毎日1000人が自殺に走る国がまともなはずがない
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こんなに重要な問題を今までとりあげてこなかったことへの贖罪の気持ちも込めて、今回は自殺問題を取り上げました。
この問題が重要なのは、単に万年3万人もの人が死んでいるからということだけではなく、清水さんが言うように、この問題が自分たちの現在のあり方の根幹に関わる問題だということです。
なぜ死ななければならないのか。なぜ死ななければ救われないところまで追い込まれるのか。なぜ社会や家族や友人はそれを助けられないのか。なぜ人に相談ができないのか。なぜ身内に自殺者が出たことを社会から隠さなければならないのか等々。これらはいずれも、今の日本のあり方そのものをにつきつけられた問いだと思います。
であるにもかかわらず、マル激では271回も番組をやっておきながら、自殺問題を正面から取り上げることを怠ってきました。
「自殺にまで至らなかったとしても、何かこの国に人間を生きにくくしている要素があるにちがいない」NHKをやめてこの問題に取り組むためのNPOを設立した清水さんの、この言葉がとても印象的でした。反省します。
番組の方は日曜朝には更新予定です。今しばらくお待ち下さい。
マル激第272回 6月16日収録
毎日1000人が自殺に走る国がまともなはずがない
ゲスト 清水康之氏(NPO法人「自殺対策支援センター ライフリンク」代表)
年間自殺者が8年連続で3万人を越えた。一日平均100人という驚異的な数だ。現実にはその10倍とも言われる自殺未遂者がいるため、毎日1000人からの日本人が自殺に追い込まれていることになる。交通事故の年間の死者数が6000人台であることを考えると、これはとんでもない数字だ。
しかし、「自殺」の持つ否定的なイメージや、「自殺はあくまで個人の選択」という過った認識が災いして、自殺に関する国民的な議論がなかなかわき起こらず、メディアもこの問題を必ずしも積極的に取り上げてこなかった、。結果として、行政も手をこまねいたまま、ほとんど対策らしい対策は行われていない。年間30万人からの人間が自らの命を絶つところまで追い込まれている現実があるにもかかわらず、その実態調査すら行われたことがないのが実情だ。
あまり脚光は浴びていないが、今週閉会した今国会で、ようやく自殺対策基本法が超党派の支持で議員立法により成立した。これにより、ようやく日本も自殺対策がスタートラインに立つことができる。
この法案の成立に議員とともに取り組んできたNPO『ライフリンク』の清水氏は、法案の成立そのものは手放しで喜ぶ一方で、自殺問題を単なる法律や行政措置によって解決できるものと安直に考えることに対しては慎重だ。実態調査が進むにつれ、金融機関の個人保証、連帯保証人制度や、生命保険の自殺免責条項が行使されていないことの影響などは明らかになってくるだろう。しかし、そうした制度的な問題と同時に、自殺の存在自体が今日の日本のあり方の鏡になっている面があるのではないかと清水氏は言う。仮に自殺にまで至らなかったとしても、何かとても「生きにくい」要素が、今の日本社会にあるのではないかと言うのだ。
そのほんの一例として、家族が自殺すると、遺族は就職や結婚に影響するという懸念から、その事実を直向きに隠さなければならない風潮が今でも厳然と残っている。家族が自殺を選んだ原因をあれこれ考える以前に、残された遺族は家族の死を悼み喪に服することすら許されない状況に置かれているのが実情なのだ。
また、自殺者の多くが、自分の悩みや抱えている問題を人に打ち明けることができていないという。日本では、特に男性の間に、自分の弱さを露わにすることを恥と考える社会的風潮が、そうした背景にあるとの指摘もある。自殺問題を自分たち自身の問題として考えていかなければならない所以だ。
いずれにしても自殺問題は、これから日本が最優先で真剣に向き合っていかなければならない社会問題であることはまちがいない。清水氏とともに、自殺問題の現状と課題、今国会で成立した日本初の自殺関連立法の意義などについて考えた。
June 18, 2006
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コメント
なにも死ななくても見いいのにねとか、死ぬ気になったらなんだってやれるのにとか平気でいうテレビの司会者やコメンテーターは、自分が死者や遺族にセカンドレイプをしていることにはまったく無自覚ですね。
June 18, 2006
本筋からは外れてしまいますけど。
WHO の各国自殺率のお話を聞いて、やはり日本は「成功した共産国家」だったのかな、と妙な感慨を受けました。
しかし、それも立ちゆかなくなって、どういうデザインの国にするのか。
自殺という、「臭いものにフタ」にされがちな問題からも、色々と考させられました。
June 20, 2006
日本の高い自殺率、とりわけ高齢者による自殺が多いという実態は、高齢化社会がますます進展していくなかで、非常になさけない社会のありようだと思います。
自殺は社会問題であるという認識は、私個人は、当たり前のことだと思っていましたが、今回の丸激で清水氏の活動を見るに、政策レベルでは、まだまだそうした認識が十分でなかったのだと、知らされました。たいへん
ただし、今回の丸激は、欲を言えば、各年齢等による自殺の特性や背景というものを、もっと語ってほしかったと思います。実態調査も十分でない段階では無理なのかもしれませんが。
今回は、「生きたいのに自ら死を選び取らなければならないほど追い詰められた人」の存在が問題化の出発点でしたが、「しんどい世の中を生きるより、あえて死を選び取る人」をどのように「社会問題」として浮上させうるのか、非常に気になりました。
誤解を恐れずに言えば、前者は、まだ「問題化」しやすいでしょうが、後者は、社会のあり方の根底にかかわることがらだけに、「問題化」するのは、はるかに難しいと思います。
自殺サイトや自殺サークルなどに関しても、立論の射程におさめられている宮台さんの意見を聞いてみたかったです。
June 21, 2006
自殺して借金が整理されれば身内が苦しまないですむと思いきや、残された家族は世間体に苦しむことになるんですね。
逆に、今の日本では、家族が世間から非難されることへの恐れが、自殺増加の一番の歯止めになっているってことはないでしょうか。啓蒙活動の結果、身内の自殺を隠さないですむ風潮になって、自殺数がかえって増えたりして、なんて思いました。
ところで神保さんが、アメリカでは自己破産の経験をオープンに語る人が珍しくないといっていましたが、自殺についてはどうなんでしょうか。キリスト教では自殺はよくないことらしいですが、家族の自殺もオープンに語ってしまうのでしょうか。
June 24, 2006
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