八百長問題の死角/警察の情報提供は適法だったのか

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神保哲生・宮台真司ビデオニュース・ドットコム
ニュース・コメンタリー(2011年02月12日)
八百長問題の死角
警察の情報提供は適法だったのか

 大相撲の八百長問題が連日ニュースを賑わせているが、騒動の発端となった携帯電話のメールを警察や文部科学省が保有していることが違法である疑いが強いことが、ビデオニュース・ドットコムの取材で分かった。

 今回の八百長問題は、力士同士が勝ち負けについて金銭のやりとりを含めて事前に打ち合わせていたと思われるメールが、押収された携帯電話から復元されて発覚した。しかし、そもそもその携帯電話は、野球賭博の捜査で警視庁が押収したもので、八百長は捜査の対象になっていない。つまり、警察は別の事件の捜査で押収した証拠を、裁判所の令状がないまま、文科省やマスコミに提供していることになる。

 捜査情報を文部科学省に提供したことについて、警察庁は、行政機関が一体となって職務を遂行するよう定めた国家行政組織法2条を基に行ったと説明し、中野寛成国家公安委員長も10日の記者会見で、公益性を考えて法適用を行っているため、情報提供に問題はなかったとの認識を明らかにしている。

 しかし、行政訴訟に詳しい清水勉弁護士は、この説明では政府は自らの違法性を認めているに等しいと指摘する。なぜならば、国家行政組織法は行政機関の組織や割り振りを定めたものに過ぎず、具体的に何かを行う権限を与える「授権法」ではないことは、法律家なら誰でも知っているからだという。

 また、清水氏は、そもそも警察が情報を他者に提供する権限の有無以前の問題として、令状で認められた対象とは異なる八百長を示すメールデータを保有していること自体が、違法だと指摘する。家宅捜査による押収や差し押えは、裁判所から令状を得たうえで、罪名にかかわるものを特定して押収しなければならないと、刑事訴訟法に明記されている。たとえ他の犯罪の証拠となるものがあっても、令状がなければ差し押さえることはできないし、そもそも相撲における八百長は違法行為ではない。

 野球賭博という違法行為の捜査のために力士の携帯電話を押収することが認められたが、警察が入手できる情報はその中で野球賭博に関わる通話記録やメールのみに限られ、それ以外の情報は警察は入手することも、他者に提供することも一切できないのが刑事訴訟法の常識だと清水氏は言う。

 相撲ファンならずとも、八百長自体は大きな問題だ。適切な対応を望みたい。しかし、警察の捜査権の濫用の方が、はるかに市民社会にとっては注意を要する問題と言えるのではないか。しかし、八百長問題がこれだけ大きく取り上げられる中で、今回の警察の情報提供を問題視する声はほとんど聞こえてこない。神保哲生と宮台真司が議論した。


捜査に違法性が必要なくなる危険性

神保: 裁判所の令状は野球賭博に関連した証拠の押収しか認めていない。にもかかわらず、その際に押収した携帯電話に入っていた八百長を関連した情報を、警察はメディアにリークした上で、文科省に報告して、公表した。清水弁護士の話では、報告や公表が違法であるばかりか、そもそも警察は野球賭博に関連した証拠以外は、押収した携帯電話から抜き出したり閲覧することさえ認められていないという。

 宮台さんはこの問題をどうご覧になりますか

宮台: 相撲協会の違法ではないものの道徳的に問題があるかもしれない八百長という行為の是非とは全く別問題だと思います。統治権力が別件で、違法性に引っかかる問題を何か見つけてきて、何かを押収し、その中にたまたま違法なものや道徳的に非難されるべきものがあるとします。違法なものがない場合が特に問題なのですが、統治権力はある人の尊厳を崩してしまうような情報を流すことで、その人の社会的地位や発信力を台無しにできてしまいます。

神保: こうなると最初の嫌疑は何でもいいということになります。最終的に最初にかけられた嫌疑が不起訴になっても、押収した証拠から他に美味しい情報が取れればいいわけです。濡れ衣を着せて、携帯電話やパソコンを押収したら、後はその人間を煮て食うも焼いて食うも警察の思いのままということになってしまいます。

宮台: 捜査機関が密告や密告を裏付ける兆候を示して令状を申請すれば、裁判所は簡単に令状を出すので、関係のないことを無理に関係づけることができますね。

神保: 今回の問題は、情報提供が違法であっても、その中身が八百長というショッキングな内容を含んでいるが故に、誰もそれを問題にしないことだと思います。携帯やパソコンを押収して、話題性があるスキャンダラスな情報を公表してしまえば、その中身にメディアや社会の目が向き、情報の入手方法やその合法性が問題にならなくなることをあらかじめ計算に入れることができてしまう。今回は八百長という、違法ではないにしても、倫理的に問題がある情報でしたが、ショッキングなものであれば何でもいいことになりますね。

 今回の事件の展開を見ていて、西山太吉さんの事件を思い出しました。沖縄密約という国家犯罪を暴き、総理大臣や他の大臣が国会で偽証していたことも明らかになっていたのに、西山さんの情報入手の手段にスキャンダルな部分があったことが指摘されると、そこにだけ国民の関心は向かいました。その結果、密約の方は事実上、30年間も不問になってしまいました。今回の八百長問題は、われわれは西山さんの事件は教訓を全く学んでいなかったと言わざるを得ません。


リークした警察の不明確な意図

神保: 今回の事件はもともと毎日新聞のスクープから始まっています。しかも、その毎日の記事は、すべての記事を署名にしている毎日らしからぬ、無署名の記事で、捜査関係者が情報源だったとのみ記されています。そして、その記事が出た日の午前中に、警察庁から文科省に八百長問題が報告されています。つまり、まず警察がマスコミに捜査情報をリークし、「すわ八百長か」と、世論をその話題で思考停止にさせておいてから、文部科学省に情報提供を行っているという過程をたどっているわけです。とすると、仕掛けたのは警察と見るべきでしょうが、違法行為まで行って、その相撲の八百長情報を表に出そうとする警察の意図がよく見えないところが気になります。まさか相撲協会に天下りしたいわけでもないでしょう。警察が何か意図を持っているとすればそれはそれで要注意ですが、もしかするとそこまで考えないでやっている可能性もありそうで、もしそうだとすると、それはそれで怖いことですね。

宮台: その可能性もあると思います。行政官僚制の劣化が最近とても著しいことがありますし、もしかすると単に社会正義に駆られた跳ね上がり行為かもしれません。

神保: 警察を管轄する中野寛成国家公安委員長が、記者会見で「公益性の観点から問題なかった」と言っていますは、あれは警察官僚から上がってきた文面をそのまま読んでいる可能性が高いので、もしかすると警察は本当に「公益性」というだけで何の問題もなかったと考えていたのかもしれません。もちろん清水弁護士が指摘するように、「公益性」の一言で行政が法律の根拠のない行為を自由に行えるようでは、無法国家に等しいわけですが。

宮台: ありえます。しかし、法律ごとに公益性とは何かを構成要件という形で規定するわけですから、単に公益性なるものを法律と無関係に持ち出して議論すること自体が行政官僚制にはありえない話です。
 あと、菅首相に対するバッシングが激しい中で、相撲協会に対するバッシングで世論が感情的に沸騰すれば、その影響で菅首相の負担が軽くなると考えた警察の得点稼ぎという可能性もあるかもしれません。


<出演者プロフィール>

宮台 真司(みやだい・しんじ)
首都大学東京教授/社会学者。1959年仙台生まれ。東京大学大学院博士課程修了。東京都立大学助教授、首都大学東京准教授を経て現職。専門は社会システム論。博士論文は『権力の予期理論』。著書に『民主主義が一度もなかった国・日本』、『日本の難点』、『14歳からの社会学』、『制服少女たちの選択』など。

神保 哲生(じんぼう・てつお)
ビデオジャーナリスト/ビデオニュース・ドットコム代表。1961年東京生まれ。コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。AP通信記者を経て93年に独立。99年11月、日本初のニュース専門インターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』を設立。著書に『民主党が約束する99の政策で日本はどう変わるか?』、『ビデオジャーナリズム─カメラを持って世界に飛び出そう』、『ツバル-温暖化に沈む国』、『地雷リポート』など。

February 13, 2011



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コメント

投稿者 北原恵一 

この話題を取り上げてくださり、感謝します。
このニュースを聞いた時、私も同じことを疑問に感じました。
Digでも2週続けて扱ってくださり、ありがとうございます。
官房長官の記者会見の映像も見ました。
現状では、公益性があると言いさえすればこのようなことになるということがよく分かりました。
今、もうひとつ気になっていることがあります。
入試問題が質問投稿サイトに流出した件ですが、
NHKの報道を聞く限り、
警察は、容疑を特定しないままヤフーからIPアドレスを押収し、業務妨害に当たるかどうかをこれから判断するといったニュアンスに聞こえたのですが、
これは本当でしょうか。
気になっています。
最初にこのことを聞いた時には、警察沙汰になるとは思わなかったというのが本音です。
悪いものは悪いと言いたくなる気持ちも分かりますが、不正行為と違法行為とをもっと区別して考えていく必要があると感じます。


March 2, 2011

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