荒井広幸の「私が郵政民営化に反対する本当の理由」
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丸激トーク・オン・ディマンド 第229回 [2005年8月12日]
選挙特番
私が郵政民営化に反対する本当の理由
ゲスト 荒井広幸参院議員
PART1(47分) PART2(54分)
郵政民営化法案の否決から即日解散を経て、世の関心は造反議員の処遇と総選挙の見通しへと移りつつある。メディア上では、民営化に賛成する議員を改革派、反対する議員を守旧派とするレッテル貼りも、着々と進んでいるようだ。小泉首相の手法に対しては強引過ぎるとの指摘はあるものの、郵政民営化が改革の本丸との評価は定着しているように見える。
しかし、そもそも郵政民営化法案に問題はなかったのだろうか。
郵政民営化に一貫して反対し、先の国会でも法案に反対票を投じた参院議員の荒井広幸氏は、この法案では民営化の主目的とされる財政投融資の改革は実現できないと主張する。資金の出口の改革がこの法案にはうたわれていないからだ。
その一方で、過疎地の郵便局の閉鎖など、民営化のリスクについては十分な手当がなされていないと荒井氏は指摘する。
果たして荒井氏に代表される民営化反対論者たちは、首相の主張するような改革へ の抵抗勢力なのか。彼らに正当な論拠はあるのか。そして何よりも、法案に反対した議員たちの真意は十分に理解されているのか。
きたるべき総選挙の最大の争点となる郵政民営化の是非を今一度問うために、民営化反対派の論客荒井氏の主張にじっくりと耳を傾けた。
August 18, 2005
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August 30, 2005
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April 11, 2006
コメント
郵便局員の給与は、はがき代と切手代で賄われており、税金を一切使っていないとは、荒井氏に指摘されるまで、全く知りませんでした。
小泉首相が叫ぶ「公務員削減!」は、実に戦略的な物言いだった訳ですね・・・公務員の人件費削減には全く寄与しない小泉改革とは、財政改革とは名ばかりの弱者切り捨て策に過ぎなかったということである。
博愛の精神を拒否する"クラウゼヴィッツ人"小泉は、「敵」を創作することに最大の努力を傾け、イワンのばかを焚きつけ動員する。やれやれ・・・
宮崎学氏のHP情報:北海道警、福岡県警は裏金疑惑を追及してきた議員を落選させようと画策中とのことである。橋梁談合の摘発と比較考量すれば、警察活動など実に手前勝手で、小泉スキャンダルは警察スキャンダルとバーターされたのだと推察される。インターネット無かりせば、こうした情報収拾などありえるはずもなく、いつまでこうした自由を謳歌できるのだろうかと不安を覚える今日この頃です・・・
いくつか疑問に思うことがあるので、良かったら教えて下さい。
① 今度の総選挙が、9月11日なのは、アメリカで起こった同時多発テロと何か関係があるのでしょうか?
② 郵貯・簡保を削減しなければならない理由がわかりません。巨額の郵貯・簡保マネーが、民業を圧迫しているからと言われても、これだけコロコロ銀行名が変わる御時世です・・・郵貯・簡保マネーが巨額なのは、民間銀行への不信感の反映に過ぎないのではないでしょうか?金利は安くても、絶対に潰れない郵便局に、庶民が虎の子を預けるのは当然だと思うのですがいかがでしょう???
③ 特定郵便局の世襲制には、大変反感を覚えます。就職難のこの御時世に、余りにも不公平だと感じるからです。酒屋も免許制度を断念させられたことを考えれば、郵便局の子息が安穏としている状況は、改めるべきでしょう!!
September 2, 2005
自民党ならぬ民主党がぶっ壊れてしまいかねない状況になってしまいました。宮台氏云うところのお祭り体質を、自民党に見透かされていたようです。論理そこのけのカタルシス嗜好・・・ 諸外国は(私の目から見ても)
日本人ってのは、ホントはお馬鹿なのだと実感したことでしょう。
『だまされることの責任』がどれくらい高くつくのか想像もできません・・・
自民党に投票した非正規雇用者は、郵便局員が公務員でなくなることにより、一時的には「ざまあみろ!」とカタルシスを得るのだろうが、雇用不安に苛まれ続ける彼らの状況が好転するはずもなく、郵便局が民営化して、最初に困るのは自分達(口座維持手数料の増額 etc)なのだと正視できていないようで、誠に泣けてきます。
アメリカのアジア戦略、日航に代表される組合乱立・・・
支配者のキーワードは、分断統治である。
不安創出の下手人は、アジアの連帯を阻止してきたアメリカであり、労働者間に意図的差異(山崎豊子著『沈まぬ太陽』)を持ち込み、相争わせ、終わりなきリストラを敢行中の大企業・大銀行である。極意は、寄らしむべし、知らしむべからず。
ブッシュに票を入れたのは『今回ニューオリンズで佃煮になっている太った黒い人たちである』と述べた勝谷誠彦氏は、『「佃煮」にしたのが誰かという姿をそこで思い浮かべる批判的想像力』を期待しているが、
ハーメルンの笛吹き男、小泉純一郎に狂喜した輩には通じまい・・・
次期総理候補の筆頭である安部晋三氏の発言「核兵器の使用は違憲ではない」を胸に刻み、それぞれの生活世界を生き抜いていきましょう。
September 13, 2005
>沈思黙考さん
小泉“ハーメルン”純一郎ってのはうまいっすね。
僕の友達の非正規雇用者は「小泉支持、だって小泉以外いないじゃない」って言ってました。いやいや、お前の立場だったら社民党だろって思いましたが。
そこで、いろんなブログから仕入れた受け売りの知識とすこしの自分の考えでもって、小泉的なもので突き進むと最初はオモシロいかもしれないけど、結果としてマズイことになると伝えました。
すると僕の友達は、「そんなことはわかっている、それでも、だからこそ、小泉支持なんだ」と述べました。
閉塞感のある状況だと、人間にはぶっ壊したい、そして自分までぶっ壊れたい衝動がおきるんじゃないかなって思います。子供から見ても、笛吹きのおっさんはおもろいけど明らかに怪しい。多分ついていったら滅茶苦茶にされてしまうだろう。でも、だからこそ妖しいんです。
これが毎日サッカーの練習してプロ選手になろうと夢に向かって生き生きしている子供だったら、ついていくことはなかったでしょう。
安部晋三とホリエモンがタックを組んで、小泉より人気が出たりしてしまったら…僕もう…イヤになっちゃいます…
September 14, 2005
>著目著目さん、コメントありがとうございます。
私は、何かと堅苦しい記名とは異なる匿名的なコミュニケーションを大切にしたいと考えております。というのも、神保氏のブログでコメントするのも変ですが、宮台氏の立論「万人に共有可能な合理性(神、真理、理想 etc)など存在し得ない」に感化され、随分逡巡しながらも同意するに至ったからです。そうです・・・私は、自然科学に代表されるように客観的真理を当然視し、理想的な世の中を漠然と夢想していた素朴なお馬鹿だったのです。
ハンナ・アレントの問いかけ「公共的なコミュニケーションは果たして可能なのか?」が決定的でした。
公共的なコミュニケーションが期待される議会制民主主義の下で合法的に独裁制を実現したナチスドイツを横目に、公共的なコミュニケーションが実現した古代ギリシャを紹介したのが、アレントです。
古代ギリシャの市民が公共的であり得た理由を、アレントは、奴隷制に求めました。アレントは、生産活動(衣食住)を奴隷に押しつけることで、はじめて市民の中で公共性が担保されたのだと述べたのです。奴隷制が無ければ、あらゆるコミュニケーションに利害得失が絡むのだ・・・と。
ナチスドイツ誕生時、ドイツに奴隷制は在りませんでした。公共性を担保するとき、どこまでの人を対象とするのか?が問われるのです。
日本を含め欧米先進国で、曲がりなりにも公共的なコミュニケーションが担保できているのは、南北問題あればこそです。
北側の成熟は、南側から収奪した結果であり、成熟(公共性、市民)は貧困(奴隷)なくしてあり得ないのです。
どうでしょう? じっくり考えて見て下さい・・・これが、宮台氏の著作『絶望から出発しよう』の本旨だと私は考えています。
丸激でコスタリカの類い稀なケースが紹介されておりましたが、人間の暗部を打ち消すことが、果たしていつまでも可能なものでしょうか?
公共性の枠をどこまでと考えるか? に万人が合意できる答えなど存在しません。こうした曖昧さ、グレーゾーンを自覚し、相互言及、諸説乱立を耐え忍ぶことができる宮台氏や神保氏のような強い主体の持ち主以外、
記名で考えを述べるのは難しいのではないでしょうか? 匿名の大切さが伝わるといいのですが・・・
アンナ・ポリトコフスカヤ著『プーチニズム 報道されないロシアの現実』を清和会的強権性の極点と考える私から見ると、世の中一筋縄ではいきません。 ← 郵政民営化反対では共感を覚えた荒井広幸氏のHPは、安倍晋三氏のHPに、わざわざリンクを張っています。
September 16, 2005
スレッドの趣旨から脱線しますが丸激のスタンスの基本に関して押さえておきたいので沈思黙考さんが触れた普遍的合理性について私の意見を書かせていただきます。
丸激では、普遍的合理性などというものはこの世の中に存在しないと言う事が普遍的真理の如く語られることがあります。それはたいてい「へたれ」とやらを批判する場合に際立ってくるスタンスです。この「へたれ」がいったい誰を指すのかがいつも漠然としているのでもやもやと収まりが悪いのです。例えばいわゆる「旧社会党」的な人達を指すのでしょうか?しかし丸激のゲストとして登場したあの土井たか子さんの護憲論だって立場こそ違え伊達や酔狂ではなく一理も二理もあるものでした。私は普遍的合理性というか普遍的妥当性というか裸の人間同士が共有し合っている基本的前提条件のようなものは厳然と存在していると思っていますがこんな立場を笑う言葉なのか?それとも単に一般人とか素人を指すのでしょうか。
私は世の中が荒むほど「理想(たとえば9条の精神のような)」を抱くことは尊いことだと思うし、世の中一筋縄では行かぬにしても、ここから何処へ向かえばいいのかと言う時に「絶望」自体は羅針盤にも燃料にもならないと思うのです。
人類はデモクラシー一つをとってもいまだ嘗て貫徹したことがない劣等生です。しかしそれを考え出し且つ試みています。いたずらに「理想」を捨てるようなことはそこに開き直って胡坐をかくように見えてなりません。人類は劣等生ですが向上心をも持った劣等生だと思うのです。世の中には悪い人もいればいい人もいます。立派な人もいればろくでなしもいます。性善説もあれば性悪説もあります。同じように闇もあれば光だってあるでしょう。つまり色んなのが混ざっており二者択一じゃない。闇の勢力が増したとすればそれならば今度は光が頑張らなければバランスが取れなくなります。
バランスを保つ。これがいちばん肝心ではないでしょうか。
October 13, 2005
T・K さん、誰もコメントしないようなので、更なる脱線を自覚しつつ、火中の栗を拾ってみます。私の主張は、宮台真司先生の思想を咀嚼したものに過ぎないのですが、T・K さんの齢が気になります・・・
というのも、人間の思想的骨格は、30歳前後までに固まってしまうのが常であり、思想転換の可能性と加齢は反比例すると考えるからです。
神保氏のブログをチェックしている20歳前後の若者達にとって思索する契機になれば・・・と考え、あえて、T・K さんの思想を揺さぶってみます。
私が現在も深く敬愛しております広瀬隆氏が「朝まで生テレビ」に出演した際の様子を、宮台先生は「素朴な左翼」と評しました。
同じ側に属する御二方と考えていた私は考えさせられました。
かつての私同様、T・K さんにとっても、宮台先生の「素朴」という表現は、痛いのではないでしょうか?宮台先生が「素朴」という表現で揶揄したのは、「ここではないどこか(=理想、真理、神)」を前提としたコミュニケーションを質したに過ぎません。そんなものはあり得ないのだと・・・
トートロジー(同語反復)という言葉をご存知でしょうか?
ウィトゲンシュタインは、かつて次のように述べました・・・
あらゆる命題の真偽は、その命題自身によって明らかになることはない。故に、論理学はトートロジーたらざるをえないのだと・・・
意訳すれば・・・あらゆる命題の真偽の判定は、無限背進(どこまでも前提を遡る)、循環論法(元の木阿弥)に陥らざるを得ない・・・ということです。
つまり、真偽を左右すると判断されてきた根拠は全て、恣意的思考停止にすぎず、真なる命題とは、良質(←個人差の源泉)の循環であるということです。T・K さんには、受け入れ難いかもしれませんが、宮台先生の主張を循環させてみます。
「人間の感情など、凡庸なパターンの順列組合せに過ぎない」
⇔ 「人間の実存などエネルギーの吹き溜まりに過ぎない」
⇔ 「あらゆる人生は入れ替え可能である(かけがえのない人生などあり得ない)」
⇔ 「自我はシステム(=コミュニケーションの総体)に操作される」←かつての私には、偽なる主張でした(恐らくT・K さんにとっても偽ではないでしょうか?)
⇔ 「流動性は所与である」
ゲーデルの不完全性定理はどうでしょうか?
我々は、(あらゆる真なる命題を真と証明する)完全かつ(あらゆる偽なる命題を偽と証明する)無矛盾な公理系は作り得ず、不完全な公理系か矛盾をもった公理系しか作れないことを立証したのがゲーデルです。
ピーター・フランクル氏は、ゲーデルの不完全性定理を「お金にならない」と評しましたが、<恣意的思考停止>の普遍妥当性・・・真理・全体性・理想を断念する契機を、端的に私に与えてくれたのが、ゲーデルの不完全性定理です。
ゲーデルの不完全性定理を噛み締めること暫し・・・かつては、受け入れ難かった宮台先生の立論を再考し、拝領することになった次第です。
← 宮台先生は、世界は論理では覆い尽くせず、未規定なのだと述べております。不完全とはいえ、良質の循環それ自体は無限に存在することを、未規定性という表現に託した宮台先生に、大層シビレたものです。
← 真理や理想、神の存在など前提にせずとも生きる糧はいくらでも存在するということです。
論理(後知恵)では、全体性(真理)を実現することはできません・・・残っているのは、内観法(~先天性)です。
フッサール現象学を批判した解釈学(デリダ、加藤尚武両氏)が参考になりました。先入観を排した純粋意識を拠点とする現象学・・・心には始めから真理の基準(=純粋意識)が存在する、という内観法を、先入観なくして解釈なしと揶揄した解釈学の立場を、私は取ります。
ところで先入観の形成過程を説明することなど、誰にもできません。
← 宮台先生は、発生論は否定神学に陥らざるを得ないと述べております。
あらゆる解釈の拠り所となる先入観を、偶然性(=恣意性)と表現したのが、R・ローティです。私とT・K さんのコミュニケーションが成り立つのも、実は、偶然の賜物であり、根拠などないのです。
根拠を欲しがる・・・意味にすがる弱者(=「バランスを保つ」ことにこだわるT・K さん ← スミマセン)こそ、真のニヒリストだと述べたのがニーチェです。
ニーチェは、「神は死んだ」という台詞で、真理・理想・神を前提とする信仰は須く懐疑を招き、ニヒリズム(=生きる目標を失った状態)に陥る・・・受動的ニヒリズム(=諦念:しょせん派)に陥るのは、現代人の運命だと述べたのですが、私の見たところ、T・K さんは、受動的ニヒリズムに陥る前段階に位置していると思われます。
人類にとって不可避である受動的ニヒリズムを克服する道は、唯一つ・・・ハイデガーの不可能性の思考(=能動的ニヒリズム)です。
本来性(=真理)は決して獲得できず、獲得できるものはすべて非本来性にすぎないことを徹底的に噛み締めれば、非本来性をあえて本来性であるかのように振る舞い(=不可能性の思考=能動的ニヒリズム=矜持:あえて派)、生の歓喜を味わうこともできるからです。
永井均氏曰く「存在するすべてが肯定されるのは、究極的価値基準が肯定するからではなく、価値基準が究極的にはないことによってこそ、端的に肯定される」のです。
対米従属を良好に保つために、沖縄は、本島の犠牲になっておりますが、今後は、自衛隊の犠牲が加わることになります。
朝鮮特需(=朝鮮人の血)、ベトナム特需(=ベトナム人の血)、国債(=子孫の犠牲)あればこその繁栄を謳歌する日本において、国内の貧富の格差拡大を是正することに、どれほどの根拠・正当性があるでしょうか?
繁栄の果実を味わいながら、過去の歴史に無自覚な輩ほど、根拠や正当性を振りかざすのではないでしょうか?
本来性(=真理)の獲得を断念した記憶を忘れず、従って、あらゆる判断に対して継続的な疑いを持ち続ける姿勢を、アイロニーと述べたのが、プラグマチスト、R・ローティです。
全存在者が当て所なく生成を繰り返す世界・・・永遠回帰(ニーチェ)こそが、端的な事実ではないでしょうか?
何でもありの世の中を覚悟して進む者だけが時代を拓くのだという教訓を与えてくれたギリシャ神話を、私は、我が子に読ませるつもりです。
獲得したと思った途端、こぼれ落ちていくのが時間の本質(=頽落=非本来性であることの証左)だと述べたハイデガーに倣い、
現在の価値基準(=現在の非本来性)にこだわることなく、更なる刷新(=新たな非本来性)を自覚的に求める姿勢こそ、肝要だと思考します。
本来性を獲得できない以上、「やればできる」では心許ないのです・・・試行錯誤を担保する動機づけ・・・「やってみよう」が求められているのです。
自己破綻したとはいえ、全共闘の思想「連帯を求めて孤立を恐れず」は、継承に値すると考えますが、奴隷制のない現代日本で、家族を抱えた個人にどこまで可能な思想でしょうか?
T・K さん、偶然性・アイロニー・連帯(R・ローティ)・・・ いかがでしたでしょうか?
October 18, 2005
著目著目と申します。
T・Kさんの言う「バランスを保て!」はそれなりに悪くない考えだと僕は思っています。
幼稚園児のときから今までに「正しい」というのは何なのかに何度か悩まされたことがあります。
その答えは「正しい」とは、「それなりにバランスが保たれていることである」というのが、今の僕の考えです。(それなりにってのが、また難しいんですが…)
それなりのバランスを保っておいて、それなりの選択肢をたもっておくことが幸せなのかなぁと
僕には沈思黙考さんのように学は無いのですが、受動的ニヒリズムと能動的ニヒリズムがあるように、受動的バランスと能動的バランスがあると思います。
受動的に何かが起こってから「バランスを保たなきゃ…バランスを保たなきゃ…」と考え込んで、頭がおかしくなるまでなってしまうのは「ヘタレ」とか「弱者」だろう。
逆に能動的に「今日はいっちょバランスでも保ってみるか」というぐらいの態度で活動するのは、ありなんじゃないかなって思います。(アメリカ人じゃないのでよくわからんが、アメリカ大衆のスウィング・バックっちゅうやつなんかね。日本じゃなかなかありえんし、わからんやろうから、T・Kさんはわざと上のような書き方をしてるのかもしらんね。性悪説と性善説や闇と光など二項対立があると書いておきながら、二者択一じゃないって書いているあたり、本当はわかっているのにわざとあのように書いているような気がしちょります。性悪も性善もまあ適当、本当にあるのは悲しいかもしれんけど偶然と事実だけ…でもたまにホッコリすることもあるかもよって。)
でも、体力的に弱ってるときに、不運なことが続いて起こると、受動的ニヒリズムに陥っちゃいますよね。郵便局員全員解雇!過去の歴史に無自覚な輩に「SINK」byいがらしみきお(←T・Kさん、このマンガおもしろいよ)の天罰を!ってなります。
そんなとき、ああ…いかんいかん、今の状態が基本なんだ…次いいことあったときの振れ幅ができたんだ、やったぁって思うようにしています。
October 19, 2005
沈思黙考さん、ご自身の思想転換の体験を交えながらの解説有難うございました。知的キャパシティーに乏しく仕事に追われる毎日の私には有名な哲学者の思想や宮台さんの立論などがいっぺんに俯瞰されるようでちょっと得をした気分です。
沈思黙考さんがそうした思想転換を遂げられたと言うことは「30歳前後までに」間に合ったと言うことですね。残念ながら私は神保・宮台両氏と同世代ですのでもう手遅れということになりますね。けれども私は修正主義者ですので凝り固まったり錆び付いたりするのは嫌です。
解説の中で、今の私を嘗てのご自身とダブらせて受動的ニヒリズムの前段階と診断されていますが、以前の沈思黙考さんはそうだったのですか?その頃はどのような「理想・真理・神・・」に依拠されていたのでしょうか?アーレントや宮台慎司の代わりに以前だったらどんな哲学者や思想家の名前が並んでいたでしょうか?ちょっと興味がありますがいずれにしても私とはかなり違うように思います。
「愛国心」に有害なそれと人畜無害なそれとがあるように「理想」にも有害なタイプと人畜無害なタイプとがあるのでしょう。ご紹介のニーチェやハイデガーや永井均などの理屈はなるほど盲目的な教条主義、意味や根拠への信仰等を批判する場合には的を射ているとは思いますが私の「理想」は後者のタイプなのですれ違いの感があります。私が存在すると感じる普遍的妥当性とは単に人道主義とかヒューマニズム・友愛・誠実といった誰もが先ずは合意出来るであろう子どもでも解るようなごく基本的な前提のことを指しています。ただそれだけで実に“素朴で陳腐”なものです。しかしこの“素朴で陳腐”なものが案外大きな力を持っているのだと私は思っています。「有害な理想」を排斥する際に勢い余ってこの「素朴な基準」までをも道連れにしてしまわないで欲しいです。何でもありの世の中と言っても肯定出来るものと出来ないものがあるでしょう。不正は依然として不正です。南北格差を問題視できるのも「素朴な基準」に拠っているのでしょう。何でもありの世の中を覚悟することに私も賛成ですがその中でたくましく生きるためには強い自分が必要ですね。そのためにも人間は思いっきり素朴且つ陳腐であるべきだとさえ思うんです(宮台さんたちプロは新奇なことを言い続けなければ”商売”にならないと言う側面だってあります。それがいくらかでも人々の考えるヒントになればいいでしょう)。
言われる通り一般の個人にはたいしたことは出来ないかも知れません。がしかし投票することやカンパすることなどは誰でも簡単に出来ますね。丸激のような情報に触れて考え、よりまともな世論の一部を形成することだって出来ます。欲張らず(やせ我慢でいい)、他人に親切にし、財布を拾ったらちゃんと届け、所属する組織が悪い事をしていたら内部告発することだって、または子どもたちに人生を教えてやり、地域の様々な活動や行政に首を突っ込んで新しい風を入れたり、街が汚いと文句ばかり言っていないでたまには率先してゴミ拾いをするとか等々。個人で出来ることは小さくても山ほどあります。そうして社会とは確実に個人が背負っています。だからこういう一角の社会人が一定数以上いれば世の中はそんなには悪くならないだろうと。『オーウェル評論集』の中にある「チャールズ・ディケンズ」というエッセイの受け売りです。
私はご紹介のトートロジーよりも弁証法の方が好きです。真理には到達することが出来ないからそんなものは存在しない!となるよりも、到達できないけども限りなく近づくことは出来る。検証可能な推測と反駁の繰り返し、試行錯誤によって。
沈思黙考さんの、当て所ない永遠回帰の中で「現在の価値基準(=現在の非本来性)にこだわることなく、更なる刷新(=新たな非本来性)を自覚的に求める姿勢」とはまさにこの試行錯誤のことではないですか?同じ事を別の角度から言っているだけ?違うとしたらこれは具体的にどんな生き方ですか?
「バランス」についての考え方は著目著目さんが違う切り口から補足してくれました。たしかに「それなりに」っていうところがミソだと思います。とにかくスイングバック、復元力がなくちゃ世の中はブラックホールと同じですね。息苦しいどころか窒息してみんな死んじゃうでしょうね。
まとまりがなく且つ長くなってすみません。
October 22, 2005
私のコメントは、T・K さんの思想よりも、感情を揺さぶることになったようです。
弁証法には、T・K さんの好む肯定弁証法(正反合)以外に、脱構築的な否定弁証法があるのをご存知でしょうか?
肯定弁証法に優れた面があることは、否定しません。
しかし、あらゆる問題が止揚するという考え方は、幻想にすぎず、苦しくなるだけではないか?と、私は申しているのです。
素朴な基準で頑張ると仰る T・K さんを否定はしません。
ただ「人間は思いっきり素朴且つ陳腐であるべきだとさえ思うんです」というコメントには、こうした苦しさからの解放を求める T・K さん自身の本音が出ているように思えてなりません。
試行錯誤について質されておりますが、私の主張と、T・K さんのコメントが噛み合っていないように思えます。
皆さんはどうお考えでしょうか?
October 22, 2005
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