専業記者に戻ります
専業記者に戻ります。
キャンディーズの引退の言葉ではありませんが、記者活動に専念する生活に戻ります。
ご報告が遅れてしまいましたが、2009年3月末で立命館大学産業社会学部教授の職を辞し、本業の記者活動とビデオニュース・ドットコムの経営に専念する生活に戻りました。
立命館大学では、ジャーナリズムの実習プログラムの確立を依頼され2005年よりコロンビア大学ジャーナリズム大学院での経験をもとに、将来の日本のジャーナリズムを背負っていけるような記者の育成が可能なプログラムの構築に取り組んできました。その間、教授として招聘していただくなど、私にとっては望外の待遇をいただきましたが、当初の目的が概ね達成できたことと、そろそろ本来の記者活動に本書く復帰する必要性があるとの理由から、数ヶ月前に辞表を提出し、この3月末で正式に教授職から退任いたしました。
ただし、私が去年から受け持っているゼミの生徒たちが今年は4回生となり、その中に卒業論文にドキュメンタリー制作を希望する生徒が多くいるので、2009年度は卒業論文指導に限り非常勤講師として残ることになっています。
また、昨年から担当している早稲田大学のジャーナリズム大学院におけるビデオジャーナリズムのクラスも、2009年度も引き続き担当しますので、教員稼業から完全に足を洗ったというわけではありません。
学生にジャーナリズムの基本を教え、将来のジャーナリストの育成につなげる作業そのものは非常にやり甲斐のある仕事です。また、せっかく立命館大学に教授として迎えてもらったのに、フリーの記者活動やビデオニュース・ドットコムのような零細で不安定な会社経営のためにその地位を捨てるのは尋常ではない馬鹿だと、多くの人に慰留もされました。
ただ、私にとっては記者は英語でいうところのcallingすなわち天職であることをずっと以前から確信していますし、またビデオニュース・ドットコムの経営も、たとえ今は零細企業であっても、国家100年の計ならぬ、メディア100年の計に関わる壮大なプロジェクトを少しずつ確実に進めているのだと真剣に考えていますので、私にとっては約束された教授職などに比べるとこちらの方が何百倍も重要であると同時に、やり甲斐もあるものと100%確信しているところです。
多くのジャーナリストの方々が大学教授になることで経済的な安定を得ることを強く望んでいると聞きますが、私自身が立命館での仕事を受けたのは、あくまで立命館にジャーナリズム育成プログラムの基礎を作るお手伝いをするという具体的なプロジェクトのためであり、そのままそこに「大学教授様」として落ち着くことなど、もとより考えてもいませんでした。
私はまだ自分自身が記者として全く発展途上にあると感じており、記者としてやり残したことも山ほどあるので、少なくとも自分の体が自由に動く間は、現場の記者活動を続けたいと考えています。
できれば現場の記者のまま死にたいとさえ本心から思っていますが、もしもいよいよ体が動かない状態になった場合は、若い人に教えることをもう一度考えるかもしれません。もっとも、「若い人」というのは大学だけにいるわけではなく、実はビデオニュースにも育てなければならない若い人が大勢いますので、どこで教えるかは全くわかりませんが。
いずれにしても、まだやり残したことがたくさんあります。引用する相手としての適性はクエッションマーク付きかもしれませんが、チェイニー副大統領が、ブッシュ大統領の次の大統領候補になる意思はあるのかを記者に聞かれた時、、「There are one too many rivers to fish in this world」(まだ私が釣りをしていない川が世界にはたくさん残っているので)と言って、釣り好きの彼にはその意思が無いということをユーモラスに表現していましたが、私自身も「There are one too many stories to write」(まだ書かれなければならない記事がたくさん残っているので)との思いは強く持っています。(思えば一昔前までは「There are one too many injustices to be corrected 」(世界には修正されなければならない不公正がたくさん残っているので)との思いで記者をやっていたことをふと思い出しました。歳とともに肩の力が抜けたとか円熟味が増したなどと言えば聞こえはいいですが、もしかすると正義感や純粋さを失っているのだとすれば、反省しなければなりませんね。)
そんなわけで立命館大学の教授ポストは3月末で降り、卒業論文を指導するだけの非常勤講師のポストも今年度(2010年3月末)をもって完全に終了になりますが、昨年からやっている早稲田大学ジャーナリズム大学院での仕事は、場所が東京ということもあり、毎週京都に通うことに比べれば遙かに負担も軽いので、とりあえず最大で一学期一コマまでを条件に、続けます。
早稲田でももう少し深くコミットして欲しいという望外のお誘いを受けていますが、私としてはせっかく立命館の仕事を卒業して記者活動に専念する自由を得たばかりですので、早稲田の方も少なくとも当面は、非常勤講師として1コマ担当させていただくところまででご容赦いただくつもりでいます。
立命館で教えた過去4年間は、大学の教員とジャーナリストとメディア企業の経営者のいわば「三足の草鞋」を履き替えながらの生活で、しかも学期中は毎週1回京都を往復する生活でしたので、忙しさも半端ではありませんでしたし、体力的にもかなり消耗しました。ただ、何よりも私自身が苦しんだのは、記者が記者以外の仕事を持ってしまうと、記者として現場に立っていなければならないような事態が起きていても、他の仕事の拘束があるために、それを諦めなければならないことが頻繁に起きることでした。世の中の動きはこちらの都合など全く考慮に入れてくれませんので、やっぱり記者稼業は100%のコミットメントを要求する職業であることを痛感し続けた4年間でもありました。
経営者としての草鞋については、そもそも私が経営している会社はメディア企業ですし、しかもまだまだ規模は零細の域を出ないものなので、今のところはそれほど記者活動の妨げになるとは感じません。むしろビデオニュースにとっては、私がしっかりと取材活動をして、良質なコンテンツを発信することが、経営面でももっとも貢献度が高いことは明らかなので、今のところ経営者としての役割と記者としての役割がバッティングする状態にはなっていません。
無論、この先会社が大きくなってくれば(創業者にして経営者の私が、全く会社の規模を大きくすることに関心がないために、ビデオニュースは会社としてはなかなか大きくなりませんが)、いずれは経営者の草鞋と記者の草鞋がバッティングする事態も出てくるかもしれません。
もっともその頃までに私は、おそらく会社の経営はプロの経営者に譲っていることがほぼまちがいないと思うので、それもそんなに問題にはならないでしょう。サラリーマン記者はともかくとして、本当の意味でジャーナリスト活動を行おうとすると、相当高いレベルのプロフェッショナリズムが要求されますが、経営者もプロである必要があることは、なんだかんだ言いながら経営者を13年もやっていれば、(日本ビデオニュース(株)は1996年創業です!)当然のことのように理解できるようになります。
そんなわけですので、この4月からはまた専業記者に戻ります。今後それが(いい意味でも悪い意味でも?)ビデオニュース・ドットコムのコンテンツに反映されてくるはずですので、ご期待ください。実はもう2月の後半には試験の採点も終わり大学の仕事から解放されていたので、多少はコンテンツにも変化が現れてきているはずなのですが、どうでしょうか。えっ、全然変わっていないって?(ノ_・。)
また、三足草鞋の4年間思い通りに取り組めなかったドキュメンタリー制作や本の執筆なども、取材・制作活動に思う存分取り組めるようになったこれからは、次々と取り組んでいく予定です。早速、著書企画と翻訳企画に同時進行で取り組んでいます。本の方は早ければ5月中にも上梓できる予定ですので、ご意見などをいただければ嬉しく思います。
また、このブログも過去数年間はほとんどビデオニュースの告知にしか利用してきませんでしたが、専業記者に復帰するのを機に、何らかの活性化を図っていきたいと考えていますので、時間があれば、時々覗いてみてください。
取り急ぎ、ご報告させていただきます。
2009年4月
神保哲生
April 12, 2009
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