もはや美談では済まされない(残念!)、
ウォーターゲート事件『ディープスロート』の正体

このエントリーを含むはてなブックマーク

 ジャーナリズムが地道な取材で権力者の不正を暴き、ついには最高権力者を辞任に追い込む。調査報道の金字塔として、多くのジャーナリストに少なからず影響を与えたウォーターゲート事件の匿名情報源として事実の究明に決定的に重要な役割を演じたとされる謎の人物『ディープスロート』の正体が、先週明らかになった。
 ここまで日本では元FBI副長官のマーク・フェルト自身が雑誌インタビューで自らがディープスロートであったことを名乗り出たことのみが、ほとんど解説無しで報じられるようだが、実際は後に映画のタイトルともなった「大統領の陰謀」の陰の立て役者が、実は警察の高官だったという事実の持つ意味は重い。

 ウォーターゲート事件が明るみに出る直前の1972年5月、48年間FBI長官の座に君臨し続けたJ・エドガー・フーバーが死亡した。ニクソン大統領は、フーバーの後任にFBIの生え抜きではなく、自らの腹心で司法次官だったパット・グレーを据え、グレーはFBIのフーバー体制の刷新に手をつけ始めたところだった。FBIのナンバー2の座にあったフェルトはフーバーの片腕ともいうべき人物で、実際にフェルトがFBIの違法捜査の陣頭指揮を執っていたとさえ言われている。強権的警察の象徴とも言うべきフーバー体制の実行部隊の親玉がフェルトだった。
 (現にフェルトはカーター政権下で違法捜査で起訴されているが、レーガン政権が誕生してまもなく、レーガンはフェルトに特に理由も明記せずに恩赦を与えている。何だよ、レーガンよ、お前もか。) 

 フェルト自身、フーバーが死亡した後の後任には、自分が指名されることを期待していたようだ。また、万が一自分が後任に指名されなくとも、フーバー体制を継承するFBIの生え抜きが次期長官になることが当然だと、フェルトを含むFBIのほとんどの人間が考えていた。
 ところがまだ国交の無かった中国の電撃訪問で世界をあっと言わせ勢いに乗っていたニクソンは、フォーバーの死を受け、スキャンダル情報を掴まれているがために過去の大統領さえもが全く手出しできなかったFBIの大掃除を決意。手始めに自分の腹心をFBI長官に据えたのだった。
 ニクソン個人としても、歴代大統領にとって目の上のたんこぶだったフーバー下の強権FBIをぜひとも弱体化させる好機を逃したくないと考えて不思議はない。しかし、そうした個人的な野心もさることながら、FBIという強大な警察組織がフーバーという一カリスマに牛耳られ、あらゆる違法捜査の限りを尽くしたり、スキャンダル情報で政治家を脅しているような状況は、明らかに問題のある状況だったことも事実だった。その意味では、それを正す行為は、ニクソン個人の利害を越えた公共的な行為だったと言っていいだろう。
 しかし、このニクソンの行為はフェルトを含むフーバー体制の申し子たちにとっては、到底受け入れがたい暴挙だった。そもそも48年間も続いたフーバー体制を壊そうとすること自体が、フーバー派(おそらくFBIのほぼ全部がその派閥に属していたのだろうが)の面々にとって許し難い行為であったにちがいないが、更に彼らにとって問題だったと思われることは、FBIの体制が刷新されれば、彼らがこれまでに行ってきた違法な盗聴や強権的な捜査など、フーバー体制下でのさまざまな悪事が白日の下に晒されることは避けられないことだった。こうなると、これはもはや単なる派閥闘争を超えた、自らの保身をかけた全面戦争ということになる。
 そうした中、フェルトは当時は夕刊紙ワシントン・スターの後塵を拝していた新興新聞ワシントンポストの若い記者ボブ・ウッドワードに近づいた。ウッドワードとバースタインの2人の若手記者は、1972年6月に発生したウォーターゲートビル内の民主党全国委員会の本部への不法侵入事件という一見マイナーな事件の取材に当たっていた。当初はワシントンポストを含む全ての新聞が、この事件をベタ記事扱いしかしていなかった。その後、不法侵入の目的が盗聴器を仕掛けるためだったことがわかっても、事件そのものはそれほど大きくは報じられなかった。(実際は既に仕掛けてあって盗聴器が壊れたので、それを直すために不法侵入していたのだったそうだが)
 しかし、ウッドワードとバーンスタインの2人(特にディープスロートとの接触はウッドワードが行っていたとされている)には、他の記者にはない特別な情報源があった。それも、FBIのナンバー2という、非常に信頼度の高い、ハイレベルの情報源だった。その情報源が、この盗聴事件には大統領や司法長官までが関与していることを指し示す情報へと2人を導いていたのだ。大統領にまで追求が及ぶのは当然の成り行きだった。

 事件のあらましそのものについてはここでは詳しくは触れないが、ウォーターゲート事件の陰の立役者とも言うべき『ディープスロート』が、実は当時のFBIの副長官で、その時FBIはニクソンのホワイトハウスとはポスト・フーバー体制のあり方をめぐりまさに全面戦争状態にあったという事実の持つ意味は重い。
 もともとジャーナリズムによる情報源の秘匿という原則は、情報源を守るためにあることは言うまでもない。しかしその真意は、ジャーナリズムが情報源を守れなければ、ジャーナリズムの情報収集能力が低下し、結果としてジャーナリズム本来の機能が果たせなくなるという理屈がその背景にある。そして、ジャーナリズムがジャーナリズム本来の機能を果たせなくなれば、それは国家権力に対する監視力や国民の知る権利の付託に応える能力が低下することになり、それはひいては民主主義を弱体化させることにつながる。少々大げさに聞こえるかもしれないが、そのような大前提があるからこそ、メディアは情報源を秘匿してでも、事実を世に出すことを優先すべきだとされている。それがなければ、メディアの情報源の秘匿という原則は、「その方が商売上得だから」のような、単なる経済上の利益のためのということになってしまう。
 しかし、もし民主主義の強化が、情報源が秘匿されるべき、そしてまた情報源の秘匿が奨励され、その原則が守られるべき真の理由だとした場合、今回のウォーターゲート事件の情報源ディープスロートがFBIだったという事実が秘匿されていたという事実は、何を示唆しているかは一考に値する。
 ウォーターゲート事件は、ジャーナリズムが調査報道によって大統領という国家権力の頂点に立つ権力者の不法行為を暴いたという美談として、後世に語り継がれてきた。それが真実の一端であったことはまちがいない。しかし、真実のもう一端には、国家権力の中でも最も市民監視をすべき警察という組織が、自らの組織防衛のためにメディアを利用し、メディアは情報源の秘匿というジャーナリズムの原則を盾に、その報道源の属性を隠蔽し続けたために、この報道の真意や全体像が明らかにされなかったという事実があることも否定できない。それが、30年ぶりの情報公開で、先週初めて明らかになったわけだ。
 妙な言い方になるが、弱者としての情報源を守るための「情報源の秘匿」ではなく、実際は警察権力という強者が、その捜査情報(しかも、おそらく違法な捜査で得た情報)を使ってメディアを操作し、自らに盾突くニクソンという弱者(と言い切っていいかどうかはさておき)を大統領職から葬り去ったという構図の中に、ウォーターゲート事件を見ることだってあり得てしまうのだ。
 私自身、ウォーターゲート事件や映画『大統領の陰謀』には、大きく触発されてきた一人でもある。あの事件が調査報道の重要性を世に知らしめたことの功績は計り知れない。しかし、その実態は、警察によるニクソン追い落しの片棒をメディアが担いだという側面があったことは残念ながら否定できない。
 更に言うならば、単に情報源を守ることが目的だったのであれば、「FBI情報筋によれば」という書き方をしても、情報源の保護は可能だったはずだ。しかし、情報の出所がFBIであることが明らかになれば、その当時FBIとホワイトハウスが全面戦争に突入していることはワシントンでは周知の事実だったことも考えると、その情報は一定の警戒心を持って受け止められていたに違いない。もちろんだからといって、大統領の違法行為が明らかになれば、それが大スクープであることに変わりはなかっただろうし、いずれにしてもニクソンは辞任に追い込まれていた可能性が高いとは思うが、しかし少なくともウッドワードとバーンスタインが、あれほど調査報道の鏡のようにもて囃されることはなかったに違いない。

 そう考えてみると、ウッドワードがその後記者として歩んだ道のりも、興味深い示唆を与えてくれている。バーンスタインの方はその後さまざな個人的スキャンダルにまみれ、ほとんどジャーナリストとしての主要な実績は残せていないが、ウッドワードはその後もワシントンの食い込み屋として、数々のスクープをものにしている。ブッシュの戦争の中で、9・11テロ直後のキャンプデービッドでの国家安全保障会議の議論の中身まで抜いたことは記憶に新しい。
 しかし、ウォーターゲート事件後もウッドワードがFBIに頭が上がらなかったであろうことは、想像に難くない。いかんせん、彼がFBIのお世話になったことは、ワシントンポストの3人(ウッドワード、バーンスタインとブラッドリー編集長)しか知らないとされているが、それはとんでもない間違いだ。フェルト自身と、恐らくFBIの中にはその事実を知っている人間が少なからずいたに違いない。ディープスロートが実際にやったとされる行為を考えると、フェルトが単独でそのような行動を取れたとは考えにくい。
 FBIにこの事実を知っている人が複数いた可能性が高いのに、それが30年間まったく漏れなかったという事実は、あくまで推測として言ってしまえば、その事実を知っている人は全て、それが知られないままでいた方が得になる人だったという可能性が高い。(だいたい記者というのはこういうふうに考えて仮設を立てていくものなんです。いやな職業ですね。)ワシントンポスト側の3人がともかくとして、FBI側でこのことを知っている人がずっと利害当事者であり続けたということの意味は、FBIがその後もワシントンポスト・コネクションを活用し続けた可能性が高いことを示唆している。そうでなければ、世界中が注目しているこんな面白い話を、そういつまでも黙っていられるものではない。
 果たしてウッドワードがその後もFBIのエージェントとして、FBIのメッセンジャー的な動きをしていなかったか。あるいは逆に、FBIからウッドワードにその後も情報が流れていなかったか。いや、そればかりか、例えばウッドワードはFBIから得た政治家のスキャンダル情報などを使って、主要政治家に食い込んだりしていないか等々。ジャーナリズムが裏で警察と陰でつるんでいたという事実は、仮説を立て始めればきりがないほど、問題が多い行為でもあるのだ。
 いずれにしても、著名な記者が大統領も引き摺り下ろすようなレベルでFBIと手を組み、世の中はその事実を知らないまま30余年が過ぎてしまった。その間その記者はワシントン一の食い込み記者としての名を欲しいままにしてきた。この事実を、私たちはどう受け止めるべきか。熟考する必要があるだろう。

 もしかすると今回の件で一番怒っているのは、映画『大統領の陰謀』でウッドワードを演じたロバート・レッドフォードかもしれない。彼は、駐車場であまり顔ははっきりと見えないがハル・ホルブルック演じるディープスロートと接触するシーンを、相手が警察であることを知らされないまま演じなければならなかったわけだ。
 「相手が警察であることがわかっていれば、もう少し警戒した顔や懐疑的な顔をしていたよ。」私がレッドフォードなら、きっとそう文句を言うにちがいない。

 6月11日更新予定のマル激トークオンディマンドでも、ワシントン記者歴の長い共同通信の春名幹男さん(解説委員)をお呼びして、ディープスロート問題を議論しています。かなり深い内容だったと自負していますので、ご興味のある方は是非どうぞ。

June 5, 2005



トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.jimbo.tv/mt4/mt-tb.cgi/101


"ディープスロート見つかって残念" 05/06/05 週間ニュース 1 from 20世紀メディア
 俳優のロバート・レッドフォード氏がウォーターゲート事件のいわゆる「ディープ・ス

June 10, 2005


ニクソン大統領を告発した謎の男の正体判明 from マサガタ・タイムズ
ここ数日、アメリカのメディアを賑わしているのは、30年前のウォーターゲート事件で、ニクソンを筆頭とするホワイト・ハウスの不正を匿名で告発した男が、自らの正体を公...

June 11, 2005


【ウォーターゲート事件】 ディープ・スロート物語を緊急出版 from Birth of Blues
ディープ・スロート物語、ウッドワード記者が緊急出版 読売新聞 【ディープスロートとは?】 口腔内ではなく、喉を使いフェラチオする事を指す。 世間一般的...

June 11, 2005


「大統領の陰謀」に危機管理を思う from 広報法務と危機管理〜弁護士の視点から〜
 昨日、世界中をあるニュースが飛び交いました。曰く、「ディープ・スロートの正体はFBI副長官だった!」。    「ディープ・スロート」とは、ニクソ...

June 11, 2005


whistle‐blowerかsquealerか from 踊る新聞屋-。
 英語で内部告発者をwhistle‐blowerと呼ぶということは、「警察内部告発者」(原田宏二)で初めて知った。  「内部告発の力―公益通報者保護法は何を守る

June 11, 2005


30数年目の真実−大統領の陰謀とFBI from 博多っ子の元気通信
「大統領の陰謀」ってご存知ですか? それはニクソン大統領を辞任に追いやったウォーターゲート事件をスクープしたワシントン・ポストの2人の記者を描いた、スリリング...

June 12, 2005


色々ありました。 from Hermit's Blog
2週間ほど間が空きましたが、この間、色々とありました。 とりあえず、就職活動方面の話を。 熊日が落ちた後、あわててエントリーした佐賀新聞と沖縄タイムスを...

June 17, 2005


『現代社会と治安法』 from 右近の日々是好日。
 こんばんは。今日は、中山研一先生の『現代社会と治安法』(岩波新書、1970年)を読んで、私が考えたことを書きたいと思います。  序章では、まず、治安の意味に...

June 22, 2005


共謀罪の審議入り。 from 右近の日々是好日。
 共謀罪新設が、審議入りされてしまいました。以前から論じていますが、私は共謀罪の新設には反対です。それは、共謀罪が社会を侵害する行為がないにも関わらず、犯罪の謀...

June 24, 2005

コメント

投稿者 luckymentai http://blog.livedoor.jp/luckymentai/

トラックバックありがとうございました。
ジャーナリストとしてのウォーターゲート事件の分析、興味深く読ませていただきました。確かに警察組織と新聞という観点からすると、フェルト氏とウッドワードとブラッドリーの約束は美談ではすまされませんよね。
メディアに興味があるのでこれからもブログ拝見させていただきます。よろしくお願いします。

June 12, 2005

投稿者 佐藤秀 

お釈迦様の手のひら、て言葉ありますけど、ジャーナリストってのはウブのように見えて、実際、ウブな人もいるんだけど、利用されていると分かりつつ、自分の名声のために利用されることもアリですから。
ま、捏造記事でピュリッツァー賞もらう人もいるくらいだから、ま、諒とすべきでしょう。
ちなみにワシントンポストって読売と提携してるんですね。そういえば、読売も警察と仲良し(正力さんや小林与三次も自治官僚出身ですから)で有名w
かなりスケール違うけど、かつて新聞協会賞取った井上安正って人も警察とズブズブの関係で有名だったらしいし。
もっともナベツネ治世下の現在では、ワシントンポストなんて目じゃないくらい政界とツーカーなんだから今更{残念!」はないでしょう、神保さん。

June 13, 2005

コメントしてください

サイン・インを確認しました、 . さん。コメントしてください。 (サイン・アウト)

(いままで、ここでコメントしたとがないときは、コメントを表示する前にこのウェブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)


情報を登録する?



rss 人気ブログランキングへ
神保哲生のTwitterへ
ビデオニュース・ドットコム
マル激!メールマガジン
沖縄の真実、ヤマトの欺瞞 米軍基地と日本外交の軛

RECENT ENTRIES

 02/04 東大話法に騙されるな

 01/29 だから消費税の増税はまちがっている

 01/21 われわれはどこから来て、どこへ向かうのか

 01/14 原発事故の裁判所の責任を問う

 01/07 2012年を生き抜くために

 01/07 5金スペシャル
日常から日常を見つめ直すために

 12/25 恒例年末トークライブ
ぼくたちが明るい兆しが見えてきたと考える理由

 12/17 やっぱり2011年マスメディアは死んでいた

 12/10 内部被曝を避けるために今こそ広島・長崎の教訓を活かそう

 12/03 暴力団を社会から完全に排除することの意味を考えてみた

 11/26 ドイツに脱原発ができて日本にはできない理由

 11/24 今週のDigのポッドキャスト

 11/21 メディアが権力に屈する時

 11/12 区長になって見えてきたこと

 11/05 TPPで食の安全は守れるのか

 10/29 今こそナショナリズムを議論の出発点に

 10/26 「分かち合い」のための税制改革のすすめ

 10/15 iPS細胞は何がそんなにすごいのか

 10/08 そしてアメリカは変わったのか

 10/01 5金スペシャル
自分探しを始めたアメリカはどこに向かうのか

LINKS

About this site

jimbo.tv はビデオジャーナリスト神保哲生が運営する神保個人のオフィシャルサイトです。
引用、転載などに関する情報は以下を参照してください。
SITE RULES
また、本ブログにお寄せいただいたコメントは、神保が執筆する著作やコラムなどに紹介や引用させていただく場合があります。あらかじめご了承下さい。

rss
Powered by MovableType
ビジネスブログ