植草氏がまた逮捕
Tweet植草一秀氏が昨夜(13日夜)電車内で女子高校生(17)の尻を触ったとして、警視庁によって都迷惑防止条例違反の疑いで現行犯逮捕されていたことを、今日の報道で知りました。
植草氏の逮捕については、ほんの数週間前にビデオニュースの番組にゲスト出演していただいていますので、ビデオニュースとしても何らかの対応は必要になると考えていますが、例によって事実関係がまだきちんとわからないうちに、世の中は一つの方向に向かって一気に動いてしまっているので、とても対応に苦慮しています。
すでにビデオニュースの方には「責任をとれ」「謝罪しろ」的なお怒りのメールも何通か届いているようです。
まだ事実関係がわからず、報道でも本人が否認しているらしいことなどから、ある決めつけに基づいた軽々な行動は差し控えるべきだとは思いますが、世の中、なかなかそんなものを待ってくれそうもありません。
植草さんの前回の逮捕の時は、本人が「容疑を認めている」と報道されたことが、事件に対する社会の見方を決定づけたという面が多分にあったように思います。しかし、その後氏が全面否認に転じたことはほとんど報じられませんでした。なので、今回ももう少し事実関係がわからないと何とも対応のしようがないのですが、一方で世の中では「植草がまたやった!」的な流れが既にできあがってしまっていて、それに抗うのは至難の業になっているのも事実だと感じています。植草さんは前回も、裁判も始まらないうちに、大学やコメンテーターの仕事を全て解任されたと聞いています。
それにしても、「ほら見ろ。だからああいうやつは出すべきじゃなかったんだ」とか「出したお前にも責任がある」的な批判に対してはどのように対応するのが報道機関としての責任ある姿勢ということになるのでしょうか。内容が内容ですから無視できるものではないことは重々承知していますが、それと同時に、では、「はい、確かに植草さんを番組に出したのは間違っていました。すみませんでした」と、謝ることが正しい対応なのかどうか。
報道機関というのは、ある程度のリスクを背負い込む覚悟は必要なのではないかとも思います。そのようなリスクから逃げていては、報じられる内容が限られてしまったり、報道内容が萎縮しまったりするのではないかと思ったりもします。
しかし、その一方で、報道機関は信用が命です。リスクを背負った結果それが顕在化してしまい、信用を落とすような結果を招いてしまっては、元も子もないようにも思います。
今週の火曜日京都で『OhmyNews』のオ・ヨンホ(呉連鎬)代表 とトークイベントをやってきましたが、呉氏は素人記者(市民記者)が記事を寄稿して成り立っているオーマイニュースを新しいタイプの報道機関と位置づけていました。「プロによらない報道機関」もあることを考えると、報道機関とは何なのかを、あらためて考えさせられました。
いずれにしても、新しいメディア作りに挑んでいる以上、まさにこういうプレッシャーに負けてはいけないんだなとも思いつつ、でもこれは私一人で背負い込むには少々荷が重いリスクだな、とも感じ始めている今日この頃です。
いつもの皆さんのご意見に深く感謝します。
September 14, 2006
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.jimbo.tv/mt4/mt-tb.cgi/312
コメント
「報道機関として」は謝る必要はないでしょう。
しかし、「お客様商売として」、そういうお客をつなぎ止めておきたいと思うのなら、謝った方がいいでしょう。
すべては代表である神保さんの判断にゆだねられています。
ただし、仮に謝った場合、「ああ、神保、ビデオニュースは、そういう妥協をしちゃうヘタレなんだな」と、離れていってしまう人もいるでしょうし、謝らなかった場合、「なかなか気骨のあるメディアじゃないか」と、逆に信頼を高める人もいるでしょう。
結局は、神保さん自身の「どういう人達に見てもらいたいのか、どういうメディアでありたいのか」という考えにかかっているんじゃないでしょうか。
それが各メディアのスタンスと、その受け手を分けていくんだと思います。
September 14, 2006
マル激の植草さんに対する立ち位置は正しかったと思いますね。due process of law ということではあの判決が間違っていることを明らかにしたから。そしてやさしさにあふれていて人間的でした。しかもけっして彼らの言うように国策冤罪なんてことには乗らなかったのがさすがです。宮台さんもそのへんはあらかじめわかっていて、の登場と思っていました。でもそのやさしさがあだとなってしまった。
September 14, 2006
僕は法学部出身です。4年間の学習の中で、裁判所というのが事実認定の適正化よりも、国家権力や世間の評判の方により関心を払う存在であることを知り、もどかしさを感じてきた人間です。また、世間一般では、裁判所の事実認定のあり方について疑問を持っている人が、あまりに少ないことを憂う人間です。
数ヶ月前の丸激での松井弁護士の話と世間の風評があまりにもかけ離れていることが印象的でした。あの時の松井弁護士が常に正しいことを言っているとは思いませんが、弁護側の主張が糾弾の対象でしかない新聞記事に驚いていました。
前置きが長くなりましたが、そんな僕には今回の事件は非常に残念でなりません。この事件により、結果的に裁判における適正手続の重要性に無頓着な勢力に優位な状況を与えてしまうことです。まだ、事実がよく見えていないのですが、3回目の事件ということもあり、事実認定に無頓着な人々にとっては、確定事実として受け取られること間違いなしです。
三浦和義さんの事件などと並べ、「適性手続き」に関する日本の社会制度の現状を考えるための材料となるべきだったのに…。利用しづらいものになってしまったことがもどかしい…。
P.S.
Wellness Walker さんは、裁判が間違っていることを明らかにしたとおっしゃっていますが、間違っていることは明らかになっていません。ただ、判決内容を鵜呑みに出来ない怪しい裁判であることを明らかにしただけです。宮台さんの「真実に興味は無い」という断言の仕方からも植草氏への「やさしさ」でああいう対応をしたのではないと思いますよ。
September 14, 2006
驚きました、めまぐるしい展開ですね。
テレビを利用しなくなったのでわからないんですが、古舘さんとか、どんな感じなんでしょう? ワイドショーには、格好のお祭りネタを提供することでしょうが・・・
> 田代まさし的な「危うさ」「懲りてなさ」(murriel さん)
記憶に残る出来事でしたから、重ね合わせて考える方も多いことと思います。植草氏の件については、随分突っ込んでコメントしていただけに痛恨の極みです。(スッキリしたい方、御存分に叩いてくださって結構ですよ・・・論戦しましょう!!)
> すでにビデオニュースの方には「責任をとれ」「謝罪しろ」的なお怒りのメールも何通か届いているようです。
よく分からないんですが、どんな内容の "お怒りのメール" なんでしょうか? 風説の流布?(笑) 有罪判決を受けた者の言い分を観たくなければ、アクセスしなければいいだけの話です。
日本国憲法 第二十一条
【集会・結社・表現の自由、検閲の禁止、通信の秘密】
1 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
今は適法手続きの厳格な適用を望むばかりです。
いずれにしても、植草氏が、今後さらに厳しい社会的制裁に巻き込まれるだろうことを考えると、神保氏や体制批判派の著名人にかかるプレッシャーは、相当なものになるでしょう。植草氏の一件が、翼賛体制の足がかりとなることを非常に恐れている次第。推定無罪を打ち捨てて、最も困るのは我々市民ですから・・・
September 14, 2006
今回の場合も、裁判を行う上での適法手続きがなされるのを確認しつつ判決を待つしかありません。
そこで有罪になろうと無罪になろうと関係ありません。
適法手続きで認められた判決であればそれを信用するしかない、そういった社会システムの上で私達が今現在生活しているのですから。
植草氏についてだけではなく、職業上の立場でなされた実績と、人格上でなされた行為は区別して考慮すべきでしょう。
職業上での経済的な発言では我々にとって一考をする余地はあったのであるし、それを参照するためにニュースでゲスト出演されたという事を考えれば、その範囲内では問題ないはずです。
それと、人格的に社会的に問題があるということはまた別の面から検証しなければならないでしょう。
September 15, 2006
一体いつからこんな世になったのか。
小泉政権発足後間もないころの(たしか2001年6月ごろか)都議選のことを思い出します。最寄駅前で行われる候補者の演説会に小泉首相が応援に来るということで私も出かけました。いつもは人出が多くない駅前を数千人くらいの大群集が埋め尽くしていて非常に驚きましたね。内閣支持率が90%くらいのときです。
到着予定より30分も過ぎて群衆は待ちかねる。当地の候補者の懸命の演説は誰も聞いちゃいない。(スピーカーの声がざわつきにかき消されてよく聞こえない。)突如選挙カーの屋根上に小泉氏が現れ、群集はどよめく。スターは登場後30秒ほど笑顔で手を振り続ける。掴みは笑いを取ったが、演説疲れで枯れてしまった小さな声のせいもあり、演説の中身自体にはさしたる印象は残りませんでした。
しかし、期待の人を見ることができたという満足感を噛み締めながら帰途に着いたのを覚えています。その場にいた何千人かに共有されたと思われるあの感じ。贔屓のバンドのロックコンサートが終わって帰るときみたいな・・・・。
今思うとあの期待感が翼賛体制そのものだったのかもしれないです。(まだあの時点ではTVタックルでのヒダリのポジションはボケと決まっていなかった(笑)。)
今回の植草氏逮捕はかなりショックが大きく、鳥肌が立つほどです。
September 15, 2006
私もビデオニュースが謝罪しなきゃいけない理由がいまいち分からないですね。基本的に今回の出演内容は小泉政権の経済政策面からの分析だったし、信頼して呼んだゲストに裏切られたというか、むしろ被害を受けた側じゃないのかなあ?
“謝罪すべき”の理由ですが、「有罪判決を受けたような人間を出すのが問題」という事でしょうかね? もしそうなら、今後ホリエモン出演などについても謝罪が必要になったりして。 あるいは「再犯だから駄目」という事なのかな・・・
まあ、この切り口だと立場的には
1・有罪判決を受けた人間はいっさい出すな
2・再犯以上(の懲りない人間は)は出すな
3・有罪判決だろうが関係なく出す(能力次第)
が、あるってことですかね。
芸能界でも麻薬などで捕まった人間が何度も復帰したりしますが、あれをケシカランと思うなら落とし所は「2」になるのかな。「報道機関としての信頼感を損ねるリスク」も含めて考えると・・・
ただ、あくまで私の感覚ですが、ビデオニュースとしては「今回の件は大変残念、今後彼への出演依頼は控える。」程度のコメントで良いような気もしますが。(能天気すぎるかな)
しかし、もしやっていなかったとしたら・・・神のいたずらと言うか、何たる不運。ただ、今回は状況的に可能性は低いような。
もし、やっていたとしたら・・・ご家族や支援者、彼に再起の場を与えてくれたすべての人々に対する裏切り行為ですね。仮に前回の事件が本当に冤罪だったとしも、だれももう耳を貸さなくなってしまった。だが、それも自業自得。本当に残念。
今後、今の報道がひっくり返るような以外な事実とかが出てくれば別ですが、まずは現時点での感想でした。
September 15, 2006
不謹慎かもしれませんけれども、この後どうなるのか半分わくわくしながら眺めているのは僕だけでしょうか?
(僕と同じように事件前に植草氏の2つの放送回を見ていた方の中には共感してくれる人もいるのではないかと思いますが…)
★
> すでにビデオニュースの方には「責任をとれ」「謝罪しろ」的なお怒りのメールも何通か届いているようです。(中略)批判に対してはどのように対応するのが報道機関としての責任ある姿勢ということになるのでしょうか。
結論から言っちゃうと一番上のoleoleさんが書かれたことがすべてなんでしょうね、きっと。
ですが一視聴者として言わせてもらえば、もしここで神保さんが「とりあえず頭だけ下げておくか」的なことをしようものなら、僕はビデオニュースが立脚しているリベラリズムを疑わざるを得ません。
つまり、「そうやって何かというとすぐ、わけもわからず責任だ謝罪だっていう言葉を持ち出す習慣や風潮が、僕ら自身の自由や安全や権利を守るためのプラットフォームを蝕ばんでいくんだぞ」というふうに僕は思っているのですが神保さん、宮台さん、ビデオニュースの方々、他の視聴者の皆さんはいかがお考えでしょうか。
それにしても、「道義的責任」のような一体どういうことを意味するのかその定義もあやふやな言葉を、政治家からマスコミから広く一般人に至るまで何の疑問も抱かずに受け入れ、また自らも使ってしまうような風潮のある今の日本の世の中だと、まず「責任とは何か」、「『責任がある』とはどういうことか」、「『責任をとる』とはどういうことか」みたいなことを相手に説明するところから始めないといけないのかもしれません。大変ですね…(合掌)。
原理的に、他者に対する責任ってことでいうと(法的なことはしりませんけれども)一般には、誰か損失や損害を被った人がいるからこそ、そこに「責任」が発生するわけです。損失や損害を被った人がいない場合には「責任」は発生できません。
ですから、そういう批判に対しては、「誰に対してどのような被害を与えたことについて責任を取れ、謝罪しろとおっしゃっているのですか?」と、やさしく聞き返してあげるくらいしかないようにも思えます。
神保さんや宮台さんが植草氏に痴漢行為をするようにけしかけたってわけじゃないんでしょうから。
前にどこかに書いたかもしれませんが、エレベータの問題が発覚した頃、海外に住む友人とした会話が思い出されます。
日本に来たシンドラー社の1回目の記者会見で、「警察の調べには協力する。もし自分たちに非があったならば謝罪する(今この場で謝罪することはできない)」というような内容のことを言ってバッシングを受けたという話をしたら、「論理的にも世界的な常識から言ってもシンドラー社が言っていることが当たり前で、そんなばかなことをやっているのは日本人だけだ」ということで結論に至ってしまいました。
この手の出来事が起こるたびに、この国はなんて生きづらい国なんだろうと思うし、希望を失いがちになってしまいます。
正直、こんなことで「責任をとれ」とか「謝罪しろ」と言っている人は、まずこの責任をとって僕に謝罪してもらいたい。
September 15, 2006
Cheさんも言われていると思いますが、自分に責任がないことについて「とりあえず謝ってしまう」ことにどれだけの誠意があるのかと思います。「お客様が線路に降りられたため、電車が遅れまして、大変ご迷惑を・・・」と車掌が謝る。電車と無関係の「お客」が勝手に降りたのであって、誰もその謝罪に誠意など感じていない。しかし中には、車掌をどやしつける乗客もいる。ひどいのになると殴ってくるのもいるらしい。相手が弱い立場と見ると、同情よりも、いじめたくなる心性の人間が多くなったことは事実でしょう(コイズミ化)。反抗しても誰も助けてくれないし、上司からも叱られて、孤立無援。そういうわけで、とにかく謝っておけば無難に済む可能性が高い。そいうやってこの社会における「誠意」というものがどんどん腐食していきます。
これはまた「日本の常識、世界の非常識」に類することであるでしょう。
欧米のメディアであれば、自分のところの番組に出演した学者が仮に幼児ポルノ系犯罪(ヨーロッパでは特に忌み嫌われている)で捕まったとしても、局として謝罪したり弁解したりするところは一つもないでしょう。そのようなことをしたら、その局自体が何かその犯罪に関与しているのかと受け取られるでしょう。もちろん、そのようなイチャモンをつける視聴者もいないのだと思いますが、仮にそういう苦情があっても、「わが社は教授の性生活を監督する立場にない」と突っぱねるでしょう。それで理解できない者は、エスプリがないのであって、相手にするに足りないということで無視。
日本の場合は、メディアの側にエスプリがないので、メディアの方が逆に「謝罪」を求めて教授の職場に押しかけてしまう。ところで、名古屋商科大学って、ちょっとえらいですね。そもそも植草氏を招聘したという点もそうですが、今回の件に対して「事実関係が不明なので現段階でコメントできない」といってるようです。大学は雇用している職員の私生活を監督する義務はないので、当然といえば当然ですが、「商売優先」のため、即謝ってしまうところが多い昨今、現段階で尊敬に値します。
September 15, 2006
名古屋商科大学の対応は普通なんじゃないの?
どこでもああいう風に対応してると思うけどね。
企業の場合もそうだけど。
あと、神保さんも含め、「世間が」「世の中が」「一般人が」っていう言い方は違和感覚えるな。抗議メールにしたって、「何通か」の段階なんでしょ?
もう少し冷静な表現に努めてもらいたいな。
じゃないと、批判してる連中と目くそ鼻くそになっちゃいますよ。
ちなみに、前回、植草氏が全面否認したことは、ちゃんと報道されましたし、記者会見の映像も何度もテレビで流されましたよ。
「天地神明に誓って無実である」という言葉もインパクトが強くて、ネット上でネタにされてるくらいです。
September 15, 2006
恐縮ですが「論戦しましょう!!」って、いったい誰に言っているのか? 考えてしまいました。 ネットに関しては、すっかり島宇宙化が進んでしまい、当サイトに批判的な立場の方々は、 一通り覗き込んでから、自分たちのサイトで盛り上がってるだけなんじゃないだろうか?と。 彼らにしてみれば、当サイトは "アウェー" に見えるかもしれませんから・・・
建設的(←表現が難しい・・・)に、マル激、或いは植草氏を批判しているサイトってあるんですかね?
September 15, 2006
あの回の植草氏の発言は目から鱗を通り越して戦慄を感じるぐらい危険なものだった。私なんかはこのタイミングで痴漢という「被害を主張する側が圧倒的に有利な」犯罪が起きた事にむしろゾッとしますよ。
「犯行時かなり酒に酔った状態」で「女子生徒の右斜め後ろに立ち、尻を触るなどした。女子生徒が「やめてください」と声を上げ、周囲の乗客2人とともに取り押さえ、京急蒲田駅で同署員に引き渡した」、当人は「覚えていない」なんてハメられた臭いがプンプンするんですが。
たとえこの後、痴漢行為が立証されなかったとしても学者・発言する人間としての植草氏の社会的生命は終わりでしょう。
ここで言うのは何ですが、あの回はYoutubeでも何でもいいからバラ撒いて、その直後にこの事件が起きたということが世間にわかるようにしてもらいたい。もちろんビデオニュースがやれば一番いいですが、直接できなければどんな形でもいいから世間の目に触れる形にしておいて欲しい。
真偽がどうであれ、この事件であの植草氏の発言まで社会的に抹殺されるとしたら、これは本当に危険なことだ。
September 15, 2006
こういう事件を聞くと、いつも思い出すのは
『性格は悪いが腕の良い大工と、人柄が温厚だけれどカンナひとつかけられない大工。普請を頼むなら、どっち?』
確か古谷三敏の漫画だったような気がします。
個人的には、エコノミストとしての植草氏が優秀ならば、これからも出演させてほしいと思います。彼の性癖の評価と、彼の能力についての評価とは関係がない。
「じゃ、貴様は人殺しでも優秀なら出演させるのか?」と言われそうですが、たとえ殺人者でも●●でも、××であっても、それを理由に人の能力を判断したくはありません。自分とっては難しいことではありますが。
といった意味で、ビデオニュース社には、これからも優れた番組を提供し続けてもらえればうれしく思います。また、今回ちょっとした踏み絵状態となった神保さんには、ご同情申し上げます。
September 15, 2006
竹中、突然の議員辞職表明…金銭スキャンダル原因か
http://www.zakzak.co.jp/top/2006_09/t2006091521.html
「・・・・なぜか顔は青ざめていた。」
気になる記事ですねえ・・・
September 15, 2006
oleoleさんの2回目のコメントを読んで、実は少々当惑しています。
というのは、「あれ? ひょっとしたら僕の書いたことにも向けられているのかな?」と思ったからというのもありますが(僕の勘違いだったらごめんなさい)、それだけではありません。
oleoleさんが書かれたことは一見して一理あるようにも思えます。1、2年前の自分だったらoleoleさんの言っていることに同調していただろうし、実際に僕もそういう物言いをしていたのです。
ですがここのところ、特にビデオニュースを見るようになってからですかね、自分もしていたそういう言い方がオトナぶったガキの意見に見えなくもなくなってきた。自分でもあまり知らないうちに考え方や物の言い方が変わってきていたんだなあということに気がついて、ちょっとはっとしたというか、そんな感じがしています。
oleoleさんいわく、
> あと、神保さんも含め、「世間が」「世の中が」「一般人が」っていう言い方は違和感覚えるな。抗議メールにしたって、「何通か」の段階なんでしょ?
もう少し冷静な表現に努めてもらいたいな。
じゃないと、批判してる連中と目くそ鼻くそになっちゃいますよ。
ということなんですが、まずその批判してる連中の言い分に乗って謝罪するとすれば、ほりえもんよろしく「世間をお騒がせして申し訳ありません」みたいなことを言うしかないんでしょうから、彼らが謝罪対象として「世間」を持ち出しているのはとりあえずよしとしておきます。
で、僕が言いたいのは、確かにそういう批判をしてくる人間は少数かもしれないけれど、それが理由で自由な言動をできなくなる人や、「そういうことを言われるのは面倒だなあ」という理由で自由な言動を自ら抑制する人がもっと大勢いるとすれば、それは社会の問題ととらえてもいいんじゃないの、ということなんです。
神保さんでさえ、「まさにこういうプレッシャーに負けてはいけないんだなとも思いつつ、でもこれは私一人で背負い込むには少々荷が重いリスクだな、とも感じ始めている」とおっしゃっているわけですから。
しかもこういうことは、マスコミや何かで見る世界だけの話じゃないんじゃないか。僕の実生活を振り返ってみても、小学生時代から今に至るまで、もしかしたらそういうことだったんじゃないかと思える出来事が少なくなかったりするんですが、これは僕の環境がずっと特殊だったということなんでしょうか。
というわけで僕は、単に「世間」なり「世の中」なり「社会」という言葉を使ったというだけで目くそ鼻くそと評するのはちょっと待ってくれよ、と思っているんですが、どうなんでしょうoleoleさん。
★
では、ちょっと話は変わります。
今回の話、テーマとしても案外興味深く、ここにいるような人だったら明日は我が身ととらえている人もいるかもしれませんし、せっかく皆さん時間を削ってコメントを書いたり読んだりしているわけですから、一旦話を整理したいというか、勝手ながら次の議論への誘導をしてみたいと思います(いや、乗ってくれないなら乗ってくれないでいいんですけど…)。
前のコメントのときに自分で「結論から言っちゃうと一番上のoleoleさんが書かれたことがすべてなんでしょう」と書いておいてなんですが、改めて読み直してみると一部、何か違うような気がしました。
というのは、他の方も同様のことを書いているし、こう考えている方は少なくないでしょうが、これは「報道機関としては謝らなくていいが、商売としては謝ったほうがいい」という図式の話なの?ってことです。自分が神保さんになりきってみたとき、一番悩むとすればやっぱり「報道機関として」どうすればいいかってことなんじゃないかと思ったんです。
例えばネオコンよりの報道機関であれば「俺らはたとえ他から何と言われようと、たとえマイナーであっても、ネオコン野郎どもと一緒にやっていければそれでハッピーだぜベイベー」と開き直れます(しかも、視聴者の数は少なくても質が揃っているメディアはいい広告媒体になるので利益率の高いビジネスになるやもしれません)。
ですが、ビデオニュースのようなリベラリズムよりの報道機関は(より多くの人を巻き込まなければ目的が達成されないという)その性質上、言論のメインストリームとなること(大企業・大手メディアになるという意味ではありませんよ、もちろん)を目標としなかったらやっぱりウソでしょう。それは子供のお遊びに過ぎません。
神保さんが「私一人で背負い込むには少々荷が重いリスクだな、とも感じ始めている」とおっしゃる背景にはこんなこともあるんじゃないかと思うのですが、どうでしょうか。
と、僕はこんなことを思ったのですが、「それは間違っている」とか「それはそうかもしれない」とか、「それを前提とすれば今の神保さんにとってこういう話がヒントになるんじゃないか」とか、何でもいいんですけど、どなたかご意見を頂戴できるとうれしいです(あ~、丸投げ…? 汗)。
September 15, 2006
これだけは言っておきたい。植草の言う「冤罪」、それも夜郎自大な「虎の尾を踏んだ」みたいなさも国策で逮捕されたような暗示を漂わせ、だがためにそれに見事加勢支援した連中に対し、
君たち、病人にだまされて、それでも目覚めていないのですか?
と、言いたい。
September 15, 2006
>Cheさん
ええ、あなたの書き込みにも向けて書きました。
こういう時に、すぐ「世の中は」「世間は」「一般人は」「日本は」と飛躍してしまうような短絡的な思考、言動は、テレビを見て「ほらみろ」「謝罪しろ」「責任とれ」とメールを送る短絡的な連中と、目くそ鼻くそだと思うから、もう少し冷静な表現をすべきだと書いたまでです。
私の書き込みを、「何通かの批判メールぐらいでガタガタ騒ぐな」という内容と曲解し、反論しているようですが、的外れです。
September 15, 2006
Che さん、はじめまして。私の意見を述べさせてください。
神保氏は、"言論のメインストリームとなることを目標" としているのではないと思いますよ。もちろん、"大企業・大手メディアになるという意味" でもないでしょう。身動き取れなくなりますから・・・
福田和也・宮崎哲弥共著『愛と幻想の日本主義』における宮崎哲弥氏の意見が参考になります。いわゆるマスメディアとして報道する場合、「送り手側が何に照準していいのかわからなく」なり、「低いレヴェルに合わせて知の基準を低下」させなければならない、と述べています。
宮崎哲弥氏ご自身は、「マスメディア・・・私は大好きですよ。大衆とともに生き、大衆とともに死ぬ辻説法師ですから。」と茶化していますがね・・・
私見ですが、神保氏は、"言論のメインストリームとなることを目標" とされているのではなく、公共心を保持しうるごく一部の層に向けて、神保氏ご自身の経験や蓄積を提供したい、と考えておられると思います。煎じ詰めれば、それこそが神保氏の公共心・・・エリートとしての清貧義務なんだろうと想像しております。
追記)"ごく一部" と強調したのは、最近仕入れたネタゆえです(笑)。
『論語』(泰伯篇)に有名な、「民はこれを由らしむべし、これを知らしむべからず」という警句があります。呉智英著『ホントの話』によれば、いわゆる人口に膾炙している解釈「民衆を服従させよ、真実を知らせるな」は、間違っており、正しくは「民衆は、政治に従わせることはできるが、その真実を知らせることはできない」、と紹介されています。深いメッセージ性を把握するには、受け手である我々視聴者に求められるコスト・・・認識コストが高くなるってことではないでしょうか。
September 15, 2006
問題は、植草氏の性癖ではなく、ビデオニュースの弱点である経済分野の質的向上ではないでしょうか?
岩田氏はともかく、植草氏の経済政策議論はいくらなんでも筋が悪すぎます。
数年前のデフレ対策だの公共投資議論の際の、彼の誤りは明白でしょう。先日ビデオニュースに出演した際の言い訳もひどすぎます。
今度詳細をビデオニュースあてのお送りしたいと思っています。
ところで、植草さんは今回も警察のでっち上げとおっしゃっているようですが、女子高生も乗り合わせた乗客複数もすべて小泉さんの手先だったというのでしょうか?(苦笑・・・せざるを得ないです)
もし、神保さんも本気で陰謀を疑っていらっしゃるのなら、ぜひ徹底追求して、植草さんのみなならず日本を救うためにがんばって欲しいです。もし本当に陰謀なら日本は法治国家じゃないですよ!
September 15, 2006
>沈思黙考さん
>神保氏は、"言論のメインストリームとなることを目標" とされているのではなく、公共心を保持しうるごく一部の層に向けて、神保氏ご自身の経験や蓄積を提供したい
でもこれって、意味がわからないなぁ。ちょっと植草の話から逸れますが、この機会に。
普通、いい大人が動くときは、金のためか、名誉や実存のためか、じゃないですか。神保さん、とても熱血なのは分かるんだけど、やろうとしてることがさっぱり見えてこない。てっきり、世直し系の宮台と組んで「共闘」してるんだと思ってたら、そうでもないようだし。そして、ネットの側でもないですよね。どこか片手間にやってる印象がする。「良質の情報を上げるから見てくれ、まぁ商業的には厳しいが」みたいな。
僕がもしこうした活動をやる立場にあったら、例えば総合ニュース系みたいにして、AIIから離れて自前にして、ちゃんと資金つけて、中立性とか御託は抜きに広告を付け、リーチをいかに広げるかに腐心しますよ。金払ってまで見させるには、政治談議だけでなくコーナーを柔軟に考えなきゃいけないし、ある程度見栄えのいいセットなんかも必要だったりする。
GYAOとまではいかなくてもネット上でそこそこの知名度を獲得したら、それがメディアになるでしょ。そうしたら付随的に色々と広がってくだろうし。希望的観測ですけどね。
とにかくソース無し、金なしで、客寄せは宮台頼みっていうところでは、うーん・・・高校の放送クラブみたいな。実は、なんだかんだ言って大マスコミ上がりの癖が抜けてないんじゃなかろうか、神保氏。実際はどうか知らんが、ちょっと素朴すぎるという印象はある。
September 16, 2006
>>三浦さんへ
あなたは論理の飛躍をしています。
事実を整理してみます。
****************************
1.神保さんは「陰謀説の筋も否定できないのでは…」という発言を番組中でしていた。
2.植草氏3度目の事件において、植草氏は「事件は警察のでっち上げだ」と供述していると新聞では報道されている。
3.丸激の植草氏を最初の登場回の趣旨は、政治陰謀説の展開ではなく、裁判所の事実認定のあり方についてが主題であった。
4.丸激の植草氏を二度目の登場回において、神保氏は自らの番組は経済理論に弱いと弁解している。
5.植草氏の裁判に関係なく、日本の裁判所は裁判において警察、検察の主張や立証に甘い判定を下す傾向が強い。
6.5の件について神保さん、宮台さんは共に憂慮している。
****************************
神保さんは、確かに国策操作の線を疑った発言はしていますが、2時間の番組の中で数秒程度です。宮台さんに関してはそういった発言は全くしていませんでした。番組構成上、陰謀説は隅に置かれていた存在であったのに、三浦さんは論理飛躍によって変な批判をしていると言えませんか?
僕は経済に疎いのでどの理論が正しいのかはわかりませんが、仮に植草氏が低レベルな経済理論を主張しているとして、たまたま神保さんが経済に疎いがために、植草氏をゲストに呼んだという話なら、単に神保さんがゲストの人選を間違えたというだけの話でしょう。その場合、問題点は別のところにあることになります。
話題は変えます。僕は陰謀説は信じていませんが、植草氏の裁判においては裁判所はどうにも警察に甘い判決をしているように感じています。この件で裁判所は、警察が捜査の際に行ったミスを見逃しているように思えますからね…。
September 16, 2006
陰謀説だと批判するひとたちが、今回のマスコミ報道でイメージされるような「女子高生が悲鳴をあげて、乗客二人が酒に酔った植草をとりおさえた」という光景を素直に信じてしまうのなら、陰謀説を批判する権利?さえないんじゃないでしょうか。警察の逮捕手法への認識が少し甘すぎると思います。
毎日いちいち全てのニュース記事の裏を読むなんてできるわけもありませんが、少なくとも陰謀説を批判する根拠が「マスコミ報道の鵜呑み」に依っている、なんてことはしてほしくないです。陰謀論者と同じように色々深読みしろとはいいませんが、ある程度は既存の報道を検証してからなされるべきではあるしょう。
ただ、陰謀説は論破できないからこそ「陰謀」説たりえるわけで、だから陰謀説は信憑性のあるものからどうしようもないものまで、出来る限り温存しておくべきだと僕は考えます。うっとおしくても。
なぜならその方が未来への選択肢が増えるからです。
今回の件は記事だけを読めば、べろべろに酔った植草氏がついまた触っちゃったという内容に思えますが、酒によっていたというのも逮捕した警察が現場でそう判断したのか、あるいは植草氏が何らかの理由で「酒によっていたから憶えていない」と証言しているのかも分からないんですから。植草氏が酒を飲んでいなかった可能性だってあるわけですからね、へたしたら。
4月に教職に復活して以来急速に活動の幅を広げ、先の手鏡事件の真相を明かした本を小泉政権が終わった後に出す予定だった氏がこの時期に逮捕されたのは本当に偶然なのでしょうか?
http://moura.jp/scoop-e/chokugen/special/060705/content10.html
偶然じゃないかも知れないし、偶然かもしれない。
大事なことは予測不可能な事態に備えて可能な限りの選択肢と幾つもの未来に備えることだと思います。
そのためならくだらない陰謀説をいつまでも頭の中にとどめ続けたいと思います。
September 16, 2006
KY さん、はじめまして。
神保氏にジャーナリストとしての矜持が感じられない、って感想をお持ちなのでしょうか?
← "世直し系の宮台と組んで「共闘」してるんだと思ってたら、そうでもないようだし。" "どこか片手間にやってる印象がする。"
説得できるかどうかわかりませんが、応接します。
神保氏の動機に関しては、KY さん同様、サルトルいうところのアンガージュマン(自分をある状況の中に自分の意志で投げ込んでいく)、いわゆる "実存のため" だと思いますよ。 大マスコミの報道姿勢に対する諦観が、神保氏の動機づけをプロモートしたのだろうと思いますから。 自戒しつつ述べますが、日本という国で、オリジネーターたろうとする場合、つまり、既存の枠組みをはみ出した活動をしようとする場合、どうなると思います?? 宮台真司先生のような非常な才能なくしては、芽の段階でつぶされてしまうのではないでしょうか? "どこか片手間にやってる印象がする。" と言われようと、多元的所属をしなければ、我が国では、オリジネーターたり得ないのではないでしょうか?
マル激の現状に対する KY さんの下記の意見には、考えさせられる面もありました。 やはり、オリジネーターのプレッシャーは、並大抵のものではないんだな・・・と。
"金払ってまで見させるには、政治談議だけでなくコーナーを柔軟に考えなきゃいけないし、ある程度見栄えのいいセットなんかも必要だったりする。" "高校の放送クラブみたいな。" "ちょっと素朴すぎるという印象はある。"
視聴料に関しては、私などは安すぎると思っているぐらいなんですが、皆さんは高いと思われているのでしょうか? というのも、マル激の内容は、読む努力が求められ、時に沈思黙考(←笑うところですよ)し、必要とあれば再読をしなければならない「本」のレベルを、オーラルで展開しているからです。 テレビ報道やラジオ報道も録画・録音できる時代ですから、私の説明は変に聞こえるかもしれませんが、視聴で得られる知識としては、日本の他の報道メディアの追随を許さないものがあると、私は考えております。
逆に言えば、これまで日本の他の報道メディアにどっぷり浸かってきたがために、アホウな状態のまま留め置かれてきただけではないか! 何てことだ・・・と怒りを覚えている次第。 学歴としてしか大学生活を捉えない方も多いでしょうが、私は学問がとても好きです。 先ほど申し上げた怒りの感覚は、大学入試のレベルと大学で求められる学問のレベルの差を痛感した折りに感じたものと同じです。 大学入試のレベル=既存メディア、大学で求められる学問のレベル=マル激 ← ホメすぎでしょうか?(←既存メディアのことですよ!)
宮台真司先生の発言にパラフレーズしますと、「プレゼンだけ上手いSFC(湘南藤沢キャンパス)」って言葉が象徴的です。 "見栄えのいいセット" という日本語は "内容がない" と同義、というのが日本におけるメディアの現状だと考えております。
『「生活者」もまた現実には役立たない』
http://www.miyadai.com/index.php?itemid=371
この言葉の重さが伝わるでしょうか?
我々「生活者」には、日々の生活にあくせくする必要のないエリートたちの知恵が必要であり、権力を監視する市民エリートとして、神保氏を高く評価したいのです。問題は、マル激のような独立系インターネット放送局の少なさ・・・オルタナティブの貧しさであって、マル激が存続している間に、新しい独立系ジャーナリズムの放送局が実現できないものだろうか? と憂えている今日この頃です。
September 16, 2006
証拠が無いからコメントのしようが無いでは最早ジャーナリストとは呼べないのではないでしょうか。
あの電車に乗り合わせた人を探し、取材する義務があると思います。
おっしゃられるようにこんな世の中です。直接取材されなくても、やりようはあるのではないでしょうか。
例え難しい事が予想されても色んなことが見えてくるようなきがします。
September 16, 2006
Cheさんにコメントさせてもらいます。
>これは「報道機関としては謝らなくていいが、商売としては謝ったほうがいい」という図式の話なの?ってことです。
問題意識は良く分かりますが、私の感想としては「そこまで大げさな話ではない」です。
以前のコメントで、私は“落とし所”という表現をしましたが、謝る必要はないが何かコメントするとしたら「今回の件は大変残念、今後彼への出演依頼は控える。」程度でOKと書きました。これは謝罪とは言えませんよね?(「今後彼への出演依頼は控える」だと、自らの手足をしばっちゃう事になるからいらないかな)
まあ、百歩譲って仮に謝罪したとしても、それによって大勢の新規契約を得られるわけでも無いし、「妥協だ!ゆるせない!」といって離れる人がいたとしても、いずれまた戻って来ますよ。一度丸激とかを見ちゃうと、他のメディアの番組内容のユルさに絶えられなくなりますからね(笑)
つまり、この対応をもってして「ビデオニュースも商売優先になってしまった!」あるいは「ならなくて良かった!」と判断してしまうのは、ちょっとナイーブすぎる反応のような気がするのです。真のジャーナリズムの矜持を保つためのギリギリの踏ん張りどころとも思えませんので。
ただ、そうは言ったものの、今回の「ビデオニュースとしての対応を真剣に検討する態度」はすばらしと思いますし、この真摯さの積み重ねが、信頼感を得るための王道であるとも思うので、あるときは「面従腹背」、あるときはとことん突っぱねるというように、バランスを取りながらうまいことやっていってほしいと思います。
あと、「言論のメインストリームとなることを目標にする(というより、より多くに人にリーチするメディアになる)」というのは当然の事だと思います。以前神保さんは、「丸激は、議論や問題意識のきっかけにしてもらって、より深く知りたい場合は丸激を卒業して自分で勉強していってほしい」といった意味のことを言っていた記憶がありますが、少数の“わかってくれる人達”に向けるだけのメディアで良いとは、とても思えません。
今回のことに限らず何かと大変だと思いますが、新番組も増えることですし、ビデオニュースには今後も頑張ってほしいと思います。とにかく私が希望するのは「タフであれ!生き残って発信し続けろ!」。これです(笑)
September 16, 2006
まあ、今回の事件に対する対応で、ビデオニュースが大打撃を受けるようなことはないでしょう。
それなら、北朝鮮外交に対する発言で、とっくにおかしくなってるはずですから。
「北朝鮮のときは非難轟々で大変だった」と苦笑いしてる神保さんが、今回のことぐらいで、思い悩んでいるのは、少々意外な気がします。
五金の視聴者メールに対する対応を見ても、「見たい奴が見ればいい。我々のプライバシーポリシーが気に食わない奴は見なければいい。」というサバサバした印象を受けました。
明確なポリシーやスタンスを持っていて、それに沿って運営してるものだと思っていました。
だから、当然今回も、それに沿った、サバサバした対応で済ませるだろうと思ってたら、ところがどっこい、神保さんは悩んでいるらしい。
これは何なんでしょう?
私が神保さんやビデオニュースに持っていた印象が間違っていたのか、神保さんがわざとしおらしくプリテンドしてるだけなのか、植草氏の逮捕がショックで、一時的にしおらしくなってしまっているだけなのか、視聴者が増え、影響力が増したことで、メディアとしての責任感やプレッシャーが増し、昔より視聴者の反応に敏感になってきたのか、黒字化して、商売っ気が出てきたのか。
いずれにしても、あまり気にし過ぎると、自主規制につながり、神保さんが批判している当たりさわりのないマスメディアと変わらなくなるので、気をつけてもらいたいです。
September 16, 2006
KYさん
>神保さん、とても熱血なのは分かるんだけど、やろう
>としてることがさっぱり見えてこない。
ご参考までにコメントさせていただきます。
神保さんのビデオニュース社の趣旨は「広告に依存しない報道を目指して」となっています。http://www.videonews.com/explanation.php
企業の経営方針は一般に事業資金の属性(資金提供者の意向)に従わざるを得ません。そのため「報道本来の役割を全うするためには、広告に依存しない収益構造が必要となるが、そのためには、多くの視聴者の方々に浅く広くサポートしていただくシステムを作る必要がある」との認識をもたれています。
つまり少数の賢い市民(市民エリート)に対象を搾った番組作りをしているというわけでは無いようです。(目的とする契約視聴者数などの話は聞いたことがありません。)
また、上記の報道本来の役割については、メディアの役割は国家権力を監視すること(あるいは監視するために有用な情報を市民に提供すること)といったことを神保さんは度々発言されています。(私はマル激を100本程度視聴したのですが、たびたびこうのように発言されています。)
沈思黙考さんが言われている
>神保氏は、(中略)・・公共心を保持しうるごく一部の層
>に向けて、神保氏ご自身の経験や蓄積を提供した
>い、と考えておられると思います。
という部分については宮台真司さんのご発言が参考になります。
宮台氏はかつてBBCのドキュメンタリー番組の制作スタッフと懇談した際に、「こんなに難解な内容のBBCの番組を、一体どれだけの視聴者が理解し得ると思って番組作りをしているのか。」と尋ねたんだそうですね。
それに対してBBCスタッフは
「究極的には視聴者のレベル全体を上げるために、番組の質を上げようと努めている。が、全体を上げるには視聴層のトップ(リテラシーの最も高い層)のレベルを引き上げる必要がある。トップを引っ張り上げることでボトムアップを図るのだ。今は極僅かのトップの人にしか理解され得なくても仕方無いが、それが波及して全体のレベルを上げる契機を作ることが我々の番組制作の努力目標となっている。」といった答えだったそうです。
そして宮台氏は「マル激もそういった役割を果たせるような番組になるとよいと願っている。」と付け加えておられます。宮台氏は一部の人(エリート)向けの番組作りを意識しておられ、そこに世直しの突破口を作りたいというお考えがあるようです。(このBBC発言は2,3度発言されているのを見ました。)
神保さんについては上述した様に当初から「多くの視聴者の方々に浅く広くサポートしていただく」というご趣旨のようです。
>僕がもしこうした活動をやる立場にあったら、例えば
>総合ニュース系みたいにして、AIIから離れて自前に
>して、ちゃんと資金つけて、中立性とか御託は抜きに
>広告を付け、リーチをいかに広げるかに腐心します
>よ。金払ってまで見させるには、政治談議だけでなく
>コーナーを柔軟に考えなきゃいけないし、ある程度見
>栄えのいいセットなんかも必要だったりする。
これも番組中で言われていますが、コスト高が理由で自社でネット上での課金が出来ない(しにくい)そうです。そのためAIIから離れるというのは現実的ではないそうですね。ブロードバンドの普及でビデオニュース社のようなネット配信事業者が多数出現すると思いきや、実際はそうでも無いためにレンタルサーバーの値段も下がらず、バックナンバー全てをVODに出来ないといったことも言っておられました。
以上、ご参考まで。
September 16, 2006
沈思黙考さん、beat & NSXさん、とても丁重なレスを頂きありがとうございました。もちろん両者ご指摘のそれらの問題は踏まえたうえでなんですが、けれども僕は、現実的なところで、もっと世の中に対し実行力のある、それなりに影響持つようにならないかなぁ・・・と、他人事ながらも、もどかしさを感じてしまいます。
今は民放が極端に貧弱で(海外に販売できる映像はフジのドラマ以外にないんじゃないか?)、一方でネットのほうは活況だが、ニュース・世の中系・論壇系方面で、まともにやってる動画サイトは出てきてない。チャンネル桜はアレだしね・・。開拓余地おおきいのになあ・・・って思うんですがね。
でも、「別に商売でやってない」ってことなんでしょう。そこが「ダメなんだよ!!」っていう意見です。ちっちゃなラジオ局が細々とやってたり、犬の映像を延々流してるだけのCATVが成立するアメリカならそれでいいんだが、とりあえず日本はいま末期的な状況にあるんで(アホが多すぎる)、なんとかならんか・・・っていう思いです。ネットもニフティ時代と比べると大分アホ化が進行しています。
こないだ、西部邁がMXの落語家がやってるクソ番組に出てましたが、まともに喋る機会も与えられず、ああゆう扱い受けるのはなんとも気の毒でした。劣悪な報道に限らず、ああいう言論人が表に出れるような番組も皆無なんですよね。
September 17, 2006
僕の問題提起に対してお返事を下さった方、また、そのお返事に対してさらにコメントをしてくださった方に感謝申し上げます。もし無視されたり鼻で笑われて終わりだったりしたら悲しいと思っていたので、大変感激しています。
本当は問題提起した手前、コメントがあるごとに司会進行までやったほうが話がうまくつながってまとまったのかもしれませんが、なかなかそういうわけにもいかないことをお許しください。
★
僕の問題提起の中では、
> ビデオニュースのようなリベラリズムよりの報道機関は(より多くの人を巻き込まなければ目的が達成されないという)その性質上、言論のメインストリームとなること(大企業・大手メディアになるという意味ではありませんよ、もちろん)を目標としなかったらやっぱりウソでしょう。
という部分についての反応が一番のようなので、ここのところをちょっと整理してみたいと思います。
実は先のコメントを書いたとき、「宮台さんが何度もおっしゃっている、エリートを育てたほうが速いということに関連することのようにも思うのですが…」と一度書いた後、どうせなら他の人に答えてもらったほうがいいかな、と思って消したといういきさつがあったりします。
ですから、この部分に対してコメントしていただけたのはうれしい反面、そこにばかり焦点を定められてもなあ、という気もしています。
まず第一点として、僕が書いた「言論のメインストリームとなることを目標としなかったらやっぱりウソでしょう」という部分について。
これは、日本なら日本の政治家、検察、マスコミ、そして一般の人々の過半数が≪「我々が自由であるために必要なプラットフォームを大事にしよう? そんなの当たり前じゃないか」と常日頃自然に思っているような状態≫のことを表現したかったのです(が、あまりうまい言い方ではなかったかもしれません)。
ともかく、そういう状態の実現を目指さないんだったらリベラリズム系報道機関として成立しないというか自己矛盾しちゃうんじゃないかということを言いたかったのです。
第二点は、宮台さんがおっしゃっている「エリートを育てたほうが速い」ということについて。
これは、上に書いたような状態の実現をトップダウンでやるかボトムアップでやるかという、方法というかどこを経由していくのかという話だろうと僕は思っています。
逆に言うと、一部のエリートだけがリベラリズムを実践し、おバカなままでいるパンピーを相手にしながら、それでも我慢強く実践し続けることで安定して回る社会ってうまく想像できないのです。
やっぱり一部のエリートであっても、彼らが政治家、官僚、警察、検察、裁判所、大企業、マスコミなどに入り込んで、社会に対する影響力を発揮できる程度に人数も権力も持つことができるようになったとすれば、それはやっぱり非エリートにも広がっていくんじゃないかと、そういうことなんですけどね。
…という感じで、ややこしくなってしまった部分については多少整理ができましたでしょうか。
★
さて、今回のエントリーの中での僕のコメントをよんで、人によっては「なんでこいつはこんな大げさなことを言ってるんだろう」とか、自分がどう思われているかはわからないんですが「変なやつだ」とか、そういうふうに思う方もいらっしゃると思います。
僕がどうしてこんな問題提起をしてみたくなったかというと、別に神保さんが心配だとかビデオニュースが危機にあるとか、そう思っているわけではありません。
それよりも、こういう状況での身のこなし方っていうんでしょうか。例えば宮台さんの想定するエリートって人たちなんかがこれから出てくれば特にそうなんでしょうけど、今の神保さんと似た状況になる人も多いと思うのですよ。
だから僕は前にも書いたように神保さんがどう出るか(あるいはあえて出ないのか)半分わくわくしながら見ていますし、今、神保さんが何らかの答えを出す前のタイミングで話し合ってみるのも悪くないんじゃないかと思ったのでした。
身の処し方、というところにしぼって、もう一度ここのコメント欄を読み返してみると、実に様々な意見がありますが、これ、という特別に説得力のあるものは未だ出てきていないように思えます。
さて、これはこの問題を解決する万能鍵がないということなのか、それとも…
…というところで、他の方に手番をお渡ししてみたいと思います。
この件に関しては、少なくとも僕はチェックしていますので、新しいエントリーが出て流れてしまったとしても、何か言いたいと思った方は書いていただけるとうれしいです。
September 17, 2006
だまし絵というものがあります。
「これはアヒルの絵だ」と言われると普通にアヒルにしか見えないものも、「これはだまし絵で、見方を変えればウサギにも見える。」といわれて目を凝らしてみると「あ、ウサギがいた。ほんとだ。」となります。
(だまし絵については、皆さんご存じでしょうが図があった方がわかりやすいので、”アヒルとウサギ”で検索してみてください。)
何をいきなりいいだしたかとお思いでしょうが
丸劇はこの「これは騙し絵だよ」と他人に気がつかせる役目をやっていると私は感じています。
「騙し絵だ」と知らない内は、もう一つの絵が見えるどころか、それについて考えもしません。
「あーアヒルの絵ね」 で終わってしまいます。
また、ある時は「これはウサギの絵だ」と言われ「あーウサギの絵ね」となり、またそこで終わります。
現在、地上波テレビに代表される、バラエティ番組化した報道だけを見ていると「あー***の絵ね」で、もしかしたら重要な問題までスルーさせられてしまうような気がします。
なので丸劇のような番組は重要なものだと考えています。
今回の植草氏の件については、自分は事件自体にも驚きましたが、oleoleさんと同じように神保さんの反応の方に「???」となった方が大きかったです。
私の印象ではビデオジャーナリストの神保哲生氏は、相当性根の座っている人物で、このくらいでは動じないタイプだと思っていたからです。
なので「あれ?????」と感じたわけですが、少し考えてみて、ここで自分が思っている「反応した部分」というのが神保氏は違うのかな?と考え直してみました。
でも、それが何かはやはり分からないので、頭の上にはまだ「???」とクエスチョンマークが飛び交っています。
(そもそも、知識と経験と頭の出来が違う相手に対して、自分が対等に考えられると思う方が無理があり過ぎですけど、それはあえて置いておいて、とりあえず。)
丸劇の第210回では
ただ単に、マスメディアででない側の(植草氏の)意見をゆっくり(二時間かけて)引き出して、それを元に、法手続の問題や、実際に起きている痴漢冤罪の問題などについて話をしていただけで、あれは我々にとって有用な話でもありました。丸劇番組内では「植草氏は国策捜査で冤罪をかけられている、我々はそれに抗議し潔白を証明する!」などとやっているわけではなし。。。。
私も、これに対して「責任とをれ」とか「謝罪しろ」という人の神経が分かりません。
「植草氏」に対して文句を言うのなら、それは分かります。
私も、第210回 [2005年4月9日]の丸劇 「命をかけて無実を訴えていきます」の植草氏の話を聞いて、警察の方も(逮捕の経緯を聞くに)怪しいけれど、どうも植草氏の話にも明らかに辻褄が合わないと感じる点も多々あるなと、そう感じていましたから。
(注:植草氏の話の全てが嘘とは断じてません。そうだとも、そうでないとも、どちらにもいいきれる材料を私はもってませんので。)
でも何故、丸劇が謝罪したりしないといけないのかが理解不能です。
なので、今回、神保氏が感じたらしき「報道の責任範囲の拡大」はいままでの想定外な範囲にまで及ぶと実感されたから、今回のような文章を書かれたようにも思いましたが、私個人としては、神保氏自身が自分の中の考えをまとめるためにあえて書いた文章かなと、そういう風にも受け取っています。
もしかしたら、私が鈍感なだけで、最近の世論のヒステリックな高まりは、自分の実感や想像をはるかに超えて酷いものになっているのでしょうか?
もしそうだとしたら、尋常じゃなく怖いことになってきているのでは?と感じますがどうなんでしょう?
以上、一視聴者の感想でした。
長いだけの要領を得ない文章だと思いますが、何かの参考になれば幸いです。
September 17, 2006
マル激(放送後記)見ました。
やはり議論を深めるためのプリテンディングでしたか。いやらしい性格してますね。(笑) まじめに書き込んで損しましたわ。
あんまやり過ぎると、「神保またかよ」「もうその芸風はいいよ」という反応が返ってくるでしょうから、ほどほどに。
あと、議論を深めるのはいいんですが、「ケガレ」の話にまでいってしまうのは、やり過ぎだと個人的には思いました。
あまり「日本社会固有の問題」として話を進めると、本質から焦点がずれ、「日本は駄目だ」とか「神保ふざけるな」とか、実存混じりの変な反応を呼び起こすことにもなりそうで、嫌です。
炎上や抗議メール殺到などは、韓国が有名ですが、日本に限らずどこでもあることですからね。
September 17, 2006
今回のことで、VIDEONEWS.COMの会員数が落ちたり、世間的な評判が悪くなって、育ちかけているメディアの経営が阻まれるということになるのかもしれませんが、僕には、VIDEONEWS.COMのオルタナティブなメディアとしてのあり方が、より鍛えられるのだと思います。神保さん&宮台さんの今回の言動は、やはり最終的にはVIDEONEWS.COMの経営もより強くなることだと信じたいし、なにより今回のことで僕ら会員視聴者自身のオルタナティブ的リテラシーこそが鍛えられているのだと思います。これからも更なる期待をしています。
September 17, 2006
見てきました。たっぷり3時間37分(笑)。
さっきのコメントは放送を見る前に書いたんですが、僕が手番を渡した相手がまさか宮台さんだったとは…
★
あ、oleoleさん、わかりました。わかりましたよ、やっと。
さっきのコメントを書くときは何とか放送前に仕上げようと思っていたから、僕の問題提起に反応してくれた人以外のは飛ばしちゃっていたのでoleoleさんとしては3回目のコメントになるのかな、それが目に入らなくてお返事ができませんでしたけど、今読んでみてわかりました(たぶん)。
おっしゃりたかったのは要するに、今自分たちのしているコミュニケーションがどういうものなのか理解しながらコミュニケーションしろよってこと?
冷静でないとか短絡的だってのは、お前らそれがわかってないだろと。神保さんのエントリーがプリテンドかもしれないんだから、それに乗っかってああしたほうがいい、こうしたほうがいいとあんまりやっても実りがないぞ、と言いたかったんじゃないかと思うんだけど、違うかな…
もしそうだとすれば、ということで話を進めちゃいますけど、僕も今までoleoleさんの言いたかったことがわからなかったんで、どう返事をすればいいのか、あるいはしないほうがいいのか、迷っていました。
で、oleoleさんもたぶん、僕が自分たちのしているコミュニケーションがどういうものなのか理解しながら、でもoleoleさんとは逆に、何か実りがありそうだからあえて乗ってみようと判断していたってことはわからないで冷静でないとか短絡的だとかおっしゃっていたんだと思うんですけど、最後まで読んでもらってる(はずの)今の段階ではきっとわかってくれてるだろうと思うんですが、どうでしょう?
まあほんとにそうだとすればってことですけど、どっちがどうとかじゃなくて、「自分たちのしているコミュニケーションがどういうものなのか理解しながらコミュニケーションしている人」とそうでない人のぶつかり合い、あるいは「自分たちのしているコミュニケーションがどういうものなのか理解しないでコミュニケーションしている人」どうしのぶつかり合いってのはさんざん見てきているし経験してきているんだけど、「自分たちのしているコミュニケーションがどういうものなのかわかった上で、あえて乗った人と、あえて乗らないようにしていた人がいて、しかもお互いに相手が『あえて』なのか『ベタ』なのかわからない状況」でぶつかるってのは僕にとって初めてだったので、(くどいようだけど)ほんとにそうだとすれば面白い経験をしたなあ、とちょっと感動気味だったりもするのですが。
September 17, 2006
放送後記視聴しました。
抗議のメールに対する、スタンスの説明に大部分が割かれていましたが、私が期待していたのは、あの事件そのものに対する見方だったので期待はずれでした。
冒頭、植草氏のような小物に民間人3人を使って大芝居を打つはずがないと言うのが、唯一の見方だったように思いますが、これもワイドショーコメンテーターよりはお行儀のいい警察情報鵜呑みではありませんか?
ジャーナリストっていつから指をくわえて事態を見守る存在になったんでしょうか。
植草氏は近々、告発本の出版を考えていた事も伝えられておりますし、狙われても不思議ではないと思うのですが、小物だからまず無いの一言で本当に片付けられますか?
また後半、仮の話として、あたかも知ってらっしゃる情報を暗示させる手法を取られておりましたが、この手法、品川の事件はどうなんでしょう?私には応援ブログの検証のほうが説得力を持って受け取れるのですが、裏情報を知らないだけなんでしょうか?
どうにも腑に落ちません。
September 17, 2006
「命をかけて無実を訴えていきます」という回の植草氏の
弁明を聞いて、「そうかー、植草氏は小泉を批判したから
冤罪でつかまったのかー」と思った人達については、
丸激はどのような責任があると思われますか?
丸激なんかがとりあげる、植草なんかの言い分を信用した
おまえが馬鹿なんだよと言いますか?
警察発表も疑わしいけれども、丸激でとりあげるテーマも
疑わしいとはじめから疑ってかからなかった人が悪いですか?
それと、学問の世界ではいいかもしれませんが、
例えば報道番組のような公共の場で物をしゃべる場合は、
どれだけの人にどれだけの影響を与えるかわからないの
ですから、ある程度人格やその人の成してきた事を
考慮する必要があるのではないかと思います。
全ての人がその道の専門家なわけではないのですから、
何を信用するかは、やはりどんな人が言った事なのか、
誰が連れてきた人なのかに頼らざるおえない部分が、
残念ながら、私にはあります。
もし、未成年者に性的いたずらをしておきながら
それを国家権力のせいにするような人だとしたら、
はたしてそのような人の小泉批判をどれだけ真に受けて
聞いてよいものか、悩ましいです。
September 17, 2006
仮に、今回の件が植草一秀氏の主張するように身に覚えのないことだとすると。植草一秀氏にとっては、願ってもない幸運が訪れたことになるのではないですか。
今回の事件を筋道立てて、無実を立証できたとすれば、社会的信用も取り戻せ、前回の有罪判決も覆すことが可能だからです。
植草一秀氏も今までの経験で学んだのだろう(と期待しています)から、今後の展開が面白いと思います。
September 17, 2006
はじめまして、お邪魔しまして原理論を一言。
報道機関は、権力チェックが役目でしょうが、国家権力だけじゃなく社会権力もこわい。だから社会権力をつくりだす土台である、一色に染まった社会感情に風穴を開けるのも大切な役目だと思ってます。これが原則。
(とくにその一色が道徳色の場合、なかなか反撃しにくいので、その見方に抗する事実〔の多用な見方〕を提示するのはいっそう大切だと。・・・ウソはイカンですが。)
で、植草氏の主張を提示したことも、氏の経済政策論を提示したことも、何の問題もないと思います。っていうか、いいことではないですか。
「反省しろ」って・・・マル激がだれにどういう実害を与えたのか、分かりませんね(「被害者の気持ちになれ」ってのは、その多くは、社会感情がすでに道徳一色で自分はその側にいることを前提にしてます。ひどく言えば、自分を高みにおいて相手を思う存分に叩けるのが「正義」になれる快感なんじゃないかと)。
で、翻って、風穴を開ける役目を果たすには、たとえ少数派であっても、誰かの「無条件な」仲間になるべきではない。それはberufとして当然のこと。ここに失望する人には、ジャーナリズムの社会的機能についての誤解があるのではないでしょうか(頼りたい気持ちは分かるが)。
September 18, 2006
受け手からみると、知りたいという欲求を満たしてくれる、メディアが無くなっている危機感があります。
一昔前までは、橋田信介氏のような無鉄砲ではあっても現場を伝えている人にジャーナリストの称号が与えられていたような気がします。
支援するブログの全面的な支援者になる必要は当然無いと思いますが、あのブログが現場検証をしなければならなった事実は重いと思います。本来はジャーナリストがやらなければならない事であったと思います。
今回も平日の22時の京急線で果たしてどのような状況で出来るものなのかとの素朴な疑問もあがっています。
また素人が検証しなければならないんでしょうか。
それを見て、どうも今回もあやしいと、それこそ高見の位置から感想を述べ、社会が一方向に流れないようにチェックするのがジャーナリストでしょうか。
September 18, 2006
ジャーナリストは、民衆の教師ではないし、視聴者の多くは子供ではないのだから、「あのような人物を取り上げてものを言わせるとは」という非難はそもそも当たらないと思います。
受け取った情報から何を判断するかは、大人であれば個人の責任でしょう。痴漢事件の後ならともかく、神保さんがあの時期に植草さんを登場させたことについて、非難されるいわれは無いと思います。植草さんが小泉政権の経済政策について言ったことが、当たっているのかいないのか、「ビデオニュース」が取り上げたから信じるのではなく、他の情報と比較しながら自分の頭で考えてみれば良いことです。もちろん、あのような人物を取り上げるメディアは信用できないと思えば、それもひとつの判断ですが。
もし、こうしたことで判断に迷いが生ずるのが嫌ならば、“安全確実な”大手メディアの流す情報だけを見ていればいいでしょう。
また、前回の事件については冤罪の可能性を考えるほどの理由はあったと私は思います。
干潟様
>支援するブログの全面的な支援者になる必要は当然無いと思いますが、あのブログが現場検証をしなければならなった事実は重いと思います。本来はジャーナリストがやらなければならない事であったと思います。
私も同感です。どうしてあの方がやるまで、誰もやらなかったのでしょう?あの程度のことなら素人でも出来るのだから、どうして何処もやらなかったのか不思議です。
September 18, 2006
>松虫さん
つまり自己責任でということですね。
それはそれで良いと思います。
丸激でやってた事を、自分でさらに調べて検証する事なく
そのまま信用するようなレベルの低い視聴者を振り落とす
丁度良い機会かもしれませんね。
例えば、東スポの一面あおり記事を誰も真に受けないように、
丸激でとりあげる内容についても「またお得意の陰謀論が
はじまったよ」程度に考えておいた方が無難かもしれませんね。
それならそれでかまわないと思いますよ。ニーズはあると思います。
videonewsがどんな報道機関を目指しているかによるし、
それをとやかく言うつもりは全くございません。
私もいくら丸激に植草氏が出てきて小泉批判をはじめたとしても、
どうせ小泉を悪者にすることで自分の陰謀論を強化したいだけだろ
と思って、まともに聞かないことにします。
September 18, 2006
「責任をとれ」「謝罪しろ」
こういった要求は、事実認定がされておらず判決の下りていない段階では時期尚早ですし、そうでなくとも度が過ぎたものであると思います。
しかし一定の批判に関してはどうでしょうか?
問われているのはマスコミ云々ではなく社会の構成員としてだと思います。
大学は学問を修める場であり、企業は営利事業を営む場であり、役場は公共事業を営む場であり、そこに所属する個人の私的生活は干渉されませんし自由です。しかし著しく社会規範から逸脱した行為に対しては品性や適格性を理由に所属団体は除籍、免職処分という社会的制裁を下します。
法律によらない社会的制裁は、裁判所における判決時に減刑の理由になるなど、罪に対する罰として法的に考慮され、人間社会において法的制裁とセットになっています。すべてが法によって解決されているわけではないのです。
集団強姦事件を起こした大学生は学問とは無関係に大学を追われ、覚せい剤取締法違反で有罪になった職員を再雇用した地方自治体は批判を浴び、アメリカでも日本企業の現地法人のトップがセクハラ問題で辞任し、大統領の不倫問題は政治的手腕とは無関係にも関わらず弾劾騒ぎにまで発展しました。
では植草氏は?経済学者として有為な人物であれば反社会的行為は見逃されるのでしょうか?これは植草氏の能力、罪の軽重、法的・社会的制裁による贖罪をどう評価するかによって変わってくるでしょう。植草氏の能力を高く評価し、罪を軽微とみなし、贖罪が十分になされたと見れば植草氏の復帰は受け入れられるでしょう。一方、そうは評価しない、価値観を異にする人たちはこれに不快感を抱くでしょう。そこにきて植草氏の再逮捕となれば反感を抱いていた人たちが以前の事件はまったく清算されていなかったと批判の声を上げるのは至極当然のことではないでしょうか?お門違いなことには思えません。
番組がとるべき姿勢ですが、この件の前までの植草氏の出演は社会的に受け入れられる範囲内だと私は思います。ですからどっしりと構えて事の成り行きを見守り、批判の声は甘んじて受け入れればいいと思います(この姿勢には正当性ではなく妥当性があるという意味なので批判は当然存在する)。
老婆心ながら判決が下りた後のことにまで口出しするなら、前述の理屈で植草氏の能力を含め一連のことを評価して再出演を呼びかけるのも良いでしょうし、裁判のあり方に疑問符をつけて出演を正当化するのも良いと思います。しかし社会の構成員としての立場を忘れ、社会の価値観や判断からかけ離れ、理解を得られない行動ならば、一部の人たちにしかその声は届かなくなります。大手メディアではないのですから批判ではなく視聴しなくなるだけです。そうなったら限られた価値観を持つ人たち(ハイエンド、ハイレベルとは関係ない)の間でしか通用しない単なる機関紙に過ぎず、報道機関とは言えないでしょう。
と、最後はかなり大袈裟に書きましたが、それは世間の見方とは違った考えの投稿がいくつかあったからです。また蛇足になりますがアメリカの話は、植草氏に対する世間の反応を日本社会批判につなげている方がいらっしゃったのでその反証です。
長々と失礼しました。
September 18, 2006
テレビやスポーツ紙などのマスコミが伝える一方的なあおり報道と比べて、皆さんが至極平静で論理的な対応をされているのに安心を覚えます。
今回の事件に対する反応には、3通りあると思います。
・はなからマスコミの報道を信じて、田代まさしと同じ反応
・前回の事件を見せしめとしての国策逮捕とし、今回も同様の陰謀とみる反応
・個人的なことと社会的なことを分けて考え、社会的な業績は業績として認める反応
私は二つ目の考え方ですが、一つ目の考え方をとる方が多いようですね。
これだけマスコミに刷り込みされてしまうと、普段の生活だけで手一杯の庶民の現状では、メジャーな情報に左右されてしまうのも宜なるかなとも思います。
私が疑問に思うのは、前回の時もそうでしたが、容疑者の段階で、マスコミ各社が植草氏本人の個人的なことを暴くことに多くの時間を割いていたことです。
個人情報保護法も何もあったものではありません。
容疑者の段階であそこまで公にする権利がマスコミにはあるのでしょうか?
個人のプライバシー権はどこへ行ってしまったのでしょうか。
裁判の過程で出てくるものならともかく、マスコミの勝手な調査結果を争うように報道していました。
これでは、国策報道ではないかと思ってしまいます。
小泉以降、マスコミ(特にテレビ・新聞)が小泉一辺倒になっている傾向をみて、良識ある人達は戦前のような翼賛報道を感じてしまうのではないでしょうか。
安倍政権?になってもこの傾向に変化が出る兆しはありません。
マスコミというジャンルにいる人達には、この傾向を改善すべく、是非頑張ってもらいたいと期待しています。
神保さんもきつい状態でしょうが、踏ん張って下さい。
September 18, 2006
cheさんのコメントについて、私の意見を述べさせていただきます。
今回の神保氏のコメントには、プリテンドだとしても、考えさせられるところがありました。神保氏は後で撤回されているようですが(今週のビデオニュースは未視聴)、このコメントには神保氏のビデオニュースの現状への期待と、将来の展望にたいしての迷いが、私には感じられます。
ジャーナリズムを維持していくためには、広告収入による運営はリスクがあるわけですが、ゲストに依存する運営の体制も、リスクがあります。そのようなリスクを過去はとってもよかったかもしれないが、現状はどうするべきなのでしょう。リスクというのは、視聴者が減るというだけでなく、ゲストにパターンが生まれてしまう、そのことでビデオニュースの方向性(や、そのイメージ)が定まっていってしまう、などの長期的なリスクもあろうかと思います。
とりあえず、現状、丸激がビデオニュースの看板番組になっている以上、このリスクは放置されてしまっています。特に最近は、このリスクがリスクであるだけなく、ビデオニュースに不自由さを与えているような気がしてきています。
これを克服するためには、ゲストとの対談番組だけではなくて、やはりニュース、取材、会見を放映することが必要だと思います。ジャーナリズムとしての真っ当な手段で、ゲスト依存によるリスクのヘッジと、フリーハンドの拡大をするためにはそのような手段が最適だと思います。また、それが神保氏の持論、王道だったはずです。
私は一視聴者ですが、そのためにできることはどんなことが考えられるでしょう。
たとえば、記者クラブを再編成なり開放させるために、視聴者ができることってあるんでしょうか。
また、ビデオニュースがニュース、取材、会見をするということは、バジェットも増える可能性が高い訳ですが、それをどうやって確保したらよいのでしょうか。
P.S.
ビデオニュースが、ニュース、取材、会見をやる計画があるということが、神保氏の発表なり、あるいは視聴者にとっての暗黙の約束事にならないかぎり、「少数者のための番組」であるというイメージはごく当然なものになってしまうと思いますが、神保氏はどう考えているんでしょう。
P.S.2
私は、神保氏のドキュメンタリーが好きです。テーマ性、編集、取材先、カメラワーク、どれをとっても、うなずける内容です。BBCのように、ビデオニュースでも、神保氏がドキュメンタリーをつくりつづけてもらえることが、個人的にはもっとも幸福ではあります。しかし、それで神保氏が、充分な収入が得られるというイメージを少なくとも私はもてませんので、ニュースサイトとしての充実も希望します。
September 18, 2006
すべてのコメントに丁寧に目を通したわけでもないのであれですが。
「あーせえこーせえ」とか「あーするなこーするな」とか言うだけで言いっぱなしにするだけなら、勝手にすれば良いのかもしれないけど、イチオウ神保さんの中の人も血の通った一私人なわけで、当然のこと人並みに生活するためにも中小企業の経営者としても、諸々煩わしい事柄はあるわけで・・・
他人に一定の役割を期待する以上応分のコストを負担するという意識は必要かと( ・ω・)ノ
まさか神保さんの年俸が1000万円では(税務所員ではないので知りませんがw)割に合わないと思いますしね~
だれか既に話題にしているのかもしれないけど、ビデオニュースの月額視聴料がたったの500円ではいくらなんでも安すぎるのでは( ・ω・)???
ほぼBBC視聴するためだけにスカパーに毎月5000円貢いでいる年収300万前後の高卒としてはビデオニュースには月額視聴料2000円前後~払ってもいいのかな~と思います。
視聴料収入だけで何かが解決するほどこの社会の腐り方を甘く見ているわけでもないですが、お金でシャットアウトできる雑音というのは確実に存在すると思いますし、ビデオニュースがいい加減なことをすれば、提供される価値≠付けられた価格になって視聴者ははなれていくはずで・・たぶんきっとそう( ・ω・)つ
September 18, 2006
> chom さん
確かにおっしゃるとおりなのかもしれません。
7月8日に行われた公開シンポジウムで神保さんは、いろいろやる予定はあるが、資金的人材的資源が不足していて、そのために今はできる範囲でやるしかない旨を述べておられました。
なるほど。やれる範囲でやろうとすると今のようなゲストとのトーク番組が最もコストパフォーマンスがいいが、それによるリスクは見逃せないと、そういうことになっていると見たほうがよさそうですね。
sheepdogさんがおっしゃるように値上げする(当然、番組の充実を前提とした値上げですが)とか、あるいは料金コースを複数設定するのも一つの方法なのかもしれませんけどね。
人的資源はどうすればいいんでしょうねぇ…。こっちは解決に時間がかかりそうですね。
★
植草氏の事件の真相についてなんですが、僕はある意味どうでもいいと思っていて、「陰謀だ⇔いや陰謀ではない」、「冤罪だ⇔いやあいつならやってるに違いない」というような議論に参加する気はまったくありません。
ただ干潟さんらの、事件の真相を明らかにするのも本来はジャーナリストがやらなければならない事ではないかという意見は、それが問題として提起されることについてはもっともだと思う面もあり、少し論理立てて考えてみました。
全部書くと長くなるので結論だけ書いちゃいます。
[1] 陰謀・国策捜査云々として扱わないのは妥当である。なぜならば、陰謀がないことの証明は「悪魔の証明」であるし、結果として「陰謀の可能性も完全には否定できないんだよなあ」というだけでも体制批判側の自由度を下げるには十分である。また「陰謀だ⇔いや陰謀ではない」というような論争は、統治権力から見ると本来自分たちに向けられてもおかしくない刃を持った体制批判側の人間や弱者の内部分裂であって、そういう統治権力にとって都合のいい土俵に乗らないことは賢明である。
[2] あるジャーナリストが、法の適正手続きに焦点を定めてテーマ設定するのは妥当である。
[3] あるジャーナリストが、陰謀云々を横において、手鏡事件について冤罪でなかったのかどうか、植草氏がのぞき行為を実行可能だったかどうかを検証することもテーマ設定として妥当である。
[4] [2]や[3]について、(機会費用=他にもっと金や人や時間を投入したいテーマがあるなどの理由で)それを扱わなかったからといって神保さんや他の個々のジャーナリストを批判してしまうと彼らが気の毒だが、ジャーナリストの中から[3]を扱う人が出てこなかったことは批判に値する。
これ、まじめに考えると頭が痛いっすね。
批判するのは簡単だけど、解決するのは難しい…
September 18, 2006
はじめてコメントさせて頂きます。僕は今回の騒動に関して、ビデオニュース側の責任問題等々といったことにはあまり興味がありません。
むしろ今回の出来事から、ぜひビデオニュースでやってほしいネタとして、いわゆる性犯罪の話題をぜひお願いしたいと思います。ニュースではコメンテーターの方々が、あまりにもあっさり性犯罪は再犯率が高いとおっしゃるのを何度も聞きましたが、なぜ性犯罪に限ってこのような事態が生じるのかを、専門家を交えて詳細に検証している番組があまりないように思います。
テレビであるコメンテーターが、このような犯罪者には、やはり前頭葉の手術が必要だと、真顔でコメントするのを聞くにつけ、やはりきちんとした専門家による検証が聞いてみたいと思います。
まさにこういう検証こそビデオニュースのもっとも得意とする部分だと思いますので、ぜひお願いしたいです。
最後になりましたが、何度も目からうろこの話題を提供して下さる貴社の番組は大変貴重です。応援しています!
September 19, 2006
コメントしてください
サイン・インを確認しました、 . さん。コメントしてください。 (サイン・アウト)
(いままで、ここでコメントしたとがないときは、コメントを表示する前にこのウェブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)





