張するのに対し、宮台氏は、国立追悼施設を作ると同時に、靖国に「自主的に」A級戦犯の分祀をしてもらい、首相や天皇による参拝をできるようにすべき、と述べています(ここも参照)
宮台氏が、国立追悼施設と靖国の並存を主張するのは、靖国に戦前から連続性を見る遺族の心情的慰撫をはかるととともに、戦後の「手打ち」を国民に忘却させない、という戦略的ねらいによるもので、現実的解決策として、確かに納得できるところです。実際、A級戦犯分祀に関しては、多くの人が現実的解決策としてあげているようです。
しかしながら、それでも、やはり「並存策」が現時点での最適解とはどうしても思われません。三土氏が指摘するように、「並存策」では、「外圧」への反発からかえって靖国神社への執着が強まるかもしれず、また、「けじめ」ないままに、さらに「手打ち」を重ねても、国民の「民度」の向上にむしろマイナスになるのではないか、という懸念に私も同感です。そもそも、そうした「手打ち」は靖国神社自身の宗教性を維持していく上でも、決して望ましいものではないと思われます。
というのも、いったん靖国神社が政府によるA級戦犯分祀の意向を呑めば、以後、政府によるさらなる「干渉」の余地を残すことになり、また、A級戦犯の分祀程度では首相や天皇、あるいは海外来賓の参拝は無問題にはならないからです。
周知の通り、靖国神社に併設されている遊就館は、アジア・太平洋戦争を自衛戦争として正当化する歴史観に拠っているいるわけですが、こうした歴史観をもつ宗教施設に国家の代表が参拝することについては、とうてい許容されるものとは思われません(注1)。したがって、もし靖国神社が国立追悼施設としての性格を与えられるならば、こうした展示内容も、当然変更を迫られることになるでしょう(注2)。
首相の靖国神社参拝を支持する人々が少なからず、靖国神社のこうした歴史観に対して共感を寄せているものと思われますが、靖国神社に国立追悼施設としてのお墨付きを与えようとすればするほど、かえって従来の「靖国らしさ」が薄められるというのは、果たして靖国神社およびそれを取り巻く人々にとって本意のことなのでしょうか。
これは、麻生氏などが主張している、靖国神社の非宗教化の場合にも同じことが言えます。
こうして見るにつけ、神保さんが述べているように、「公的性格」と「宗教性」は両立しえないのだから、それぞれの役割を分離するほかない、という意見は、もっともシンプルで、合理的な解決策のように思われます。
まあ、A級戦犯分祀にも否定的な次期首相候補と目される安倍氏が、今後、どのような対応を見せるか、注目ですが。
注1.韓国政府も下記のような見解を示しており、A級戦犯の分祀だけで問題が解決するわけではないと思われます。
A級戦犯分祀では靖国問題解決できず、政府方針
【ソウル16日聯合】政府は靖国神社参拝問題に関連し、A級戦犯が分祀(ぶんし)されたとしても日本の政治指導者による参拝は受け入れられず、問題の根本的な解決は不可能とする見解をまとめたことが16日、明らかになった。
青瓦台関係者は聯合ニュースの電話インタビューに対し、「靖国問題はA級戦犯の分祀では解決できない。理由は靖国神社内の戦争博物館『遊就館』からわかるように、過去の軍国主義を美化し侵略戦争を正当化する歴史観に変わりはないため」と述べた。 (YONHAP NEWS) - 8月17日
注2.実際、アメリカに対する配慮から、遊就館の展示内容が変更されるようです。
靖国・戦史博物館、展示内容変更へ 歴史観が一面的と
靖国神社が運営する戦史博物館「遊就館」が、館内で展示している第二次世界大戦での米国の戦略に関する記述の一部について、「誤解を招く表現があった」として見直し作業を始めたことが24日、わかった。この記述をめぐっては、遊就館の歴史観に理解を示す言論人からも「一面的な歴史観」との指摘があり、同館としても主観的な表現があることを認め、内容を変更することを決めた。同館展示物の大幅な記述の変更は異例。
内容を変更するのは「ルーズベルトの大戦略」と題して、第二次世界大戦での米国の戦略について触れた部分。(08/25 03:56)
September 7, 2006
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