このまま米国産牛肉の輸入を再開して本当にいいのか(論座5月号寄稿原稿)

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状況が状況なので、論座5月号に寄稿した記事を再度アップします。

このまま米国産牛肉の輸入を再開して本当にいいのか
ジャーナリスト 神保哲生
 米国産牛肉の輸入再開がいよいよ秒読み状態に入った。
 二〇〇三年暮れにワシントン州でBSEが発生し、米国産牛肉の輸入がストップして以来、日米両国は輸入再開に向けた交渉を続けてきた。そして、去年の夏の段階で輸入再開に向けたシナリオはほぼ固まっていた。そのシナリオとは、日本がBSE検査の対象を現在の全頭から月齢二一ヶ月以上の牛に緩和する一方で、アメリカは月齢二〇ヶ月以下の牛の肉に限り検査無しで輸入を再開できるようにする、というものだ。
 しかし、このシナリオを実現する上でどうしても越えなければならない高いハードルが、双方にあった。
米国側のハードルは、広大な牧場で放牧され大半の牛が誕生データを持たない中、月齢二〇ヶ月以下の牛の月齢をいかに証明するかだった。一方、日本のハードルは、現在全ての牛を対象に実施している全頭検査の緩和をいかに日本国内向けに正当化するかだった。両国はそのハードルを乗り越える手はずを少しずつ整え、そして今、舞台はいよいよクライマックスに指しかかろうとしている。
 しかし、何だか出来レースのようなシナリオに乗っかったまま、米国産の牛肉の輸入が再開されて、本当に大丈夫なのだろうか。安全性は十分に担保されているのか。日米交渉の裏側で何が起きているかを探るために、約一年にわたり米国を取材した。

なぜ生理学検査なのか
 広大な牧場で放牧しながら牛を飼育する米国では、ほとんどの牛が誕生データを持っていないと言われてきた。しかし、実際には取材で訪れた牧場のほとんどが、牛一頭一頭の誕生データを持っていた。どうも、実情は巷間言われている状況と異なるようなのだ。
 例えば、モンタナ州メルビルのデニス・マクドナルドさんの牧場では、牛一頭一頭の耳に識別票をつけ、それぞれの誕生データはもとより、病歴、投与した薬などの健康データを詳細に記録している。家族経営の牧場だが、東京ディズニーランドの二五〇倍の広大な土地に常時一〇〇〇頭の牛が放牧されている。
 「毎年群れの中から一番健康で元気のいい牛を繁殖に回すのだけど、その時に牛の健康データが必要になるんだよ。識別票がなかったら、区別がつかないだろ。」
マクドナルドさんはそういって、牛の耳に固定されている識別票を掴んで見せてくれた。確かにここの牛には一〇〇〇頭全ての耳に、番号が記されたプラスチックの識別票がついている。
 ところで、マクドナルドさんの牧場の牛は、農務省には誕生データを持っている牛としてはカウントされていない。マクドナルドさんは自分自身の目的のために記録をつけているが、その記録簿は牧場を出る際に廃棄されてしまっているからだ。
 「一旦牧場を出たら、今アメリカには牛一頭一頭を識別するシステムが存在しないんだよ。牛は群れ単位で取引されているしね。市場を支配する大手食肉メーカーは、誕生データなんかには興味がないんだよ。カウボーイのプライドにかけて、健康な牛を育てるためにデータを記録しているけど、その行為自体には何の報酬も無いんだよ。」
 マクドナルドさんはそう言って苦笑する。
 全米一万一〇〇〇の牧場主を代表する業界団体R‐CALF USAのビル・ブラードさんは、大手食肉メーカーに牛耳られ、生産者をないがしろにする農務省の姿勢に怒りを露にする。
 「牧場主の多くは、個別の誕生データをつけています。しかし、大手にとってそれ(誕生データ)は邪魔なだけです。だから、誕生データは牧場を出る時点で廃棄されてしまうんです。今回日本との交渉で農務省が、牛の月齢を判別する手段として誕生データではなく生理学検査を使うことを決めたのも、大手の利益を考えてのことです。」
 このコメントには少し補足説明が必要かもしれない。米国では大手食肉メーカー四社が市場の約八割を支配している。そして、大量の牛を猛スピードで処理することで莫大な利益を上げている大手食肉メーカーにとって、生産段階で牛一頭一頭の誕生データを照合していては、とてもではないが一時間に四〇〇頭もの牛を処理することはできない。
 その一方で、生理学検査というのは、現在どこの食肉工場でも行われている格付け作業をそのまま転用するものだ。そのため、大手食肉メーカーは何ら追加コストを負担することもなく年齢の判別が可能になる上、現在の生産性を維持することもできる。
 「中小の食肉メーカーは、出荷する全ての牛に誕生証明を添付できると主張しているところも多い。本来日本向けの需要は、それだけで十分賄えるはずなんです。にもかかわらず、農務省は生理学検査を持ち出して、大手が不利にならないような手当をしているのです。」
 ブラードさんは怒りが収まらないという表情で語る。実はブラードさんが指摘するように、米国は日本の需要を満たすためには、生理学検査などというものを持ち出す必要はなかったのだ。
 農務省によると、米国の牛の二五%程度は、何らかの形で誕生日の証明が可能だという。その二五%の内訳は、個別の誕生データを持っているものの他、群れとしてまとめて誕生データを記録している牛が一定数いる。また、人工授精で生まれた牛は、授精日がわかっていれば、多少の誤差はあっても、妊娠期間を加えればおおよその誕生日はわかる。農務省はそれらをすべて合わせると、だいたい米国の牛全体の二五%に達するとしている。
 ところで、米国産牛肉の対日輸出のシェアは、全出荷量の約五%に過ぎない。二〇ヶ月以下の牛の判別方法として、もし日本が頑なに誕生データを求めたとしても、米国には日本の需要を満たすのに十分過ぎるほど、しっかりとした誕生データを持った牛がいる計算になる。にもかかわらず、なぜ生理学検査なのか。
 その素朴な疑問を、今年一月二九日の記者会見の場で、農務省のチャック・ランバート副次官に直接ぶつけてみた。
 筆者「米国には二五%も何かの誕生データを持った牛がいるのですよね。一方で対日輸出は五%程度。なぜ誕生データ付の牛だけを輸出せずに、生理学検査などという不正確な判別方法に依存する必要があるのですか。」
 ランバート次官補「確かに数の上ではその通りです。しかし、誕生データを持つ牛だけでは、米国市場のキープレーヤーが日本市場に参入できません。」
筆者「キープレーヤーとは誰のことですか。」
 ランバート「例えば大手食肉メーカーなどです。」
 タイソン、カーギル、スウィフト、スミスフィールドの米国の大手食肉メーカー四社及び四社が実質支配する食肉業界の業界団体は、政治献金やロビーイング活動を通じて政界でも絶大な影響力を誇る。そうした政治力に加え、その背後には全米の生産者、屠畜業者、レンダリング業者、飼料業者、そして牛や豚、鶏の飼料を生産する飼料農家等々、膨大な数の畜産従業者が控えているため、組織票という意味においても、屈指の政治集団を形成している。しかも、全米ライフル協会(NRA)などと似て、畜産ロビー(食肉業界の圧力団体)は結束が固くて強面という評判が、ワシントンでは定着している。
 過去二回の大統領選挙では、食肉業界は一致団結してブッシュ陣営を支持した。大統領選挙に呼応する形で日米の牛肉交渉が熱を帯びていったのは、決して偶然ではない。
 ところで米国の政界では、選挙での支持に対する御礼の仕方が少し日本とは異なる。米国では貢献度の高かった支援団体の関係者を政権の枢要なポストに政治任命してしまうという手法が用いられることが多い。当選後あれこれ面倒を見るよりも、政治的な権限をそっくりあげるから、自分でいいようにやりなさい、といったところか。
 食肉業界もご多望に漏れず、ブッシュ政権から十分な恩返しを受けている。例えば、政治任命される農務省の高官ポストのうち、ムーア主席補佐官を筆頭に次官、副次官、次官補クラスに少なくとも八人の食肉業界の出身者がひしめきあっている。単に食肉業界の息がかかって役人がいるというだけでなく、もともと食肉業界にいた人たち自身が政権交代とともに大挙して政権内部に入り込んでいるのだ。農務省の政策が業界の意向に沿っているのは、ごくごく自然の成り行きということになる。

生理学検査で牛の月齢は判るのか
 ところで、米国が牛の月齢の判別方法として持ち出してきた「生理学検査」とはそもそもどういうものなのか。その実態は、現在米国の食肉工場で行われている牛肉の格付け作業そのものに他ならない。
米国の牛肉は工場から出荷される段階で、肉質と骨の状態、そして永久歯の生え方の三点をもとに農務省から派遣された検査官が、肉の格付けを行っている。脂肪が肉の中に散りばめられている肉は、いわゆる脂が乗っているということで、格付けが高くなり、その分小売価格も上昇する。
 骨の検査は、わき腹あたりのあばら骨の軟骨部分が、まだ白い軟骨の状態で残っていればその牛は月齢三〇ヶ月未満、軟骨が灰色や茶色く変色し始めていると、それは軟骨が骨に変わる「骨化」が始まった証とされ、月齢三〇ヶ月以上とみなされる。
 歯については、前歯に三番目の永久歯が生え始めていれば、その牛は三〇ヶ月以上とみなされる。いずれの場合も、月齢が三〇ヶ月を超えたとみなされた牛は、格付けが一、二段階下がる。
これに肉の中の脂肪の散らばり具合を加味して、米国で出荷されるすべての牛肉に対して、肉の格付けが行われている。
 農務省はこの格付け作業を「生理学検査」と称して、日本向けに出荷する牛肉の月齢の判別方法として、そのまま転用しようと考えたのだった。
 実際に米国の食肉工場の格付け作業を取材して回ったが、あれはどうみても肉質をチェックしているだけで、それ以上の何ものでもない。とてもではないが、牛の月齢の判別に代替できるようなものには見えなかった。
 BSE専門家として知られる獣医のマックス・ソーンズベリー博士は、生理学検査を月齢判断の手段として転用することを「問題外」と酷評する。
 「肉質と軟骨の骨化と門歯の生え方で牛の月齢を判断するのは無茶です。米国には何百という種類の牛がいて、その成長のペースはそれぞれ違います。もちろん同じ種でも個体差があります。人間に当てはめて考えてみればわかるでしょう。同級生でもあんなに体の発達には差がつく。牛の場合一体どれほどの誤差になるのか、想像もつきません。もし牛の月齢をある程度の精度をもって判別する必要があるのなら、誕生データを記録する以外に有効は手段はありません。」

米国が提示したA四〇とは
 しかし、大統領選を目前に控えた二〇〇四年一〇月二六日、日米両国は月齢二〇ヶ月以下の牛を無検査で輸入再開することで基本合意に達し、それに基づき米国は、年が明けた一月一九日、「生理学検査」の精度調査の結果を日本側に提示した。そして同時に、A四〇という格付け以上の牛を日本への輸出対象とする案を日本側に提示してきたのだ。
 米国側の主張では、一〇月の基本合意以降、二ヶ月かけて三三三八頭の牛を調べてみたところ、A四〇と格付けされた牛の実際の月齢は平均して一四ヶ月、もっとも高齢な牛でも月齢一七ヶ月だったという。このことから、A四〇以上の牛であれば、「確実に二〇ヶ月以下と断定できる」(ランバート副次官)というのだ。
 「私たちの調査ではA六〇でも九九%が月齢二一ヶ月以下でした。しかし、それを一〇〇%確実なものとするために、私たちはあえてA四〇という更に厳格な基準を提案することにしました」
同じく一月一九日に行われた米国大使館での記者会見で、ランバート次官補はそう語り、「これなら文句はないはずだ」と言わんばかりの得意気な顔をした。
 しかし、ここで米国側が提示したデータには大きな疑問が残る。まず、米国は三三三八頭の牛を調査したと主張しているが、そもそも米国には常時約一億頭の牛がいる。その中から、サンプルとしての三三三八頭がどのような基準で選ばれたものなのかがわからない。また、実際に調査が行われた三三三八頭の牛の中で、A四〇に相当する牛は一九六頭しかいなかった。A四〇と判定された牛は一〇〇%二〇ヶ月以下だったとランバート副次官は主張するが、その統計的結論の母数となっているサンプルは三三三八ではなく一九六に過ぎない。二ヶ月足らずの間に二〇〇頭足らずの牛を調べたところ、二〇ヶ月以下はいなかったというだけの理由で、A四〇は全て二〇ヶ月以下であることが証明されたと断定するのは、一貫して科学性を主張してきた米国としては、あまりにも乱暴ではないか。それとも、「母数は少ないが、その中の最高齢が一七ヶ月だった。まだ三か月分の余裕があるのだから、そこのところは大目に見てくれ」とでも言いたいのだろうか。
 まさか日本がこの案をそのまま受け入れるとは思わなかったが、厚生労働省と農林水産省の『牛の月齢判別に関する検討会』なる六人の専門家から成る会が、あっという間にこのA四〇に「適当である」と太鼓判を押してしまった。
 その後、さすがにこのままではまずいと考えたのか、日本政府は米国にA四〇に関する追加データの提出を求めた。しかし、その要請は「既に必要なデータは提出済み」とする米国政府に一蹴されている。
もはや日本政府は、ここまで米国側から提示されたデータだけをもとに、A四〇と格付けされた米国産牛肉をそのまま受け入れるか受け入れないかの二者択一を迫られるところまで、自らを追い込んでしまったのだった。

米国産牛肉は本当に安全なのか
 それにしても、一連の政治的ドタバタ劇を全て取り除いて考えたとき、米国産牛肉は果たしてどの程度安全なのだろう。
 まず、米国では二〇〇三年一二月に一件のBSE発生が確認されて以来、新たなBSEの発生は確認されていない。そのため、米国政府は早ければ今年夏にも、BSEは完全に制圧したとする「浄化宣言」を下す方針だ。
 しかし、米国ではBSEの発生以降も非常に限られた頭数の牛しか検査が行われていないので、その後BSEの発生が確認されていないという理由だけで安全宣言をするのは少々無理がある。もともと米国では毎年二万五〇〇〇頭程度の牛しか検査対象となっていなかった。二〇〇三年末のBSE発生後、米国は検査対象を四〇万頭程度にまで拡大したが、それでも、米国で年間出荷されている牛は約三六〇〇万頭の一%強に過ぎない。九九%近くの牛が全く検査を受けていない状況下で、たまたま第二のBSEが見つかっていないからBSEは無くなったと宣言することに、どれほどの説得力があるだろうか。探さなければ見つからないのは当たり前なのだ。
 農務省は、いわゆる「へたり牛」など歩行困難な牛や、神経症の症状を呈しているいわゆる「ハイリスク・グループ」は全て検査の対象としているとので、検査結果には数字以上の重みがあると主張する。しかし、そもそも米国ではその検査自体が、抜き打ち検査ではなく自己申告に基づくものだ。どの牛を検査に回すかは、生産者や屠畜業者に委ねられている。万が一BSEが見つかった場合にもっとも打撃を受けることになる生産者や屠畜業者が、怪しい症状を見せている牛をわざわざ進んで検査の対象として差し出すかどうか。利害当事者の自己申告に依拠した現在の検査に、どの程度の信頼性があるかも疑問だ。
 ましてや米国では、検査対象となっている「ハイリスク・グループ」の中に、病気で死亡した牛は含まれていない。生産者にしてみれば、様子がおかしな牛が見つかった場合、検査対象として差し出さずにそのまま出荷してしまうか、もしくはしばらく様子を見ているうちにその牛が死んでしまえば、BSEだったかどうかが問われることもないまま、ことが済んでしまうことになる。
 更に、米国国内には屠畜場が六五〇〇ヶ所もあり、一ヶ所当たり平均して四〇〇〇頭の牛が屠畜処理されているが、BSE検査の獣医師は一ヶ所につき二人しかいない。しかも、検査員は農務省によって認定はされているが、日本のように高度に専門的な知識を持つ獣医師の資格は要求されていない。
ただし、他でも繰り返し指摘されているように、BSE予防策は全頭検査によるスクリーニングが主たる防衛手段ではない。まず最初に特定危険部位(SRM)の除去ありきである。むしろBSE検査は、メインのSRM除去の過程で、万が一SRMが完全に除去しきれなかった場合に、その僅かな可能性を見つけ出して排除するセーフティネットのような位置づけだ。ということは、ことBSE検査に関してははなはだ心もとない米国でも、SRMの除去が周知徹底されていれば、検査の弱点そのものが致命的になることは避けられる可能性は高くなる。
 ところが、困ったことにこの肝心要のSRMの除去についても、米国では懸念材料が多いのだ。
例えば、食肉工場でSRMの除去を監督・指導する立場にある検査官たちの組合、全米食品検査官合同評議会が去年一二月に、SRMが食肉中に混入している恐れがあるとする警告書を米農務省に提出している。また、この四月には、カナダの議会で元検査官が米国内で新たなBSEの牛が見つかっていながら農務省は公表していないことを、議会で証言している。
 こうした証言だけをもとに、米国でSRMの除去が不十分だと断定するのはおそらく拙速だろう。しかし、その他の客観的状況を見ても、現在の米国の牛肉をめぐる状況には、懸念材料が多過ぎる。
中でも最大の問題は、現在にいたっても米国ではまだ、家畜の飼料としての肉骨粉の使用が完全に禁止されていないことだ。米国は一九九七年から肉骨粉の牛への投与は禁止されている。ところが、肉骨粉の豚や鶏への投与は依然として合法のままだ。二〇〇三年にBSEが発生して、さすがのブッシュ政権もこの時ばかりは肉骨粉の全面禁止に踏み切ろうとした。しかし、肉骨粉の全面禁止案は議会や業界の横槍によって、パブリックコメントを求めるなどという悠長なスロートラック(時間をかけて検討していくべき案件)の中に入れられてしまった。早い話が棚上げである。つまり、米国では現在にいたっても、豚や鶏に牛の肉骨粉が合法的に与えられ続けているのだ。
 肉骨粉の牛への投与を禁止しても、他の家畜への投与が認められている限り、BSEの病原体プリオンは牛の飼料サイクルに入り込む可能性が排除できない。それは例えば生産段階で、肉骨粉入りの飼料とそうでない飼料が同じ機械やベルトコンベアを使って生産されれば、本来肉骨粉が入ってはいけない飼料も汚染されてしまう可能性があるだろう。また、例えば、同じ牧場内で豚や鶏に与えた肉骨粉入り飼料を、放牧中の牛が拾い喰いしてしまう可能性もある。単に同じスコップを使って餌を与えただけでも、プリオン汚染は発生し得る。ごく微量のプリオンでも、牛の飼料チェーンに混入したら最後、多くの牛がほぼ確実にBSEに感染することになる。実験では〇・一グラムというごく微量のプリオンで、牛への感染が確認されているのだ。
 他にも米国ではまだ、屠畜の際に発生する牛の血液を牛の栄養剤として用いることが認められているほか、鶏の糞を牛の餌に混ぜることも合法である。先述の通り、鶏の餌には肉骨粉の混入が認められている。その糞を牛に与えれば、これもまた交差汚染の危険性が完全には否定できない。
 日本でこれまでに確認された一六頭のBSE感染牛は、いずれも交差汚染による感染の可能性が高い。それを考えると、米国でまだ交差汚染の可能性が十分に排除されていないという事実の持つ意味は重い。
 SRM除去の不徹底という指摘、不十分な肉骨粉飼料の禁止措置、血液や鶏糞の投与など、国際標準を主張するわりには、米国のBSE対策にはまだ重大な抜け穴が多く残っている。そして、その穴を抜け落ちてきた感染牛をスクリーニングするためのセーフティネットとしてのBSE検査は、先述の通り一%程度しか実施されていない上に、恣意的な要素を多分に持っている。それが、米国の牛肉の現状なのだ。

最後は消費者の選択と言うけれど・・・
 米国産牛肉の輸入再開に至る一連の過程の中で、日本側のキープレーヤーは食品安全委員会だった。その食品安全委員会のプリオン専門調査会の座長を務め、二〇ヶ月の線引きに大きな役割を演じた吉川泰弘東京大学教授は昨年一一月七日の日本経済新聞に「最終的には消費者一人ひとりの判断に委ねるしかありません」とのコメントを寄せている。他にも、「最後は消費者が決めること」との主張は方々で聞かれるが、ちょっと待ってもらいたい。
 確かにスーパーマーケットでパックに入った生肉を買う場合は、その肉がどこから来たものかは表示されている。JAS法によって生肉は原産地表示が義務付けられているからだ。米国産がいやなら、生肉は買い控えることはできる。
 しかし、こと加工食品については、現行のJAS法では原産地表示は義務付けられていない。例えば、レストランで注文する料理、ファーストフードのハンバーグ、コンビニのお弁当など、いずれもその中に牛肉が含まれていた場合、その原産地は分からない。もちろん焼肉屋や牛丼屋についても同じことが言える。製造業者が、法律で要求されてもいないものを率先して表示しない限り、加工食品の原材料の原産地はわからないのだ。特に現在のような状況の中で、米国産牛肉を使った業者が、わざわざ『牛肉(米国産)』などとという表示をしてくれるとは考えにくい。
 つまり、消費者の選択といっても、現実に選択の余地があるものは生肉などに限られ、消費者はほぼ例外なく、知らないうちに米国産牛肉を口にすることになる可能性が高いのだ。もしそれがいやなら、一切牛肉を食べないとか、原産地が明記されている牛肉料理以外は一切食べない、というようなかなり極端なことをしなければならない。それでも、例えばラーメンのような加工食品に牛肉のエキスが含まれているかどうかなど、見ただけではわからないものも多い。
 BSEについては、まだまだわからないことが多い。しかも、最近になって、BSEの病原体が人間に感染した場合に発生する変異性クロイツフェルトヤコブ病(vCJD)が、血液を媒介して感染することが明らかになり、日本でも一九八〇年から一九九六年にかけてイギリスとフランスに一日以上滞在した人の献血を禁止したばかりだ。
 その一方で、BSEの検査は日進月歩しており、検査方法もどんどん簡素化している。生きたままの牛を検査できる生体検査の実現にも、この先それほど時間は要さないだろう。
 更に指摘するならば、日本はBSE発生国からの食肉、肉骨粉輸入を止めると同時に、肉骨粉など牛由来の飼料を厳しく規制し、新たなBSE発生のサイクルをほぼ完全に遮断してきた。そのため、向こう二~三年以内に若い牛にBSEへの感染が見られなければ、国内におけるBSE発生の可能性はほぼ完全に制圧されたと考えるところまで来ている。もしそうなれば、大手をあげて基準を緩和することも可能になるのだ。なぜ、その二~三年を待てないのだろうか。
 もし日本が急いで安全基準を緩和するその理由が、単に米国産牛肉の輸入を急ぐためだったとすれば、もはや日本は主権国家の体を成していないと言っても過言ではないだろう。なぜならば、食品の安全は国家にとってもっとも基本的な安全保障に他ならないからだ(じんぼう てつお)

<関連サイト>
ビデオニュース・ドットコム
丸激トーク・オン・ディマンド
第241回[2005年11月4日]
「米国産牛肉輸入問題とは何だったのか」
プレビュー

<関連サイト>
ビデオニュース・ドットコム
丸激トーク・オン・ディマンド
第209回 [2005年4月2日]
BSE安全宣言のカラクリを斬る
ゲスト:山内一也氏(食品安全委・プリオン専門調査会専門委員)
プレビュー

January 21, 2006



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